眠り月

煌 第四話


ところで、とハルヒさんがテーブルの上に置いたのは、細身の剣だった。「探してたらこういうのが出てきたんだけど、古泉くん、使う?」
「これを…ですか?」
「今使ってる剣にこだわりがあるとかいうことなら、無理には勧めないわよ。でも、少しくたびれてるみたいだったから、新しいのがいいならこっちの方がいいかと思って」
「ありがとうございます。…剣にこだわりはないので、ありがたくいただきますね」
「じゃあ、古いのを借りてもいい?」
「これを…ですか?」
言いながら僕は腰に帯びていた剣を鞘ごと外し、彼女の置いた剣に並べた。
風雨にさらされ、たびたび転がり、傷がついた安っぽい剣なのに、
「打ち直してみようかと思って」
と言われて驚いた。
「そんな大した剣ではありませんよ?」
「そうね。…帝国兵が使ってるのによく似てるけどもしかして……」
「その通りです」
と僕は苦笑して、軽く肩をすくめた。
「いつでも武器が買えるわけではなかったので。使えるものは可能な限り使って、生き延びてきました」
「ふぅん…。なかなかやるじゃない」
と彼女は楽しそうに呟き、
「それならなおさら、これがどうなってもいいわよね? 鍛冶の実験がしてみたかったのよ」
「そういうことでしたら、どうぞ、ご自由に」
「ありがとっ」
それにしても、と僕は彼女の細腕をしげしげと見つめつつ、新しくて軽い剣を腰のベルトに収める。
「あなたは武器を鍛えたりすることも出来るんですか?」
「あら、そんなに難しいことじゃないわよ。ちょっと勉強しに行けば、誰にでも出来るんじゃないかしら」
とてもそんな簡単なことには思えないけれど、彼女にとってはそうだったのだろう。
「他の武器がいいなら、遠慮なく言って。色々あるけど使わないからしまったままになってるの」
「いえ、これくらいの剣が一番です。ありがとうございます」
「よかったわ。…試しに振ってくる?」
「そうですね。……いえ、後にしましょう。彼が起きてからにします」
「そう。…ほんとに、古泉くんとキョンは仲がいいわよね」
そう言われて、僕は驚きに目を見開いた。
「……僕と彼が…ですか…?」
「違うの?」
きょとんとした顔で問い返され、更に戸惑う。
「…そう……見えますか?」
「見えるから聞いたんじゃない」
それももっともな話だ。
僕は少し考える。
仲良く見えるような要素はあっただろうか。
僕が彼に付きまとっているだけに過ぎないと思うのに、それをそんな風に取られた、とか?
理由がどうであれ、
「そう思っていただけるのは、嬉しいですね。…でも、彼には言わないでください」
「どうしてよ」
「彼は嬉しくないでしょうから」
「……?」
よく分からないというような顔をした彼女だったけれど、奥からひょこりと有希さんが顔を出すと、はっとした顔で、
「いけない、うっかりしてたわ」
と彼女はテーブルの上に盛り付けられたフルーツのバスケットとガラスの水差しを示し、
「朝ご飯はそれね。じゃ、あたしは有希と一緒に研究室にこもるから、出て来るまで放っておいて。リビングに置いてるものは好きにしていいものばかりだし、隣の書斎の本も自由にしていいわ。あ、それからもちろん、非常事態にはあたしたちを呼んでくれていいから」
と言ってすたすたと奥の部屋に行ってしまった。
残された僕はというと、特にすることもないので置いてあったグラスに水を注ぎ、ちびちびと飲むしかない。
早く彼が起きてきてくれればいいと思うのは、時間を退屈だからじゃない。
彼の顔が見たくて、彼の声が聞きたくて、彼の核の輝きを感じたくて、そう思う。
少し離れただけで、僕にとってこの世界はとても味気なく寂しいものになってしまう。
そのことが、今の僕は恐ろしくて堪らなかった。

昼近くになって起き出してきた彼は、言われるまでもなく核を露わにしていた。
滑らかな虹色の涙石はいつもより艶やかに見える。
やっぱり、ゆっくり休めたのがいいんだろうか。
僕では彼を守ることも出来ないと思い知らされるようで、今はその核の輝きをまっすぐに見つめられなかった。
「おはようございます」
彼から少し目をそらして言うと、
「…おはよ」
と短く返って来る。
「よく眠れましたか?」
「……ああ」
寝起きだからか、いくらか不機嫌に応じて、彼はどさりと椅子に座った。
「それは何よりです」
と決まり文句を返しながら、僕は椅子から立ち上がる。
「ちょっと外を見てきます。あなたは……」
「俺も行く」
意外にもそう言って、彼は今座ったばかりの椅子から立ち上がる。
「え? 食事は……」
「これだけなら、持って出てもいいだろ」
と手早く大き目のオレンジを掴みとり、僕の飲みかけの水を奪うようにして残ってた水を飲み干した。
そのことを意識しておかしくなりそうな胸を抑えて、
「…では、出ますか」
と言って僕は彼に背を向け、外に続くドアへと向かった。
家の中と外では空気の流れが違うものだけれど、それにしてもここでは格別だった。
家の中だって十分マナを感じ取れるのに、外に出ると更にそれが濃くなる。
「…凄いですね」
と呟いて、軽く伸びをすると、
「何がだ?」
と返されて驚いた。
「…え?」
「空気がきれいだってことか?」
そう問われ、更に驚く。
「……あなた…もしかして感じてないんですか?」
「だから、何をだよ」
訳が分からん、とばかりに不貞腐れる彼は、それはそれで非常に可愛いのだけれど、これは看過できないことではないだろうか。
「……マナの力は分かりますか?」
「…正直よく分からん」
拗ねたようにそっぽを向いて、それでも彼は正直にそう答えてくれた。
「お前やハルヒがなんだかんだと話してるから、そういうものがあるんだろうなとは思うし、俺に感じられないだけなんだろうとも思ってるが」
「ふむ…不思議なものですね」
珠魅ならばマナの力なんて、誰に習わなくても感じられるものだとばかり思っていた。
彼が元人間だから、なんだろうか。
しげしげと見つめていると、彼はむっとしたように眉を寄せて、
「……っ、別に、感じられなくてもいいだろ」
と彼は言ったけれど、
「それならいいんですけどね」
と僕は苦笑を浮かべた。
「…問題があるってのか?」
「もしかしたら、あなたが僕と比べて疲れやすかったり、空腹感を覚えたりするのに関係しているのかもしれないと思いまして。マナの力をうまく扱えないから、そうなるのかもしれませんよ」
「……そう…なのか?」
不安そうに呟き、僕を上目遣いに見つめる彼に、
「不安にさせてしまったのなら、すみません」
と一言謝っておいて、僕は考え込む。
マナの力について、僕が教えられるとは思えない。
生まれつき感じられるもの…たとえば、空気がどのようなものであるのか、それを感じられないものに対して説明するようなものだからだ。
でも、アーティファクト使いだと言い、実際マナの扱いに長けているハルヒさんなら、それも可能なんじゃないだろうか。
彼が元は人間であるということを伏せたまま、彼女に教えを請うことは可能だろうか。
それとも、彼女にきちんと明かしてしまってもいいだろうか。
僕が黙っていたからだろうか、彼はいよいよ不安げな顔で僕を見つめ、
「古泉…?」
と小さく僕を呼び、言葉を促す。
「…僕で教えられるとは思えないので、ハルヒさんに協力していただこうかと思うんですが、いかがでしょうか」
考えていたことをそう口に出してみると、自分で思った以上に淡々とした声が出て驚いた。
やっぱり僕は…少なからず嫉妬深いたちなんだろう。
全く、どうしようもない。
彼はと言うと……僕に突き放されたとでも思ったんだろうか。
少しうつむいて僕から顔を隠し、
「お前がそう言うなら、そうした方がいいのかもな」
と小さく呟いた。
ここで咄嗟に、「僕で教えて差し上げられるのであれば、そうしたいのですが」なんて言いつくろえるだけの器用さがあればいいのに、そんなことを言っても無駄だろうかと逡巡するうちに機を逃してしまう。
僕は歯噛みしながら彼から離れ、剣を鞘から引き抜いた。
「ん? それ、新しい剣か?」
彼の問いかけに僕は頷き、
「ええ、ハルヒさんに今朝方頂戴しました。試しにちょっと振ってみようかと思いまして」
「そうか」
そう言って家の側に座り込んで、オレンジを食べ始めたから、もう興味を失ったかと思ったのに、彼は僕がその剣を振り、その重さやしなり方を確かめるのをじっと見ていたらしい。
ぽつりと、
「…前のより、似合うな」
と呟かれて驚いた。
「……そうですか?」
僕が問い返すと、
「きっ、聞こえたか!?」
なんて言って、顔を赤くする。
どうして赤くなるんだろう。
「ええ。…前のより、似合いますか?」
「うー……」
恥ずかしいのか、しばらく唸っていた彼だったけれど、膝を抱え込むようにして顔を隠したかと思うと、小さな声で、
「…似合う」
と答えてくれた。
「ありがとうございます」
丁重にお礼を言って、僕は改めてその剣を見た。
鋼の色は輝くような銀。
柄は少し濃くて鈍い色に光っているがそれも美しい。
素っ気ないほどなんの意匠も凝らしていないが、だからこそその剣はきれいだった。
どこか彼に似ている。
「僕も、この剣が気に入りましたよ」
そう言って笑ってみせると、彼はなぜだかまたうつむいてしまったけれど。