この奇妙な女子校に入学して、早くも一月余りが過ぎようとしている。 俺の周囲では相変わらずのプレゼント攻撃が一向に止まないのだが、これはもうどうしようもないこととして諦めている。 もらうものはクッキーやケーキ、チョコレートなどのお菓子類から、サンドイッチなど軽食の類、さらには細々とした小物類と多岐にわたっている。 おかげで食料に困らないどころか、食べ過ぎの心配さえしてしまいそうだ。 とりあえず、体型維持のために、暇があると体を動かすことにはしている。 お嬢様方の道楽と思って享受しているものの、それにしては解せないことがある。 「あのこれっ、もらってください…!」 とか言ってやってくる女生徒に、俺が愛想笑いのひとつも浮かべ、 「ありがとうごさいます。わざわざすみません」 と言うだけでなんで彼女らがあそこまで興奮するのかも分からないし、そうやってきゃあきゃあ言われていると、わざわざ下の階からやってきた古泉が、 「ちょっとよろしいですか?」 と俺よりもよっぽど王子様然とした爽やかスマイルを振りまきつつ、お嬢様方の群れを割り、俺のところまでやってきた挙句、 「今日こそ私からのプレゼントも受け取ってくださいね!」 ばかでかい箱を取り出すのも理解出来ない。 「嫌だって何度言えば分かるんだ」 「あなたの方こそ、どれくらい持ってくれば受け取ってくださるんですか」 「持ってくるな。これも持って帰れ」 中身は見なくても分かる。 俺でも知ってるブランドの服だ。 「既製品は受け取らない、手作りのものだけって言ってるだろ」 「だから、手作りですってば! 何度言ったら信じてくれるんですか!」 誰が信じるか。 「本当よ」 と顔を出したのはハルヒだった。 また騒ぎの匂いでもかぎつけてきたらしい。 ちなみにハルヒも王子様役を務めているそうで、だからこそ俺や古泉の勧誘に走り回っていたとのことだ。 …俺なんか放っておけばよかったものを。 「古泉さんのご両親の会社がこのブランドの会社で、特にこのブランドについては古泉さんが任されてるのよ」 「待て待て待て、任されてるって何だ。古泉はまだ高校一年だろうが」 「そんなの関係ないわよ。デザイナーとしての才能さえあれば」 ね、とハルヒが同意を求めると、古泉は苦笑して、 「私はまだまだ駆け出しですけど…」 とのたまわった。 つまり、今の話はマジな話であるらしい。 おいおい、なんだってそんな奴がこんなところをふらふらしてるんだよ。 「まだ学生の身ですから、あまり表に立ったりはしてませんし、発表している作品数も少ないのですけれど、あなたを見てたら創作意欲が凄く湧いてきて、手が止まらなくなったんです。お願いします。せめて一度袖を通して見せてくださいませんか?」 言いながら俺の手を握りこむのはまだいい。 熱っぽくこっちを見つめてくるのも許そう。 だがな、古泉、 「はい?」 「顔が近い! キスでもするつもりかお前は!」 「き、キスだなんて…」 ぽっと顔を赤らめる理由が分からん。 「初めてのキスならこんな衆人環視の中じゃなくて、もっとロマンティックな場所の方がいいです」 聞いてないし気色悪い。 げんなりする俺の襟首を、むんずと掴んだのはハルヒだった。 「いいから、着てあげなさいよ。それで気に食わなかったら返せばいいでしょ」 「一度袖を通したものを返却する方が失礼だろうが。だから、着たくないんだ」 「じゃあ、全然別の衣装を用意してあげるわ。そうね、バニースーツなんてどう?」 んなもん当然却下だ。 俺が言うとハルヒはにんまりと笑い、 「嫌なら……、分かってるわよね?」 諦めて古泉の服を着ろってか。 俺はため息を吐き、箱を手に取った。 「着てくださるんですね!」 と目を輝かせる古泉に、 「着るだけだぞ」 と釘を刺し、教室を出た。 「女の子同士なんだから教室で着替えたっていいでしょ!」 とはハルヒの言葉だが、あんな大人数の中で平然と着替えられるほど、俺も神経が太いわけじゃないんでな。 大人しく、運動部の更衣室を使わせてもらった。 ……が、それさえ失敗だったと思ったのは、古泉の手による服がかなり派手で、かつ、俺の着慣れない類の服だったせいだ。 黒いベルベットは手触りがいい代わりに重く、レースやリボンで飾られているということは、すなわち、着るのが面倒だということだ。 たまたま更衣室にいた先輩の鶴屋さん――彼女は運動部に所属しているわけではないが、王子様役を務めているため、ファンサービスの一環としてバスケをしにいこうとしているところだった――が手伝ってくれなければどうやって着るのかも分からなかっただろう。 「うん、でもよく似合ってるさ!」 と鶴屋さんは明るい笑顔で太鼓判を押してくださったが、自分ではとてもそうは思えない。 「スカートなんて制服以外に着ないから違和感があるんですが」 「そうなのかいっ? 勿体無いねー。せっかく女の子なんだし、どうせならこういう可愛い服を着た方がいいさっ」 「可愛い服なんて、似合いませんよ」 「そんなことないよ」 と鶴屋さんは俺の頬を両手で挟むと、 「キョンくんみたいに言動も髪型も男の子っぽい子が、ゴスロリ系のいかにも女の子って服を着る! このアンバランスな感じが危うくていいんだよっ」 そういうもんなんですかね。 「で、キョンくんがベリーショートにしてるのは、女の子らしい髪型は似合わないと思ってるからかなっ?」 実際、似合わないでしょう? 「うーん、あたしはポニーテールなんかにしてても似合うと思うけどねっ」 ところで鶴屋さん、いつまで顔触ってるんですか。 「ん? キョンくんは嫌にょろ?」 「嫌って言うか……恥ずかしいんですが」 「ふーん」 意味ありげに呟いた鶴屋さんは、 「キョンくん、肌きれいだねっ」 「そうですか?」 「うんっ、お化粧したくなるような肌をしてるっさ」 「やめてくださいね」 落とすの面倒なんで。 「勿体無いなー」 そのまましばらく俺の頬を撫で回した鶴屋さんは、 「それじゃ、教室まで行くよっ。お姫様?」 やけに手慣れた仕草で俺の手を取って歩きだした。 「バスケはいいんですか?」 「お姫様を送っていったところでそんなに手間はとらないさっ」 そうですか。 まあ、ひとりで歩くよりは恥ずかしくないかもしれない。 余計に目立ちはするが、気持ちの問題だ。 というか、 「エスコートも様になってますね」 「伊達に一年以上王子様なんて呼ばれてないからねっ」 あっはっは、と豪快に笑う鶴屋さんにエスコートされ、つまりは余計に注目を集めながら教室に戻ると、引き連れてきちまった分以上にギャラリーが増えていた。 「ハルにゃん、いっちゃん、ゆきりん、お姫様をつれてきたよっ。あたしはバスケしてくるからこれで!」 と鶴屋さんはドアから一メートルも離れていない位置で俺を放り出してくれた。 視線が自分に集中しているのがこの上なく恥ずかしい。 くそ、古泉め。 というかどうして長門まで見物に来てるんだ。 イライラしながらざくざくと足を進め、窓際の自分の席へ向かう。 「おら、これで満足だろ」 と言い放ってやったのだが、古泉は何のリアクションも寄越さなかった。 ただ、ぽかんと俺を見つめるだけで。 「……古泉?」 「――っ、すみません…! 予想以上で…」 感動の余り涙さえ流しそうな風情だが、そんなにいいもんかねぇ、これが。 俺としては男が女装してるように見えてならんのだが。 「そんなことはない」 と否定したのは長門だった。 「あなたは十分愛らしい」 「…そ、そうか」 長門に言われると妙にくすぐったいのは、長門が嘘を吐かないと知っているからだろう。 長門は鶴屋さん、ハルヒと同じく一学年上の「王子様」なのだが、教育と称して俺を構っていくハルヒのストッパー役になってくれるため、大変ありがたい存在だ。 勉強も教えてくれたりするしな。 「……可愛い」 呟いた長門が、俺をぎゅっと抱きしめた。 身長は俺の方がやや高いせいで、長門の髪の香りがふわりと鼻腔をくすぐり、なんとも言えない気持ちになる。 長門の方がよっぽど可愛いと思う俺は間違っていないと思う。 本当になんで長門が王子様なんだ。 全然男っぽくもないし、むしろ守ってやりたいような愛らしさだって言うのに。 長門から抱きしめて来たんだからと、俺が抱きしめ返そうとした時、 「あたしもやる!」 と宣言したハルヒが俺を背後から挟むように抱きついてきた。 体当たり染みた勢いだったせいで、少し背中が痛い。 「ハルヒ、少しは考えろ」 「何よ、有希に抱きしめられたらあんなに嬉しそうな顔するくせに、あたしだったら不満だって言うの?」 「うるさい」 「ほら、古泉さんも、キョンのこと、抱きしめたいんでしょ?」 俺の話を聞けよ、という俺の苦情など受け付けもせず、ハルヒは古泉に手招きした。 古泉は、 「え、い、いいんでしょうか…」 全然よくないから来るな。 「いいのよ。キョンがこんなに可愛い格好してるのも、古泉さんのおかげでしょ」 よくないって言ってるだろうが。 「えっと……」 古泉は迷うような顔で俺とハルヒを見比べた。 どちらに従うべきか、というより、俺に可否を問うているような目だ。 その頼りなさと、懇願染みた色はずるいだろう。 俺は深いため息をひとつ吐くと、 「もうこうなったら同じだろ。…ほら、さっさと来いよ」 といまひとつ自由にならない手を軽く振ってやると、ぱっと顔を輝かせた古泉が、 「はいっ」 と語尾にハートマークでも付いてそうな声で言って、抱きついてきた。 どうでもいいが、王子様役が四人も集まっていて、しかも他の生徒そっちのけで団子になってんのって、問題ないのか? |