女の子とお弁当



キョンを弁当に誘おうとした。
いつものように、だ。
あいつは女子の癖に俺や国木田と気が合うくらい男っぽいから、クラスの女子とつるんだりせず、弁当も一緒に食ってたんでな。
ああ、だからってあいつが女子に溶け込めてないってわけじゃねぇぞ。
ほどほどに愛想よくしてるから、評判は悪くないし、時々は阪中とかと話してるのも見る。
涼宮と一緒になって怪しげな活動にも勤しんでるしな。
しかし、昼飯は入学以来ずっと食ってたから、当然一緒に食うものとばかり思っていたら、
「すまん」
と遠慮がちに、だがどことなく嬉しそうな顔で言われちまった。
「すまんって…」
「先約があるんでな。悪いがそっちを優先させてもらう」
「先約って、お前まさかカノ…」
じゃない。
いくらキョンが男っぽいとは言え、一応女である以上この間違いは酷すぎる。
「カレシでも出来たのか…!?」
俺が聞くと、キョンは苦笑して、
「俺にカレシなんか出来るわけないだろ。古泉だ、古泉」
「なんだ…」
「そういうわけだから、悪いな」
そう言ってキョンはどうやら二人分あるらしい弁当箱を手に、いそいそと教室を出て行った。
かくして俺と国木田は男二人で彩りの欠片もない飯を食うことになった。
…いや、キョンがいたところで彩りなんてもんにはならねえけどな。
それでも女子がひとりいると違うもんだったのかとしみじみしていると、不意に国木田が言った。
「なんかさぁ……ここんとこ、変わったよね、キョン」
「そうかぁ?」
「うん。…まあ谷口は鈍いから気付いてないのかもしれないけど」
「おい、鈍いとはなんだよ」
俺の抗議を無視して、国木田は続ける。
「なんとなく、雰囲気が変わった気がするんだよね。柔らかくなったっていうか…女の子らしくなった?」
「女の子らしく? あいつが? …はっ!」
「うわー、思いっきり鼻で笑ったねー…。キョンに知られて怒られても知らないよ?」
そう笑いながら魚の切り身を口に運んだ国木田は、
「でも、そうだと思うよ。なんだか可愛くなっちゃって…そろそろかなって思ってたくらい」
「そろそろって何がだよ」
「もう一緒にお弁当食べない、って。いつ言い出すかと思ってたんだよ、僕は」
「じゃあ、あいつはもう俺たちと弁当なんか食わないのか?」
「そう思っといた方がいいんじゃない? 女の子なんだからしょうがないよ。いつまでも一緒とはいかないって。それとも何? 谷口ってばあれだけキョンの前でもナンパナンパってうるさかったくせに、実はキョンのことが好きだったの?」
「いや」
「今度は即答? さすがに酷くない?」
と国木田は苦い笑いを浮かべているが、自分だって俺のことをとやかく言う筋合いはないはずだ。
俺と同じように考えていることはまず間違いねぇからな。
「実際そうなんだからしょうがねえだろ。キョンはキョンだ。今更女子として見れるかよ」
「だから失礼だよ、それは」
そうたしなめておきながら、国木田は小さく笑って言った。
「けど……僕も、そうかな。キョンとはいい友達でいたいって思うよ。一緒にいるだけで結構面白いし」
「面白くなるのは主に涼宮のせいだがな」
「そうかもね」
いつにも増してくだらない話をしながら弁当を食い終えた俺たちは、腹ごなしにでも行くかと教室を出て、そうして見た。
中庭で妙に幸せそうな顔をして弁当を広げているキョンたちを。
「……なるほど」
俺が呟くと、国木田が律儀に、
「何が?」
と聞いてきた。
「ああしてると女の子に見えなくもないと思ってな」
「だろ? それにしても、」
国木田はかすかに声を立てて笑い、
「なんか、微笑ましいね。女の子二人でお弁当広げてるのって」
「そうか? 俺はどっちかっつうとアヤシイと思うがな」
「アヤシイって、キョンと古泉さんが?」
「おう」
距離があるから何を話してるんだかはさっぱりだが、キョンがこんな時間までとろとろと飯を食ってるのも妙だし、顔も近い。
じっと観察していると、古泉さんがキョンの頬に口を近づけた。
それが一瞬触れたように見えたのは…気のせい、だよな?
「今キスしたよね?」
「国木田! 人が見なかったことにしようと思ったのにお前って奴は…!」
「別にいいんじゃないの? 女の子同士なんて可愛くって。とりあえず、見てる側としては男女のカップルよりよっぽど見苦しくなくていいし」
そんなことを真っ赤になって慌てているキョンを見下ろしながら笑顔で言うんだから、こいつも結構なもんだ。
「それとも、谷口は男同士とかの方がいいわけ?」
「んなわけあるか!」
なにやら妙な寒気を感じてそう怒鳴ると、国木田は笑って、
「分かってるよ。谷口は女好きだもんねー。全っ然もてないけど」
「国木田…」
なんか酷くないか?
俺にだって彼女がいたことくらいあるっていうのに…。
「もって一週間なんて彼女とも言えないんじゃないの?」
ざくっと言ってくれた国木田は、俺の襟首を引っつかむと、
「ほら、そろそろ行くよ。いつまでも見てるのは野暮だろ」
と窓から引き剥がした。

翌日、俺たちの予想に反してキョンは、今日は一緒に食べると言った。
やっぱり女の子らしくなんてなってないんじゃないか? などと思いながら、俺は首を傾げる。
そこで、キョンがこれまでのように弁当を広げたところで、
「今日は古泉さんと食べなくていいのか?」
と聞いてみた。
「あ?」
女らしさの欠片もない返事をしたキョンは、視線をさ迷わせながら、
「あー……まあ、昨日は特別だったんだよ。あいつが、人に弁当を作ってもらったことが一度もないって言ってたから、作ってやっただけだ。面倒だからもう当分せんぞ」
と言ったところへ、国木田が爆弾を落とした。
「本当はキスされて恥ずかしかったからじゃないの?」
「っ!?」
キョンが驚いて竦みあがり、ついでにその顔が真っ赤に染まる。
「見た…のか…?」
「昨日、ちょっとね」
「……っ、だから、嫌なんだよあいつは…!」
頭を抱えて俯いたキョンは、
「恥ずかしいから部室で食おうって言ったのに見せびらかしたいとか何とか言ってあんな目立つ場所選びやがるし、俺の話なんて聞かねえし、大体、頬っぺたに米粒が付いてたって言うんなら口で言えばいいだろ!? それか指で取りゃいいじゃねえか! なのになんでわざわざ口で取るんだよあいつは!」
「キョン、惚気もいいけどご飯食べない?」
国木田がもそもそと冷えた飯を食いながら言うと、キョンは複雑に歪めた顔で国木田を睨んだ。
「キョン、お前、その顔、古泉さんには見せるなよ。百年の恋も冷めそうな顔だぞ」
「あいつがそれくらいで冷めてくれるんなら、まだマシだ。しつこいんだからな、あいつ。変に嫉妬深いし…」
「だから惚気るな」
「惚気とらん」
「どう聞いても惚気だろうが。……まぁ、」
と俺はため息を吐き、
「お前が誰と付き合おうが別に構わんが、しかし、それにしても古泉さんってのは羨ましすぎるぞ」
「はぁ? ……ああ、そういやお前言ってたな。あいつが転校して来た時に、AAランクプラスの美少女が来たー! とかなんとか」
「おう。なかなかいないだろ、あんな美少女! おまけに気立ても良くてしっかり者で料理も得意なんだろ?」
「はぁ!?」
信じられん、とばかりに声を上げたキョンに驚かされていると、キョンは俺に向かってまくし立てた。
「あいつが気立てが良くてしっかりもので料理が得意!? どこの偽情報だそりゃ。あいつの料理なんてまともに作れるのは卵焼きくらいで、炊飯器に放り込むだけの炊き込みご飯すら失敗したことがあるんだぞ、あいつは。おまけにしっかり者だと? あいつくらい天然呆けのトロ臭い奴なんて見たこと……いや、朝比奈さんも似たようなもんかもしれないが、とにかく、あいつくらいの奴なんて滅多に見んぞ。可愛いのと胸がでかいのと腰が細いのは認めるが、他は割と散々だからな、あいつは」
見事な扱き下ろしっぷりに俺は唖然とさせられ、国木田は苦笑を見せた。
それだけ言ってすっきりしたらしいキョンは座り直しながら、
「とにかく、あいつに妙な夢は抱くな。特にお前らはハルヒのせいもあって接触率も高いんだ。いつあいつの間抜けな様を見せられるか分からん。変に期待しない方がいいぞ」
と言って話を締めた。
それにすかさず国木田が言ったのは、
「キョン、心配しなくても僕らは別に古泉さんをそういう目で見たりしないよ?」
「……国木田、今の俺の発言を聞いてどう考えたらそういう解釈が成り立つんだ?」
「あれ? 違うの? てっきり、牽制のつもりだと思ったんだけど」
「違う!」
言いながら、キョンの顔が見る見るうちに真っ赤になっていく。
……ああ、なるほど。
キョンが女の子らしくなったというのはどうやら本当らしいと、俺はそんな風にして納得させられた。