悪戯の代償



なんだか、暖かくて、気持ちよくて、幸せな夢を見ていました。
あたしはそれを、てっきり、有希と一緒に寝てるからだって思ったんですけど、それだけじゃなかったみたい。
…ううん、ある意味それで正解なんだけど。
とにかく、とても幸せだったんです。
優しい気持ちになるような、不思議な感じでした。
とろとろと眠っているような、でも体は起きているような、中途半端なんだけど、だから気持ちいい感じ。
そのままじっとしていたかったのに、段々と体の方が目覚めてきて、あたしはそっと目を開けた。
部屋の中はまだ真っ暗で、夜中って分かるのに、あたしの目の前には有希がいて、
「…おはよう」
と囁きながらあたしにキスしてきました。
「っ、ん、ゆ、き……?」
おはよう、って、まだ真夜中ですぅ…。
「なら、もう少し眠っていていい」
「…眠れなくなるようなこと、してるのは、…っぁん、誰、ですか…ぁ…!」
あたしが抗議の声を上げても、有希はまだあたしの胸をまさぐる手をとめようともしないで、
「……みくるが悪い」
なんてことを言うから、
「お、こります、よ…!?」
一体何を言い出すの。
「だって、」
有希はまるで拗ねたみたいな声で言います。
「…そんな格好で寝てるから、……胸が丸見え」
「そんな、かっこって……」
ただのキャミソールなのに、そんなこと言われても困ります。
それに、
「胸が見えちゃってるのは、有希がめくるからでしょ…!?」
「我慢出来なくなったのはみくるのせい」
図々しくもそんなことを言って、それ以上はもう言わないとばかりに、有希はあたしの胸に顔を埋めてくる。
そんなことさえ、気持ちよくて、ついつい流されちゃったあたしも悪いのかもしれません。
でもあたしは、一方的にあたしのせいみたいなことを言う有希に怒ってたんです。
だから、
「……怒った?」
布団に包まったまま顔も見せないあたしに、有希が不安そうな声で聞いてきても、あたしは答えません。
あんなこと言われて、あたしが怒らないとでも思うんでしょうか。
「…ごめんなさい」
謝っても許してあげません。
大体、寝てるのに悪戯するなんて、まるであたしの体だけが目的みたいで嫌です。
それに、初犯ですらないし。
…ああもう、考えるほど嫌になります。
有希としては悪気はないんだろうって分かってるのに、こんなにむかむかしちゃう自分にも、有希を疑っちゃうことにも。
だからあたしは、布団から顔も出せなくなる。
包まって、黙り込むしかなくなっちゃう。
それじゃいけないって、分かってるのに。
「……どうしたら、許してくれる?」
「――っ、そんなの、自分で考えてください!!」
反射的にそう怒鳴ってしまったけど、本当はそんなことを言いたいんじゃなかった。
……ただひたすら、申し訳なくて、あたしは布団の中で貝になった。

それからしばらく、有希はずっと低姿勢で、あたしはずっと不機嫌でした。
しばらく、っていうのは、ほんの数時間のことなんかじゃなくて、数日間、ううん、一週間以上のことでした。
あたしもよくそれだけ怒りが持続したなって思いますけど、多分、有希があたしの機嫌を取ろうとして、あたしの好きなものを作ってくれたり、ちょっかいかけるのを我慢したりする、それだけのことに苛立っちゃってたからなんだと思います。
…本当に、大人気ないですよね、あたしったら。
今ならそうやって反省も出来るんですけど。
でも怒ってる時はそうもいかないものでしょう?
そんなわけで、しばらく冷戦状態みたいになってたんです。
だからあたしも、部室に行くのがなんとなく気が重くて、その日はお掃除当番だったのをいいことに、ゆっくり行ったの。
そうしたら、部屋の中から、有希の声が聞こえたんです。
「…あなたに聞きたいことがある」
「どうした?」
驚いたように答えたのはキョンくんでした。
まさか、キョンくんにあたしとのことを相談するつもりじゃ……。
立ち聞きはいけないって分かってたけど、つい、あたしは聞き耳を立ててしまってました。
「……好きな人を、怒らせてしまって…」
小さな声で有希がそう言うのが聞こえ、それを遮るように、
「好きな人!? お前に!? ――あ、いや、すまん…」
ってキョンくんが言うのが聞こえました。
驚く気持ちは分からないでもないけど、その反応はちょっと酷いですよ、キョンくん。
「…いい」
って有希は許してあげたけど、あたしがいたらキョンくんに不審がられるくらい、抗議してたんじゃないかな。
今も、中に飛び込みたいのをぐっと堪えたんだから。
有希はぽつぽつと、キョンくんに説明をした。
自分のワガママで好きな人の嫌がることをしてしまったこと、その人が怒ってしまったことなんかを、きちんと。
相手があたしだってことは勿論、性別も言えなかったから、かなり分かり辛い話になってたけど、大体のところはキョンくんに通じたみたいだった。
あらましを話した後、有希は困り果てた声でキョンくんに聞いた。
「…どうして、許してもらえないのか、分からない」
「……なるほど」
そう呟いた後、キョンくんはしばらく黙り込んで考えていたけど、ちゃんと答えました。
「そりゃ…安易にどうしたら許してくれるのかなんて聞いたからじゃないのか? その前に考えたり、色々試したりとか、してほしかったんじゃないかって、俺は思うが……」
「そういうもの?」
「ああ。俺が思うに、そんな風に言ったってことは、真剣に考えて欲しい、ってことじゃないのか?」
そうですそうです、とあたしはドアのこちら側でこくこくと頷いた。
有希があんな風にすぐに聞いてくるのがつい、癇に障っちゃっただけなんです。
その後も、あまりにあからさまだから、つい…。
「色々試してみたんだろ?」
多分、有希は頷いたんだと思います。
「それでも、どうやったら許してもらえるのか分からないのなら、今度こそ、謝って聞くしかないんじゃないのか?」
「……そう?」
「ただ、誠意は尽くすんだぞ。分かってるとは思うが…」
「分かった。…きちんと、説明して、謝罪する」
「…ああ、頑張れよ」
優しく言ったキョンくんに、少しだけ妬きそうになっちゃいました。
本当なら、有希が困っている時に助けてあげるのはあたしでいたいのに。
…うん、そうね、だからあたしは、有希とケンカなんてしてられないんです。
だからもう、許してあげなきゃ。
「……今日、私の部屋に来て」
帰り際、こっそりとそう言われたあたしは、黙って頷きました。
もう許すつもりでいるなんて、有希に知られたくないって、そう思っちゃうのはあたしのいけないところですよね。
でもつい、そうしちゃったから、あたしは少し気まずいまま、有希の部屋を訪ねました。
一緒に行くのは変に思われちゃうから、あたしはいつも有希とは別に有希の部屋へ行きます。
今日もそうして、勧められるまま有希の向かいに正座しました。
「…謝りたい」
「何をですか」
あたしが聞き返すと、有希は悲しげに視線を伏せそうになりながらも、頑張ってあたしを見つめて言いました。
「寝ているあなたに、悪戯のようなことをしてしまったこと、あなたを怒らせてしまったこと、全部。……あなたの嫌がることをしたかったわけではない。ただ、あなたを見ていたら、我慢出来なくなった。私はあなたに触れたい。それはあなたの体が目的と言うわけではなく、あなたに触れ合えること、あなたがそれを許してくれる、その気持ちが嬉しくて好きだから。あなたなら……許してくれると、甘えていた私がいけない」
ごめんなさい、と有希は頭を下げました。
だからあたしは、
「…あたしこそ、ごめんなさい」
「…みくる……?」
驚くように顔を上げた有希に、あたしはちゃんと言います。
「あの日は、あたしがさっさと寝ちゃったのもいけないんですよね。久しぶりに二人きりで過ごせる時間だったのに、そんなことしちゃって、ごめんなさい。でも、…有希といると、それだけで何があっても大丈夫って安心できるし、寂しいって、思わないでいられるから、つい、眠たくなっちゃうんです」
「いい。嬉しい」
短く言った有希があたしに抱きつこうとして、途中で動きを止めました。
「……どうしたんですか?」
あたしが首を傾げると、有希は不安そうに、
「……抱き締めて、いい?」
「…いいに決まってるじゃないですか」
そんなに不安にさせちゃってごめんなさい。
謝りながらあたしから有希を抱き締めると、いつもはとても頼れる有希が、なんだかとても小さく思えました。
「大好きです。有希のことが一番、好きです」
「…あなたが好き。……愛してる」
「愛してます。…何されたって、あたしは有希が好きですからね」
いくらだって、わがまま言って、いいんです。
振り回してくれたっていいんです。
あたしだって人間ですから、それがカチンと来て、今回みたいに怒っちゃうこともあるかもしれません。
でも、ケンカだってしたいんです。
「だって、ずっと一緒にいたいんだもの」
「…嬉しい」
抱き締めあって、キスをして、幸せを感じた。
それは破られた夢よりももっとずっと暖かくて穏やかで幸せで。
有希がこれまで以上に、愛しく、近しく思えました。