あたしは廊下の窓から外を眺めていました。 ううん、正確に言うと、景色なんて見てなかった。 ただ、そうしているフリをしただけで。 あたしが本当にしていたことは、未来との定期連絡。 ちょっとした報告と、いつもと変わらない、現状維持を命じる指示を受け取って、あたしは小さくため息を吐きました。 定期連絡の後は、いつもこうなります。 だって、いつか帰らなくちゃならないってことを、どうしても意識してしまうから。 連絡をする時も、凄くドキドキします。 いつ、帰ってくるように言われるか分からないから。 はじめは、いつ未来に帰れるんだろうと思ってました。 あたしはこの時代の人間ではないから、この時代に知り合いなんていなくて、ひとりでとても悲しかったから。 それにこの時代では、あたしという存在が、作り出された偽物でしかないから。 だから、帰りたくて仕方がなかった頃もあったのに。 気がつくと、鶴屋さんという友達が出来て、SOS団のみんなと仲間と呼べるくらいになって、何より、有希と付き合うようになってしまって――近頃のあたしは、未来に帰りたくないとさえ、思ってしまうのです。 そんなこと、出来るはずもないのに。 未来に帰るってことは、有希と別れなくちゃならないということ。 有希と別れると考えるだけで、涙が出そうになるのを、あたしは必死に堪えながら、部室に向かいます。 そこで待ってくれてるはずの、有希に涙は見せたくないから。 あたしがそんなことしても、有希は何もかもお見通しだと思う。 それでも、せめて表面上だけでも、あたしは大丈夫ってところを見せておかないと、有希だって心配してしまうと思うんです。 だからあたしは、精一杯いつも通りに、 「遅くなってごめんなさい」 と言いながら、部室のドアを開けました。 部屋の中には有希だけがいて、あたしは不思議に思いながらドアを閉めます。 「キョンくんと古泉くんは来てないんですか?」 私が聞くと、有希はかすかに頷いて、 「席を外してもらった。涼宮ハルヒは、今日ここに来ない」 「席を外してって……」 どうしてそんなことを、と戸惑うあたしに、有希はすっと音もなく近づいてくると、 「大丈夫? …みくる」 と言ってあたしの頬に触れました。 冷たい手。 それでも、その手がとても優しいことを、あたしは知っている。 「どうして、」 ああ、だめ。 どうしても声が上擦っちゃう。 「…そんなこと、聞くんですか?」 「……みくるが、悲しそうに見えたから」 そんなこと言わないで。 せっかく我慢してるのに。 「大丈夫です」 「……嘘ばっかり」 呆れたように呟いた有希が、あたしを抱きしめました。 「泣いていい」 ずるい。 そんな風に優しく抱きしめられて、そんなことを言われて、あたしが虚勢を張ってられないことを分かってて、そんなことを言うなんて。 「ぅ……っ、ふ……」 押し殺しきれない声を上げて、あたしは泣き出してしまった。 止められない涙が、後から後から押し寄せてくる。 有希の優しさが、何よりもあたしの涙を誘う。 あたしは、いつまでも有希と一緒にいたい。 それなのに、一緒にいることは出来ない。 あたしは未来の人間で、有希はこの時代の人だから。 最初から分かってたのに、どうしてあたしは有希を好きになっちゃったんだろう。 ううん、そうじゃない。 好きになったことを、どうして有希に伝えてしまったんだろう。 伝えなかったら、苦しい思いをするのはあたしだけで済んだのに、伝えてしまったから、有希まで苦しませてしまう。 そんなことがしたかったんじゃないのに。 申し訳なくて、辛くて、涙が止まらない。 「ごめ、ん…なさい……」 見っともないくらいに泣きながらあたしが言うと、有希は軽く首を傾げて、 「どうして?」 「だ、って……あたしは、いつか未来に帰ってしまうから……有希を、ひとりに、しちゃうでしょう…?」 「……そんなことで」 驚いたように呟いた有希に、あたしの方こそ驚かされた。 何がそんなことなんだろう。 あたしにとっては、凄く大きなことなのに。 でも有希は、ほんの少しだけ、微笑むような形に唇を動かして言いました。 「あなたが過去の人間なら、私にはどうしようもない。でも、あなたは未来の人間だから、私にも出来ることはある」 「どういう……」 「待つ」 はっきりと、有希が告げました。 迷いもなければ、躊躇いもなく。 「待つ…って……まさか…」 「あなたが私の目の前からいなくなっても、私はもう一度あなたに会える日を待ち続ける。何があっても、絶対。だから、もう泣かないで」 泣いていいって言ったのは有希だったのに、今度は泣かないでと言うなんて。 「有希…本当に……?」 「約束する」 有希がそう言うなら、それは必ず守られる。 あたしは嬉しくて嬉しくて、一粒だけ涙を流しました。 それが嬉し涙だってことは、言うまでもないことでしょう? 「…ありがとう。それと、」 あたしの方から有希を強く抱きしめて、 「大好きです」 と有希にあたしからキスをしました。 いつか未来に帰ったら、有希を探そう。 きっとずっと変わらずに、あたしを待ってくれているに違いないから。 そう思うと、帰還命令も怖くないと思えました。 |