パラレルですよっと
当初のイメージとしては「ミモザでサラダ」だったのにどこかでずれた
お嬢様と僕
夜が明ける前に目を覚まし、身だしなみを整えた上で部屋を出る。それから洗面や何やらをして、さっぱりした状態でまず向かうのは厨房だ。
手を洗い、エプロンをしてと服装を整えた上で、冷蔵庫に用意してあった生地を成形し、熱くしたオーブンに放り込む。
焼き上がりを待つ間に今度はスープ作りにとりかかる。
蒸した野菜を丁寧につぶし、裏ごししたら、牛乳やスープと混ぜる。
だまになったり、沈殿したりしないように慎重な作業を繰り返して、ようやくポタージュスープが出来た。
こんがりと焼きあがったクロワッサンはバターのいい匂いがする湯気を立てている。
それをそっと皿に載せ、スープと共に給仕の支度を整える。
あとはグラスに冷たい牛乳を注げばいいだけにしておいて、僕は厨房を出た。
エプロンは外したけれど、まだ粉や何かがついてないかと一応点検して、着替えるほどの汚れがないことを確かめてから部屋のドアをそっとノックした。
一度目は弱く、二度目は強めに、それから三度目でドアノブを捻った。
いつものように、ガチャリと音が鳴って回らないのを確かめて、僕はポケットから鍵を取り出す。
そうしてすんなりとドアを開けて、
「お嬢様、失礼します。お目覚めの時間ですよ」
と声を掛けると、豪奢なベッドの中で身動ぎする音がした。
「ん……ぅぅ…」
「お目覚めの時間ですよ、お嬢様」
僕はベッドに歩み寄り、まだ眠そうにしているお嬢様の足元から軽く叩く。
ぽんぽんぽん、とたどって膝の辺りまで来たところで、お嬢様は目を開けた。
「……ん…」
「おはようございます、お嬢様」
そう微笑みかけると、彼女はぎゅっと眉を寄せて、
「まだ起きない」
と駄々をこねる。
それさえ可愛らしくて、つい顔が緩んでしまう。
僕はそれをなんとか作り笑顔の下に押し込めて、
「お嬢様」
と少し硬い声を掛けると、彼女は目を閉じたままこちらを向いて、
「…キスしてくれたら起きるわ」
と挑発的に囁いた。
まだ11歳だというのに、とてもそうは思えないほど大人びた仕草に悪寒めいたものを感じる。
それをただの寒気ということにして、僕はあえて呆れた顔を作る。
「そういった台詞はせめてもう少し女性になってから言っていただきたいものですね」
「何よそれ。あたしはちゃんと女よ」
「ええ、お嬢様の性別でしたらオムツの交換や湯浴みまでお世話させていただいた私にはよく分かっておりますが、まだ女性と言えるほどになっていないことも承知していますから」
僕のあんまりな言葉に、幼いながらもレディーである彼女は顔を真っ赤に染めて、
「こっ…古泉くんなんて大っ嫌い!」
と涙を目にためながらも怒鳴りつけた。
ついでに枕も投げ飛ばされたけれど、僕はそれを軽く受け止めてベッドの上に戻す。
恥かしいのか再び布団に潜ってしまった彼女を見つめつつ、
「私のことが大嫌いでも構いませんが、お嬢様の大好きなポタージュスープはいかがなさいますか?」
「……食べる」
「では、おいしく食べられるうちに起きてらっしゃいませ。着替えを手伝ってほしいのでしたら、お申しつけくだされば、いくらでも」
「いらないわよっ、ばかっ!」
怒鳴り声に追い出されてから、僕はそっとため息を吐く。
胸の中が小さくツキツキと痛む。
僕にとって、彼女は本当に大切な人なのだ。
十歳以上も年下の少女に顎で扱き使われ、朝から晩まで年がら年中ワガママに振り回されて、それでげんなりしないほど、僕は彼女のことが大切だし、家族以上の想いをもって愛している。
彼女の望みは出来る限り叶えたいけれど、甘やかすばかりではいけないから、時には心を鬼にして、彼女に厳しくしたりもする。
そんなことをすると、今日のように怒鳴られ、涙目で睨まれたりすることも多々あり、そんな風にされるだけでどうしようもなく苦しくなるほど、僕は彼女が好きだ。
とは言っても、世話係と財閥のご令嬢では身分違いもはなはだしく、そもそもこんなに年の差があっては、自分でもこの感情が恋愛感情なのかただ家族のようなものとしてなのかということが分からない。
はっきりしてるのは、彼女を好きで、彼女のことを誰よりも考えているのも、彼女のことを誰より理解しているのも自分であるという自負だ。
……と、そう、思っていたのだけれど、もしかしてそれは思い上がりだったのかもしれないなぁと思いながら、僕はぼんやりと天井を見上げた。
しかし、そうすると天井だけではなく、別のものも目に入る。
夜の寝室は暗いけれど、それでも真の闇とまではならず、部屋の中の様子は見て取れるのだ。
それは照明だとかカーテンだなんて平穏なものではなく、僕の大切なお嬢様のご尊顔だったりする。
「……ネグリジェ姿で寝室を出るような不躾な方にお育てしたつもりはないんですけどねぇ…」
イヤミっぽく呟くと、彼女はむっと眉を吊り上げ、
「言うことはそれだけ?」
と冷たく返した。
こういう冷たい言い方は、もしかして僕の悪い影響なんだろうか。
だとしたら申し訳ないので、もう少し善処しようと思いながらも、今は冷たく、
「叱って欲しいのでしたらいくらでも。とりあえずは、そこから下りましょうか。わざわざ言うことでもないでしょうが、寝てる男の上に馬乗りになることを許すような躾をした覚えもありませんよ」
「嫌よ」
きっぱりと返して、彼女は僕のシャツにしがみつく。
彼女がどこにいるかといえば、僕のウエストの両サイドに膝をつき、可愛らしいお尻を僕の腹の上に載せているわけで……お嬢様、危ないです、色んな意味で。
「お嬢様…」
「ハルヒ、って、呼んでよ」
そう言って、彼女は僕を見つめる。
「…お嬢様」
「ハルヒって呼んでくれなきゃ聞かない」
またいつものワガママだろうと思ったのに、
「……一樹」
と熱っぽく呼ばれて心臓が跳ねた。
「お、お嬢様…!?」
思わず動揺を出してしまった僕に、彼女は得意そうに笑う。
「やっと見れた」
「……お嬢様?」
訝る僕に、彼女は唇を尖らせて、
「だって、昔はあたしがちょっと危ないことをするだけで貼り付けたお面みたいな顔なんて忘れて大慌てしてくれたじゃない」
それなのに、と彼女は不満を口にする。
「最近じゃ、そういうこともなくって、いつ見ても同じ顔してばっかりで、つまらなかったわ」
「……そういうことでしたか」
それだけのことで夜這いをしかけるなんて、まだまだ子供なんだと思うと、呆れればいいのか微笑ましく思えばいいのかよく分からなくなった。
そうして油断しきっていたのだと思う。
彼女は、
「違うわ」
と魅力的な微笑を見せた。
思わず息を飲むほど美しく、どこか妖艶な笑み。
ただでさえ彼女の虜である僕にそれが有効でないはずがない。
「あたしが、一樹に会いたかったから来たのよ」
一度ならず名前を呼ばれてどきりとする。
それを悟られないように、そっとため息を吐いて呼吸を整える。
「毎日お会いしているはずですが?」
あえて冷たく言うと、彼女は不満に頬を膨らませる。
「そういうのでなく、会いたかったの。世話係じゃない一樹に会って、話したかったの。……分かってよ」
泣きそうに声を震わせて、彼女は僕の胸の辺りに手をついた。
「もっと言わないと分からない? あたしは、一樹が好き」
あっさりと口にされた言葉が一瞬理解出来なかった。
それほど簡単に口にされ、呆気にとられたのだ。
「一樹が好きだから、夜這いを仕掛けに来たの。……ここからどうしたらいいのか、分かんないんだけど」
そう言っておいて、彼女は僕の顔の上に覆いかぶさるように体を屈めた。
流れた長い髪がさらりと音を立てる。
彼女の甘い吐息がふわりと唇に触れ、柔らかな唇が重なった。
触れるだけの口付けが、酷く罪深いものに思えたのは間違いではないだろう。
実際それは罪深いものだ。
僕は彼女の世話係に過ぎず、身分違いもはなはだしいし、彼女はまだ十一歳で僕とは十以上も年が離れている。
でも、だからこそ、だろうか。
その口付けは甘美ですらあった。
その甘さに、何かが切れた。
「…ねえ、」
彼女は顔を赤くして僕を見つめ、
「これから、どうしたらいいの?」
なんて聞いてくる。
「…教えてよ……一樹…」
甘えた囁きに、僕は完全に我を忘れた。
「……あまり大人をからかわない方がいいということを教えておかなければならないようですね」
そう告げて、彼女のまだ細く弱い首に腕を絡める。
その頭を強引に抱き寄せ、まだ幼い唇に自分のそれを重ねるだけでは飽き足らず、舌を伸ばしてそろりと舐めた。
「んっ…!?」
驚いたのだろうか、鋭い声を上げ、かすかにもがこうとする彼女を抱き竦め、彼女の口内を味わう。
綺麗に並んだ白い歯をなぞり、ピンクの歯茎をつついてその弾力を感じる。
無防備に震える舌を絡めとると、甘い味わいが一層深まったように思った。
「や…っ、ぁ、くすぐったい……」
そう訴える彼女の声も甘かった。
これ以上その声を聞くとおかしくなりそうなほど頭が痺れる。
だから、と僕は更に深く彼女の口を塞ぎ、舌の届く限り奥までその口を犯した。
彼女の小さな口を目一杯開かせ、空気や唾液の漏れる隙間もないほどぴっちりと合わせれば、彼女は苦しそうにしながらも鼻で息をする。
自然にそんなことを理解する彼女がなんだかとてもいやらしく思え、どうしようもなく興奮した。
戸惑うばかりの舌に自分の舌を触れ合わせ、ぬるぬるつるつると滑る舌先同士を合わせれば、痙攣でも起こしたように彼女の体がひくひくと震えた。
やがてその震えすら止まり、彼女はまだ小さく細い体を僕の上に投げ出した。
ようやく唇を離すと、彼女は真っ赤な頬をしており、潤んだ瞳で僕を見つめていた。
「は……っ…ぁ…一樹……」
とろりとした瞳のまま、彼女は甘く僕の名前を呼ぶ。
「…今はまだ…今だけでもいいから……ハルヒって…呼んで……」
彼女の求めに、僕はそっと応えた。