花の棺(ひつぎ) 後 |
花盗人の狩りは容赦がない。 唯一無二のこの花を、手折る時だけ花盗人は己の存在を確認していられる。 しなやかに抱かれながら、この花は氷のような芯を持っていた。 永久凍土に咲く焔の華。 不用意に触れれば、この身を焼き尽くす。 烈火の華は己の烈しさと同等の激しさしか求めていない。 だから花も荒々しい蹂躪を余すとこなく受け入れた。 乾いた花が水を請うように、景虎は直江の与える熱い熱を求める。 陵辱も愛撫も―――彼の糧。 圧倒的な力に屈し、踏みしだかれ、その花奥を暴かれて所有の楔を打ち込 まれる。 気も狂わんばかりの屈辱と快感の狭間で悶えながら、景虎は更なる糧を欲 してその身を曝した。 果ての無い飢え――― この飢えを満たせるのは、この男の他には・・・いない・・・………。 花はその男の全ての物を絡め執り、全てを欲していた。 生きながら堕ちる、飢餓の道 仏の加護を受けながら、何と皮肉な事か・・・・・・。 ―――なおえ・・・ 私はきっと、蓮花の上には乗れないな・・・ 潤んだ瞳の奥で、景虎は小さく呟いた。 「何処を見ておられるのですか」 直江の言葉に、景虎の瞳が見開いた。 だが、激しい責めにその瞳は涙をため揺らいでいる。 「なに…を……」 「気がつかないとお思いですか」 眉を心持ちひそめ、直江は低い声で問う。 「こんな場所で、まるで誰かに見せ付けるかのように……。いつもの貴方 なら…」 端近なこの場所で、誘いをかけたりしてこない。 詰りながらも耳許で吐息ごしに熱く囁かれ、景虎は意識を惑乱される。 「誰が見るというのだ? ここには私の結界を張り巡らせてあるだろう」 向島の辺りでも、この寮は奥まった場所にあり通りからは解りにくい。 景虎は直江の疑問を跳ね飛ばし、彼へと身体を寄せた。 「もしも・・・、誰ぞが居たら止めるのか・・・・・・?」 艶めいた笑みが、拒みきれない誘惑を仕掛けた。 「まさか」 うっそりと笑みを浮かべ直江の唇が景虎ののけぞった喉を這う。 そのまま噛付くように景虎の唇と合わさった。 「ぁ……っ……」 喘ぎが漏れ、互いの吐息は蜜色に溶けあっていく。 目眩のしそうな熱い時間が再びゆっくりと周り出し、淫らな恋は深い淵へ と流れ出して行った。 何時の間にか夕闇が押し迫っていた。 行灯に早めの火を灯せば、薄闇がひたひたと打ち寄せる。 蜩がかなかなと細く鳴く声は、残照の彼方へと吸い込まれ赤く染まる。 「………あつい……」 景虎は横たわったまま、ぽそりと呟いた。 首筋を一筋の汗。 直江はその白い身体をさっと清め絽の着物を掛け、冷たい手脱いをと裏の 井戸へ向かうため部屋を出た。 足音が遠ざかったのを確かめ、景虎は身体を起こし庭の緑陰を見やった。 風も無いのに、枝葉が揺れる。 「いつまで、そこに居る気だ?」 男はふらふらと立ち上がり、焦点の定まらない視線を景虎に向けた。呆然 と夢を見ているように、瞳も身体もどこか筋が無い。 「私は戻らぬ…」 「…………」 形ばかりに着衣を整え、景虎は続ける。もう、男の方は見ていない。 「もっとも、そなたがあれ以上のものを、我に与えられるというなら考 えぬ事もないがな……」 乾いた笑いが景虎から漏れた。 「鬼に喰われれば、人は死ぬ。我らは夜叉ぞ、覚悟をいたせ」 花の夜叉は微笑った。冥く艶めいた笑みの奥に誘蛾灯の炎が燃えている。 「早ょう、去ね」 男は弾かれたように屋敷を飛び出した。後も振り返らずに、ただ駆ける。 ―――喰われてもいい…… そんな想いが胸をかすめる。 人に戻れずともいいと思ってしまう気持ちが恐ろしい。 叫び声さえ上げられない、恍惚とした恐怖に自分が捕まった事を知りなが らも、男は元いた場所を目指すように路を駆けていった。 花の底には、永しえの闇 蜘蛛の絲さえ届かぬ深淵 だがその闇こそが 安らぎの場所―――
初出 99'07'00
改稿 03'07'10 |
コメント 改稿した割には短いです、スミマセン 言い訳・壱> 前編でも触れましたが初出当時、『邂逅編』は出てません。 と言うか出るなどとは予測も出来なかった時なので、二人の設定は、ま ゆ仕様設定になってます。 原作者の言葉に引き摺られるのが嫌で、あの頃は時代物ばかり書いてい ました。でも邂逅編が出ちゃって、気持ちがドボン状態。 性格上、パラレル設定物が書けなかったので余計駄目でしたね。 言い訳・弐> 実はコレ、まゆが意識して書いたものでは初の○ロ物。 えーこれでぇぇ〜?!と、言わない、そこ(苦笑)。 これでも、精一杯書いたんだから。 今もそうですが、○ロのH言葉を直接書くのは大の苦手。 読むのはバンバンOKなのだけどねぇ〜(ため息) まぁ、どちらかと言うと、○ロよりは○ロスの方が書きたいので仕方な いのかもしれません。 |