眠り月

番外編です
元ネタは、エイプリルフールにうさ泉Botたちのやりとりです














うさぎじけん(前編)



基地を作り、開拓が始まっている、というと惑星の探索なんかとっくに終わっているかのように思われるかもしれないが、そうではない。
考えてみろ。
一つの惑星、それも多様な生態系を持つ星を調べ上げるのに、ほんの数か月の調査で間に合うと思うか?
間に合うはずがない。
だからこそ、長期間にわたる探索のために、基地を築き、今後の食糧調達のためにも開拓を行うわけである。
勿論、開拓を行う範囲に関しては、それはもう徹底的な調査を行い、植物どころか土や菌類、はたまた地形変動まで調べ上げ、サンプリングが済んでいる。
しかし、そこに注力したため、そうでない地域に関してはまだまだ未知の領域が多すぎる。
おおざっぱな地図こそできて来たものの、それだって、海洋と大陸があるだけで、河川火山の有無や場所なんかはまだまだ分かってない。
それを調べるため、各艦で隊を組み、当番制であちこち調査に飛び回っているのだ。
とはいっても、まずは地形調査が主となるので、あらかじめ決められたコースを飛ぶだけなんだがな。
最初のあれのような、各個ばらばらになってほろほろ歩き回るような真似はしない。
また同じような目に遭うのもまずいし、第一それじゃ全く進まない。
そういう細かい真似は、もっと後の仕事だ。
よって、データ収集はコンピュータに、見張りと操縦は部下に任せて、あくび交じりの気楽さで調査を行っていたのだが、不意にアラームが鳴り響いた。
「何だ!」
慌てて椅子から飛び降りると、
「前方に巨大な物体……いえ、生物を発見しました! 今、スクリーンに映します!」
切迫した声に遅れること数秒で映し出されたそれは、どこかで見たようなまるっこいフォルムをした生き物だった。
三頭身……いや、二頭身そこそこしかないアンバランスな体。
人型に見えて、頭の上で揺れる長い耳。
あれは……。
「……たまご、か?」
いやしかし、ありえないほどでかい。
どれくらいでかいかと言えば……そうだな、50階建の高層マンションくらいの身長がある、と言ったらいいだろうか。
もし、うちにいる奴らがあの大きさになるとしたら、どうすりゃいいんだと思ったのは、一種の逃避だった。
ちなみにうちにいるそいつは、デッキでほろほろ遊んでいたため、スクリーンに映し出されたそれを目にしてぽかんとしている。
かと思ったら、
「おおお……俺もあれだけでかくなったら、世界征服も夢じゃないな!」
と悦に入ってやがるので一発殴っておいた。
それで我に返った俺は、
「攻撃意思は確認出来るか?」
「いえ……じっと座り込んでいるだけで……」
「……とりあえずは様子を見る。幕僚総長に報告するから、簡単に資料を作成してくれ。映像のみでいい」
「はい」
「可能なら、周りを旋回してみてくれるか」
「やってみます」
お気楽な任務から一転して、緊迫した空気が満ちる。
「使うことはないと思いたいが、念のため、戦闘準備も進めろ」
「はっ」
「あくまでも準備だからな。いざという時にすぐに使えるよう配備したら、警戒しつつ通常業務に戻って構わない」
「はい」
スクリーンに映しだした映像が少しずつ変わる。
巨大なうさ耳生物の周りをゆっくりと回って、その姿を収めているためだ。
俺はそれをじっと見つめ、
「やっぱりお前らに似てるようなんだが……」
とキョンに視線を落とした。
キョンも同じように思ったようだが、
「あんな奴は知らんぞ」
「だよなぁ。うさぎの耳と言ったらちみっこだが、ちみっことは違うだろ」
「顔が見えたら……」
二人してスクリーンのそれを見つめる。
どうやらそいつは泣いているようで、時々何か大きな音が聞こえて来る。
しかしそれはまともには聞き取れないほど低く、おまけにうつむいて顔を押さえているせいで顔もよく見えん。
ただ、どこかで見たような気がしてならなかった。
顔を上げてくれ、と念じたのが通じた訳ではないだろうが、そいつは、こちらに気付いた様子でちょっと顔を上げた。
泣きぬれたその顔は……わん古に似ていた。
「………え」
思わず絶句したのは俺とキョンだけだった。
他の奴らは特に何も思わなかったらしい。
いやだが……あの情けない泣き顔は、わん古というか古泉のものだろう。
一体何がどうなっているんだ。
しばしば忘れがちになる、ハルヒのあの珍妙能力が発動したとでも言うんだろうか。
俺は動揺を押さえつつ、
「こちらに気付かれた可能性がある。一度下がるぞ。それから、データは俺の方から幕僚総長に送信する」
と言って、その場を離れ、執務室に入った。
他の連中に見られる場所で話せる内容になるとは思えなかったからな。
念のためキョンを連れて部屋にこもった俺は、ドアをロックしてから、古泉に緊急用のコードで通信を求めた。
「何かありましたか」
どこか悠長なそれに、俺はまずさっきまとめたばかりの動画データを送りつける。
「他の連中のいないところに移動しろ。特にハルヒには見つかるな」
「…緊急事態のようですね」
その通りだ。
移動しながらデータを開いた古泉は、一瞬それが何か理解できなかったような顔をしたが、ややあって、その大きさに気付いたらしい。
「これは……もしかして……」
「ただのたまごに見えるかも知れんが、相当でかい。それに……どうもそれだけじゃなさそうだ。まずは最後まで見てくれ」
「ええ」
その間に俺は長門にも同じようにデータを送る。
「すぐに解析を頼む」
「分かった」
短いやりとりが終わる頃には、古泉も執務室に入り、映像を最後まで見終わったようだった。
「これは……また涼宮さんですかね……」
苦笑してはいるが、その顔は少なからず強張っている。
自分に似ていると思ったのかどうかはよく分からん。
案外自分では気づかないかも知れないな。
「今、長門に解析を頼んであるが……念のため、応援を頼めるか? 何しろあのサイズだ。もしうちの馬鹿キョンみたいに暴れられでもしたら手に負えん」
「分かりました。では、僕と長門さんは大至急そちらに向かいましょう。朝比奈さんはどうします?」
「分かりきったことを聞くな。……これをハルヒに知られる訳にいかん以上、朝比奈さんにはハルヒの目をごまかしてもらうしかない」
「そうですね…」
「わん古やながともハルヒにつけておいた方がいいかもしれんな。よく言い含めておけば、ハルヒの気をそらすことくらいやってくれるだろう」
「朝比奈さんに説明は……」
「しない。朝比奈さんの場合は、下手に嘘を吐かせるよりは、自然体で振る舞ってもらった方がいいだろう。精々、ちょっとした事情があって、それは後で説明するから、今はとにかくハルヒと遊んでやってくれるよう頼むだけだ」
「分かりました。では、僕と長門さんはパトロールと緊急訓練とでも称して基地を出るとしましょう。先に長門さんに現場に向かっていただく方がいいでしょうから、僕は少々遅れます。その間に、朝比奈さんに頼んでおきましょう。……あなたもどうぞ、慎重になさってください」
「ああ、頼んだぞ」
そうして通信を切った俺は、急いで指令室に戻る。
「動きは」
「ありません」
「そうか。…長門情報参謀と古泉幕僚総長が応援に来てくれることになった。慎重に観察を続ける」
そう指示をして、席に戻った。
そうするうちに、長門から通信が入った。
「あなたからもらったデータに入っていた音声を解析した結果、聞き取れる状態にしたものを今から送る。他に聞かれないようにして」
「分かった、イヤホンを使う」
そう返して、届いたデータを開く。
長門の添えた説明によるとそれは、あの生き物の声の速度やなんかを調整したものだそうだ。
どうやら、こちらと同じ言葉をしゃべっているのだが、大きすぎて俺たちの耳に聞き取りやすい音になってないらしい。
その声は、
「ひっく……キョンくん……どこですか……。ぼく、おっきくなれたです。キョンくんに見てもらいたいのに……キョンくん……」
と言っていた。
思わず足元のキョンを見たが、こいつの関係者ではないんだろうな。
しかし、俺の知り合いでもないはずだ。
念のため、と俺はキョンを詰問する。
「おい、お前の知り合いじゃないだろうな」
「知るか! 俺の知ってるうさ耳はちみっこだけだぞ」
「知らないところで勝手にたまごを孵化させて、部下が増えたなんてはしゃいだりもしてないだろうな」
「してない! というか、それなら俺に似てるはずだろうが」
それもそうか。
「…古泉を問い詰めるべきか……?」
「ば、幕僚総長に酷いことする気か!?」
うるさいだまれ。
こんな時だというのに、少しばかりイラつきつつ、俺は長門に返事をする。
「確認した。……なあ、あいつはやっぱり古泉と何かかかわりがあるんじゃないか? それか、やっぱりたまごだとか……」
「……まだ解析途中で確実ではない。推測になる」
「構わないから聞かせてくれ」
「……あれはたまごではない。古泉一樹との関係性も否定出来ない」
どういうことだ。
「……この世界のものではない可能性が高い」
その言葉に、俺は目を見開く破目になった。
「……つまり、なにか。あれはどこか別の世界からやってきたってことか?」
「…おそらく」
その言葉に、俺は思わずため息を吐いた。
なんか、前にもあったなそういうのが。
あの時はこちらに何かが来たんじゃなくて、俺が別の世界とやらに行っちまったんだが、そういうことを経験した以上、異世界の存在を否定することも出来ない。
「元に戻す方法も含めて、解析出来るか?」
「試みる」
「すまんが頼む。そういうことについては、俺たちじゃどうしようもないからな」
「任せて」
「ああ、ありがとな、長門」
「いい。後4分38秒でそちらに到着する予定。解析を進める」
「ああ」
そうして通信を終えようとしたところで、長門が思い出したように付け加えた。
「当該生物との意思疎通を可能にするための、翻訳機は必要?」
「……そうだな、頼む」
「分かった。異種言語間における翻訳機よりも容易に作成可能。すぐに作成する」
「色々とすまん」
「気にしないで」
長門はプログラミングに関して、信じられないようなスキルを持っている。
長門の艦が到着したと思ったら、すぐにアプリケーションが送り付けられた。
「それを使えば、翻訳できる。ただし、音声の長さを加工するため、タイムラグは大きく発生することは忘れないで」
「すまん、助かった」
「私は解析に集中する」
「ああ」
そうしてまだにらみ合いが続く。
だが、さっきまでとは違い、相手の発する言葉が聞き取れるようになった。
そいつは、めそめそと泣きじゃくっている。
キョンくん、と俺じゃない誰かの名前を呼び続けている。
お腹が空いたと嘆き、何かを求めて移動しようとしては、足をもつれさせて転んで泣いた。
図体が異常に大きいだけで、まるきり、頼りない子供だ。
聞いているだけで胸が苦しくなるようなそれに、俺は応える言葉を持たない。
あいつが求めているのは俺ではないからだ。
そうこうするうちに駆け付けてきた古泉にも、長門は同じアプリケーションを送っていたらしい。
「あなたを呼んでいるんですか…?」
「いや、俺じゃない。……別の『俺』だ」
「なるほど」
と頷いた古泉は、困惑をにじませていた。
「長門さんから、あなたとの会話のデータをいただいたので、大体のところは理解しているつもりですが……やはり、解析が終わるのを待つほかないでしょうかね」
「翻訳機があるんだから、話しかけてみてもいいが……」
「やめてください」
思った以上に厳しい口調で古泉は俺を止めた。
「どうやらあちらは迷子か何かのようです。その保護者があなたと同じ声や姿かたちをしているのだとしたら、迷子になって心細いところに同じ姿をしたあなたが声を掛ければ、どうなるかなんて分かるでしょう?」
「……まあ……うちの妹なんかの反応と同じだとしたら、泣きながら抱き着いてくるだろうな」
「仮に、外部スクリーンに映し出したとしても、下手に刺激して暴走されては厄介です。せめて、別の世界に戻すための手段が見つかるまでは、我々には見守る他ないんですよ」
「……それも、ハルヒが感づくまでに、なんつー厄介なタイムリミットがある状況でな」
思わず吐いたため息が、二人分きれいに重なった。