二代目家元

左が後藤二郎先生、右は澤田藤静先生
大正8年と9年には松商野球部のピッチャー、4番打者として全国大会に出揚。特に
同9年には準決勝戦まで駒を進め、松商の第一期黄金持の担い手として活躍しましたさ卒業後は社会人野球に進み、大阪の津田鋼材野球部での阪神実業団大会では4イニング投げて連続12奪三振。伊予鉄道野球部在籍中には「試合に3本のホームランを打つなどの輝かしい記録も樹立したとか。昭和20年ころまで現役、その後は伊予鉄、井関農機などの監督も務めました。

大正13年伊予鉄電の投手時代、道後球場にて。