直江誕生日企画と称してはいますが、「おめでとう」か主旨
のお話ではありませんので、ご了承願います。
シリアスムードですが、根本は甘々(…のつもり)




溺れる日 4






直江はプライベート時には、運転手を使わない。

煩わしいというのが本音だろうが、自身が運転するのが好きだからだ。

好きなだけに、実に滑らかなステアリング捌きだ。

「部活は周囲がそんな感じなんですか?」

しばらく走ってから直江は重い口を開いた。

「まさか」

前方をくっと睨んだまま運転されると、余裕が見えず怖い。

「いい仲間も出来たし、部長や上の先輩たちのほとんどは厳しいけど、しっかりして

いるし、むしろ楽しいくらいだ」

それは本当だ。

ただ、エスカレーター式の大学は社会の縮図のようなものが出来上がっていて、各自

のバックボーンがどうしても影響しあう。

伝統的な部ほどその色が強く、剣道部も例外ではない。

利害抜きでは人付き合いの出来ない人種にとって、高耶は異分子的な存在だ。


認知はされていても庶子という立場。

会社は既に兄たちがしっかり地固めしている。

将来の不安定な高耶と付き合うメリットを、計りかねているのだろう。

「馬鹿のレベルに下がる気はありませんが、それならそれで北条の家の者にずいぶん

浅慮な人たちですね」

吐き出すような言い方が、高耶を追い詰める本音を洩らさせた。

「でも、仕方ないよ。俺、大学でてもたぶん父さんの会社には入らないし…、家も出

るつもりでいる」

「はぁっ?!高耶さん、何ですって?!!」

直江が心底、驚いた顔をし、いきなり高耶に振り向いた。

「っ前っっ!直江っ、恐いから前、見て運転してくれっ!」

「大丈夫です、事故るようなヘマはしません」

わしづかみされたような視線に、身体が硬直する。

そういう自信が恐いんだよと、突っ込みたかったが軽口を言える雰囲気でもないので

止めた。

「母さんが死んで引取られた時から、世話になるのは大学を出るまでって決めていた

し、父さんにもそれは伝えてある」

「伝えたって…高耶さん……、北条氏は納得されているんですか?」

「…………本心はしてない…と思うけど、俺のやりたい事があるならって…」

「そうですか……」

眉間にしわを寄せた横顔。

苛立っていることは一目瞭然だが、何に苛立っているのか解らず高耶は理由は何であ

れ、直江の気分を苛立たせている原因は自分だ。

ほぐしようのない空気が車内を包み、高耶はつい親指の爪を噛んだ。

成長した今では滅多に出ない、幼い頃の癖。

「お止めなさい。お母様譲りの形のいい爪が、いびつになってしまうでしょう」

やんわりと窘められた。

直江の掌が重なり、そっと引き離す。

冷たくも熱くもないさらりとした掌の感触は、妙に気持ちよく高耶の高ぶった神経を

落着かせた。

「前にも何回か注意してましたが…まだ、治ってなかったんですね」

えっと、高耶は首を捻った。

直江のこの癖を見咎められたことがあっただろうか。

おそらく、兄や父たちも知らない高耶の癖。

しかも母の手まで知っているような口ぶり。

高耶は混乱し、直江を見つめた。

先ほどまでの険しい眉間が和らいで、今は微苦笑を浮かべている。

「…直江……あの……?」

「やっぱり忘れていたんですね。高耶さんが…そうですね…ぇ、5、6歳の頃だった

でしょうか。何回か私たちは会ってますよ。勿論、お母様にもね」

驚いて高耶は声も出ない。

「もっともその頃は高耶さんが、北条のお子さんだとは知りませんでしたが…」

「……ごめん、全然、記憶にない……」

「でしょうねぇ。まぁ、小さい頃のことなんて本人はあまり覚えてないものですよ」

自分が5、6歳ってことは、直江が16、7歳の高校生。

確かに記憶があやふやな頃だ。

「でも、俺のこと知ってたんだったら、引取られた時に教えてくれたって…」

数年経ってから、実はなどと打ち明けられると、どうも居心地がが悪い。

「私は一目でわかりましたが、高耶さんの方がすっかり忘れているのを見ると、何か

しら打ち明けにくくて」

ますます、苦笑が深くなる。

「あぁ、そろそろご自宅です。今夜は私のためにわざわざすみません。お兄様方には

お忙しい中有り難うございましたと、お伝え願えますか?」

「ううん、こっちこそ。せっかくのお祝いが中途半端になってしまったて、ごめんな」

車は思ったよりスムーズに流れ、言葉どおりあっという間に自宅に着いた。

門扉に近づくとセンサーが働き扉が開く。

車が玄関前の車寄せに止まると、高耶は直江にマッチ箱ほどの小さな包みを渡した。

「後になったけど、誕生日プレゼント」

「開けていいですか?」

頷くと、直江は壊れ物を扱うように、そっと包みを開いた。

中には飾り玉が付いた、携帯ストラップ。

ガラス細工で一見するとビー玉のようにも見える。

ビー玉と違うのは、オレンジ色の基調に華やかな色模様が幾つも入っているところだ。

「トンボ玉っていうんだって、知ってたか? 何にするか、すんごく迷ったんだ。直江

はブランド物は大抵持ってるし、そんなのありきたりだろ?日にちも無いし、どうしよ

うって悩んでたら、女子部の一人の携帯にそれが付いてて…。きらきら光って綺麗だ

し珍しかったから、どこにあるか教えて貰って買ったんだけど、どう?」

「ありがとうございます」

心からの笑顔をむけられ、高耶の心臓がトクンと跳ねた。

「砂漠か…そうですねサバンナの夜明けのような色あいで、日に透かすととても綺麗な

んじゃないでしようか……」

「あっ、それ、俺もそんな風に、思ったんだ」

気に入ってもらえてよかったと安堵し、高耶は俯いた。

じっと見詰てくる直江の視線が痛かったからだ。

「高耶さん」

「何?」

「昔、私と一つ約束を交わしたんですが、思い出せませんか?」

逢っていたことさえ忘れていたのに、自分は直江と何を約束したのだろう?

戸惑う高耶の左頬を、直江はゆっくりと撫ぜる。

思いがけない仕草に高耶の心が震えた。

おやすみなさいと告げられた声が遠い。

燃えるように熱い頬。

その熱はどこか悲しく、高耶を切なくさせた。












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コメント

やっと・・・お誕生日モード。
暗くするつもりは無かったので、これで軌道修正できたかな?

希望としては、後一話か少なくとも二話ほどで終わらしたいです。