Q&A7
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Q7  借地関係を整理して、土地を返還してもらうこととしましたが、借地人から建物を「時価」で買い取るよう言われました。「建物の時価」とはどのようなものでしょうか。
A7  簡単にいえば、買取請求があったときの建物の経済価値に、一般的には「場所的利益」といわれるものを加算して求めます。
 この問題は、具体の事案に応じて複雑な対応が必要となりますので、正式な鑑定評価が必要な場合は、不動産鑑定士に具体的に相談してください。
 
 この問題(特に「場所的利益」)は、難しい問題を含んでいますので、以下、やや詳しく記載します。最後の方に具体事案の計算例を書いてますので、理論は必要ないという方は、最後の「3 具体想定事案による試算」をご覧ください。

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1 建物買取請求権の意義及び存在根拠の整理
 (1) 借地法4条2項
 土地賃貸借において、約定期間又は法定存続期間が満了することにより、借地権が消滅せんとする場合、借地権者は契約の更新を請求することができる。これに対し土地所有者は、自ら土地を使用することを必要とする場合その他正当事由があるときは、更新を拒絶することができる。
 このように、更新を拒絶され、又は借地権者が更新を希望しない場合(このような場合は稀)、借地権者は土地所有者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に付属させた物を時価で買取ることを請求することができる。
(2) 借地法10条
 第三者が借地権付き建物等を取得した場合、当然その土地の賃借権の譲渡を伴うものであるが、賃借権の譲渡・転貸は賃貸人の承諾が必要であり、承諾を受けずにこれを行った場合は、契約を解除され、第三取得者は建物を収去し土地を明渡さなければならない。この場合、第三取得者は賃貸人に対し、同土地上の建物等を時価で買取ることを請求することができる。
(3) 存在根拠
 更新拒絶により、直ちに建物を取壊して土地を明渡さなければならないということは、借地人の負担はもとより、国家社会的損失も少なくない。これに対し賃貸人は正当事由の有無はともかく借地権が消滅して土地が戻ってくるわけであるから、その経済的利益は大きい。この借地人と賃貸人の利害の衡平をはかり、かつ、国家社会の経済的損失を少しでも少なくしようとするのが、本規定の趣旨であろう。

2 建物の時価の整理
(1) 算定基準時
建物買取請求権:一種の形成権 → 行使により時価買取売買契約類似効果発生
→・時価算定基準時:買取請求権行使の時  ×期間満了時  ×更新拒絶の時
(2) 建物の時価の内容
 鑑定評価理論でいう原価法の適用による経済価値とほぼ同義と考えてよいと思われる。すなわち、大判S7.6.2外の判示によると、「建物の新築と同時に買取請求がなされた場合には、その建築費相当額、その後になされた場合には、大体においてその建物と同等の資材をもって買取請求時にその建物と同様の建物を新築する価格から、その建物が使用に耐えない状態に至る総耐用年数に対し相対的に考えられる実際の経過年数に応じた減損価格を控除した純建物価格によることが最も妥当である。」としている。
(3) 建物の時価と借地権価格
建物の時価に借地権価格が含まれるか否か。すなわち、評価として「借地権付建物」の評価を行うか否か。が問題となる。
   この点、判例学説とも借地権価格を含めないことで一致している。
 (私見による理由)
@ そもそも、鑑定評価理論において、物の正常価格とは、売り手買い手とも市場参入退出の自由がそこにあるが、本件では、賃貸人と賃借人(借地権者等)に市場が相対的に限定されており、当事者間の市場事情を考慮する必要がある。
A 借地権価格とは、取引慣行次第だが、法により保護された借地人の経済的利益、すなわち、土地を長期間占有し、独占的に使用収益できる安定的利益並びにこれに基づき発生した賃料差額(正常賃料−実際賃料)及びその乖離の持続する期間を基礎にして成り立つ経済的利益の現在価値のうち慣行的に取引の対象となっている部分そのものである。
B 以上のとおり取引当事者が限定され、借地権価格の発生が法により保護された法益に大きく依存することを考えた場合、底地所有者が借地権付建物を一般取引で買い取るのではなく、借地権の不存在を前提にして標記借地法の立法趣旨に基づき買取るのであるから、借地権価格を含めた建物の価格で買い取る、とするのは不合理である。
換言すれば、貸したものを返してもらうのに、貸したことにより発生した利益に相応する価格分まで含まれたのでは、貸した側にあまりに酷である、ということである。
 ただし、次に述べるように、建物価格だけでは、借地権者と底地所有者との衡平が図られないのはいうまでもない。
(4) 建物の時価と場所的利益
@ 考え方
 判例・学説とも何が場所的利益であるかについて明言しておらず、結局当該建物の時価を鑑定評価するに当たって鑑定人が各事案に応じて判断しなければならない。
 場所的利益は、借地権価格そのものではないことは当然であるが、評価条件等により、建物のみの部分鑑定をすることの不合理性に基づくと考える。すなわち、取引相手が限定された当事者間においてのみ成立する場合の借地権等の建物存立根拠がない(底地権者が借地権の消滅を前提として建物を取得する)場合の特殊な関係での建物を取得する者の利益、逆にいえば借地権を失う者(失った者)の損失の調整(これは法の要請によるものではあるが)に根拠を求めることができると考える。
 このことについて「民事裁判と鑑定(澤野順彦)」P337では次のように述べている。
「借地権価格を一応の基準とすることの理論的根拠としては、借地権価格の発生原因から考えることができる。(略)すなわち、一般に借地権価格といわれているものの中には、借地法によって保護されていることによって発生する価格部分と、それ以外の部分、すなわちその土地上に建物が存することによって受ける建物所有者の事実上、経済上の利益がある。このことは、借地権が消滅した場合であっても、従前有していた借地権価格から借地権の存在を前提とした価格ないしは借地法によって保護される利益を控除した残りの事実上の利益相当分が存するということができる。
 したがって、いわゆる場所的利益の算定方法は、借地権価格に準拠し、そのうち土地上に建物等が存することによる事実上の利益がどれだけか、換言すれば借地権価格から借地権の存在ないしは借地法によって保護される利益の経済価値分を控除することによって求めるのが理論的にも妥当であると考える。」
A判例での算出方法
・東京地裁S39.9.21:
場所的利益価格=[更地価格-建付減価相当額(3%)]×借地権割合(80%)×場所的利益割合(50%)
・大阪高裁S40.2.4:
場所的利益=建付地価格×15%相当額
・横浜地裁S41.12.24:
「他に賃貸し、その賃料によって収益することを目的とする建物の時価を同建物の残存耐用年数期間中に生ずるであろう純収益総額の現価額に耐用年数経過後の建物の残存価格を加えた価格」→場所的利益を反映した建物時価
B鑑定学説上の試行(鐘ヶ江晴夫著「不動産鑑定評価実務総覧」P1039以下)
 借地法は、市民法的借地(大店舗、マンション、事務所等)も社会法的借地(生業用、零細居住用)も一様に区別することなく保護する規範複合体であるという見地から出発すると、買取請求建物に付随する場所的利益とは、市民法的借地(資本制的借地)にあっては、収益・財産利益等すなわち経済利益であり、社会法的借地(非資本制的借地)にあっては、生存権・居住権・郷里観念などいわゆる生活利益であると思料される。
 市民法的借地は、すべてが経済計算として表現され、借地権価格(割合)も財産権としての法的価値は同じであっても、地域により80%〜90%ばどとされることから明らかに、借地権割合(例えば70%)との差は、地域の収益性向としての場所的価値の表示であると考えられる。しかるところ、社会法的借地権においては、借地権価格(割合)は、都内においてほぼ70%とされるから、場所的価値は、借地権の価格面からは捉えられない。それは、経済価値ではないのだから経済計算としては現われ得ないからであろう。そうだとすると、社会法的借地権の場所的価値は、借地権価格の一部ではなくて、それ以外のところになくてはならないことになる。
 したがって、不動産鑑定評価の思考方法からすれば、社会法的借地権の場所的価値は、更地-標準借地権(割合)のうちに存在することになる。なぜならば、更地価格とは、土地の最有効使用を前提として決定される価格であるから、その土地の最高価格であり、したがって、更地価格の上に更に場所的価値がプラスされるということは考えられないからである。
 こう考えると、今度は更地尾更地−借地権は底地で、全部が地主に帰属する権利であるという思考基準は、社会法的借地に関する限り成立しなくなり、次の公式とならざるを得ない。
 更地=借地権+底地+場所的価値・・・・T
 そうすると、社会法的借地における底地とは、その借地の非資本性的相当地代の標準資本利回りによる資本還元価格であると考える以外に考えようがないことになる。社会法的借地権価格はもともと収益性からではなく、非資本制的地代の上に成り立っているのだから−このように考えるべきだろう。
 ちなみに、上記論法をもってすれば、市民法的借地には次の公式が成立し、場所的価値は、まさに借地権の一部であるという学説(例えば星野英一著「借地・借家法」法学全集(26)P366)と一致する。
 借地権=標準借地権割合(例えば70%)+場所的価値割合
 地代=底地×標準資本利回り
 更地=底地+借地権・・・・U
 以上の考えから次のとおり試算している。
 場所的利益(660万円)=更地価格(2,280万円)−2,280万円×70%(借地権割合)−24万円(底地=地代の資本化額)
 なお、この試算では、場所的利益は更地価格の28.9%、借地権価格の41.4%となっている。

3 具体想定事案による試算
 次に、以上までの考察をもとに、以下の具体事案を想定した概略試算を行ってみる。
・土地:松山市内150u、更地単価13万円/u、地代25万円/年
・建物:延床100u、築後60年、残存耐用年数3年、推定再調達原価10万円/u
(1)建物価格:100,000円/u×[3/(60+3)]×観察減価(1-0.3)×100u=33.3万円
(2)場所的利益価格
@借地権に一定割合(30%)を乗じて求める方法
更地価格:1,950万円(150u×13万円/u)
基礎価格:1,892万円=更地価格×(1-建付減価割合3%)
借地権価格:851万円=基礎価格×借地権割合(50%)×(1-市場性減価10%)
場所的利益価格:255万円=借地権価格×30%
A(更地価格−借地権価格−底地価格)×50%による方法
底地価格:575万円=[地代(25万円)−諸経費(公租公課等2万円)]÷還元利回り(4%)
場所的利益価格:262万円=(1,950万円−851万円−575万円)×50%
B調整:(省略、ここでは、@とAの中庸値259万円を採用。)
(3)「建物時価価格」
(1)+(2)=292.3万円となる。