眠り月

ウルトラヴァイオレンス注意←









蓼で虫で


自分でもどうかと思うが、俺は本当に古泉に甘いと思う。それはもう、それこそ自分で責任を取らなきゃまずいんじゃないかと言うくらいにあいつの変態性を助長させてしまったように思うし、一応その責任を取るつもりでいるくらいにはあいつにべた惚れだったりして、なんかもう、のろけを読んでられなくなってブラウザを閉じる人間が目に浮かぶようなありさまではあるのだが、それでも、譲りたくないラインと言うのは確実に存在する。
たとえばそれは、あいつが他の人間に心を移すだとかいう当たり前のことから始まって、変態行為についてであったり、人間の尊厳にかかわることであったり様々だが、それでたとえ俺がブチ切れても、あいつが必死になってなだめたりするのでどうにかなっているのが現状である。
念のため言わせてもらうなら、古泉は浮気だとかそういうことはしていない。
たとえば道行く美人に見とれたりしちまうのはどちらかというと俺の方で、あいつがそんなことをした覚えはまるでない。
あいつが抵触するのはいつも、変態行為だとか俺の尊厳を穢すような真似をするという方向でだ。
つまり、世間であれだけ優等生で少しヘタレではあるもののちゃんとした高校生をしているあいつは、立派な変態であるという事実が、厳然としてある。
そうして、今日も俺はその変態に、無茶な変態行為を要求されていた。
「断じてっ、断るっ!」
それはもう、聞こえませんでしたなんてはぐらかされるのは勘弁だと満身の力を込めた主張だったのだが、古泉は聞いていない。
「まあそう言わずに」
と言うってことは、一応聞いてはいるのだろうが、聞き入れるつもりが皆無だ。
「今日はそんなハードなことをしたがってる訳じゃありませんよ? 道具も緊縛もなしですし」
「いっ…つも、そんなことばっかりしてるみたいな言い方すんな!」
どっちも俺がへろへろになった時に勝手に持ち出されたブツでしかない。
そしてそのことで散々に論議もしたはずで、了承なしにそういうことはしないと宣誓書まで書かせたはずだ。
「これくらいなら、いいでしょう? …可愛いあなたが見たいんです」
そう、腰に来るような声音で囁かれ、ぞくんと体が震える。
畜生、こいつに弱点を知られたのは本気で失敗だった。
囁きと共に、軽く耳朶をくすぐられ、体に嫌な熱がこもる。
「こ…いずみ……」
「ねえ、お願いします。これを着てくれたら、後はもう、何の意地悪もしませんし、焦らしたりもしないであなたの好きなことだけしてあげますから」
「……ほんとか?」
「ええ」
にっこりと笑って言った古泉に、つい頷いちまったのは本当に失敗だった。
大失敗もいいところだ。
紙袋に入ったままのそれを押し付けられ、
「絶対着てくださいね。やっぱりやめるって言うなら……代わりにもっとすごいもの出してきますから」
と脅すから、せめて何を着ろと言われているのか確かめてから了承するべきだったと思ったが、すでに遅い。
袋の中を見た俺は思わずぎゃっと叫んだね。
そこにはどう見ても透けるだろう素材の、そしてひらひらふわふわしていてあからさまに女物だと分かる、下着類が詰まっていた。
「こっ……ここっ、こ……」
「鶏のまねですか?」
違ぇよ!
「古泉っ、お、おま、何考えて………」
「可愛いあなたが見たいって、さっきから何度も言ってるじゃないですか」
と笑う顔は幸せそうでなかなかいいのだが、だが、な、古泉。
「なんでこんなもん…!」
「あなたが確実に恥ずかしがってくれそうな格好ってどんなものかなって考えたら、こうなったんです」
と至極単純な原理を説明するかのように古泉は言った。
「恥じらうあなたの可愛らしさといったら、他に比べられるものがないくらいですからね」
その根拠のない盲信をどう打ち砕けばいいのだろうか。
百の殺害方法と千の処理方法とを脳裏に思い描きつつ、俺は古泉を睨んだ。
「これを俺に着ろ、と」
「はい」
「…古泉」
「なんでしょうか?」
「……お前の頭はおかしい」
「お褒めにあずかり光栄です」
褒めてねえよ!
うああ…なんで俺、こんな変態と付き合ってんだろ。
「そんなに言わなくても……これくらいなら全然余裕でしょう? それとも、他のことがしたいんですか?」
「んなこと言ってねえ」
唸りながら、袋の中身を確かめる。
ベビードール…ガーターベルト……ストッキング……本当に見事に集めたもんだな。
この変態。
「……着たら、もう、それ以上要求しないな?」
「はい」
「コスプレだとか言って何か妙な演技を要求するとかもなしだな?」
「ええ、着てくださったらそれで十分ですよ」
「……………せめて隣の部屋で着替えさせろ」
情けない気持ちになりながらそう言った俺に、古泉はにこやかにドアを開けてくれやがった。
すごすごとリビングから寝室に移動し、ドアをきっちりと閉める。
じゃないとのぞかれそうだからな。
そうして袋の中身を広げ……辟易した。
身に着け方の解説までついてるんだが、一体あいつはどこでこれをどの面下げて買ってきたんだろうか。
あいつ自身が女装趣味の持ち主だと思われても構わないと思ったんだろうか。
……思ったんだろうな。
ほんと、なんであんな変態なんだ、もったいない。
それとも、あの優等生面が作りものであるがゆえに勿体なく思えるだけであって、本質的には変態でしかないのだろうか。
いやでもそれにしてはあの顔はなんだ。
普通変態性というものはそこそこ顔や態度ににじみ出てくるものだろうに、あいつのさわやかイケメン面と来たら、変態性の欠片も見当たらんではないか。
それに、なんだかんだで優しいからなおさら……………だめだ、結局俺はあいつから逃げられんってだけじゃないか。
深く深くため息を吐いて、服を脱ぎ始める。
まあ、いいさ。
あんな変態でもいいところだってあるんだし、それに、その、なんだ。
あれだけ外面のいいやつがこういうだめな内面をさらけ出すのが俺くらいしかいないんだろうと思うと気分だってそう悪くない。
あいつもあいつなりに譲歩してくれるなら、俺だって多少譲ってやるよ。
ぶつぶつ言いながら素っ裸になり、小さくて頼りない下着に脚を通す。
ガーターベルトの仕組みがよく分からなくて、用意してあった紙切れを見ながら悪戦苦闘の末、なんとか装着もした。
薄くて、着てる方がよっぽどいやらしく見えるようなベビードールを無造作に引っ被り、げんなりした。
可愛らしくてふわふわした女の子が着るならともかく、筋張った男が着るにはあまりにもきつい。
もはや精神攻撃にしかならん。
自分でも出来栄えは確認したくない、というかもはや認識すら放棄したい。
俺はそれこそ戦場に乗り込むような荒々しさでドアを開け放ち、
「着てやったぞ」
と可能な限り傲岸に言い放ってやったのだが、ドアの前で待ち受けていたのはフラッシュの光だった。
「…………は?」
「やっぱりいいですね。可愛らしいです」
にまにましている男が持っているのは、確か先日買ったばかりのデジカメだ。
手ブレ補正がついてるのでハメ撮りだって可能ですよ、なんて言いながら散々な目に遭わされた挙句、データを保存用のカードの粉砕という形で遺棄してやったばかりだから間違いない。
「…こ…いずみ………」
「はい? …ふふ、びっくりしたんですか? 目を見開いたあなたもかわ…ぬぐぁ!」
もう何も言葉は必要なかった。
俺は思うさま古泉を殴り飛ばし、はずみで床に転がった古泉の腹にどっかと座ってやる。
そうしてデジカメをかばおうとするその腕を強引に取るより先に、胸のあたりに打撃を加えてやった。
くそ、顔面を殴ってやりてえ。
見えるところはまずいだろうと配慮するだけの理性が残っているのが逆に腹立たしい。
古泉が衝撃に咳き込んだところで、油断したその手からデジカメを奪い取り、全力で床に叩きつけた。
流石日本製でしぶといが、何度かガスガスと床よ凹めとばかりに投げ、トドメとばかりに玄関の方へと投げ飛ばしたらぶっ壊れてくれた。
「あーあ…高かったのに、酷いですよ…」
という変態の腹の上で、どすんとヒップドロップ的な攻撃をかますと、ようやくうるさい言葉が止まった。
髪の毛をひっつかみ、抜けてはげにでもなれと思うさま引っ張る。
「いたたたたたた!」
ああ、うるせえ。
洗濯バサミでもねえかな。
糸と針でもいい。
このやかましい口を縫い付けてやりたい。
「…そんなに嫌でしたか?」
そう聞こえたかと思うと、腰のあたりをさわっと撫でられ、ぞっとした。
「…てめえ……」
「すみません、ちょっとくらい、と思ったんですけどね……」
「ちょっとじゃないだろ。写真は真っ平だって、前にも言ったよな?」
アァ、と凄んでも、古泉は笑う。
非常にむかつく笑顔だ。
「怒ったあなたも好きです」
引っ叩きたい。
殴り飛ばしたい。
「いいですよ?」
と言って古泉は目を閉じやがる。
「どうとでも言い訳しますから。…あなたの好きにしてください」
「…くっそ」
本当に腹が立つ。
むかむかしながら、俺は古泉の頬にひたりと手を当て、狙いを定めて…………キスをした。
「この、変態。責任取れ、ばか」
こんな変態を許容するとか、俺の方がよっぽどど変態じゃないか。
さわさわと脚を撫でてくる手を押さえて、恨みがましく睨み付ける。
「責任なら、いくらだって」
「…約束も、守れ」
「ええ、もちろんです」
そう言って古泉が笑うのがよろしくないのだ。
俺はどうしようもないと脱力して、古泉の上に寝そべり………それからのことは、まあ、言うまでもないので割愛させてもらう。