土地使用貸借権と建物使用貸借権について

はじめに

 使用貸借は、物の利用に関する契約の一類型であるが、使用収益が無償でなされる点に特徴がある。したがって、その目的物が動産でなく、高額な不動産である場合には、無償で使用収益できる前提として、ほとんどといってよいほど親子関係や親戚関係といった特別な人的関係が前提となっており、法的な解釈のみでは解決できない複雑な問題が生ずることとなる。
 そこで、本論文においては、建物所有のための土地使用貸借を中心として、まず、使用貸借の一般的な分析を行ったうえで、ひとつの事案を想定してどのような問題があるかを考察することとする。

目 次
T 想定事案の概要                         
U 土地使用借権について
 1 土地使用借権とは                       
 2 借地権、一般定期借地権、土地使用借権の一覧表比較       
 3 土地使用借権に係る判例の動向(建物も含む)          
 4 土地使用借権の経済価値について                
 5 土地使用借権の評価                      
 6 本件事案における考察                     
V 建物使用借権について
 1 建物使用借権について                     
 2 建物使用借権の経済価値について                
W 本件事案における土地使用借権と建物使用借権の関係        
 


T 想定事案の概要


                   建物:B所有



      
      土地:A所有

  土地所有権:A(登記A)           建物(RC3F賃貸用マンション)H3年築
  (契約時はA、契約後A死亡         建物所有権:B(Aの義理の弟、登記同人)
  により現在は妻A'所有、登記同人) 
  1階部分建物使用権:A'     
                       
【契約関係の整理】
・土地使用貸借契約 
平成3年、A所有土地にBの建物所有を目的とする土地使用貸借契約成立(契約書の作成なし) 
その後、A死亡により妻A'が土地所有者兼貸主の地位を継承
・建物使用貸借契約
上記契約と同時履行の関係において、B所有建物にAの居住を目的とする建物使用貸借契約成立(契約書の作成なし)
その後A死亡により妻A'が暗黙の了解で建物使用借権を継承


● 考察
 土地使用借権価格及び建物使用借権価格の有無並びにこれらの関係
 建物所有を目的とするため、使用収益の対価の支払を伴わない「使用貸借」を建物存立根拠としているのは、土地所有者であるAと土地使用借権者であるBとが、義理の兄弟の縁故関係にあること及びB所有の建物についてA'が無償で居住できるという建物使用借権を設定する約定があったからである。
 このように縁故関係を基にする債権債務関係において、それぞれの関係の整理とそれぞれの権利に価格が発生するのか、その関係はどうかについて、以下考察する。
U 土地使用借権について
1 土地使用借権とは
 使用貸借とは、物の利用に関する契約の一類型であり、(要物契約)、他人の所有物を使用収益する点では賃貸借と同一であるが、使用収益が無償でなされる点(無償契約)で賃貸借と基本的に異なる。また、使用貸主の使用収益させるという債務内容は、使用借主の使用収益を容認するという消極的内容にすぎず、契約の目的である使用収益が終了すれば使用貸借は終了し、使用借人が返還義務を負担するが、このような債務は相互に対価的依存関係に立つものではない(片務契約)。また、当事者が契約期間を定めた場合には、その満了により終了し、賃貸借のように更新に関する規定はない。さらに、使用借主の死亡により契約は終了するので、賃貸借のように相続の対象になることもない。
 一般の使用貸借は、上記のとおりであるが、その目的物が動産でなく、高額な不動産である場合には、法的な解釈のみでは解決できない複雑な問題が生ずる。
 すなわち、高額な不動産を無償で他人に貸すことは通常考えられず、不動産の使用貸借関係においては、ほとんどといってよいほど、契約当事者間は親子、親戚等の特別な人的関係が基礎となり、物の使用収益に係る適正な対価である賃料を概念し得ないところで、金銭以外の貸し借り、又は金銭で評価すること自体ができない関係があるからである。
 一方で、わが国における不動産賃貸借については、一般法たる民法では借主保護に欠けるという観点から、明治以降、建物保護法、借地法、借家法、借地借家法という特別法により賃借権の内容を強化した権利概念が築かれているのに対し、不動産使用貸借に関しては何らの個別法の適用もなく、先に述べた契約当事者の特別な人的関係がなくなった場合には深刻な問題が生ずるのである。
 ここに本件における問題の端を見出すことができる。
 なお、建物所有を目的とする土地の使用借権は、他のものを対象とする使用借権と比較すると法律上深刻な問題を発生させることが多いため、より慎重で保護的な取扱いがなされる傾向があるといわれている。
(不動産使用借権の存続保護の必要性を説くものとして、村田博史「不動産使用貸借論序説」不動産法の課題と展望(日本評論社、1990)等がある)
2 借地権、一般定期借地権、土地使用借権の比較
借地権 一般定期借地権 土地使用借権
賃料 賃借権:有償
地上権:原則有償、無償も可
無償
通常の必要費用を負担
期間 ・契約期間の定めあるとき
堅固:30年、非堅固:20年以上
・契約期間の定めないとき
堅固:60年、非堅固:30年
存続期間50年以上 ・契約に定めた期間
・ 契約に定めた目的に従った使用収益の終わったとき
・ 使用収益をなすに足るべき期間を経過 したとき
・ 期間目的を定めないとき:いつでも返還を請求し得る。
更 新 ・ 法定更新
・ 合意更新(法定の最短期間あり)
・ 契約の更新なし
・ 建物再築による存続期間延長なし(いずれも公正証書等による特約)
・ 法定更新なし
・ 合意更新(法定の最短期間なし)
借主の死亡 相続人が地位継承 効力失う
譲渡 賃借権:原則譲渡性はないが、地主の承諾により譲渡されることが多い。地主の承諾に代わる裁判所の許可制度あり
地上権:譲渡性あり
譲渡性なし
地主の交代 地上権、賃借権の登記又は建物の登記があれば、第三者に対抗できる。 相続の場合:相続人は貸主の地位を承継
その他の場合:第三者には対抗できない
存続期間満了時の建物の処理 現状回復義務、建物を収去しうる。
建物買取請求権あり 建物買取請求権なし。(公正証書等書面による特約) 建物買取請求権なし。
使用借人、借地人に帰属する経済的利益 長期の安定性と譲渡性を前提とした・借得部分・権利金の対価 譲渡性を前提とした有期間の(有力説)借得部分 非常に弱い権利で、譲渡性はないが、一定期間中の、土地を無償で使用しうることがある程度保証されているという法的保護法益
価格のトレンド かなり長期的に一定 逓減 逓減
価格水準の目安 松山では、更地価格の50%程度(住宅地) 設定時:・借地権価格の8割        6割程度 
      発生しない
      権利金相当
中期:2割〜3割
終期:1割
終了時:消滅、寄与配分益残る
・更地価格の2割
・借地権価格の1/3

(荒木新五外「現代マンション法の実務」商事法務研究会334頁引用)

3 土地使用借権に係る判例の動向(建物も含む)
 以上のような使用貸借(特に不動産)については、問題が深刻であるために、多様な事案において訴訟事件に発展しているが、(逆に不動産以外のものは訴訟とならない)背景事情が個別特徴的であり、類型化が困難な傾向にある。
 使用貸借の判例を、建物所有目的の土地貸借を中心にみていくと、解決の決定的な法理は、大別して
(1) 使用目的に従った使用収益の終了
(2) 目的に従った使用収益をなすに足りる相当な期間の経過
(3) 権利の濫用による請求の棄却、に分けられる。
 以下、それぞれについて概観する。
(以下の判例は、藤原眞知子「判例研究・不動産の使用貸借」不動産研究第31巻1号55頁を引用し、適宜解釈を付け加えた。)

(1)  使用目的が終了したとされた場合
 使用目的について争いがない場合や、背景事情から目的が認定できる場合は、使用目的の終了によって使用貸借は終了する。

@ 東京高判S51.4.21(判例時報815号53頁)
 明渡し請求認容
・判決理由要旨
「使用貸借の目的は、B親子(被告)がX(原告、Bの義理の親)夫婦と同居し、生計をともにする家族生活をなし、B親子の同居によって増大する生活費の補填を図ることであり、X夫婦とB親子との間には激しい感情の対立が生じ解決されないまま訴訟に発展し、親族としての情誼信頼関係は全く失われ、その責任は双方にあるとして、訴訟において解約の意思表示をした時期までに、目的に従った使用収益は終了した」

A 東京高判S56.2.24
 明渡し請求認容
・判決理由要旨
「使用貸借の目的は、洋弓場経営であり、洋弓場の営業を休止して長期間を経過し、営業再開の見通しが全くついていないのであるから、客観的には営業を廃止した状態となっているものとし、契約の目的に従った使用収益は終わったものと認めるのが相当である。」

(2) 目的に従った使用収益をなすに足りる相当な期間の経過で判断した場合
 使用貸借では、目的自体があいまいなことが多いため、土地使用貸借においては、「建物の存続期間」と「目的に従った使用収益をなすに足りる相当な期間」との関係が問題になる。
 この点について、居宅としての建物使用貸借についての東京地判S43.6.3(判例時報534号61頁)は次のように判断している。
「a居宅である建物使用貸借において『居住の目的』が、民法597条2項の使用収益相当期間を判断すべき『目的』であるとすると、借主が居住を続けている限り目的に従って使用収益を終わりたるときは到来せず、…貸主は明渡しを求めることができなくなる。かくては貸主の恩恵に基礎を置く使用貸借の借主の方が、有償契約である賃貸借における借主の地位よりも強大な保護を受け妥当でない。b民法594条1項が使用貸借の借主の使用収益権として、契約によって定まった用法に従い使用収益をなす権利と目的物の性質によって定まった用法に従い使用収益をなす権利との2種を認め、同法597条2項が返還時期の到来時期を契約によって定まった目的に従う使用収益の権利の行使の終わった時又はその権利の行使をなすに足る期間の経過した時と規定していることから、同条にいう『目的』とは、目的物の用法に従ってその物を使用収益するような一般的抽象的な目的を指すのではなく、契約締結時において、貸主が借主に対し、特段に無償の使用を許すに至った動機ないしは当事者の意思から推測される、より個別的具体的な目的を指すものと解すべきである。」
 この類型に関しては、次のBがリーディングケースとされるが、貸借契約や建物の経過年数、契約を成立せしめた事情や当事者の必要性の有無なども考慮要素とされ、結論が分かれている。

B 最判2小S42.11.24(民集21巻9号2460頁)
 明渡し請求認容
 ・当事者(被告Y1は被告Y会社の代表者、原告:Y1の母B及び兄弟姉妹)
 ・貸借の事情
 Y1らの父Aは、戦前から大阪市内で営んでいた個人事情を有限会社組織にして代表者になったが、その間に、係争土地を購入して、自己及び妻のB名義にした。昭和26年、Y1代表者となってY2会社を設立し、兄弟が協力して経営にあたることになり有限会社は解散し、昭和32年頃にはAは退隠して奈良県に居住するようになった。しかし、この頃から兄弟間に争いが生じ、Y1のみがY会社を経営するようになり、経済的な余裕があったにもかかわらず、父母に対する仕送りもしなくなった。昭和34年、Aは自己名義の土地を妻や子の原告らに贈与した。Y1は昭和26年頃、係争土地にあったA名義の建物を取り壊して自己名義の建物を建て、自ら居住するとともにY2会社に使用させている。A夫婦や原告らとY1との間の感情的対立は激化し、原告らは土地明け渡しを求める訴訟を提起した。
・判決理由要旨
「A、BとY1との間に黙示的に土地使用貸借契約が成立した。その目的は、Y1が係争土地上に建物を所有して居住し、かつY2会社を経営することであった。しかし、Y1は兄弟争い、父母への扶養もせず、使用貸借契約当事者間の信頼関係は地を払うにいたり、被告らに本件土地を無償使用させておく理由はなくなった。…民法597条2項の規定を類推し、貸主は借主に対して使用貸借を解約できる。」

C 東京高判S59.11.20(判例時報1138号81頁)
 明渡し請求認容
・判決理由要旨
「建物売却により敷地部分は、建物敷地として相当の期間無償で使用するという使用貸借契約が成立したが、建物の滅失又は朽廃までとする期間の定めがなされたものとまでは認められない。右契約の目的である建物所有のための相当の期間とは、契約当時の主観的及び客観的諸事情、その後の事情の推移、経過した期間の長さなど諸般の事実を総合し社会通念に即して決するほかない。本件土地の使用のいきさつはいわば戦後の混乱期における特殊な事象ともいえ、以来すでに30年以上も格別の支障もなく使用を続けてきたことからすれば、少なくとも契約目的に従った使用収益をなすに足るべき期間はすでに経過したものと認めるのが相当である。」

D 東京高判S61.3.27(判例タイムズ624号182頁)
 明渡し請求認容
・判決理由要旨
「本件建物建築の経緯に照らすと、本件建物建築の頃、原告Xと被告Y(Xの養女の夫)との間に本件土地について、Yが建物を所有してXと同居しXを扶養する扶養することを目的とする期間の定めのない使用貸借が成立した。右使用貸借は、通常の賃貸借以上にXとYとの信頼関係が維持されることを基礎として成立したものと解されるところであるが、XとYとの間の信頼関係はAとXとの間の不和により全く破錠しその修復は困難な状態にあり、これに伴い右使用貸借の目的であるXと同居しその扶養をすることも達成できない状態になっている。このような場合には使用貸借の目的に従った使用収益が終了したものとして直ちに返還義務が生ずるものとはいえないとしても、Xは民法597条2項ただし書の類推適用により、使用貸借を解約することができる。」

E 東京高判S61.7.30(判例時報1202号47頁)
 明渡し請求認容
・判決理由要旨
「貸主Xの祖父AがXの親権者を代理してX所有土地にXの叔母の相続人C所有建物のために無償使用を認めた関係、使用目的は建物所有目的であるが、民法597条2項の趣旨及び賃貸借との対比を考えると、本件建物が腐朽・消滅するまで継続すると解するのは相当ではなく、ただ相当期間本件建物を存置するというものである。Cの死亡により使用貸借は終了すべきところ、Y(Cの相続人)らが本件建物を存置所有することにXが異議を述べなかったから、使用貸借関係が黙示的に生じたもので、建物賃借人が退去して空家になったこと、本件建物が古い建築で相当傷みが激しいこと、Yらの使用以後でも6年経過したことを併せ考えれば、本件建物所有目的は賃借人の退去とともに完了し、本件土地使用収益するに足る期間を経過した。」

F 神戸地判S62.3.27(判例タイムス646号146頁)
 明渡し請求認容
・判決理由要旨
「被告が居住すべく地上に建物を所有することを目的とする賃借であるが、期間が賃借の時から40年、半分の明渡しの時から17年経過していること、原告が借家住まいであるのに、被告はマンションを購入したことがあり、他に住居を求める資金手当てが可能であることをも併せ考えると、遅くとも現時点においては、右目的に従って使用収益をなすに足るべき期間を経過している。」

G 東京高判S56.3.12(判例時報1016号76頁)
 明渡し請求棄却
・事案:貸主:甥A、借主:叔父B、原告:Aから代物弁済による取得者、被告:B相続人
・判決理由要旨
「建物所有を目的とする土地の使用貸借においては、当該土地の使用収益の必要は、一般に当該地上建物の使用収益の必要がある限り存続するものであり、通常の意思解釈としても借主本人の死亡により当然にその必要性が失われ契約の目的を遂げ終わるものではないから、民法599条が当然に適用されるものではない。……
被告ら(土地借主、建物所有者の相続人)は、相続により建物を共有するに至ったと同時に土地の使用貸借権をも相続し……前述の使用状況からすれば、いまだ土地の使用収益に必要な期間が経過したものと認めることはできない。」

H 神戸地尼崎支部判S49.10.30(判例時報788号86頁)
 明渡し請求棄却
・判決理由要旨
「被告は粗末な木造建物を取得するために出資して、資金不足のため隣地買収が困難であった原告の窮状を救ったともいえ、実質的な意味では無償とはいい難いものがあり、使用目的は被告の生活維持のため建物を所有することである。借地法上の借地期間に準ずる程度の期間は被告の生活を保証する意思があった、…使用するに足るべき期間を経過したものとはいえない。」

(2)  権利の濫用の法理による判断
このタイプは、使用貸借関係を終了させるために、土地を譲渡したと認められる事案である。

I 東京高判S61.5.28(判例時報1194号79頁)
 明渡し請求棄却
・判決理由要旨
「被告の夫(亡)の土地使用権は賃借権ではないが、終身の土地使用権を設定したもの……この使用権は、貸主の交代によって終了したが、前述の事情のもとで、原告(被告の義理の甥ら)らは、原告の母、父と被告との間の紛争を知りながら、土地の持分を譲り受けたものであるから、明渡し請求は権利の濫用である。」

(3) 判例動向のまとめ
 以上の判例を概観すると、使用貸借関係の終了の可否は
「貸借の目的」「期間の相当性」「権利の濫用」の判断を通しているが、当事者間の2つの関係によって、決定要素が異なっている。
 すなわち、@BDEの場合には、当事者は親族関係で、かつ扶養・扶助や精神的な援助が期待される関係にあり、かかる場合には経過期間の長さはあまり考慮されず、当事者間の関係破綻が決定要素とされる。
 一方、同じ親族関係でも扶養的要素の希薄なAFや第三者間のCGの場合は、経過期間の長さ、建物の価値、双方の土地使用の必要性の比較、借主の実質的負担の有無など経済的な要素が重視されているのである。


4 土地使用借権の経済価値
 以上のような性格を持つ土地使用借権について、借地権のような経済価値が発生するかどうか、が次に問題となる。
 そもそも、「他人の物を無償で借りており、約束の期間がくれば返還費用を負担したうえで返還しなければならない、さらに、その権利に譲渡性がなく、借主が死亡すれば相続の対象にもならない、ような土地使用借権」は、貸主・借主という当事者以外の第三者を対象とした市場を観念することができず、経済価値発生の大原則である市場を想定し得ない限り、そのものに対価が存するとみることはできない。
 では、土地使用借権には経済価値の発生の余地がないのだろうか。公共事業における損失補償実務においては、次のような取扱いがなされている。
「使用借権による権利に対しては、当該権利が賃借権であるものとして前条の規定に準じて算定した正常な取引価格に、当該権利が設定された事情並びに返還の時期、使用及び収益の目的その他の契約内容、使用及び収益の状況等を考慮して適正に定めた割合を乗じて得た額をもって補償するものとする。」
(「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」S37.6.29閣議決定第12条)
さらに、同基準細則第3条では「賃借権に乗ずべき適正に定められた割合は、通常の場合においては、1/3程度を標準とするものとする。」と定めている。
 このように契約期間途中において、当事者以外の公的機関たる第三者からの権利消滅要因がある場合には、補償の法理として、価格が発生する場合がある。
 この場合の、民法上の解釈及び鑑定評価理論に従った理論構成としては、次のような見解がある。(竹村忠明「借地借家法と補償」清文社208頁)
「借主に帰属する『経済的利益』が存在し、この利益を契約当事者の一方又は第三者の都合により喪失させようとする場合、そこに損失の発生を認めることができ、その結果、原因を与えた側でこれを補填することになる。そこで、ここにいう『借主に帰属する経済的利益』の内容が問題となる。民法594条1項、597条1項により、或物を使用及び収益すること、そしてそれが契約に定める一定期間にわたるものであること、の二つの要素が借主に帰属する経済的利益を構成する。そして、補償主体が第三者であるか、契約当事者の一方の貸主であるかにより、経済的利益の存否は分かれる。
 公共事業主体である第三者が補償主体となる場合は、借地関係の当事者の地位になく、借主に帰属する経済的利益の存在を否定できないので、補償義務を負うが、契約当事者の一方である貸主は、民法597条3項に定める「当事者が返還の時期又は使用及び収益を定めざりしときは貸主は何時においても返還を請求することを得」るので、通常の場合は貸主の側に補償義務の負担は原則として認められない。」
 この見解に従えば、通常貸主から借主に対して金銭の支払はないというものであるが、上記1 土地使用借権とはの後段で述べたように、建物所有を目的とする使用貸借関係においては、慎重な取扱いがなされるべきであるとの説も有力であり、貸主の都合により使用借権を消滅させる場合には、私見としては、対価の支払は避けられないと考える。(解約が可能かどうかの判断場面ではなく、対価を支払ったうえで、解約しようという場面での支払)
(このことは、借地関係清算の場合の地主による建物買取請求の理論的根拠である、建物が朽廃していない場合にこれを撤去することの国民的損失等々の考え方にも合致する。同意見の見解として鵜野和夫「土地使用借権とその評価」現代財産権の法律と評価、清文社がある。)
 上記鵜野鑑定士によれば、土地使用借権の価格が現実問題となるのは、次の場合である。
@ 使用借権の存続期間中に貸主の都合により対価を支払って使用借権を消滅させる場合
A 使用借権の存続期間中に使用借権と併せて土地所有権の売買がなされ、一括して定められた対価を使用借権者と土地所有者が配分する場合

5 土地使用借権の評価
 では、上記の土地使用借権に経済価値が発生し、価格を表示する必要が生じた場合の評価方法はどうか。
 これについて、公共補償の場合は既に述べたが、以下2つの見解をみてみる。
(1)  鵜野鑑定士の見解
@ 経済的利益による方法(消滅する残存期間中の使用借権に帰属する経済的利益の現在価値の総和として求める方法)
A 代替借地権による方法(代替地に借地権を設定するための費用と権利金及び残存期間に対応する期間中の賃料の補償として求める方法)
B 割合法(更地価格又は借地権価格に対する割合によって求める方法)
 により求めた試算価格のうち、@を中心に、ABを参考として評価する。
(鵜野和夫「土地使用借権とその評価」現代財産権の法律と評価、清文社)
(2)  澤野弁護士・鑑定士の見解
@ 当該土地の経済価値に即応した適正な賃料と使用借人が実際に負担している賃料以外の費用との差額及び差額が持続する期間を基礎として成り立つ経済価値を基本とし、
A 慣行的使用借権割合(土地価格の20%程度)
 による方法も実務的に認められる。
(澤野順彦「不動産評価の法律実務」住宅新報社)


6 本件事案における考察
 では、本件事案において土地使用借権の経済価値、価格が発生するかどうか、発生するとした場合、その評価額はどうかについて検討する。
 ただし、多くの仮定を置く概略計算である。
【前提条件】
@ 所在地:松山市内
A 地積:100坪 B更地単価:40万円/坪 C最有効使用:中低層共同住宅 D期待利回:3% E基本利率:5%F地域の借地権割合:50% G建物:RC3F共同住宅200坪、質量:普通程度、再調達原価:55万円/坪、経過期間:9年、残存期間:20年
H上記のとおり建物経済的残存耐用年数を残した平成12年時点で、貸主側からの申し入れにより、使用貸借権の消滅を要求した場合の対価相当分を試算する条件
(建物撤去費用等は考慮外)
【検討】
 上記設定条件においては、今まで述べてきたとおり、契約当事者の一方である貸主側の要求により土地使用借権を消滅するという前提である。したがって、借主側にとってみれば、建物存続期間中は脆弱ではあるが、縁故関係を基に、同契約が存続するという期待利益を喪失するものであり、これの利害調整として土地使用借権の対価が発生すると仮定することが妥当であろう。
【評価額】
@ 経済的利益による方法
借地料:100坪×40万円×3%=1,200,000円/年
割引率:0.5
借主に帰属する経済的利益の現価の総和
1,200,000円×0.5×12.4622≒7,500千円
(残存期間20年、5%の年金現価率:12.4622)
A 割合法
100坪×40万円/坪×借地権割合50%×1/3≒6,700千円
B 評価額
 2試算価格はほぼ均衡した。@を中心にAを関連付けて、一応7,400千円という評価額が査定された。

V 建物使用借権について
 次に、建物使用借権について考察してみる。
 物の使用貸借という類型においては、土地と同じであるため、詳細な検討は省略する。そこで、本件事案の建物使用借権において価格が発生するか、するとすればその評価額はどうか、について以下検討する。
1 建物使用借権について
 このことについては、今までの土地の使用借権の検討と異なり、非常に複雑な問題が絡んでいる。すなわち、建物使用貸借については、マンション建設に当たって、土地を無償で貸す代わりに、建物のうち1室(1階部分)を無償で借りるという契約の経緯があり、本来経済価値発生の余地がない建物使用借権について、どういう場合を想定するかによって、価格発生の結果が異なるからである。
 経済価値、価格の発生過程については、土地使用借権の場合と同じであるとして、貸主、借主の契約当事者一方からの申出により使用借権を消滅させる場合には、利害調整のための対価(同契約が存続するという期待利益を喪失する対価)支払の場合が考えられる。したがって、本件のような経緯がない場合において、単純に貸主側の理由により使用貸借関係を終了させるための対価支払を想定すれば、土地の場合と同様に、契約上(又は契約経緯等から勘案して事実上)建物に居住できる残存期間中の使用借権に帰属する経済的利益の現在価値の総和として求める方法が妥当であろう。
 一方、本件事案においては、既述のとおり・当事者が義理の兄弟という縁故関係であること・土地の貸借と建物の一部の貸借の同時履行の関係があること、という特殊事情があるために、どういった解約事情を想定するかによって価格発生の如何が左右されると思われるのである。
 ここでは、単純な上記一般的ケースを想定し、次のとおり評価額のモデルを算定してみよう。
2 建物使用借権の経済価値について

 上記U6での想定条件の外に次の想定条件をおく。
【想定条件】
@ 建物使用面積:60u(標準的な3LDK)
A 該当建物及び周辺家賃相場:1,000円/u 
B 地域における一時金慣行:敷金3ヶ月(うち償却2割)
C その他の賃貸借慣行等:松山地域の標準的なもの
D 居住者の残存居住年数:建物経済的残存耐用年数と同じ20年
E支払賃料以外の実質賃料を構成する想定はなし

【評価額】
@経済的利益による方法
建物想定賃料
・年額支払賃料:60u×1,000円/u×12月=720,000円
・一時金の運用益:60,000円×3月×5%=9,000円
・年額実質賃料:729,000円
割引率:0.5
借主に帰属する経済的利益の現価の総和
729,000円×0.5×12.4622≒4,500千円
(残存期間20年、5%の年金現価率:12.4622)
(本来、建物賃料は、建物及びその敷地という類型の元本から生ずる果実相当として捉えるべきであり、建物存立根拠である土地が無償である場合にはさらに検討が必要である。ここでは概略計算につき省略するが、,建物使用の対価のみに限定して考えるひとつの試算として、建物価格に期待利回りを乗じて、比較のためだけの理論賃料を求める方法がある。)
A他の方法
 賃貸借の場合には、立退料相当額としての算定も考えられるが、本件での試算は妥当ではない。
B評価額
以上の試算により、4,500千円が査定された。

W 本件事案における土地使用借権と建物使用借権の関係
 これら二つの使用貸借について、義理の兄弟という縁故関係において問題が生じなければよいが、一旦関係が悪化した場合には次のように問題が複雑である。
・「土地を返せ」と「建物から出て行け」とでは、負担に相当な違いがあること。
・全章まで一応検討したそれぞれの「価格」にも相当な違いがあること。
・これらの価格は、契約撤回をどういう場面設定で行うかによって影響があると思われること。
・これらの違いを前提に、親戚関係に基づく相互無償の使用貸借としていること。 

 ここでは、土地借主・建物貸主のBから土地貸主・建物借主のAに対して、建物明渡し要求があった場合について考察してみよう。
 BからAに対して、通常の建物賃貸借における立退き料相当程度の価格により、建物を明渡せとの申出がなされた場合どうか。Aにしてみれば建物収去を要求するには負担が違いすぎるため躊躇せざるを得ないが、一方で、Bが得られるであろう利益相当(土地使用借権対価相当として7,400千円)と立退き料相当の金額とでは不公平であると主張するであろう。さらに、土地と建物のそれぞれの使用貸借は同時履行の関係にあり、建物明渡しは一方的にAが不利な関係に追いやられると主張するであろう。
 仮に、Bの主張を受け入れるのならば、建物収去は求めないにしても、無償での土地使用貸借契約は撤回して、新たに有償の賃貸借契約を求めることが考えられる。しかし、この場合、賃貸借契約とすることにより建物所有のための借地権が発生するとすれば、この借地権という新たな負担付の底地として、Aの土地所有権に対する価値が低下することも考慮する必要があるのである。
 U3で概観した判例の動向から勘案すると、本件事案は、契約における扶養的な要素はなく、土地と建物の相互使用貸借という契約関係を鑑みれば、経過期間の長さ、建物の価値、双方の土地使用の必要性の比較、借主の実質的負担の有無など経済的な要素が比較考量されたうえで、訴訟決着されるものと思われる。したがって、建物経済的残存期間がかなりの期間あること、AとBの本件土地の必要性、現時点でBが本件建物を収去する場合の経済的負担等の事情から、土地明渡しが認められる可能性は低いといわざるをえない。
 本件事案においては、それぞれの契約期間途中でのいずれか一方からの解約申出はそれぞれにマイナス要因が生じ、解約申出に至るまでの感情的な縺れを考慮しても、お互いに損はあっても、得はないこととなるものと判断されるのである。

第三者居住
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亡Aの妻A’居住
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