お人好しプリンシペ



これはまだ、俺が一樹のことを「顔は可愛いのに頭の中が可哀相なことになっている痛い女」と認識していた頃の話である。
その頃の一樹はまだ可愛げがあり、ふてぶてしさなど欠片もなく、今考えてみると、当時の俺はなんて贅沢だったんだろうかと思ってしまうわけだが、今更そんなことを言ったって、仕方がないのだろう。
しかし、もしかするとこれが、俺が一樹に惚れるきっかけのひとつだったのかもしれない。


机の上に置かれた弁当箱と菓子の山を見ながら、俺は唸った。
どうするべきだろうか。
全てひとりで食べたら確実に腹を壊す。
それ以前に、まず腹の中に納めきることさえ出来ないだろう。
それほどの量だ。
しかし、誰かに分けようにも国木田には、するっと逃げられた。
「どうせなら、他の王子様方にお願いしたら?」
という言葉と共に。
お前のところの弁当がそんじょそこらの高級料理屋の食事に負けないくらい美味いのは知っているが、もう少し友達甲斐を見せてくれたっていいと思うぞ。
「そんなこと言われても、私も他の子の反感をこれ以上買いたくないんだよね。キョンと仲良くしてるってだけで、結構怖い目で見られたりしてるんだよ? その点、他の王子様なら同じ王子様ってことでそれはないから安全だろ?」
どうなんだろうな。
しかし、他の王子様……か。
長門なら食べてくれるかな。
あいつはああ見えて食べる量も早さも普通じゃない。
本当に噛んでいるのか怪しみたくなるくらいの速度で大きな弁当箱を空にするのを見た時は、目の錯覚を疑ったくらいだ。
あるいは、遠近法の狂いを。
その横で朝倉がニコニコと楽しげに見ていたのも頷けるくらい、見事な食いっぷりだったな。
鶴屋さんはどうだろうか。
あの方なら快く引き受けてくださる気がするのだが。
……ハルヒは、頼まなくても食うな。
間違いない。
仕方ない、と俺は食べ物の山を抱えて生徒会室へ向かった。
何故生徒会室かというと、鶴屋さんとハルヒ、それから長門が生徒会役員も兼ねており、昼休みとなるとそこにたむろしているからだ。
それは、王子様としてのスケジュールを調整するような事務方の仕事を、生徒会が実質的に扱っているためでもある。
今の生徒会長も王子様役をやってるくらいだしな。
生徒会役員選挙が人気投票となるのはこんなお嬢様学校でも同じらしい。
頼むから俺を担ぎ出したりはしてくれるなよ、と思いながら俺は生徒会室のドアをノックした。
「はぁい」
とかえってきた声は、朝比奈さんのものだ。
鶴屋さんと一緒にいることが多いから、当然といえば当然なのだが、ご尊顔を拝見できるのは嬉しい。
「失礼します」
ドアを開けて中に入ると、朝比奈さんのほかに、鶴屋さん、ハルヒ、長門、朝倉、おまけに古泉までいた。
「どうしたの? キョン」
弁当箱を閉じようとしていたハルヒがそう言うのへ、
「余ってしょうがないから、一緒に食べないか?」
と食い物の山をテーブルの上に置いた。
「わははっ、流石だねキョンくん!」
と鶴屋さんが笑う。
「流石と言われても嬉しくありません」
「いやあ、人気があるってのはいいことだよ、うん」
「食い物を貰うのは後腐れが少なくていいんですけど、それにしてもちょっと多すぎて…」
ため息を吐いた俺に、朝倉が、
「それで、みんなで食べようってこと?」
「ああ」
「そうね。これだけあったら確かに大変かも。いっそのこと、プレゼントをくれるみんなに量なんかを調節してもらったらどうかしら?」
「どういう意味だ?」
「お弁当を作ってきてくれるならその順番を決めてもらうとか、受け付ける量を制限させてもらうの。そうしたら、せっかくのプレゼントが他の人の口に入ったりするよりずっと効率的でいいでしょ?」
「なるほどな。…誰に言ったらいいと思う?」
「あたしの方から掛け合ってみるわ」
「いいのか?」
「うん。その代わり、多少は愛想を振りまいてあげてね?」
「…善処する」
となると問題は今目の前にある山をどうするかってことだな。
俺は長門に、
「長門、食べてくれるか?」
長門はこくんと頷き、一番大きく食べ甲斐があると思しき弁当箱に手を伸ばした。
…凄いな。
よくそれだけ食えるもんだ。
体が細いのは運動しているからなのか?
それにしては本を読んでいる姿くらいしか見ない気がするんだが。
「長門さんはきっと、食べた栄養が全部頭に回るのね」
苦笑まじりに朝倉が言い、
「あたしはこのクッキーを貰ってもいい?」
「いくらでもどうぞ」
「ありがと」
ハルヒも身を乗り出してきて、
「あたしはお弁当がいいわね。それにしてもキョン、今日は本当に凄いじゃない」
「どうやら体育があったせいらしい」
「ふぅん。…あたしも、誰か作ってくれないか頼んでみようかな」
などと言いながら弁当をひとつ掻っ攫っていった。
朝比奈さんは控え目に小さなカップケーキを取り、鶴屋さんはクッキーの袋を取った。
「古泉、お前も何か食え」
俺が言うと、古泉は小さく笑って、
「はい。…どれがいいですか?」
「俺に聞くのか」
好きなのを取れよ。
「いえ、あなたがご自分の分を取ってからと思ったんです。これはあなたへのプレゼントなんですから」
「……そうだな」
俺はとりあえず昼食にする弁当をひとつ選び、小さなチョコレートの包みを取った。
「こんなもんかな」
「それだけでいいんですか?」
「残ったのはちゃんと食べるつもりでいるから、とりあえずはこれでいいんだよ」
「…では」
と古泉はクッキーの包みを取り、開いた。
それからのことを細かに思い出すと思わずめまいがしそうになるので簡単に言うと、古泉は菓子類限定で長門と張れるような奴だった、ということである。
それこそ、見てるだけで食傷になりそうなほどだった。
「ご馳走様でした」
と満足げに手を合わせた古泉の前には包装紙の山が築かれた。
俺の前にも多少はあるものの、それにしたって物凄い。
「すみません、ちょっと食べ過ぎましたね。あなたの分が少なくなってしまいました」
「いや、それは別に構わん」
構わんのだが……大丈夫なのか?
「大丈夫って何がですか?」
きょとんとした顔からして、平気なんだろうな。
ううむ、なんて恐ろしい胃袋だ。
「何にせよ、助かった。ありがとう」
俺が言うと、
「僕の方こそ、ご馳走様でした。美味しかったですよ」
「そうか。……凄い食べっぷりだったな」
「そんなこと言われたら、恥ずかしいですよ」
「これだけ綺麗に食べてもらえたら作り甲斐があるな」
そのうち、ケーキでも作ってやろうかと思ったが、なんとなく気恥ずかしかったので、口にはしないでおいた。


一樹の部屋で泡立て器を使いながら、
「お前、俺が貰った物を一緒に始末するなんて嫌じゃなかったのか?」
と俺が聞くと、俺の背後にへばりついていた一樹が笑った気配がした。
「少しは嫌でしたよ? 僕にはどうしたってお菓子なんて作れませんし、僕に作れるものである服はいつもあなたに受け取りを拒否されてましたからね。あなたが、僕には滅多に向けてくださらない、貴重な笑みを浮かべながらお礼を言い、プレゼントを受け取っている姿を見るだけでむかむかしてました。今はそうでもないですけど、やっぱり気分がいいとは言いかねますね」
でも、と一樹は俺を抱きしめる腕に力を更に加えながら、
「お菓子は好きですし、それに、あなたのために作ったものがあなたの口に入らず、僕の口に入るなんて、作ってきた彼女たちは予想もしてなかったわけでしょう? それを思うと少しいい気味だと思いました」
「発言が黒いぞ」
お前はいつから腹黒になったんだ。
「あなたのためなら、どんな風にだってなれますよ」
「ならなくていい」
「そうですか?」
「ああ。…お前は今のままで十分だ」
「…ありがとうございます」
そう笑った一樹が俺の耳を舐めた。
「ひゃっ…! 何しやがるんだ!」
「見てたら、お菓子よりずっとおいしそうだと思ったんです」
笑顔で言うセリフでもなければ、お嬢様学校に通う女子高生の台詞でもないと思う。
「あなたが僕の部屋で、僕のためだけにケーキを焼いてくれるなんて。優越感すら感じられますね」
「アホか」
「涼宮さんに言ったら羨ましがられそうですけど、そうしたら多分あなたにねだるんでしょうね。それは嫌ですから、自慢はしないでおきましょう」
「…っ、ケーキが食いたいなら大人しく座ってろ! 胸に触るな!」
顔を真っ赤にしながら怒鳴った俺に、一樹は不敵に笑い、
「もう後は型に流し込んで焼くだけなんですよね」
手が空いたら襲うぞと言わんばかりに言い放ったのだった。

本当に……可愛かった頃のこいつは一体どこに消えちまったんだろうな?