太陽の東月の西<4> |
東京から飛行機で約1時間半。 M市は穏やかな雰囲気の漂うほどよい規模の城下町だった。 街の真中に山城があって、それを東西南北ととりまくように街が発展したらしい。 市街をカタコトと路面電車が走っているのが可愛らしくていい感じだった。 宿の夕食を軽めに摂り、仲居さんの勧める温泉も翌日まわしにして、俺は直江の 運転で現在、車中の人だ。 直江にはちょっと不似合いなファミリータイプセダンだけど、まぁ仕方無いなレ ンタルだもの。 「何処へ行くんだ?」 「K高原ですよ。1時間足らずで着くと思いますが、疲れたら眠って下さいね」 下さいねったって、仕事続きで疲れてるのはお前だろうが、傍で眠ってなんかい られねぇじゃないか。 「1時間ぐらいで高原にいけるのか?」 海沿いの空港から市内までは車で約30分だった。 海も山も手近にあるなんて、便利な所なんだな。 「四国は割と山が多いんです。その分、どうしても交通機関が限られて不便な部 分もありますが、自然が残っているのがいいですよね」 「で、何しに、K高原とやらへ行くんだ?」 「それは、秘密です」 秘密ってなぁ・・・。・・・・・・うーん、何か今回って疑問符、飛びまくりじゃん。 温泉地への小旅行はらしいと言えばらしいけど、どこかしっくりこないしなぁ。 こう、パターンが微妙に違ってて、足の着かない椅子に座っている感がする。 「でも良かったです、お天気のいい日で」 天気?そりぁ、旅行だからいいにこしたことはないけど、 「関係あんのか?」 「あります。今年は全国的どうも天候不順で、やきもきしたんですけど本当に良 かったです」 にこにこと告げられて、よく解んないけど良かったなぁと俺も相槌を打つ。 高原へと直江が言ったとおり、車は山道らしい勾配の急な道を登って行く。 くねくねと続く九十九折りの道路。 宿を出た頃は、まだ少し残照が残っていたのに今はもう闇がすっぽり周囲を包み 込み、車のヘッドライトが三角形の風景を浮かびあがらしている。 カーブや山木立が途切れた箇所から見えるM市の街灯りが遠くで瞬く。 ウィンドウを下げると、夏の夜風が頬に気持ちよかった。 「ここって・・・」 目的地は、高原の小高い山の頂上にあるプラネタリウム、天文台だった。 漆黒の闇の中に半円形のドームを持つ建物が、白い外灯に照らされひっそりと建っ ている。 「大学時代の友人がこちらで研究員をしているんですよ」 直江がドアを開け俺を外へと促した。 「小さい天文台ですが、設備はピカ一です。それに、ほら」 言われるまでもなく、俺の視線はすでに真上だ。 「うん・・・、すごい・・・・・・」 直江と二人で見上げる夜空。 蒼いビロードにビーズをばら撒いたように、星が空を埋め尽くしている様は圧巻 だった。都会の切張りの空とは違う、満天の星夜空。 手を伸ばせば星を掴み取れるかもしれない、そんな錯覚さえ感じてしまうほどだ。 「吸い込まれそうで・・・」 「・・・恐い?」 「うん。でも、お前がいるならいいや」 ほろりと零れた本音が我ながら恥かしい。 笑われるかと思ったら、直江は「参りましたね」と俺の前髪を掌で掻きあげ、額に キスを落とした。 ・・・・・・・・・参るのは・・・こっちだ、直江。 直江に紹介された友人は、鮎川さんと言って穏やかな笑顔の人好きするタイプの 人だった。 彼に案内されて、天文台の望遠ドームへと向かう。 「悪かったな急に頼んで」 「あぁ、でも丁度、先々月に見つけた星に認定許可が先日来てな、まさにグットタ イミングだ」 話が見えなくて、俺は直江の腕を引っ張った。 「あなたへの誕生日プレゼントの事ですよ、高耶さん」 「プレゼントって・・・・」 星観測に来ただけじゃないのか?確かに欲しいって俺は言ったけど・・・。 ・・・まさか・・・・・・・・・。 一瞬、巨大な星にリボンをかけてハイと俺に差し出す直江が脳裏に浮かんだ。 「高耶さん、いま何を考えました?」 「えっ・・・えっと、その・・・な・・・・・」 思わず目が泳ぐ。 はぁっと、直江は苦笑混じりのため息をついた。 「SFコメディー映画じゃないんですから・・・・。もっと現実的ですよ」 現実的ったって、そもそも俺のお願いからして非現実的だと思うんだけど。 「おーい、二人とも何してんだ。こっちこっち」 手招きされて、白いスクリーンの前に立った。 鮎川さんが横のパネルスイッチを幾つか触ると、ぱっと夜空が映し出される。 「望遠鏡レンズが向いてる方向の夜空を写し出しているから、よく見て。で、これ が、天の川。」 スクリーン右寄りに星の帯が浮かぶ。 七夕でお馴染みの彦星織姫星や、大まかな星座の位置関係を説明した後に、彼は この辺にと、天の川の傍らを指した。 「仰木くん、君が名前を付けられる星があるんだよ」 「俺がっ?!」 星に名前を・・・付ける? えっと驚いたまま言葉も無い俺を見て、何だ言ってなかったのかと鮎川さんは直 江を小突いた。 「相変わらず、人が悪いなぁ、おまえは」 「人が悪いって・・・、しょうがないだろう、目的が目的なんだから・・・」 直江が俺を振り返る。 「これが私からの誕生日プレゼントですよ、高耶さん。お誕生日おめでとうござい ます」 あぁ、でも少し早かったですねと浮かべた柔らかい笑みが、星の瞬きみたいだと 俺は思った。 400年の間、どんな時もどんな場所でも俺の傍で輝いていた俺だけの星。 星を欲したのは、俺だけの場所で何にも邪魔されず、彼とだけ居たいと希(こいね が)ったから。 あれだけ欲しいと願っていた場所は、こんな近くにあったのだと、わざわざ宙(そ ら)の涯てにある星を望まなくてもよかったのだと、今更ながらに痛感した。 解ってしまえば単純であっけない、事実。 けれど、それは何て幸福なことなんだろう。 「さぁ、あちらで観てみましょう」 巨大な望遠鏡へと俺の肩に手を当て直江が誘ったが、俺はじっと動かない。 だって、先に言っておきたいことがある。 「高耶さん・・・?」 肩に置かれた彼の手をしっかり掴み、 「名前・・・、一緒に付けような、直江」 と戸惑い顔の直江に笑いかけた。 「・・・・・・いいんですか」 直江の目が心持ち大きく開かれる。 「お前と一緒がいいんだよ。プレゼント・・・・・・ありがとう、直江」 重なった掌に感じる幸せは、大きくて暖かい。 その暖かさにくるまれながら一番大事な言葉を、ぽとりと落とした。 「・・・・・・・・・だよ」 「?・・・なんですか、高耶さん」 少し首をかしげて耳を寄せた直江の耳たぶを僅かにかすめながら、もう一度、同 じ囁きを繰り返す。 『好きだよ、なおえ。ありがとう』 「・・・・・・っ、・・・たかやさん」 直江の不意をつかれた表情が可笑しくて、俺の口元が綻ぶ。 鮎川さんが操作したらしく、ドームの部分が機械的な唸りを上げて開いていく。 徐々に広がるパノラマに、瞳が太陽を東に月を西に星々の海へと漕ぎ出だす。 愛されていると実感した、この夜を、俺はずっと忘れない。 fin.
|
コメント もうこれ以上、引っ張るつもりが無いので、それこそやっつけ仕事のように強 制終了でかつ、地元ネタ。・・・・・・すみません。 地名を出すのが嫌で全部アルファベットにしてますが、解る人には解ります・・・ 建物や地名等実在しますが、他の設定はいいかげんです(~_~;)。 星の命名にしても、嘘のオブラートがかかっていますので信じ込まないで下さい ね。まぁ、大丈夫とは思いますが念のため。 高耶さん一人称ですすめてみましたが、苦戦の連続。 どっちの誕生日かわかんない話になってしまいました 誕生日小説は趣旨から言っても、相手方視点から書いた方が楽です。 解っていたのに、当人一人称で書き始めたまゆは、お・馬・鹿。 途中、直江がけちょ気味に傾いたので、最後ぐらいはスマートにとリベンジかけ てみたのですが・・・・・、どうもあんまり成功してませんねぇ・・・・・・・。 "企画"ものはこれからもするかもしれませんが、"おめでとう"が趣旨の企画はた ぶん、これが最後です。疲れた〜(T_T) |