眠り月

国谷で微エロです
設定としては、射手座で消失っぽい何かと同じです
「白と赤の王子様」以下のシリーズですね
それでよければどうぞですー
















































狡く穢く堂々と


物心ついた時にはもう既に暗い場所にいて、そこで生き延びるのに精いっぱい。自分が明るいところを歩けるなんてことはまるで思ってもみなかった。
そうなったところで、明るさに目がくらむに違いないと思ってた。
それだけに僕は、自分がまっとうな戸籍や名前ばかりか、家族まで持つなんて、今も信じられないでいるんだ。
僕に出来ることと言えば、僕に「普通」をくれた人たちを守ること、彼らを損なわないことくらいしか思いつけなくて、だから僕は自然に士官学校へと進んだのだけれど、まさかそこで、もう絶対に取り戻せないと思っていた人間的な感情を取り戻すとは思わなかった。
その人を見るだけでも胸が熱くなり、その人の笑顔を見るとこちらまで嬉しくなる。
他の人と一緒にはしゃいでいるところを見ると、少しだけれど苦しくなり、邪魔をしてあげたいような、いじめてあげたいような気持にもなる。
笑顔にしたい。
喜ばせたい。
でも、いじめたい。
泣かせたい。
僕だけのものにしたい。
そんな風に思ってしまう。
どうやらそれは人が恋愛感情と呼ぶものらしい。
「あの子、可愛いよね」
僕が呟くと、眠そうな目をしてサンドイッチをかじっていたキョンは目を見開いて僕を見た。
「可愛いって……お前がそう思うってのか?」
「その反応は流石にひどくないかなぁ」
まあ、仕方ないんだろうけど。
だって、そんな感情なんてもう取り戻せないと思ってたのは僕自身も同じだし、同じ境遇にあって僕がどんなことを思ってるかなんて全部お見通しだったキョンなら、驚いても当然だろう。
「見て分からない?」
そう問いかければ、キョンはまっすぐにこちらを見つめてきた。
まっすぐ過ぎて、普通の人ならたじろぎそうなほどの視線だけれど、僕はもう慣れっこだからどうとも思わない。
作り笑いを返すと、キョンはため息を吐くように、
「嘘じゃないらしいな。……で、どの子だ?」
「あの子」
と僕が指さしたのは、食堂の向こうの隅で、楽しそうにはしゃぎながらランチセットを食べている集団だった。
その中で一人、僕の目を引き付けてやまない子がいる。
「……どれだよ」
「あれ、あの一番騒がしいの。名前は谷口っていうらしいよ」
「お得意の地獄耳か」
そう皮肉っぽく呟いたキョンだったけど、情報収集がうまいというか、記憶力がいいからか、谷口についても知っていたらしい。
「成績はそうよくないし、ばか騒ぎをするもんだから、教官に目をつけられてるな。手先が器用なんで、退学にならなきゃ整備科に行くんじゃないか?」
「整備科かぁ…」
「……お前も整備科に行くってのか?」
僕の呟きと顔からそうと察したんだろう。
キョンは驚いた顔をして僕を見た。
「無理かな」
「無理じゃないだろうが、もったいないな。いくら後方支援志望にしても。……谷口自身は砲科志望らしいから、志望通りに行くようにしてやって、お前もそっちに入るってのはどうだ?」
「その方が、キョンの役には立てそうだけどね。……自分の手で武器を持つのは、楽しくなさそうだと思わない?」
「……そうかもな」
「キョンがそうするのは別にかまわないと思うよ。それだけの強さがあるのは、いっそ羨ましいくらい。でも、僕には訓練でそうするのがやっとだから」
「そうか」
残念そうに呟いて、キョンは少しの間考え込んでいたけれど、
「あいつのクラスの担任が探してたぞ。あのバカに少しでも理論をたたき込める奴を。志願してみたらどうだ?」
「理論?」
「心配しなくても、お前なら全く問題ない範囲だ」
「それならいいかな…。…ありがとね、キョン」
「貸しはそのうち取り立ててやる」
「ふふ、待ってるよ」
僕は食べ終わった食器を持って席を立った。
谷口はまだ、女の子がどうとかって大きな声で話してる。
普段なら、僕の過敏な耳には苦痛なはずの大声さえ、谷口の声だと思うともっと大きくてもいいなんて思える。
困ったなぁと笑いながら、その足で教官に話をつけにいき、昼休みが終わる前に谷口に声を掛けたのが、僕と谷口の初接触となった。
「俺の勉強をあんたが見るって? …てか、あんた誰だよ」
怪訝な顔をして、警戒を隠そうともしない谷口は、本当に僕とは全然違う場所で生まれ育ったんだなぁと思うとなんだか寂しくて苦しく思うのに、その目が僕を映しているのが嬉しくもある。
僕は本当に作り笑いなのか分からないような笑みを浮かべて、
「僕は国木田。実践はともかく理論の方はちゃんとしてるつもりだから、いくらか役に立てると思うよ。…どうかな」
「いや、そりゃあ俺だって見てもらえるのは助かるけど、あんたはなんでわざわざ……」
「谷口と仲良くなりたくて」
しれっとしてそう言ってみたら、谷口は驚いて目をまんまるくした。
ああ、可愛いなぁ。
「いつも楽しそうにしてるから、僕も仲間に入れてほしかったんだ」
と言ってみたけど、これは少しだけ、嘘。
仲間に入れてほしい訳じゃない。
谷口といたいと思ってただけだ。
でも、今そんなことを言って、これ以上警戒されたくはないから。
「どうかな。僕としても復習出来るのはありがたいと思ったから、この話を受けたんだけど」
自分から志願したくせにそう言った僕に、谷口はまだ戸惑っているみたいだったけど、
「じゃあ、頼む。……正直やばかったんだよな」
と笑った。
その笑顔が、僕は欲しかったんだと思う。

僕は狡くて穢い人間だから、使える手段は何でも使うし、効果的かどうかということでしか選ばない。
だから、そんな風にして谷口に近づいて、谷口に気づかれないように谷口に好意的な女の子を排除して、谷口を囲い込もうとした。
それでいいと、思ったのに。
「どうしてかな。……凄く、苦しいんだ」
「……ってお前、よりによってその話を俺自身にするこたねーだろ」
そう呆れながらも谷口が逃げようとしないのは、すでに酔っているからだろうね。
そうじゃなかったら慌てて逃げてるんじゃないかな。
「こんな話、谷口以外の誰にすればいいんだい?」
「あー……キョン大尉…とか」
「キョンは自分のことでいっぱいだと思うよ。…それでも、話は聞いてくれるだろうし、分かってもくれるだろうけど、でも多分、キョンだって、そんな話は谷口に直接しろって言うと思うよ」
確信をもって言うと、谷口はなんだか泣きそうな、面白くなさそうな不思議な顔をする。
「谷口が、キョンに言えばいいって言ったんじゃなかった?」
「それは…そうだけどよ。……聞かなくても分かる、みたいなのは、なんつーか、ちょっと、面白くねーな」
酒が入ってるからにしても素直すぎる言葉に、僕は苦笑するしかない。
「ねえ、谷口、自分の置かれてる状況、ちゃんと分かってる?」
「へ? 状況?」
「ここは僕の部屋で、僕がロックしちゃえば君は逃げられなくて、おまけに体術では僕の方が勝つのはいつものことだし、酔っぱらった君を押さえつけるなんて簡単だってこと」
「なっ……」
絶句した谷口は、本当に分かってなかったみたいだ。
無防備といえば聞こえはいいけれど、ただ単に僕が意識されてないというだけなんだろうな。
「谷口、僕は一世一代の告白をしたつもりなんだよ? どんなことをしても手に入れたいくらい、離れたくないくらい、君のことが好きなんだって。もっと言うなら、そんなことをしておいて苦しくなるくらいにね」
そうだ、苦しくなった理由なんて分かってる。
分かってるけど止められない。
どんな手段を使ってでも、谷口と離れたくない。
谷口の側にいたい。
他の誰も、谷口の隣に居させてあげない。
酷く醜い執着。
「ねえ谷口」
「な……んだよ。つか、何迫ってきて……」
「分かるだろ?」
そう言って、僕はわざと意地悪に笑う。
「気持ちよくさせてあげるよ。酔っぱらってたからって、明日の朝には忘れちゃってもいい。だから……今はまだ、今夜だけでも、いいんだ。谷口を、僕に頂戴?」
「は…?」
「でも、どうしても嫌だったら、そう言って。本気で抵抗してよ。………谷口に嫌われるのだけは、嫌だから」
「国木田……」
見開かれたままの目と同じで、ぽかんとして開いたままの唇に、ちょっと触れるだけのキスをすると、谷口がびくんと震える。
女の子も知らない、キスもろくにしたことがない、うぶな体。
それに僕が触れてもいいのかなって迷いながら、でも、止められない。
くすぐったく触れるだけのキスを繰り返して、唇で谷口のその形をなぞる。
薄くて、すこしかさかさしていて、でも、キスするだけで気持ちいい。
「好きだよ、谷口」
言い聞かせるつもりでそう呟くと、谷口はすっかり赤い顔をしていて、僕をどこか危うい、とろんとした目で見ていた。
「……キス、してもいい?」
「も……もう、してんじゃねえか」
「こんなのじゃなくて、もっと凄いの。谷口なんか、それだけで腰砕けになっちゃうようなキス。……してもいいかな?」
恥ずかしそうにして、でも、谷口は嫌がらない。
酔っぱらっているからでもいいと思った。
正気に返った時に罵られるかも知れない。
でも、谷口は優しいから、少しの間険悪になっても、本当に絶交なんてことにはならないと、その優しさに甘えて、付け込む。
今度こそちゃんと重ね合わせた唇の隙間から、そろりと舌を忍ばせると、慣れない感覚に谷口の体が小さく震える。
緊張してくれてるのかな。
それだけ、意識してくれてるなら嬉しい。
薄く目を開けて、様子をうかがいながら、慎重に舌でなぞる。
酒臭い息も、ちゃんと歯磨きをしてないんだろうなって分かる歯も、不快なはずの情報を選んで拾い上げてもまだ頭が冷めてくれないくらい、どうしようもなく僕は谷口が好きで。
だから、唾液の甘さだとか舌の滑らかさだとか小さな喘ぎめいた声から意識をそらすのがとても難しい。
「は……っ、ん、ぁ…………」
くすぐったさに、というよりも、気持ちよくて喉を震わせ、鼻にかかった声を漏らす谷口をきつく抱きしめ、そっと囁く。
離れた唇が寒くて寂しいなんて、本当にどうかしてるよね。
「谷口…可愛い」
「うっせ…、可愛くなんか……」
「可愛いよ。…ずっと、思ってた」
「ずっとって……」
「士官学校の食堂で、僕が初めて声を掛けた時のこと、覚えてる?」
「……まあな」
「そのずっと前から、僕は谷口のことを見てたし、声を聞いてた。可愛いって思ってたんだよ」
でも、と僕は小さく声を立てて笑った。
「谷口の喘ぎ声は想像以上に可愛いね」
「ば、ばか!」
そんな風に罵られても嬉しいだけだし、可愛いだけだよ。
「触ってもいい?」
そう言って、作業着の上から股間を軽く撫でると、谷口が呻く。
今日は職場からそのまま飲み会に行ったから、谷口はまだ着替えてもなかった。
油臭くて、あちこち汚れている作業着に触れるのも嫌じゃなくて、むしろ嬉しい。
僕はというと、同じ整備科の人間とはいえ事務方なのでこぎれいな制服のままだ。
「服…汚れちまうぞ」
「構わないよ。…谷口の匂いなら、機械油の匂いも嫌いじゃないし」
「…なんで俺なんだよ……」
「なんでだろうね。分からないけど………でも、僕は谷口が好きなんだ」
そう言っておいて、
「ねえ、触ってもいいよね?」
さっきより少し強く問いかけると、谷口が小さく顎を引いた。
「うん、ありがとう」
僕はつなぎの長いファスナーをゆっくりと引っ張り、前を開かせる。
Tシャツ越しにうっすらと見える乳首に触りたいと思っても、今は我慢する。
分かりやすくて抵抗の薄いところから崩してあげなくちゃね。
そう考えるのは当然のはずなのに、やっぱり少し胸が苦しくなった。
悪趣味なまでにけばけばしい柄のトランクスの中に手を忍び込ませて、直接それに触れると、
「んっ……」
と短い声が聞こえる。
音を拾いすぎる僕の耳には、唾を飲み込む音まで届いた。
焦らすように、そっと触れるだけの強さでそれをなぞり上げ、何度か往復すると、それが少しずつ硬くなる。
反応が返ってくることが嬉しくて、もっとよくしてあげたくなるけれど、急ぐのはよくない。
「もう少しだけ、強くするよ」
「ん……、じれったい、から……」
「じゃあ、嫌だったら止めてね」
そう笑って、僕はそれを少し強めに握り込んだ。
「んぁ…っ」
握り潰されるとでも思ったのか、少しだけ恐怖の滲んだ声がしたけれど、安心してよ。
そんなことしないからさ。
やわやわとふたつの袋を揉み込みながら、裏筋をくすぐる。
「下ろすよ?」
と小さく声を掛けて、トランクスを少しだけずり下ろすと、勃ち上がってきたそれが勢いよく顔を出す。
舐めてあげたいのを堪えながら、そっと息を吹きかけ、両手でしごくと、谷口が泣きそうに顔を歪めた。
「…嫌?」
「や………じゃ、ない、つうか、なあ、お前、本当に……?」
「まだそんなこと言うの? …全く……谷口ってば本当に鈍いなぁ。僕がずっと谷口を好きだったのも、谷口のことを好きな子がいたことも、全然気づかないんだもん」
僕は苦笑しながら、じっと谷口を見つめる。
「そんなに信じられないなら、身を以て証明してあげようか?」
「はあ? 身を以てって…どうするつもりだよ」
「こうやったら、証明になる?」
そう言って僕は口を開き、谷口のものをぱくりとくわえ込んだ。
「んなぁ!?」
谷口もびっくりしてるけど、別に谷口のが小さいとかそういう訳じゃなくて、ただ単にコツがあって、僕はそのコツを心得てるってだけだ。
じゅるっと音が鳴るくらいに吸い上げると、谷口の腰が少し浮き上がる。
本当はもっと撫でて触って焦らしてから舐めたりしてあげたかったんだけど、とりあえずはこれで証明にはなるだろう。
すぐに離してあげて、
「これで信じられた?」
と言うと、谷口はこれ以上はないというほどの赤い顔をしていた。
どうやら、効果はあったみたいだ。
僕はにっこりと笑って、
「どうする谷口、逃げ出すかい? それとも、気持ちいいことだけしたい?」
「ん、んなこと、出来るか…!」
というのは、谷口がお軽く見えて責任感なんかもちゃんと持ってるからだろう。
セックスだけの関係なんて許せないほどの倫理観も僕とはあまりに違っていて、でも、だからこそ愛しく思える。
守りたいと思える。
「じゃあ、諦めて僕のものになっちゃいなよ」
逃げられたくないから、重くならないように、そうあえて軽く提案すると、谷口はしばらく悩み、それこそ唸ってたけど、
「……ほんとに、俺でいいのかよ」
と呟いた。
もう答えをくれたようなものだ。
僕は嬉しくて、もう一度谷口を抱きしめてキスまでしてしまったけど、谷口のをくわえたばかりじゃ、キスはまずかったかな。
でも、そんなことを考えている余裕なんて残ってなかったんだ。
「谷口がいいんだよ」
「…物好き」
「谷口もね」
そう言って今度は頬にキスをする。
「ねえ、谷口、好きだよ」
「うるさいって…」
「照れずに、ちゃんと聞いてほしいな。大事なことを教えてあげようと思ってるのに」
「はぁ?」
「僕は本当に谷口が好きだから。……だから、僕がやりすぎちゃいそうになったら、僕を止めてよ。谷口に嫌われたくないんだ」
「止めるっつったって…なあ?」
俺とお前じゃどうしたって、とぶつくさ言うから、
「だから、そのための呪文を教えてあげるんだよ」
「呪文?」
「そう。――それ以上したら嫌いになる。それだけでいいんだ。もちろん、一言一句違えずに、なんてことは言わないよ。お願いだから、嫌いになる前に、そうと教えてほしいんだ」
「……なんつうか、お前……」
「なに?」
呆れられたかな、と思う僕に、谷口はあの、僕が大好きな、谷口らしい笑顔をくれた。
「本当に、俺のことが好きなんだな」
「…さっきからもう何度も言ってるのに、まだ分かってなかったの?」
「しょうがねえだろ」
「そうだね。谷口の物覚えが悪いのなんて、今に始まったことじゃないし」
「おいっ」
「これはもう、体に教えてあげるしかないよね?」
「いっ!?」
ぎょっとして体を引くくせに、でも、谷口は逃げ出しもしなければ、呪文を使おうともしない。
「僕がどれくらい谷口を好きなのかってことを、しっかり覚えさせてあげるから、覚悟してよね」
堂々とそう宣言して、僕は谷口を押し倒した。