眠り月

煌 第七話


そんな僕たちをじっと見つめていたハルヒさんは、盛大にため息を吐いた。「……つうか、あんたたち、付き合ってもなかった訳…?」
本気で呆れた口調で言われて、僕たちは戸惑うしかない。
「は?」
「え……」
正直言って、と彼女は半分以上ため息のような声で呟く。
「べたべたいちゃいちゃうっとうしいくらいにしか見えなかったんだけど?」
そんなことはないと思うのに、有希さんにまでこくこくと頷かれてしまった。
まあとにかく、と彼女は苦笑交じりの優しい笑みを見せ、
「そういうことなら、古泉くんが出て行く必要もないでしょ? それに、キョンだけ置いて行かれても用心棒の役に立たないじゃない」
と憎まれ口を叩いた上で、
「大人しくここにいなさい。ずっとここにいれば、いつかは珠魅狩りなんてしなくていいって分かる時が来るはずよ。それを待つだけの時間は、不老のあんたたちにはあるはずでしょ? 大体、魔導士連中はそろそろ珠魅狩りに興味を失い始めてるわ。核を取っても役に立たないってやっと分かってきたみたいね」
「…それもそうだな。だったら、」
と彼は僕を見てにやりと笑い、
「こいつの無駄に後ろ向きなところを叩き直してやるだけの時間もあるってことだな」
え。
「古泉」
「は…はい?」
「お前のこと、全部教えろ。お前の思ってることも、全部見せてくれ。……多分、今の俺なら、ちゃんと理解できるはずだから」
とりあえず、と彼は僕の腕を掴み、
「寝直すぞ。お前のせいで無駄に疲れた」
と言われてしまった。
そのまま彼に引きずられるようにして階段を上ったのはともかくとして、その途中でハルヒさんに、
「仲が深まったのはいいけど、夜中に騒がしくしないでよ」
と言われたのに加え、有希さんにまで、
「…お幸せに」
と言われたのは居たたまれなかった。
彼は大きな声で、
「余計なことは言わなくていい!」
と怒鳴り返していたけれど、その顔は赤いままで冷めない。
寝室に入ると乱暴にドアを閉め、ため息を吐いた。
「………寝ますか」
僕が声を掛けると、彼はびくっと肩を揺らし、
「…お……おう」
と頷いたけれど、緊張しているのは僕にでもわかった。
「心配しなくても、」
と僕は笑い、
「あなたの気持ちが分かったとはいえ、いきなり襲いかかったりしませんよ。…ハルヒさんにも釘を刺されましたしね」
「…ばか」
可愛らしく毒づいた彼に、僕は小さく微笑みかけ、先にベッドにもぐりこむ。
彼は少しためらっているようだったけれど、すぐに隣に潜り込んできた。
しばらく黙り込んでいたけれど、眠れそうにないのは彼も同じらしい。
「……色々聞いてもいいか?」
「…ええ、どうぞ。……なんでも答えますよ」
「なんでもって言われると、かえって迷うけどな」
とかすかに声を立てて笑った彼は、
「……なあ、本当に、俺のことが好きだったのか?」
「ええ。……あなたに助けられて、しばらくしたらもう、あなたに夢中でしたね」
「そんなに前からか?」
驚く彼に、僕ははっきりと頷いて見せる。
「はい。…でも、僕は珠魅で、あなたとは違いますから、言えなかったんです」
「…お前って、ばかだよな」
そう彼が繰り返したけれど、何を指してそう言ったのかが分からなかった。
戸惑っていると、彼は優しく僕の耳を引っ張って、
「お前は、マナの力が感じられるんだろ? マナの樹のことなんかも分かってて、それなのになんでそんな風に思うんだ? ……全ては同じものであり、見た目が違って見えるだけ、なんじゃないのか? だったら、種族が違っても関係ないだろ」
「そうは言いますけど…」
「俺は、お前が珠魅だから俺とは違う、なんてことは思わなかったぞ」
「え?」
「ただ、お前と同じだったらとは思ったが。……多分、それで俺は珠魅になれたんだ。お前のことを思ったら泣けて、お前が泣いてくれたから石化が解けた。その時に、お前と同じになりたいと願ったから……俺はきっと変われたんだ」
そう言って、見たこともないほど眩しくて優しい笑みを浮かべる。
「あなたこそ、いつから僕のことを…?」
「…そりゃ……いつから、なんてはっきりとは言いづらいが……お前とあまり変わらんのじゃないか?」
「そんなに前から?」
驚いた僕に、彼は苦笑して、
「お前がちゃんと見てりゃよかったんだ。…そしたらきっと、すぐに分かってたと思うくらい、俺はお前のことを見てもいたし、お前の側にいたってのに」
「…すみません」
「もういい。…分からなかったのは俺も同じだからな」
そんな風に許してくれる彼が愛しい。
「…好きです」
思ったままを口にすると、彼が笑ってくれるのが夢のようだった。
「……俺もだ」
そう言って、僕の頬を撫でた彼は、聞きづらそうにして、
「…なあ、これは答えたくなかったら構わないんだが、あの頃、お前はひとりだったよな。…姫はどうしたんだ?」
「……亡くなったんです。核を…奪われて。僕は彼女を取り戻せず、それどころか深手を負わされて逃げて……そして、あなたと出会ったんです」
「…そうか」
予想はしていたんだろう。
彼は短くそう頷いて、
「…だから、あの頃はあんなに暗かったんだな」
と言ったけれど、それは違いますよ。
「違うのか?」
「ええ。…元からです。僕が明るくなれたとしたら、あなたのおかげです。……あなたのおかげで、僕は変われましたし、これからも変われる気がするんです」
「…そうか」
だが、と彼は恥ずかしそうに目をそらし、
「…そんなに変わらなくてもいいぞ。妙に後ろ向きなところはなんとかした方がいいとは思うが、お前がそれ以上改善なんかしたら…嫉妬で頭がおかしくなるかもしれん」
「な……」
絶句した僕に、
「黙るな! 余計に恥ずかしいだろうが!」
と怒鳴る顔が赤くて可愛い。
「すみません、あまりにも可愛らしいことをおっしゃるものですから…」
「……可愛くなんかねえ」
「可愛いです」
「うるさい」
「黙った方がよろしいでしょうか」
「……黙るなってさっきも言っただろ」
拗ねたように言う彼が可愛い。
どうしよう。
「あなたって、こんなに可愛かったんですね」
「か……可愛くねえって言ってんだろ」
「ええ、ずっと強くて格好いい方だと思ってました。でも、本当はこんなに可愛いんですね。…どうしましょうか」
「……何がだ」
「もっと好きになってしまいました」
「……あほか」
呆れたように呟いて、彼は僕の頬をつねる。
僕はその手を取って、
「ねえ、キス、してもいいですか?」
と問いかける。
びくりと震え、目をそらしながらも、彼は嫌がらない。
「…したい…のか……?」
「したいです。……最初は唇じゃなくてもいいんです。この指先に……ね」
「……ん」
「ありがとうございます」
彼の許可を得て気をよくした僕は、引き寄せたその手の指先に唇を触れさせる。
ごつごつとした、彼らしくて働き者な指。
この指に触れたいと何度思っただろう。
何かの拍子に触れるたび嬉しくて、愛しくて、苦しくて。
そんなことをつらつらと話したら、彼は呆れた顔をした。
「んなこと思ってたのか」
「はい」
「……ほんと、お前はばかだな」
そう言って彼は僕の手を握り締めてくれる。
「指くらい、いくらでも触らせてやるのに」
「…じゃあ、他のところはどうです?」
「他?」
「…たとえば……核とか」
小さく提案すると、彼は少し考えて、
「別に構わんが…触りたいものか?」
「触りたいですね。…あなたの核も好きなんです。滑らかで、美しく輝いて……」
怖々手を伸ばし、初めて手を触れさせた核は、思い描いていた以上につるつるとしていて優しい手触りだった。
ほのかに暖かくもある。
「…気持ちいいです」
そっと撫でると、彼がぴくんと体を跳ねさせた。
「ん……っ…ちょ、っと……待て…古泉……」
「どうかしましたか?」
甘い声がして、驚いて見つめると、彼は目元を潤ませて、
「お前の触り方、おかしい…。ぞわぞわする……」
「………ぞわぞわじゃなくて、ぞくぞくの間違いでは?」
意地悪なことを言って、核にキスをすると、
「ひっあ…!」
と短い声が上がった。
甘ったるくて可愛い声。
「…好きです」
「ちょ……、待てって…古泉……」
「ええ、騒いではいけないんでしたよね」
「分かってるなら……」
「でも、」
と僕は彼の顎に指を触れさせ、
「キスくらいまでなら、いいでしょう?」
「え……」
「キスしたいです。…あなたと唇を触れ合わせたい」
そろりと囁けば、彼は目元の赤みを増して、
「っ、い、いちいち聞き方がやらしーんだよ!」
「では、聞かずにしましょうか?」
「へっ? ――…んっ…!」
彼の唇は柔らかかった。
核と同じように滑らかで、それ以上に暖かい。
どんな味がするんだろう、なんて思うままに舌を伸ばすと、彼の体が小さく震える。
でも、彼は僕を突き飛ばそうとはせず、むしろきつく抱きしめてきた。
「好きです…」
我慢しなくていいんだと思うと、言葉はいくらでも溢れてきた。
「ずっとあなたにこうしたかった…」
「ん…っ、ぁ………ふぁ……俺、も、だけど、いきなり、こんな…っ」
「これ以上は我慢しますから……」
でも、と僕は唇を歪め、
「ちゃんと環境を整えたら、我慢なんてしなくていいですよね?」
「………ばかっ」
毒づいてさえ、彼は可愛くて愛おしかった。