取 引 利 回 り に つ い て
T 調査の趣旨
 収益還元法の精緻化が叫ばれる昨今、その手法適用において最も重要な要因であるべき還元利回りについては体系的な調査が始まったばかりであり、クライアントへの説明責任を考えるとき、利回りに関するデータ整備は必要であると考えられる。
 そこで、地方レベルでの傾向値を探るため、愛媛県(松山市)における取引利回りを以下の手順によって調査することとした。

U 調査方法
1 抽出事例
 平成12年地価調査以降の取引事例のうち、現に賃貸されている貸家及びその敷地と賃貸が可能な複合不動産を抽出する。
2 取引価格
 アンケート価格どおりの実際取引価格ベースのものと、各取引事例カード作成者による地価公示価格ベースに事情補正したものの2通りの価格で試算する。
3 総収益
 実際支払賃料が判明するものはこれを採用し、不明なものは、近傍同種別、同類型の賃貸事例から査定する。
4 総費用
 償却前、税引前とし、同種別・同類型の経費率を参考に査定する。
5 利回り査定方法
 (1)単純利回り査定方法
 総収益及び純収益を取引価格等で除して求める方法
 (2)IRR関数を用いる方法
 平成12年10月収益還元法適用検討委員会第2ワーキンググループ編「収益還元法(新手法)に適用する利回りに関する実証分析の要約版」(以下「要約版」という。)付属資料1に基づく方法で査定する。
 投資期間を求めるための躯体・設備割合、耐用年数は地価公示作業時の数値を基本的には採用する。
 Yo=Ro+Δaにおけるaは物件特性により適宜査定する。
(但し、Yo:資産収益率、Ro:総合還元利回り、a:変動率等の変換係数)
 投資期間満了時の復帰価格(土地価格)は地価公示価格ベースとする。


V 調査結果
1 粗利回り(取引価格ベース)

(1)結果  最小値:4.05%、最大値:21.28%、平均値:12.94%、中央値:11.36%、標準偏差(σ):4.70%
       信頼度95%の信頼区間数値10.91%〜14.97%(但し、自由度(n-1)のt分布推計、危険率5%)
(2)最頻値
 最小値、最大値が相当乖離したが、9%台のものが約22%を占め頻度が高い。
(3)考察
 物件によって取引事情が認められ、最大値21.28%の物件は取引価格が40%程度の売り急ぎと判断される。一方、最小値4.05%は郊外路線商業地域の駐車場の広い敷地に建つ店舗であり、総収益査定で駐車場収益も考慮したが、それが価格に対し低率となる物件の傾向であることが考えられる。
 異常値も見受けられるが、宅建業者が取引等で用いている粗利数値としての約10%程度という傾向が裏付けできたと考えられる。
 要約版P16の(社)大阪府不動産鑑定士協会の取引利回り商業系12.2%、住居系9.7%の結果とも傾向値としてはほぼ一致する。
2 取引利回り(純収益ベース)
(以下「取引利回り」は純収益ベースの利回りをいう。)

(1)結果  最小値:3.49%、最大値:16.97%、平均値:10.29%、中央値:9.70%、標準偏差(σ):3.74%
       信頼度95%の信頼区間数値8.67%〜11.91%(但し、自由度(n-1)のt分布推計、危険率5%)
(2)最頻値
7〜8%台のものが約26%を占め頻度が高い。
(3)考察 
 要約版P15の(社)長野県不動産鑑定士協会の純収益利回り商業系6.8%、住居系5.3%の結果とは相違している。
(4)粗利回りと取引利回りの関係
 当然の結果であるが、取引利回りと粗利回りの相関度は高くR2=0.9761で次の関係式が導かれた。
 取引利回り=0.787×粗利回り
 これによって、今後粗利回りを単純に求めることによって取引利回りを導出できると考えられる。
3 IRR

(1)結果  最小値:3.68%、最大値:16.33%、平均値:9.23%、中央値:8.33%、標準偏差(σ):3.95%
       信頼度95%の信頼区間数値7.52%〜10.94%(但し、自由度(n-1)のt分布推計、危険率5%)
(2)最頻値
 6〜8%台のものが約35%を占め頻度が高い。
4 修正利回り
 上記3までの結果について、取引価格は現実のアンケート調査結果を基にしたものであるため、既述のとおり取引事情によって利回りに異常値がでてくることが判明した。(実際の取引は現にその金額で行われており、これを無視できないことには留意すべきである。)
 そこで、取引事情が認められた物件について地価公示価格ベースの取引総額に修正した価格を基に利回りがどのように変化するか試算してみた。
表1          
用途 粗利回り 修正粗利回り 取引利回り 修正取引利回り IRR 修正IRR
住居系
共同住宅
9.25% 8.32% 7.36% 6.62% 6.42% 5.08%
9.26% 11.11% 6.94% 8.33% 5.33% 7.42%
9.92% 8.92% 7.18% 6.46% 6.54% 5.52%
11.05% 9.94% 9.39% 8.45% 8.33% 7.08%
15.02% 13.52% 11.95% 10.76% 10.67% 9.03%
15.99% 10.39% 13.05% 8.48% 10.97% 5.95%
16.59% 9.96% 14.12% 8.47% 15.26% 5.27%
平均 12.44% 10.31% 10.00% 8.22% 9.07% 6.48%
住居
商業系
混在型
10.95% 10.95% 8.00% 8.00% 6.31% 6.31%
16.32% 16.32% 11.39% 11.39% 10.79% 10.79%
19.35% 11.61% 15.41% 9.25% 15.82% 8.76%
平均 15.54% 12.96% 11.60% 9.55% 10.97% 8.62%
住居
商業系
事務所
7.74% 7.74% 6.60% 6.60% 6.50% 6.50%
21.28% 12.77% 16.97% 10.18% 16.33% 4.66%
9.94% 9.94% 7.93% 7.93% 8.75% 8.75%
11.36% 8.52% 9.70% 7.28% 9.85% 4.26%
平均 12.58% 9.74% 10.30% 8.00% 10.36% 6.04%
商業系
店舗
16.83% 18.52% 13.72% 15.10% 7.65% 10.86%
9.72% 9.72% 7.69% 7.69% 3.68% 3.68%
12.76% 11.48% 10.36% 9.32% 8.33% 6.68%
18.24% 18.24% 13.36% 13.36% 12.66% 12.66%
20.80% 14.56% 16.92% 11.84% 16.12% 9.56%
4.05% 4.05% 3.49% 3.49% 3.69% 3.69%
5.95% 5.35% 4.77% 4.29% 5.10% 3.94%
10.28% 10.28% 8.23% 8.23% 5.77% 5.77%
14.97% 11.98% 12.10% 9.68% 11.49% 8.47%
平均 12.62% 11.58% 10.07% 9.22% 8.28% 7.26%

 上記表1によると、粗利回り、取引利回り、IRRともに、修正後の利回りが2%から4%程度低くなった。これによって、修正後のIRR平均値は6.99%となり、要約版P12の全類型・全地域平均の純収益利回り対取引価格6.22%とほぼ一致する結果となった。
5 用途別・地域種別の傾向値
 要約版の実証分析による純収益利回りの比較表(P15)や既述長野県、大阪府の結果でも示されている結果、すなわち商業系は住居系より1%から2%程度高いという傾向は、今回の調査でもかろうじて修正IRRで示された。
表1において
住居系の共同住宅の修正IRR平均:6.48%
住居・商業系の混在型の修正IRR平均:8.62%
住居・商業系の事務所の修正IRR平均:6.04%
商業系の店舗系の修正IRR平均:7.26%
 ただし、この辺りの傾向値を査定するにはデータ数が少なく、誤差や逆転の可能性は考えられる。
(1)住居系の共同住宅の修正IRRの検証
 この集団は、データ数7つのうち、高精度(実際支払賃料、間取、実際空室等が判明している)のものが6つと最も信頼性が高い。
 @個別物件リスク率の推定
 この中で最大値は競落物件である。地価公示価格ベースに価格修正したものの、築後17年のコーポタイプの物件であり、投資家のリスクが相当程度含まれるため、修正IRRが9.03%と高くなったものと判断される。平均が6.48%であることを勘案すると、入居意欲の弱い個別物件リスク率は2.5%程度と推定することができる。
 A松山の全国平均等に対する傾向
 要約版による全国平均値、東京区内平均値と松山の平均値との比較は次のとおりである。
表2
全国平均(a) 松山平均(b) 差(b-a) 東京区内(c) 差差(b-c)
粗利 7.38% 10.31% 2.93% 6.23% 4.08%
純利 5.87% 6.48% 0.61% 5.24% 1.24%
(注)全国平均の純収益利回りは純収益に対する取引価格の比率であり、建物等の償却回収率が含まれる。松山は修正IRRであり、比較のためには前提が異なるため、開差の傾向値としての概数を知るものと割り切る必要がある。
 上記表2によれば、松山の利回りは、全国平均よりも粗ベースで約3%高く、純収益ベースで0.6%高くなっている。
 これは、注書きのとおり純収益ベースの数値は、それぞれ前提条件が異なるためであると考えられ、傾向値としては、粗ベースの約3%高いという結果が信頼できるものと判断される。
 また、同様に東京都区内平均に対しては粗ベースで約4%高いという結果が導かれた。
 地方都市はリスクを含み利回りが高くなることは一般的にいわれていることであるが、4%を全て危険性で説明することはできない。
 東京区内のうち、共同住宅の地価平均(路線価ベース)が580千円/u(a)賃料平均(比準平均)が31,812円/u・年(b)一方、松山の共同住宅の地価平均(実際取引ベース)が106千円/u(c)賃料平均が13,200円/u・年程度(d)という結果から次のことが推定できる。
 東京のb/aが5.48%であるのに対し、松山のd/cが12.45%であり、東京と松山の地価の開差に比べて賃料の開差が少ないこと、換言すれば、共同住宅の賃料単価は地価ほど地域格差がなく、地価の安い地方へ行くほど、土地単価に対する賃料単価比率が高くなること(以下「賃料・地価比率アンバランス」という。)が原因の一部にあると考えられるのである。
 この差は土地単価のみに対するものであるため、分母に建物単価(平成13年地価公示採用数値としてのRCマンション建築費)を加算してみると
b/a+173千円/u=4.22%(α)
d/c+150千円/u=5.16%(β)
で、β‐α=0.94%となる。
 すなわち、4%のうち、約1%程度は賃料・地価比率アンバランスが原因であり、残りの約3%程度が危険性、非流動性、管理の困難性が原因で生じるものと推定できる。
 以上をまとめると次のとおりである。
 東京―松山(地方)
利回り差:約4%
うち ・賃料・地価比率アンバランス約1%
   ・東京‐松山地域差危険率約3%
(2) 中心部商業地の利回り検討
@ 100円パーキング利回り検討の必要性
 松山市中心部の準高度商業地は、事務所系・店舗系床需要減退等により、本来最有効使用が事務所・店舗系ビルであるはずの場所に100円パーキングが続々と進出している。
 この現象をどうみるか非常に難しい問題であるが、私見として次のことが考えられる。
・中心部商業地の地価下落により100円パーキングでも収益があげられること
・モータリゼーションの進展に対し、中心部商業地の駐車場床面積が不足し、需給バランスが崩れていたこと
・現下のマクロ経済状況により、景気好転の兆しが不透明な当分の間は、投資家が将来リスクのある事務所ビルよりも、7年程度の機械リース期間はパーキングとして収益利用し、将来展望がある程度明確になった段階で、本来の最有効使用を再考しようという心理が働く蓋然性が認められること(将来不透明な現時点で相当期間持続すべき最有効使用を想定できないこと)
 このようなことから、中心部商業地での不動産投資における投資家心理を考えれば、100円パーキング利回りを考慮する必要がある。
A 100円パーキング利回り
 100円パーキングの利回り試算を表3において行った結果、粗利回り:11.02%、純利回り:8.52%、IRR:7.93%が得られた。(これは生データ解析でなく想定による。)
 既述のとおり100円パーキングでの収益想定は永久還元が適当でないことを考えれば、比較土俵としては、粗利回りでなく、IRRが妥当であろう。
 事務所系の修正前IRRが10.36%、店舗系のそれが8.28%、これらの単純平均が9.32%(表1)であるのに対して、100円パーキングのIRR(7年投資期間)は7.93%を示す。
 9.32%と7.93%の差1.39%は、予想以上に小さい。中心部商業地の地価下落と投資家心理の変化によって、100円パーキングが中心部商業地に続出していることを利回りから裏付けることができたものと考える。
 上記5(1)@による物件リスクが2.5%程度であることを考えれば、1.39%の開差は、投資家としての将来リスクを埋めてなお余りある数字だからである。このことは、100円パーキングの競争により収益が落ち着くことを勘案しても、分母たる地価が下落する潜在的な可能性を示すものとして捉えることができるのではないだろうか。
表3
総収益 総費用
項目 昼間 夜間 機械リース料 1,968千円
単価 100 100 警備費 378千円
時間変数 2 3 機械点検等 315千円
時間 17 7 消耗品費 25千円
回転率 0.55 0.75 電気料 96千円
日数 30 30 保険代 38千円
台数 10 10 総費用 2,820千円
月数 12 12
総収益 12,402千円
純収益 9,582千円
粗利回り 11.02%
純利回り 8.52%
IRR 7.93%
(条件)
・場所:松山市一番町周辺を想定
・地積:250u・初期投資額112,500千円・Δa:0.2%
(注)
収益・費用項目等の資料データは慨PCビジネスえひめ2000.9-10号P24特集記事による


W 今回調査の反省点
1 調査方法について
 今回はデータ数が23と少なかったが、取引当事者の属性、収益物件としての良否等を含めて全ての物件の実査を行った。当初は、その方が調査結果全般の精度レベルが上がると考えたからである。
 しかし、今回の調査を行ってみて感じたのは、物件個々の資料精度は大切であるが、それよりもデータ総数の方が統計処理には大切であるということである。ただし、異常値が発生した場合に、詳細に実査していれば、担当した鑑定士においてその理由がある程度想像できる(例えばマンションとしてリスキィーであるから利回りがリスク率を含んで高くなっている等)メリットはある。
 したがって、個別物件の詳細な査定表を作る時間を省略するために、例えば、今回の調査で明らかになった、粗利回りと取引利回りの相関係数を利用して、粗利回りのみのデータ数処理にその時間を割り振ることも有益であると感じられた。
2 今後の課題
 賃料データとして、マンション系のものは入手容易だが、事務所系、店舗系のものは、近隣同種別・同類系の賃貸事例からの比較によって査定せざるを得ない傾向にあり、全国的にも同様であるが、この問題をどう解決するかが今後の課題である。

X 参考文献
1 平成12年10月収益還元法適用検討委員会第2ワーキンググループ編「収益還元法(新手法)に適用する利回りに関する実証分析の要約版」
2(社)東京都不動産鑑定士協会研究委員会「収益還元法と利回り」
3(財)日本不動産研究所 第4回不動産投資家調査結果(2001年4月現在)
4 鰍rPC ビジネスえひめ2000.9-10号
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