眠り月

しっぱい



なんだかんだあったものの、査察は無事に終わり、それはもうつつがなく計画は進められることになった。
本格的な入植の始まりだ。
とはいっても、まだまだ始まったばかりだ。
惑星そのものの調査を進めながら、調査終了地域で少しずつ開拓が出来るという程度だな。
ある程度の土地が確保出来て、何よりこの惑星上で食用に出来る植物なんかが見つかり、栽培方法が確立されるまでは、軍の仕事になる。
その後、本国から民間人の入植がはじまるには、それこそ年単位でかかることだろう。
それまでにハルヒが飽きないといいんだが、まあ、当分大丈夫だろう。
それほど、この惑星は未知の世界だ。
食用らしい植物はちらほら見つかっているが、断定にはもう少しかかるようだし、広すぎてまだ把握できていない地域の方が圧倒的に多い。
自分たちの母星ですらまだ、ごくごくたまにではあるものの、新種が発見されたりするんだから、この惑星なんて尚更どうなることやら。
そんなことを楽しく思うくらいには、この惑星が気に入り始めていた。
いっそ、開拓が終わって、希望者が残留し、残りはまた宇宙の旅に出るなんてことになった時に、残留を希望してもいいんじゃないかと思うくらいにはな。
ま、それこそかなり先の話だが。
そう思う要因の一つが、基地の外に建設された住宅だ。
いわゆる集合住宅であり、流石に一戸建てではないんだが、ひとりワンルームの省スペースが基本の艦内と違って、一人につき2LDKくらいのスペースが提供されている。
防音はもちろんしっかりしているし、これも艦内との違いになるが、出入りの記録がいちいちチェックされないのもありがたい。
なにより嬉しいのは、部屋数がある分、ちびたちを隔離することも可能だから、久しぶりにあいつらのことを気にせずにいちゃつけることだなんてのは、おかしいだろうか。
照れくさくなりながらも、約束していた通り、古泉の部屋に行った。
「いらっしゃいませ」
と迎えてくれる古泉の声もどこか柔らかく、弾んでいる。
「邪魔するぞ」
照れくささのせいで素っ気なくなったが、古泉にはそんなこともお見通しらしい。
軽く目を細められた。
くそ、むずがゆい。
ちゃっかりついてきていたキョンが、古泉を見て目を輝かせ、珍しくも愛想笑いなんぞ浮かべて、
「お邪魔しますっ」
とあいさつしている。
普段やらないくせに、古泉相手だとなんでこうなんだか。
わん古がひょこりと顔を出して、
「キョンくん、いらっしゃいませ」
と言っているのは軽くスルーするのも訳が分からん。
いつの時代も子供ってのは未知の存在だというらしいが、こいつらは完全に未知の生物だからなおさらだ。
軽く息を吐いておいて、
「家具の配置を考えるんだったか?」
名目として口にしていたそれをあえて言ってみると、古泉は頷いた。
「ええ。おそらく、あなたは僕の部屋に居つくんでしょう? それなら、あなたの意見なしには出来ませんから」
「そうだな」
「いっそのこと、二人で一部屋にしていただいてもよかったくらいなんですけどね」
「んなあからさまなマネが出来るか」
そう唸る俺に、古泉は楽しげに笑った。
「冗談ですよ。それに、実質的にそうなるんですよね?」
「う………まあ…そうだろうな……」
俺はふいと顔をそむけ、
「それもこれも、お前の部屋が居心地良すぎるのがいかん」
「そう言っていただけるような部屋にしなくてはいけませんね」
それは、さほど難しいことじゃないだろう。
デフォルトの簡素なソファやテーブルくらいしかない部屋ですら、そう思えるんだからな。
自分の部屋も同じようなものなんだが、どうしてこう感じ方が違うんだか、我ながら理解しかねる。
「そういえば、家具の好みをお聞きしたことはありませんでしたね。何かありますか?」
「デザインだなんだにこだわる趣味はないが……強いて言うなら、使い心地は気になるな」
ソファは寝心地のいいものがいいし、テーブルの高さは自分の体に合わせて選びたい。
椅子の高さやベッドの硬さも同じくだ。
「では、ひとまず備え付けのものを試してみましょうか。それから微調整をする、という方針で?」
「ああ。デザインはお前に任せる」
俺よりよっぽどセンスもいいだろうからな。
試しにとソファに座り、テーブルに手を伸ばす。
うん、高さは悪くない。
「座り心地はいかがです?」
「こんなもんじゃないのか?」
「では、寝心地は?」
低い囁き声が聞こえたと思ったら、とんと一押しされ、ソファに寝転がされていた。
目の前にある古泉の目をじっと見つめ返し、
「悪くないな。寝るには少しばかり硬めだが、ソファならこんなもんだろ」
「動じませんね」
面白がるような笑みをにじませた声で言う古泉に、俺は軽く鼻で笑った。
「これくらいじゃあな」
「おや、ではどれくらいなら動じてくださるんでしょう?」
そう言って思案する古泉の鼻先に、触れるだけのキスをした。
「これ以上のことをしなきゃ無理だろうな」
「……っ、煽ってますね」
「誰かさんが悠長なおかげでな」
そう薄く笑っておいてなんだが、
「ちびがいる部屋でこれ以上すんなよ」
と古泉を押しのけて起き上がれば、案の定だ。
キョンが思い切り不機嫌な顔でこっちを睨んでやがる。
「何やってんだお前ら」
と唸る声も不機嫌そのままだ。
「ふざけてただけだろ」
すっとぼけた俺がソファに座り直すと、わん古が苦笑しているのが見えた。
…もしかしてこいつは色々と理解してるのではなかろうか。
そんなことを思っていると、
「おや、僕の顔になにかついてますか?」
とすっとぼけ返された。
そんなところまで古泉に似なくていいと思うんだがな。
眉を寄せていると、立ち上がった古泉が俺の腕をぐいと引っ張った。
「ん? おい…」
「他の部屋だったら、いいんですよね?」
そう言って、寝室の方へと引っ張っていく。
気持ちは分からんでもないが、もう少し落ち着いたらどうだ。
普段の冷静さはどこにやった?
「冷静さなんて、今は必要ないでしょう。あなたにあんなふうにして煽られて、落ち着いていられるほど僕は枯れてません」
そう言って俺を寝室に連れ込み、ドアをロックした上で、きつく抱きしめてきた。
当然のように唇を重ねられ、唇にぬめった舌が触れてくる。
「はっ……ぁ、ん、がっつき過ぎ……」
「誰のせいですか……」
逆恨みされても困るな。
「久しぶりになったのは、ちびたちがいたせいだろ」
「そればかりは、あの子たちのことが憎らしく思えましたよ。ただでさえ、あなたの二人きりになれることなんてなかなかないというのに……」
「まあ…な……」
「あなたも、」
子犬のような目で俺を見つめて、古泉は囁いた。
「寂しいと思ってくれましたか?」
「……寂しいとまでは思わなかったが……」
だが、そうだな。
「足りない、とは思ったな」
返事は、さっきよりも深いキスだった。
絡み合ったままベッドにもつれ込み、子供がふざけるように服を脱がせ合う。
それさえ中途半端で、片方の腕に上着が残ったままだとか、ベルトとボタンは外した癖にファスナーを下ろしてないせいでズボンが腰骨に引っかかっているだとか、はっきり言って見っとも無い格好だ。
「かっこわる…」
笑いながら、少し体を離す。
「脱がせるならいっそ全部脱がせろよ」
「服を乱しただけ、というのもいいものですけど、あなたがそうおっしゃるのでしたら」
にやけた面でそう言った古泉が、俺の上着を放り出す。
めくりあげられていたインナーシャツを引っ張られるままに脱ぎ捨てた時、俺はようやくそれに気が付いた。
「っ、キョン! それからわん古まで!?」
細く開けたドアの隙間から、二人の顔がのぞいてやがった。
「なっ…、ろ、ロックしたんじゃなかったのか!?」
慌ててズボンを直す間に、古泉も俺の上から飛び退いて、
「一体いつの間に……」
とかなんとか呟いている。
キョンはきょとんとした顔で、
「なぁ、何してたんだ?」
と聞いてくるし、わん古はというと、
「だ、だめですよキョンくん!」
と言いながら、キョンの手を引っ張って逃げようとしている。
古泉は苦笑しながら二人に近づき、
「作戦参謀と大事なお話をしていますから、向こうに行っていただけますか? 好きなお菓子を食べていていいですから」
と餌で釣る形で二人を追いやった。
キョンは当然のように不承不承という態度を見せたが、古泉の言うことに逆らうつもりはないらしい。
あらためてドアを閉めた古泉がため息を吐き、こちらを振り向く。
「ええと………続き、します?」
「出来るかぼけっ!」
大体、なんでドアが開けられたんだ。
「どうも、セキュリティの設定の問題のようですね。わん古については、住人として登録してありますから、開けられても不思議ではありませんし……」
「寝室は少しいじるくらいのことはしろ。緊急時以外、中から施錠したのを外から解除させないとかな」
「そうですね。では、そうしたら続きをしてもいいですか?」
んなもん、
「却下だ」
「どうしてですか」
滅多に見られないほど情けない声を上げる古泉に、
「あいつらがまたやってきてドアを叩くかどうかしたとして、続きなんてやってられるか?」
俺は無理だ。
「子供を放り出していちゃつこうなんてのが無謀だったんだ」
「……子守ロボでも手配しますか」
真剣な声で言うな。
「言い訳に困るものの購入は控えろ」
「でも、僕はもう我慢なんて出来ません。ようやく遠慮なくあなたと二人きりで過ごせると思ったのに……」
「……まあな」
ぽんと古泉の頭を撫でてやると、素直に頭をすり寄せてきた。
「どこか預けられたらいいんだろうが……」
それとも、わん古を言い含めた方がいいだろうか。
そんなことを考えていると、古泉が何か思いついたようだった。
「そうだ、いつだったかに言っておられましたよね。国木田氏に僕たちのことがばれた、と。それなら、彼に預けると言うのはどうでしょうか」
「国木田に?」
「ええ、彼なら預けても問題ないと思うんです」
「それは……まあ、そうだろうが……」
なんとなく不安を感じたのは、どうやら気のせいではなかったらしい。
国木田の部屋を訪れると、国木田は笑顔で迎えてくれた。
簡単に事情を話せば、それだけで言ってないところまで理解したようなしたり顔を見せ、
「うん、預かるくらいならいいよ。僕も彼らには興味があるからね」
……これだけで、不安が倍加した。
「国木田、頼むから実験台にはするなよ」
「大丈夫だって」
そこはしないって言ってくれ……。
部屋に戻ってからもちびたちを気にしている俺に、
「まあ、国木田氏なら命にかかわるようなことにはならないのでは?」
「それのどこが安心できるんだ」
ため息を吐いた俺に、古泉は苦い笑いを見せ、
「他に選択肢がないのですから、仕方ありませんよ。それとも……あなたはあの子たちの方が気になりますか?」
「それは……」
なんだかんだ言っても、国木田ならやり過ぎないだろうとは思う。
だが、ああして置いてきたのは人としてまずいような気もしてならん。
「気持ちは分かりますけどね」
そう言っておいて、古泉は俺をソファに押し倒した。
「僕は我慢の限界なんです」
「……そうみたいだな」
「あなたは平気なんですか?」
「平気に見えるとしたら、お前は相当目が悪いな」
薄く笑って、俺は古泉を抱き寄せた。
それからまあ、あれやこれやがあって、三時間ばかりしてから国木田のところへ、わん古とキョンを引き取りに行ったら、
「あれ? もういいんだ?」
と言われて拍子抜けした。
「あまり迷惑をかけるのも悪いからな」
「僕は全然かまわないよ。なかなか興味深かったし」
「そうか?」
「うん、とても素直だしね」
そう言ったのに何か違和感を覚えた。
「……国木田、何をしたんだ?」
「一緒に遊んだだけだよ」
と言っている笑顔が少しばかり恐ろしい。
奥から出てきたちびたちは、一見何も変わりないように見えた。
だが、
「僕がいる時なら、またいつでもおいで」
と言った国木田に向かって、
「ありがとうございました」
と声をそろえて最敬礼などしていて、本気で国木田が恐ろしくなった。
俺はそろそろ本気で、国木田をもっと裁量の大きいところに異動させるよう進言するべきだ。
どうしたものかと考えながら、古泉の部屋に戻る。
そうして古泉が用意していてくれた夕食を食べようとしたのだが、何やら気になるものがひとつだけあった。
「……キョン、どうした」
国木田のところから帰ってからずっと、キョンが俺を睨んでいるのだ。
キョンはぷいっと顔をそむけて答えない。
むっとしたが、何を言っても無駄だろうと諦め、わん古に矛先を向ける。
「わん古、何かあったのか?」
「いえ、これといって何も…。……あまり気にしなくていいと思いますよ?」
わん古はそう言ったが……尚更気になるのは、俺がひねくれているからではないだろう。
俺は首をひねりながら、しかし、うかつにもそのことを忘れてしまった。
全ては古泉の飯がうまいのが悪い。