自慢のプリンシペ



夏休みがもう間もなく終わるという八月の下旬。
俺は一樹と共に、自宅近くの駅前に来ていた。
「この前来た時は仕事もありましたし、少ししかいられなかったので嬉しいです」
と微笑む一樹は、ふんわりと風になびく薄手のワンピースを清楚に着こなしていた。
こういう姿をしてると、ちゃんとお嬢様なんだよな、こいつも。
俺はと言うと、例によってTシャツにジーパン、それから薄手のシャツという格好である。
シャツについては、
「紫外線は女性の敵ですよ!」
という言葉と共に一樹に着せられたものである。
昨晩、俺の家に泊まった一樹は、俺の私服や部屋の有様を見て本気で驚いていた。
流石にそこまで男っぽいと思っていなかったらしい。
もっとも、戸惑っていたのは最初のうちだけで、飯を食い、俺と一緒に風呂に入った時にはもうすでにいつもの調子を取り戻して散々な目にあわせてくれたわけだが。
……思い出すだけで腹が立つ。
顔が赤くなるのは腹が立ったせいだ。
そうに違いない。
「どうかしたんですか?」
「うるさい、お前は黙ってろ」
「えええ? 僕、何かしましたか?」
しただろう、昨日夜中に、思いっきり。
とも、流石に公衆の場では言えず、ただため息を吐くにとどめておいた。
落とした視線を時計に向ける。
待ち合わせ時刻である10時まであと少し。
10時がきたら帰ってやろう。
俺が急かすまでもなく、長針が12に掛かろうとした時に、
「待たせたな、キョン」
と谷口の浮かれた声がした。
「遅い」
俺が顔を顰めながらそう言うと、谷口は軽く眉を上げながらも笑って、
「お前だってこの前待たせてくれただろ。それで? お前の彼女ってのはどこだ?」
前々からお前のことは馬鹿だと思っていたが、そこまで馬鹿だったのか。
「ここにいるだろうが」
俺は一樹の腕を引っ張り、谷口の前へと突き出した。
「一樹、こいつが谷口だ」
俺が言ってやると、
「は、初めまして、古泉一樹です」
恥ずかしそうに言った一樹を間の抜けた顔で見つめた谷口は、俺の肩を小突き、
「お前、マジか!?」
「何がだ」
「こんな美人と付き合うのか!?」
「付き合うじゃなくて付き合ってるんだ。間違えるな」
「し……」
し?
「…信じらんねぇ…!」
これ以上もなく実感のこもった声で、谷口は言い、
「古泉さん、なんでこいつなんですか?」
と聞いていた。
一樹は谷口の勢いに面食らいながらも、
「な、なんでと言われましても……」
と小さく微笑み、
「…彼女だから、好きなんです。一緒にいたいって、思うんです」
その笑顔は可愛いと言ってもいい。
だが、言っていることは恥ずかしいことこの上ない。
「やめろ一樹、歯が浮く」
谷口も、恥ずかしいことを聞くんじゃない。
「いいだろ、これくらい。それにしてもキョン」
「なんだ」
顔を顰める俺にも構わず、谷口は俺の肩をバンバンと叩いた。
何のつもりだ。
「羨ましい奴め…!」
……どうやら本気で言っているらしいこいつは、本当に俺のことを女だと思っちゃいねぇな。
呆れながら、
「こんなところで突っ立ってたってしょうがないだろ。とっとと行くぞ」
「おう。…ほんとにゲーセンとかでいいのか?」
そう聞いてくる谷口の視線は一樹に向けられている。
一樹がお嬢様然としているから、ゲーセンなんて場所に連れてくのはまずいと思ったんだろう。
「俺もそうは思うんだが、こいつが行ったこともないって言うし、今時、ゲーセンが危ないなんてことはないだろ」
「まあな」
そんな風にグダグダ話しながら歩く。
気がつくと一樹は俺の手を握っており、俺がそれに気付くと、小さな笑みを返してきた。
そんな風に愛想を振りまかなくても、別に咎めはしないが、妙にくすぐったいぞ。
「嬉しくてしょうがないんです」
「…手を繋いで歩くことが?」
「それもありますけど、」
と一樹は声を潜め、ちらっと谷口を見た。
「本当に、ただのご友人だったんですね」
あれだけ言ったのにまだ疑ってたのか。
「だって」
ああ、いい。
中学の頃にも誤解してる奴はいたからな。
「すみません」
まあ、自分が人と比べると少し変わっているという自覚はあるから構わん。
「少しじゃねぇだろ」
と言う谷口は黙殺しておいた。
それからゲームセンターに行ったものの、一樹は特に何をするでもなく、俺と谷口がなんだかんだと言いながら遊んでいるのをにこにこと見ていた。
「お前も何かしろ」
と言ったのだが、
「僕は見ているだけで十分ですよ。それに、やったことがないので…」
そりゃそうだろうな。
だが、
「やったことないならやってみるべきだろ」
言いながら俺はシューティングゲームの台へ一樹を連れて行き、ちゃちいプラスチック製の銃を持たせた。
「谷口、お前2Pな」
「おう」
応えた谷口がにやにやと笑っていたのは何だ。
俺は首を傾げながら、一樹の背後から手を添えて、銃を構えさせる。
「引き金とかそれくらいのことは分かるだろ。で、画面に表示されてる青いマークがお前の銃の照準があってるところ。赤が谷口のだ。あれを敵に合わせて引き金を引けばいいだけだ。簡単だろ」
俺がそう言っても、一樹は答えなかった。
「おい? 聞いてんのか?」
「え、あ、あのっ…その…」
真っ赤な顔をした一樹は、ゲームセンター特有の騒音にかき消されそうな声で言った。
「…せ、背中に、あなたの胸が当たってるんですけど……!」
……。
「俺のろくにない胸なんか気にすんな。それより、始まるぞ」
「えっ? あ、きゃあっ!」
画面に大写しになったゾンビだか何だかに、一樹が悲鳴を上げるのが可愛かった。
そこまではよかったんだが、
「大丈夫か?」
今、一樹は店の壁にもたれて弱りきっていた。
風が吹けばそのまま倒れてしまいそうな風情に心配した谷口がジュースを買いに行ったのはいいが、残された俺としては声を掛けてやることくらいしか出来ないのでそう聞いてみた。
「…大丈夫、です……」
全然大丈夫そうには見えないんだが、どうして日本人ってのは大丈夫かと聞かれると大丈夫だと答えるんだろうな。
「少し休めば大丈夫ですから」
「…お前、ああいうゲーム本当に駄目だったんだな」
「ゲームと言うか、ゾンビとかお化けとかが苦手なんです」
そうため息を吐くと、余計に儚げに見えた。
「……本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫ですよ。…ああ、でも、そんなに気にしてくださるんでしたら、」
と言った一樹が俺を引き寄せ、抱きしめた。
「少し、こうしていさせてください」
「…恥ずかしいんだが」
「僕だって、恥ずかしかったんですよ?」
それはお前が悲鳴を上げて騒いだせいだろう。
「だって怖かったんです…」
そう言って、一樹は腕に力を込めた。
抱きしめられることを嬉しいと感じる自分の頭をどうにか冷ましてやりたい。
どうしたものか、と思っていると、
「…キョン、何やってんだお前」
谷口の呆れきった声がし、俺は思わず一樹を突き飛ばした。
一樹の背後には壁があり、つまり、非常に言いにくいんだが、一樹の後頭部を壁にぶつけちまったのだった。

なんとか無事だった一樹を連れて次に向かったのはプラモ屋だった。
プラモ屋と言っても、プラモデルだけじゃなく、ジグソーパズルやボードゲームも売っているので、ボードゲームが好きらしい一樹を連れてきてやったわけだ。
…さっきの詫びの意味も込めて。
ボードゲームのコーナーに立って、色々見ている一樹に、
「お前、普段は特にやってないよな?」
「ええ、付き合ってくれる方もいませんし…」
「家ではしてんのか?」
「そうですね…。忙しくない時なら、父とチェスをしたりします」
ボードゲームってのはそういうトラディッショナルなものか。
「こういうのはしないのか?」
と俺が国民的すごろくゲームを引っ張り出すと、
「やったことないです」
と返された。
「……なら、買ってくか?」
「え」
「これなら妹もやれるし、学校に持っていってハルヒたちと遊んでも楽しいだろ」
このゲームは人数がいないと面白くないし。
「そうですね。皆でやったら楽しそうです」
「それと、」
と俺は顔を背けながら、
「…ふたりだけで出来るやつも選んでおけよ」
「え」
「じゃあ俺はプラモ見てるから、決まったら呼びに来い」
そう言って背を向けた俺に、一樹が驚いた様子で、
「あの、それって、一緒にしてくださるってことですよね?」
俺は眉間に皺を寄せながら一樹を振り返り、
「……他の何だと思うんだ?」
と聞いてやった。
一樹は嬉しそうに笑って、
「顔、真っ赤になってますよ」
と要らんことを指摘しやがった。
可愛くない奴だ。
俺は軽く唇を尖らせながら、プラモデルのコーナーに移動した。
細々とした作業をするのが好きではないので自分で作ったりする気にはならないんだが、完成品を見るのは楽しい。
などと思っていると、谷口が、
「キョン、お前も変わったよな」
と言ってきた。
「俺のどこが変わったって?」
「変わっただろ。お前が人前でいちゃつくなんて、俺は想像だにしなかったぜ」
…それは俺も思うが、
「一樹が強引なんだから仕方ないだろ」
「強引だっていいながらそれを許容してんのはお前だろ」
まあな。
「幸せそうでいいじゃねえか」
「…幸せ、ねぇ?」
むず痒いが、否定はしないでおこう。
一樹といて楽しいのも、一緒にいるだけで充足感を感じるのも事実だからな。
「その幸せを俺にも分けろよ」
と言ってくる谷口には、
「だから、女の子を紹介するのは無理だとこの前にも言っただろう」
「友達甲斐のない奴だなー」
何とでも言え。
無理なものは無理だからな。

その後、ゲームを二つ購入した俺たちは駅前で谷口と別れた。
別に家に呼んでやってもよかったのだが、あいつなりに気を遣ってくれたらしい。
「お幸せにな」
冗談とも本気ともつかない調子で言って別れた谷口に、一樹は苦笑しながら、
「偏見もなくて、いいひとですね。流石はあなたのご友人です」
その流石はどこに係るんだ。
それに、
「あいつは俺のことを女と思ってないから、俺がお前と付き合ってるって言っても何も言わないだけだ。むしろ、俺に男が出来たなんて言った方が、よっぽど驚いただろうよ」
「嫌なんですか?」
「は?」
「眉間に皺が寄っちゃってますよ?」
「……」
指で触ってみると、なるほど、一樹の言う通りだった。
「これはあれだ。特別女扱いされるのも気味が悪いが、かといって全く以って女扱いされないと腹が立つという原理によるものであって他意はない」
「ええ、そうでしょうね」
そう微笑んだ一樹はどこか余裕を滲ませていた。
こいつのことだから、もっとやきもきしてみせるかと思ったんだが。
「だって、あなたが好きなのは僕だけなんでしょう?」
突然の発言に、思わず絶句した俺に、一樹は小さく笑い、
「だから平気です。…愛してますよ」
と俺の手をきゅっと握り締めたのだった。

恥ずかしいと何度言えばこいつは覚えてくれるんだろうな。