直江誕生日企画と称してはいますが、「おめでとう」か主旨
のお話ではありませんので、ご了承願います。
シリアスムードですが、根本は甘々(…のつもり)




溺れる日 2






弱冠31歳の大手不動産会社社長。

それが、直江信綱の肩書だ。

その若さで百戦錬磨の会社経営を切盛りしているのだから、凄腕だ。

ハンサムでやり手とくれば、マスコミがとびついてきそうなものだが表には一切出て

いないし、下手をすれば一般の社員でさえ彼の顔を知らないらしい。

「社長の顔なんか覚えていないぐらいが、丁度いいんですよ」

いつだったか、直江はそう言った。

「自分の仕事に専念していたら、そんな直接関係ない人間の顔なんか知らなくて当然

です。むしろそうじゃないと困りますね。たぶん、高耶さんとこにしてもそうだと思

いますよ」

まだ、学生の高耶からしたら不思議な感じだが、案外そんなものかもしれない。

高耶の家、北条も名前を出せば知らぬ者がいないくらい大きなグループ企業の筆株

株主兼経営者の家で、そんなトップの顔を一々下の社員まで見知っていたらそれも

変な話だろう。

高耶は今年、大学に入ったばかりだ。

某有名私立大学の外部受験組で首席入学だったから、頭はいい。

直江の実家と高耶の家は旧華族に継がる家で、母方の血筋が縁続きになる。

母方といっても、高耶とは直接関係はない。

高耶はいわゆる庶子、北条の父が別の女性に産ませた子供だった。

だから高耶は母方の仰木の姓を名乗っている。

親子と言ってもここ数年のことだ。

三年前、高耶の母がガンで亡くなってはじめて高耶は父親の存在を知った。

それまでずっと母一人子一人の生活で、二人、肩を寄せあって生きてきた。

母は看護婦をしていたから、食べていくのには困らなかったが、いつも何かに追われ

るように住所を転々としていた。

今、思えば、父の捜索の手から逃げていたのだろう。

父と母の間に何があったのか、高耶は知らない。

愛は……あったと思う。

時々、どこか遠くをみていた母。

連絡を受けて駆けつけてきた父の、眼を閉じた母を凝視(み)つめた顔と高耶を抱き

しめた腕の熱さ。

言葉にならない父の嗚咽。

母親という支えを失い、将来の不安に立ち竦んでいた高耶にとってそれは、大海を進

む小船のオールのような安堵を与えてくれた。

どういう形であれ、心の拠所があるのと無いのとでは大違いだ。

もっとも父親が解ったからといって、高耶に父の、北条の家に入る考えは無かった。

未成年だから当分の生活は仕方無いにしても、それは成人するまでのこと。

それ以後は自活するという高耶に、父親はとんでもないと首を横に振った。

やっと見つけた大事な子供を、はいそうですかと放り出せる訳が無いと父はきっぱり

言い張った。

「家の中のことは心配いらない」

高耶の肩をしっかり掴み、視線をひたと高耶にあてて父親は高耶を説得した。

「妻………は、ずいぶん前に亡くなっているし、おまえの兄たちも高耶が来るのを心

待ちにしているんだよ。年が離れているから普通の兄弟のようにはいかないかもしれ

ないが、誰も高耶を邪魔に思う者なんていないから…」

遠慮も、余計な心遣いもするなと。

実際、その通りだった。

北条の家に入った高耶を誰も彼も、優しく暖かく迎えてくれた。

長年、高耶たち親子を探し回っていた父親の苦労を、皆が知っていたせいかもしれない。

高耶の知らない所で批難や、やっかみがあったのかもしれないが、身内がしっかりガ

―ドしていてくれたせいで、高耶の耳に届くことはなかった。

優しく強い父と、出来た兄弟。

彼らの気持ちに応えるため、それまでとは全く違う世界に足を踏み入れても、高耶は

怯まずに努力してきた。

大学入試はその結果の一つだ。

父も、兄達も、我が事のように喜んでくれた。

これから先も、彼らの期待を裏切らずにいけたらいい。

高耶への評価は母の評価にもつながるはずだ。

それが高耶の希望で願いだった。

直江信綱―――なおえ……。

心の裡で呟くと、そこだけほわっと暖かくなる気がする。

女手の無いこの家で、自身も忙しい身の上だというのに、直江は内々のことを迅速に

処理してくれている。

もとは本妻を亡くし、後妻にと思っていた高耶の母も姿を消し、女手に困り果ててい

た父を、本妻の従姉妹で仲の良かった直江の母が手助けしたのが始めだ。

直江もその母に連れられて北条の家に出入りするようになり、また次兄の氏照の高校の

後輩で彼と気が合うこともあってか、いつの間にか直江も母の仕事を分担するようにな

った。

高耶が来てからは、忙しい兄たちの代わりに直江が高耶の世話や相談に乗ってくれた、

頼もしい存在。

大人で毅然とした彼を見ていると、あんな人になりたいと高耶はいつも思う。

偉ぶることなく人を庇えて、助けられる人になれれば……。

高耶の成人だけを楽しみにしていた母も、直江のような人間になれば、きっと誇らし

い気持ちになってくれるに違いない。

「………サッカー……、観たかったなぁ……」

ぽつりと呟き肩を落とした。

駅への道を高耶の足どりは、重い。

まだ4月末だと言うのに、陽射しはきつく気温も高い日だった。

気持ちが滅入っているせいだろう、担いだ剣道具の袋が肩に食い込みそうだ。

照り返しのきつい太陽に、高耶の額はうっすらと汗ばんだ。

と、道路脇、高耶のすぐ傍で黒塗りの車がスッと停まり後部座席の窓が下がった。

「高耶」

長兄の氏政だった。

高耶は氏政が苦手だ。あまりにも歳が離れすぎていて、どう接したらいいか解らない

せいだ。

氏政自身が、あまり感情を表に出さない性格なのも要因だろう。

お互いが距離を掴みかねて、まるで縄張りを主張しあう動物のようだ。

「大学か?」

「うん」

「送っていこう、乗りなさい」

弱く冷房を効かせた車内は心地よく、高耶はほっと一息ついた。

「大学はどうだ?」

「どうって言われても…まだ、始まったばっかりだし……」

困ったなと俯く高耶に氏政は苦笑した。

「そうだな、すまん。お前は私と似たとこがあって、人見知りしやすいから、つい心

配でな」

高耶ははじかれたように顎を上げた。

銀色のフレーム超しに氏政に瞳が優しく揺れていた。

兄弟とはいえ、自分たち三人は全く似ていない。

高耶は母親似だし、氏照は父親、氏政は本妻似だから、傍から見たら赤の他人に間違

われがちだ。

ましてや苦手意識の強い長兄に、そう言われると……。

「さっき、直江と話して気が付いたんだが、高耶、来月の連休は空いているのか?」

「日によるけど、何日?」

「3日だ」

大丈夫たと頷くと、氏政が直江を誘って食事に行こうと言い出した。

勿論、氏照もだ。

「何で?………って…あっ!!」

「思い出したみたいだな、あいつの誕生日だ」

大学入学やそれに関わる繁多な出来事のせいで、すっかり失念していた。

「まぁ、祝われて嬉しい歳でもないだろうが、こういうのはそれこそ気持ちだろう」

高耶は素直に頷いた。

「お店は兄さんが捜しておいて、美味しいのは当然だけど、皆、忙しいから、ゆっく

寛げるおみせがいいよね」

「わかった」

頷く氏政に、高耶は屈託の無い笑顔を向けた。















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コメント

行き当たりばったりで書くと、早速、辻褄が合わなくなってきた…(爆)
ので、直江と高耶さんの年令を上げました。お馬鹿な、まゆ。
「おめでとう」が主旨ではないんですが、まぁこのぐらいはねと少しだ
けお祝いムードです