プリンシペシリーズ番外編で、
「落ちこぼれプリンシペ」の裏話です
朝→長表現を含むことをご理解のうえでお進みくださいませ











空回りする気持ち

長門さんとあたしは、幼馴染。
彼女の方があたしよりひとつ年上だけど、昔からぼーっとしたところがあったから、実際にはあたしの方がお姉さんみたいな顔をして面倒を見てたわ。
お腹が空いても黙ってじっとしてる長門さんのためにおやつを用意したり、雨に濡れても着替えないでじっとしてる長門さんを着替えさせたりして。
それは、いつまでも変わらないこと、あたしだけの特権だと思ってきたのに。
今、長門さんはわざわざあたしのクラスのテントまでやってきて、あたしのクラスの王子様、キョンくんの側にいた。
あたしのことなんて、見向きもしないで。
「…見てた?」
走ったせいでほんの少しだけ頬を赤くして、キョンくんにそう尋ねてる長門さんを見るだけで、胸がぎゅっと苦しくなる。
キョンくんに褒められて、嬉しそうに微笑む長門さん。
キョンくんは、きっと知らない。
長門さんの笑顔がどんなに貴重なものなのか。
ずっと側にいたあたしだって、数えられるほどしか向けられたことがないそれが、キョンくんには無条件で注がれるのが、悔しかった。
どうして、長門さんはあたしを見てくれないの?
そんなに、キョンくんがいいの?
キョンくんって、そんなに特別な人?
……あたしには、分からない。
あたしはずっと長門さんだけを見てきたから、他の人がどんな人か、どんなに思える人かなんて、そんなことに興味なんてなかった。
でも、そんなあたしにも、もしかして特別なのかもしれないと思わせる何かが、キョンくんにはある。
長門さんだけじゃなくて、涼宮さんや鶴屋さん、他にもいろんな人がキョンくんを見てる。
それだけじゃなくて、キョンくんに見ていて欲しいと思ってる。
側で見ているだけのあたしにも、そんなことが分かった。
中でもキョンくんにご執心なのは、古泉さん。
彼女くらい成績も良くて、容姿にも経済的にも恵まれていて、才能もあるひとなら、キョンくん以上につりあう人がいるんじゃないかしらなんて、あたしは思ってしまうのだけれど、古泉さんは本気でキョンくんのことが好きみたい。
自分では、よく分かってないみたいだけど、長門さんの気持ちが分かりたくてキョンくんを観察していたあたしにはよく分かる。
彼女は間違いなく、キョンくんが好き。
それも、憧れとかそんなものじゃなくて、驚くほど本気で、キョンくんを愛している。
キョンくんのサポートをしているだけのあたしに向かって冷たい視線を寄越したり、怖いくらいに睨みつけて来たりするくらいなのに、自分が恋愛感情を抱いてることにさえ気が付いてない古泉さんがおかしくて、あたしはつい、悪戯をしちゃったの。
キョンくんと一緒にいたあたしを睨みながら、古泉さんは不機嫌を絵に描いたような顔で、
「…楽しそうに何を話してるんですか?」
って言ってきたわ。
それには鈍くて温厚なキョンくんも少し嫌な感じがしたみたいで、
「またお前か」
「酷いですね」
眉を寄せながら古泉さんはあからさまにあたしを睨みつけた。
そんな風にしてたら、キョンくんにも気付かれちゃうわよ?
あたしはそんな風に素直に自分の感情を表せるくせに、本当のことには自分でさえも気が付いてない古泉さんがおかしくって、
「ねえ、ちょっといい?」
と言いながら、笑って古泉さんの腕を引っ張った。
「え?」
古泉さんが戸惑ってもお構いなしで、キョンくんから離れる。
十メートル以上も離れてしまえば、今日のこの喧騒の中では気付かれるはずもないから、あたしははっきりと言ったわ。
「古泉さん、あなた、キョンくんのことが好きなんでしょ?」
「…好きですよ。いけませんか?」
そう平然と言う彼女はまだ分かっていないみたい。
あたしは笑って、
「ねえ、友人として好きって言うんじゃないんでしょう? ……キョンくんのこと、独り占めにしたいくらい、好きなんじゃないの?」
「……え…」
かぁっと古泉さんの顔が赤くなる。
「キョンくんの恋人になりたいっていう好き、でしょ?」
「……っ、そ、そんなんじゃありません! 僕は、彼女に憧れてますし、友人になりたいと思ってますけど、恋人だなんてそんな…そんな……」
わたわたと慌ててる彼女が可愛くて、あたしは声を立てて笑いながら、
「いいのよ、別に。人を好きになることはいけないことじゃないわ。あなたがキョンくんを好きになっても、いいんじゃないの?」
「いえ、ですから…」
「あたしは、長門さんが好きよ」
言ってしまえば簡単で、同時に驚くほどあっけなかった。
古泉さんは今度こそ硬直して、あたしをただ見つめてた。
「長門さんが好きなの。だから、あたしはあなたのライバルにはならないわ。心配しないでキョンくんにアタックかけて」
「………あの…本当……ですか…?」
「ええ、嘘吐いてどうするの?」
「僕を…からかってる、とか……」
確かに古泉さんをからかうのは楽しそうだけど、
「そうじゃないわ。……あたしも、誰かに言いたかったのかもしれない」
ずっと隠してきたことは、口にしてみたこともなかったこと。
でも、口にしてみると簡単で、より鮮明になった気がした。
「あなたも、ちゃんと言葉にしてみたら? キョンくんが好きって。…それとも、まだ認められない?」
「……分かりません」
ぽつりと呟いた古泉さんに、あたしは笑って、
「じゃあ、考えてみたらいいわ」
と言った後、思いついて付け足した。
「キョンくんのことを本当に好きなんだと思ったら、頑張ってね。キョンくんに恋人が出来たら、あたしにも少しくらい運が回ってくるかもしれないし」
「え…」
「応援してるわ。知りたいんだったら、女の子同士でどうするのかとか、そういうこととかも教えてあげる」
「……え…!?」
今度こそ本当に真っ赤になった古泉さんに背を向けて、あたしは首を傾げて待っていたキョンくんのところへ戻った。
「何話してたんだ?」
不思議そうにそう聞いてきたキョンくんには笑顔で、
「内緒」
とだけ答えた。

だって、鈍い相手に恋する女の子同士の秘密っていうのも、面白いじゃない?