眠り月

番外編です
元ネタは、エイプリルフールにうさ泉Botたちのやりとりです














うさぎじけん(後編)



巨大うさぎ(?)を発見してから既に二時間ばかりが経過した。
俺と古泉は相変わらず観察しかすることがない。
うさぎの上げる泣き声はますます切なさを増して、まるでこちらが児童虐待を傍観しているかのような罪悪感すら込み上げてくる。
「くそ……どうにかならないのか……?」
そう呻いたが、いい考えなんぞかけらも浮かんでこない。
「それにしても……どうもまずいですね」
「何がだ」
「僕たちが思っている以上に、タイムリミットは近いようですよ。閣下を誤魔化せ続けるとしても、あの様子ではあちらの体力が持ちそうにありません。すでに随分と弱っていると思いませんか?」
それはその通りだった。
ずっと泣き続けているからか、はたまた何も食べていないからなのか、その声は弱弱しさを増し、顔色もどこか悪い。
そんなことをしても無駄、いや、かえって邪魔になると分かっていても、長門を急かしたくなったその時だ。
「解析終了」
という長門の声が入ったのは。
「やってくれたか…」
ほっとした俺に、長門はいくらか予想通りの言葉を告げた。
「推測通り、彼は異次元の存在だと確認された。元に戻すには、現れた座標に彼を移動させる必要がある」
「現れた座標っていうのは近いのか?」
「すぐ側。移動させたら後はわたしが転移させる」
そう言って長門が寄越した座標は、確かにすぐ近くの場所ではあったが、
「……あいつをどうやって誘導したらいいんだ……?」
呼びかけたらうまくやれるだろうか。
分からん。
が、他にやり方も思いつかん。
「古泉、俺がなんとか誘導してみる。何かあった時には援護を頼みたい。ただし、よっぽどでない限り、手出しはするなよ」
古泉は不機嫌さを隠そうともせず、不承不承という様子でうなずいた。
「分かりました。しかし、僕はあなたの安全を最優先させますので、そのおつもりで」
「ばか、俺のことよりもハルヒ対策を先に考えろ。もしこれで、あいつがこっちの世界に残ってみろ。苦労するのは目に見えてるだろ」
それでも、と言いたげな古泉に俺は笑って、
「大丈夫だから、心配するな」
「……分かりました」
そう言いながらも、古泉は心配なのか回線を切るつもりがないらしい。
仕方のない奴だなと苦笑しながら、俺は操縦士に指示を飛ばした。
「あのうさぎから見て、今から指定する座標の延長線上に移動する。その後旋回してうさぎに向かって外部スクリーンを展開してくれ」
「了解しました!」
切れのいい返事を聞きながら、俺も軽く覚悟を決める。
それから、段取りもだ。
第一声は……そうだな、やっぱり名前を呼んでやるのが一番だろう。
指定した通りの移動が完了し、スクリーンが展開される。
そこに自分の顔が大写しになるかと思うと、少しばかり恥ずかしいものがあるのだが、それについて気にしていられるような時じゃない。
長門の作ってくれた翻訳機を通して、俺はこう呼びかけた。
「おい、こっちだ、古泉!」
「ふぇ……! ……あっ、キョンくん!」
泣きぬれた顔に笑みを浮かべたうさぎとは対照的に、小さくした画面の中で古泉が軽く眉を寄せた。
「どういうことでしょうか」
「後にしろ、今はこっちが先だ」
「……分かりました。後でゆっくりと、聞かせていただきましょう」
後でどれだけ追及されるのかと思うと気が滅入るが、仕方ない。
今はうさぎの方に集中する時だ。
「キョンくん、キョンくん、ぼく、すっごく寂しかったです。キョンくんどこに行ってたんですか…?」
ぐすぐすと鼻を鳴らすうさぎに向かって、俺は出来る限り優しく言ってやる。
「すまんが、俺はお前のキョンじゃないんだ」
「ふえ……? キョンくん何言ってるですか……?」
不安そうにするうさぎに、俺は苦笑を向け、
「だが、お前のキョンがお前の帰りを待ってるだろうから、そう不安な顔をするな。男の子だろ?」
「う……はい、ぼく、男の子ですから、泣かないです!」
さっきまでぴぃぴぃ泣いてたくせに、袖でぎゅっと顔を拭ってそう言いきった。
「よしよし、いい子だ」
なお、俺の発言は翻訳機を通して外に向けられており、翻訳機は俺や古泉の端末にだけ入っているので、他の連中には聞かれていない。
そうでなければ、こんな恥ずかしいセリフが言えるものか。
「古泉、立って歩けるか?」
「だ、だいじょぶです」
そう言いながらもふらついている。
よろけそうになりながら立ち上がったうさぎは、
「キョンくんのところに、行っていいですか?」
と健気にも微笑んでみせたので、
「ああ、こっちに来い」
「わぁい!」
とてとてとふらつきながら歩いてくるうさぎは嬉しそうに笑って、
「キョンくん、ぎゅーしてくれますか?」
「ああ…」
きっとしてもらえるだろう。
長門の解析によれば、うさぎがこっちに現れてから半日以上経ってるらしいからな。
それだけの間、いなくなってたとなれば、今頃あいつの世界の俺は必死になって探していることだろう。
「ぼく、キョンくんの作ってくれるご飯食べたいです…。もう、人参食べたくないなんてわがまま言わないです。キョンくんと一緒にご飯食べたいです……」
「ああ、分かった」
「……キョンくん」
「……ん?」
「だいすきです」
微笑んだうさぎがもう一歩踏み出した時だった。
その姿がふっと掻き消えるようにして見えなくなったのは。
「……長門?」
「転移は成功した」
「……そうか」
よかった、と息を吐いたが、これで終わりじゃない。
とりあえずあれこれつじつま合わせの改ざんを行った報告書を作らなきゃならん。
居合わせた連中については……どうしたもんかな。
「……記憶の改ざんが必要なら」
という長門の申し出を受けていいものかどうか迷うところだ。
流石に、記憶をいじったりするのは人道的にどうかと思うからな。
「そうしてあげた方が、親切かも知れませんよ? こんなことに遭遇したなんて記憶があっても、得するとは思えませんし」
「むしろトラウマになるかもな」
よし、ここは心を鬼にしよう。
「長門、頼む」
「そう」
そんなわけで、整合性に深く頭を悩ませる必要はなくなった。
つまりは、普通の探索の記録を作り、数時間にわたる足止めおよび現場に残された巨大な足跡その他の痕跡については、巨大な生物がいたものの、何処かへ逃亡したため消息不明と記すにとどめた。
勿論ハルヒはそれに対して、
「どうして発見した時点であたしに報告しないのよ! 撮影もしなかったなんて怠慢だわ! 減給ものよ!」
と喚き散らしたが、耐えているうちに嵐は終わってくれた。
「次あったらあんたなんか一番の下っ端に格下げしてやるんだから!」
というセリフを頂戴し、ため息を吐きながら、俺は古泉の部屋へと戻った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「ちびたちは……」
「国木田氏のところに遊びに行かせてあります」
「そうかい」
そりゃ気が利くことだな。
俺は上着を脱ぎ捨て、ソファの背に投げると、そのままソファに寝そべった。
古泉の部屋ってだけで、なんでこう居心地がいいんだろうなと思っていると、古泉が俺の傍らに膝をつき、俺の顔をじっとのぞきこんできた。
「事情を説明しにきてくださったのではなかったのですか?」
「…ああ、そうだったな」
「どうして、あれを古泉と呼んだんです?」
そう尋ねてくる古泉に、俺は苦笑した。
「あいつ、わん古に似てただろ?」
「ええ、少しは。でも、断定するに至るほどそっくりではなかったと思いますよ。わん古はああいった泣き方なんてしませんからね」
「そうだな。それに、わん古はもっと大人びた顔をしてる。あいつはもっと子供子供した顔立ちだった。けど、だからこそ、お前の子供の頃に似てたからな」
それで分かった、と言う俺に、古泉は怪訝な顔をした。
「僕の子供の頃だなんて……そんなデータまで、長門さんはあなたに渡したんですか?」
気付かなくていいところに気付きやがったか。
「……いや……まあ……それは、そうではあるんだが……そうじゃなくってだな……」
口ごもる俺に、古泉は首を傾げている。
察しはいいくせして、どうしてこういう時には気づかないんだろうな。
俺は自分の顔が赤くなるのを感じつつ、口を開いた。
「……別件で、取り寄せたことがあったんだ」
「別件……ですか……?」
「ん……」
恥ずかしさから、俺は軽く目をそらして続きを口にした。
「……俺の独占欲の強さは、お前が一番よく知ってるだろ?」
「……それは……つまり……」
「……お前のこと、知りたくって……その……すまん、勝手に調べたりして……」
「嬉しいですよ」
少し前までの硬い声など忘れたような、浮かれきった声で言った古泉に抱きしめられる。
「う……そう、か……?」
「ええ、そんな風に思っていただけて、嬉しいです。今度、僕にもあなたの子供の頃の写真を見せてもらえませんか?」
「ん……まあ、そうだな」
俺だけ勝手に見ておいて、断る訳にもいかん。
「きっと可愛らしいんでしょうね」
「期待してるところ悪いが、俺は昔から平凡な顔だぞ」
「十分可愛いですよ」
「……お前の方がよっぽど可愛いくせに」
「おや、そうでしたか?」
とぼけるような声を出す古泉の額を軽くぺしりと叩いておく。
「小さい頃のお前は可愛い」
「そう言われると、照れますね」
とかすかに頬を赤らめるので、
「…今も可愛い時があるけどな」
と言ってやった。
今まさにそうだからな。
「えっ」
短く声を上げて驚いた顔をするのも可愛くて、思わずキスをした。