眠り月

けいか


やつらがたまごから生まれて、一週間ばかりが過ぎたその日、久しぶりに幕僚が集まって会議ということになったが、要はあれだ。
キョンやわん古たちの成長の度合いやつけた名前の報告をして、正式に乗員名簿に名前を加える、ということらしい。
完全に思い付きで動いているとしか思えないハルヒだが、それを認めさせたってのが凄いな。
向こうの担当者はとんでもない勢いでまくしたてられ、それこそ機銃掃射でも受けたような気持ちになったに違いない。
我らが団長殿にかかれば、地上勤務の人間が束になってかかろうとも、まとめて病院送りにすることも朝飯前だからな。
もちろんこの場合の病院に送られる理由は、精神耗弱やノイローゼである。
願わくば、人的被害が最小限に抑えられたことを祈りたい。
ともあれ、自分の主張が受け入れられたことでハルヒは上機嫌である。
膝に自分そっくりの小さな生き物をにったにた笑っているところなど、ぬいぐるみを抱いてご機嫌にしている子供のようでもあるのだが、抱きかかえられたやつがぶるぶる震えているのが非常に気になる。
一体どんな一週間を過ごしたのだか定かではないが、おそらくは地獄のような日々だったのだろう。
心の底から同情する。
「ハルヒ、そいつにはなんて名前を付けたんだ?」
「自己紹介は本人にさせなきゃ!」
とハルヒは胸を張り、テーブルの上にそいつをすとんと下ろした。
おそらく、直立させたかったのだろうが、そいつはよっぽど臆病に育っちまったらしい。
脚が震えて立てず、ぺたんと女の子座りになっている。
そうして、小さな、それこそ蚊の鳴くような声で、
「は……はるにゃん、です……」
と名乗るのが精いっぱいだった。
三角形の耳を伏せて、びくびくしているところは非常にいたいけで、守ってやらねばならんような気持ちになるのだが、元はハルヒと同じだっただろうに、どうしてこうなったんだろうな。
やっぱり反面教師……いや、違うな。
おそらくハルヒに散々圧迫される日々だったのだろう。
同情すると共に、各自で面倒を見るというのは間違っていたんだろうかとも思った。
「こらっ!」
とハルヒが猛獣のごとく牙を剥いて怒鳴ると、
「ぴゃっ」
とすくみ上り、頭を抱えてぶるぶる震えている。
落雷に怯える子供そのものだな。
「もう、ちゃんと自己紹介しなさいって言ったのに、なんで出来ないのかしら」
「いや…十分だろう。他人の自己紹介で語られる趣味や寒いギャグほどどうでもいいものはないからな。名前が分かりゃ十分だ」
「それもそうね。じゃ、次はみくるちゃんよ!」
と指さされ、朝比奈さんはさっきのはるにゃんと似たり寄ったりの、
「ひゃっ!?」
という声を上げたが、その膝に座っているうさ耳の小さな朝比奈さんはすやすやと眠り続けている。
……なんというか…ある意味強いな。
「ち、ちみちゃんっ」
ゆさゆさと揺さぶられて、ようやく目を開けた小さな朝比奈さんはというと、膝の上でちょっと立ち上がって、
「……ちみっこ…です……。…おやすみなさい」
と言ってまた眠っちまった。
…あのー…朝比奈さん?
本当にこの子はあなたのコピーなんでしょうか。
むしろ長門に似ているような……。
ぐうぐう眠っているその子に代わり、朝比奈さんが紹介する。
「えっと、涼宮さんにちみっこって名前をつけてもらいました。なんだかとってもマイペースでいつもおねむみたいなんだけど、悪い子じゃないから……」
それはもう、朝比奈さんのコピーなら悪い子になるはずがありませんとも。
「ちなみにっ、」
と口を開いたのはもちろんハルヒだ。
「ちみっこっていうのは、ちっさいみくるちゃんって意味よ! うさ耳に掛けて、ミニみくるちゃんでみみってのも捨てがたかったんだけど、ウサギキャラにミミなんてのはありきたり過ぎてつまらないからちみっこでちみちゃんね」
お前のこだわりはどうでもいい。
「次は有希ね」
と言われ、長門が立ち上がり………足元から掴み上げたのは、もぐもぐと何かをかじっている小さい長門だった。
あれは……あー…いわゆる犬用のガムとかそういうやつか?
「……この子はまだしゃべれないから私が代わりに。……名前はながと。…以上」
…非常に簡素なのはいいんだが…あー……長門さんや、それじゃ声に出して呼んだ場合、区別がつかないんじゃないか?
「問題ない。私は聞き分けられる。それに、大半の人間は私を役職で呼ぶから」
…なるほど。
その通りかもしれない。
「…不都合が生じた場合には、私のことをゆきりん、と……」
……長門さん?
「……冗談」
……ああ、うん、そうだろうとは思ったが………。
まだ少しばかり混乱した状態を仕切り直そうとしたか、古泉の膝にいたわん古が小さく咳払いをして立ち上がり、
「わん古です。幕僚総長にお世話になっております。何しろまだ生まれて間もないので、至らないことばかりだとは思いますが、なにとぞよろしくお願いします」
…こいつは卒がなさ過ぎて可愛げがないな。
飼い主そっくりだ。
やれやれ、とため息を吐いた時、俺の膝から体重が消えた。
ん? と首をひねりながら顔を上げると、そこにはテーブルの上で仁王立ちを決めるキョンの姿があった。
「こらキョン、テーブルに上るんじゃないと……」
「ようやく俺の出番だな!」
晴れやかに宣言するな。
俺の話を聞け。
しかし、話を聞くようなキョンではない。
ぐるりと他の連中を見回し、自分より強い奴はいないと判断したのだろう。
偉そうに腕を組み、
「俺の名前はキョンってことになっているが、作戦参謀と呼べ! 当面の目標は、この基地を制圧し、俺の物にするこ――…」
思わず背後からぽかりと殴って問題発言を止めた。
全く、何がどうしてこうなっちまったんだろうな。
気が付いたら恐ろしくえらそうかつやんちゃな奴になりやがって……。
ちなみに、今の傲岸不遜な宣言を聞いたハルヒの第一声はと言うと、
「キョン、あんた自分の名前を付けた訳?」
というやつだった。
それが先かよ。
大体、
「名前じゃなくてあだ名だ。お前だって、はるにゃんってのはお前のあだ名だろうが」
「ちがうわよ! あたしはハルにゃんって呼ばれるけど、この子ははるにゃんだもの」
それこそどう聞き分けろっていうんだ。
というか、わざわざでかでかと表示させなくていい。
会議用のばかでかいプロジェクターに使うエネルギーがもったいない。
それにしても、だ。
後頭部を押さえて涙目になっているキョンにしても、まだびくびくしているはるにゃんにしても、一週間ほどの間で見事な個性が出たもんだな。
これから一体どうなるんだか……正直、不安しかない。
特に、不安要素はこいつだ。
じっと睨みつけてみるが、涙目で睨み返しやがる。
ここ数日、キョンと呼んでも返事をしなかったりするしな。
悪さをするなよ、と言っても聞かないだろう。
なんとかわん古を丸め込んで、ストッパーになってもらうか?
…そううまく行くといいんだが。
そうため息を吐いている間に、ハルヒはてきぱきと処理を済ませたらしい。
それこそ、普段の仕事もそういうスピードでこなしてもらいたい、というくらいの速さで。
「これでよしっ。名簿に登録したから、基地の中を自由に動き回れるわよ」
これはパスね、と言って各自に端末を配布したのはいいが……おい、本当に乗組員として登録しやがったな。
せめてペットにしろよ、と言ってももう遅いだろう。
精々、使い物になってくれるといいんだが、こいつらのサイズじゃな……。
と思ったところで気が付いた。
こいつらがこれからもっと大きくなる可能性は十分あり得るんじゃないか?
そもそも、見つけた卵のサイズからすると………。
ぞっとしていると、それを察したんだろうか。
古泉が困ったように笑いながら小さな声で、
「まだこの子たちは子供ですよ。…きっとこれから分別がつきます」
「…知恵もつくだろ」
「ええ、そうして、きちんと学んでいくでしょう。……大丈夫ですよ。あなたが育てるんですから」
「……」
そう太鼓判を押してくれるのは嬉しくもあるんだが、
「……すでに育児に関して自信喪失してるんだが……どうしたらいい?」
「あなたが不安なのでしたら、僕も微力ながらお手伝いしますから」
…それでなんとかなってくれたらいいな。
はぁ、とため息を吐いたところで、キョンが痛みから回復し、テーブルから落下した。
…いや、飛び降りたのか。
そうしてすたたたたっと走り出すから、
「こらっ! またどこに行くつもりだ!」
と捕獲しようとしたのだが、
「いいじゃない、自由にさせてあげなさいよ」
とハルヒが言い出し、驚いている間に見失った。
「いいのか?」
「大丈夫でしょ。はるにゃんも行って来たら?」
そう言ってハルヒはテーブルからはるにゃんを下ろしてやった。
はるにゃんは……多分、ハルヒから逃げたかったんだろう。
すととととーと逃げて行った。
…脚は早いらしい。
わん古も古泉の膝から下り、
「では、僕も行ってきますね。彼が心配ですから」
と言って走っていく。
……わざわざ丸め込むまでもなく、ちゃんとストッパーになってくれそうで何よりだ。
それから……これもちょっとした不安なんだが、ながとがガムを放り出して追いかけて行ったのが気になる。
……何かうまそうな匂いでもしたんだろうか。
「というか、だな」
解散してから、いつものように古泉の部屋に転がり込み、俺はため息のように呟いた。
「お前って意外と子育てが上手かったんだな」
古泉は今日もまた新妻のごとき甲斐甲斐しさで早速コーヒーの用意をしてくれながら、柔らかく目を細めた。
「そうですか?」
「そうだろ? わん古は行儀のいい子に育ってるじゃねえか。それに引き替えキョンは……」
「あなたの育て方が悪いということではないと思いますよ。ただ、あの子は多分、自立心が旺盛なんでしょうね。あなたに似て……」
「俺に似て?」
俺はそんな風に見えるのか?
「そうでしょう? ……あなたがしっかりしているから、あの子もしっかり者なんだと思いますよ」
まあでも、と古泉は悪戯っぽいものに笑みを変化させたかと思うと、コーヒーを俺の手に渡さず、テーブルに置いて、空いた手で俺を抱きしめた。
「子育てが上手いとお墨付きをいただけたのは嬉しいですね。…将来のためにも」
「将来って…お前な……」
「男同士でも妊娠や出産を可能にする、という技術が近いうちには実現しそうだという話じゃないですか。…あなたが子育てに不安を持っても、僕がいれば大丈夫だと思っていただけたら、嬉しいですね」
「…ばーか」
そう笑っておいてキスをしたのは、了承したって訳じゃないからな。