直江誕生日企画と称してはいますが、「おめでとう」か主旨
のお話ではありませんので、ご了承願います。
シリアスムードですが、根本は甘々(…のつもり)




溺れる日 3






氏政が選んだ店は、本当に隠れ家のような店だった。

古い住宅街のはずれにあり、看板もそれらしい案内も全く無い。

白漆喰と焼杉の壁板が印象的な建物で、前庭には樹木が高低差をつけて植えられて、

人を奥へと誘うように設計されている。

草木の合間に陶器のフットライトが灯り、温かみが何ともいえない

パッと見は、ギャラリーか小美術館に見えなくも無い瀟洒な店だ。

一つ通りを向こうに出ると大通りがあり賑やかなのが、嘘のように静かな場所だった。

料理は和風フレンチ。

舌に煩い氏政のお眼鏡にかなった店だけに、味も量も申し分なくメインの肉料理の頃

には、高耶もさすがにダイエットの文字が脳裏にチラチラ点滅した。

「高耶さんは、いつ見ても食べ方が綺麗ですね」

向かいの席に座った直江が、氏照とワインの酌を交わし合いながら言った。

値段の無いワインリストから、舌を噛みそうな名前のワインを二人して水のように飲

んでいる。というより、氏照が直江を付き合わせているのだが…。

何たが、誰のお祝いが解んないなぁと高耶は、内心苦笑した。

横に並んだ氏政も同じ気持らしく、時折、氏照を軽く睨んでいる。

「そうだろぅ?うちの賄いの田窪さんが、高耶が来てから造りがいがあるって喜んで

いるんだ。なにしろ高耶は彼らのアイドルみたいなもんだからなぁ」

「よしてよ、兄さん」

「アイドル……ですか…?」

クスクスと直江に笑われ、兄たちも笑みを浮かべている。

どうも、家の者といい兄や直江たちといい、高耶を子供扱いしている節がある。

20歳目前の自分に、アイドルも何も無いもんだろうと高耶は憮然とした。

今夜は直江が氏照と談笑する姿を、高耶は斜め向かいから、妙な動悸を感じることな

く彼を見ることができた。

「高耶さんは、やっぱりお魚の方が良かったですか?」

直江に気を取られていたせいで、手がとまっていたのを、直江が目聡く見つけて訊い

てきた。

「あっ…ち、違う……。ちょっと右腕が痛くって……」

まさか、見惚れていましたとも言えず、咄嗟に他の理由を答えた。

「どうしたんだ?」

「どうかなってたのか?」

「どうされたのですか?」

三人一緒に詰め寄られ、高耶はびくっと肩を揺らした。

何なんだ、この反応は?

「高耶……」

氏政がさっとその場をとりまとめ、高耶に向き直った。

「調子が悪いのだったら…」

「違うよ。朝練の時に、相手の小手が少しずれて…ここの…肘上に決まってしまって

さ。まだ少し痛いんだ」

気にするほどではないが、何かの拍子にツキッと痛む。

「どのへんだ?」

見せなさいと言われ、高耶はシャツの袖をまくりあげ氏政に痛む箇所を示した。

直江が眉をわずかにひそめていた。

「痣になってるな…少し、腫れているようだから、戻ったら湿布をしておきなさい」

「なまじ下手に決められてしまうと、あちこち痛むよなぁ…」

氏照も学生時代は剣道部に席をおいていたから、覚えがあるらしい。

「氏照兄さんも?」

氏照は全日本大会の優勝経験を持つほどの腕だ。

「そりぁ、あったぞ。もっとも、俺はそんな奴には倍返しだったけどな」

………氏照の倍返し………。

想像するだけでも、嫌だ。

と、氏政の仕事用の携帯が鳴った。

急を要する件らしく、高耶と直江に断ると氏照を伴って部屋を出て行った。

残った二人は妙な気まずさを味わっていた。

「高耶さん」

改まって呼ばれた。

「もしかして、他にも痛むところがあるんじゃないですか?」

氏照とあれだけワインを飲んだわりには、直江の口調はしっかりしている。

酒豪の兄に遜色なく付き合えるとは、スマートな物腰に反して男っぽい。

そんなとこもいいなぁと、理知的な顔に見入っていたらもう一度、高耶さんと声をか

けられはっとした。

「あっ…うん……脇下とか少し……。右ほどじゃないけど、左腕も」

何で、解ったのかと思った。

「高耶さんの仕草が、いつもより少しゆっくりされていたからですよ」

フォークの上げ下げや、物をとる時のちょっとした動き。

それらが、普段より遅かったかららしい。

「練習が厳しいんですか?」

「厳しいけど…たぶん、それだけじゃないと思う…」

直江の表情が、えっと止まった。

「たぶん……やっかみ…かなって……」

補欠とはいえ、先輩たちを差し置いて高耶はメンバーに選ばれている。

大会だから、実力主義があたりまなのだが、新入生の高耶が頭角をあらわしているこ

とを面白く思わない連中もいる。

一種のいじめだ。

あからさまに怪我をさせると問題になるから、ぎりぎりのところを狙ってくるのだ。

「…誰ですか?、その卑怯な奴は…」

「いいじゃん、誰だって。それに、そんな事は企業秘密だぞ」

それなりの子弟が多く通う大学だ。

名前を言えば、すぐにお里の調べぐらいついてしまう。

事を荒立てたくない高耶は茶化して、直江の質問をはぐらかした。

「高耶さん」

「あっ、それと他の打ち身は、兄さんたちにも内緒だからな」

直江は高耶の返事に押し黙ると、グラスに残っていたワインをくっと空けた。

直江の不機嫌そうな様に高耶は悲しくなった。

せっかくのお祝いだったのに…。

ますます重くなるムードに高耶はどうする術もない。

困り果てた時、やっと兄たちが戻ってきてくれて高耶は心から安堵した。

結局、兄たちは会社に顔を出さねばならなくなり、高耶は直江の車で戻ることになっ

てしまった。














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コメント

書いていたら、この「3」がかなり長くなってしまったので、分けました。
こんな調子で終わるんだろうか・・・。
甘いはずのお話なのに、暗いっ!
う〜ん・・・閑話休題的に何か違うの書きたいなぁ・・・・・・