碧空 −3−








別荘は木造の洋館で離れも同じ造りだ。

イギリスチューダー調様式を取り入れた珍しい建て方だが、奇異に映らないのは建

てる時に周囲とのバランスを考えて、日本の古民家のような風情にしているせいだ。

家の周囲には、防風林が窓からの眺めを邪魔しないように計算されて植えられ、家

を守ってくれている。

加えて、昔の水軍砦の名残の石垣もあり、それらがこの家に独特の雰囲気を与えて

いた。

石垣には、四季咲きのバラが色とりどりの花びらを揺らしている。

離れはもとは馬小屋兼納屋だった。

戦後、馬の需要がなくなったため改築してロフト付きの部屋に変えた。

イギリスではよくある方法だ。

「頭、下げて」

もとの構造上、戸口が低めでしかも厚みがある。

初めて家に足を踏み入れた者は、間隔がつかめずに、決まって梁に頭をぶつけてし

まう。

だが直江は心得ていた。高耶が注意するまでもなく、ちゃんと腰をかがめて戸口を

くぐった。上背があるだけに、普段から気をつけているのかもしれない。

直江はドアを押して先に中へ入った。

窓辺に寄って出窓の枠に両手をつくと、暗い鈍色になった海に見入った。

「さきほどまでは鏡のようにきらめいていたのに…」

直江は暗闇に広がる空間の一部のようだった。

「退屈だとか、うんざりだとか思ったことは?」

「ないよ」

「寂しいとかありませんでしたか?」

高耶は黙って首を振った。

直江が上下開閉式の窓を押上げると、海風が吹き込み、高耶の漆黒の髪を揺らした。

さらさらと音がしそうな髪。

乱れた髪を整えようと直江が高耶の頭に手を伸ばした。

「綺麗な髪ですね。昼間、あなたを見たとき、天使の輪が出来てました」

耳に残る静かな声が、思ったよりも近くで響いた。


いつの間にか、二人寄りそうように立っている。

「荷物は?」

至近距離で直江があまり見つめるので、高耶は気恥ずかしくなってぼそりと尋ねた。

「車に」

「腹、減ってるだろ?すぐ用意するな。あっと、洗面所とバスは隣だけど、その扉

からいったん外に出るようになってる」

いそいそと戸口に向かいながら、高耶は振り返った。

「嫌いな物とか食べられない物とか、あるか?」

「とりたてては、ありません」

「へぇ、いいな。俺は鯖が駄目。他の青魚は大丈夫なのに、あれだけは蕁麻疹が出

ちまう」

「お魚料理がお好きなのにね」

高耶は笑った。

母屋の居間では氏照が雑誌を開いていたが、目が空を見ていた。

高耶の気配に顔を上げ、何ともないかときいてきた。

何とも妙な問いかけ。

返事に困って、つと眉根が寄る。

「別に・・・・。なぁ、兄さん、直江とは知り合い?」

高耶から視線をはなし、氏照はことさらゆっくりと雑誌のページを捲った。

「いいや」

高耶同様、この兄は嘘をつくのが下手だ。余分な事を喋るまいと、極端に口数が少

なくなる。

「今夜の食事は隣の客間で摂らない?あっちの方が月が見えていいよ」

「それはかまわんが、行ったり来たり仕度が大変じゃないのか?」

「朝からシチューを煮込んでいたし、デザートもOK。サラダはすぐ出来るし、ワ

インもチーズもあるから」

ダイニングサーバーで運んでしまえば楽だ。

「俺、用意があるから、兄さんは直江を呼んできて」

キッチンで手際よく仕度を整え、献立をサーバーに載せ客間へと向かった。

客間のドアノブに手をかけた途端、二人の声が聞こえてきた。

「ええ、解っています。これが危険な賭だってことぐらいわね。だけど、このまま

でいるよりは、ずっとましです。やってみなくちゃ解りません」

「…許したくはないんだかね」

兄の怒りのこもった激しい声。

「許してもらうつもりはありません」

直江の声も怒りに震えていた。一歩も引かないという気配だ。

「これは、私の問題です」

「君のだと?」

氏照の声が高くなる。

「声が・・・。静かにお願いします。高耶さんの耳には、お互い入れたくないでしょ

う。まだ、あちらですよね」

さすがに不味いと思ったのか、氏照と直江の声のトーンが落ちた。

「君だけだなんて訳は無いだろう。少なくとも、高耶は当事者じゃないのか。もし

も、今の高耶に知れたりしたら・・・」

「それは、大丈夫です」

どうだかと、氏照は重いため息をついた。

「出来ることなら、ここには来ないで欲しかったよ」

「話し掛けるつもりは、ありませんでした。だけど、あの崖っぷちに立っているの

を見た途端……」

「それは、悪かった」

氏照が優しく言った。

「危ないからと何度も注意してはいるんだが……。驚かせてしまったな」

「驚く?あれほど恐ろしい思いは、こりごりです。もう、間に合わないかと……」

直江の引きつったような笑いが、かすれ声と一緒に洩れた。

しんと静まる客間。

高耶は額にしわを寄せ、じっと動けずにいた。

感じていたとおり兄と直江は知り合いだったのか。だが、二人の間にあるわだかま

りは何だろう。そして、それに自分も間違いなく関わりがある。

すうっと大きく呼吸をし、高耶は客間のドアを叩いた。

「食事だよ」

「あぁ……、いい匂いですね」

シチュー鍋の蓋をあけると、湯気とともに柔らかい匂いが広がった。

「高耶は料理上手だからな」

食事は先刻の会話が嘘のように、穏かだった。

多少、ぎくしゃくしていたが表面上は何も無かったかのようだ。

それでもふとした折に、氏照はらしくない憂鬱そうな表情を登らせては、無意味に

料理をつついていた。

過疎の島で兄や直江の世代の人間は殆どいなかったから、高耶にとって直江は色々

な意味で新鮮だ。

六つの時、病弱だった母と二人で島の別荘へ移り住んで来た。

父親は事業に、年の離れた兄たちは勉学にと忙しく、週末になると誰かが必ず訪れ

れてはくれたものの、母と二人の暮らしはひっそりと静かなものだった。

事業が落着く時期には、半分隠居状態の祖父が長期滞在する事もあったが、暮らし

のリズムに変化はない。

結婚前は著名なヴァィオリニストだった母の手ほどきを受けながら、音楽三昧の毎

日だったと言っても過言ではないだろう。

「後片付けを手伝いますね」

「助かるよ。ありがとう」

普段は客人に手伝って貰ったりしない。

たまにこんな風に申出てくれる人もいるのだが、高耶の方が遠慮してしまいお断り

してしまうのが常だ。

珍しい……や……。

素直に頷いてしまった自分に、高耶は返事をしてから気が付いた。

氏照が何か言いたげに視線を上げる。

が、直江が真正面から見つめ返すと、席を立ち部屋をあとにした。 、









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コメント


今更ですが、ハーレクインは外国小説の翻訳物です。
読んでいる時はあまり気付かないのですが、こうしてWパロ用に書き直してい
ると翻訳者の上手い下手が見えてきます。
たぶんページ数制限とかのせいでしょうが、表現的には今一。
この作品に限らず、どれもボキャ不足。
まぁその分、アレンジや書き込みはし易いですが、情緒がないなぁとつい嘆息
してしまいます