「朝比奈さん、長門が苦手なんですか?」 「え…?」 そう問われて、あたしは困惑した。 あたしが、有希が苦手? あたしは、有希のことが好きなのに、そう見えてしまうなんて。 「いつも、長門と二人きりにされるのを嫌がったり、長門と話す時には緊張しているように見えるんで、そうかと想ってたんですけど」 違いましたか? と彼が言う。 あたしはその言葉に苦笑したくなるのを堪えながら、嘘を吐く。 「…そうですね。少しだけ、苦手なんです。長門さんのこと」 「警戒しなくても、別に取って食われたりしないんですけどね」 笑って言われたその言葉には、あたしも笑うしかない。 だって実際すでに――食べられてるから。 二人になった時の有希は、普段彼に見せる行動よりもずっと積極的で、直情的で、だからこそ、二人きりになるのは避けなきゃいけなくて。 それで、誤解されるのは少し寂しいけれど、きっと、これでいい。 あたしはいつか帰らなければいけない。 あたしのいるべき時間へ。 その時、有希は……どうするんだろう。 「長門、朝比奈さんと仲が悪いのか?」 心配そうな顔で彼が言った。 私は黙って首を振る。 彼女との仲は良好。 昨日も彼女は私の部屋に泊まっていった。 顔を赤らめて恥らう彼女を見たくて、つい、いじめてしまったけれど、それは彼女も分かっているはず。 何の問題もない。 「仲が悪くないならいいんだが…」 何かあったのだろうか。 口には出さず、見上げるだけで、彼には私の問いかけが通じた。 「いや、長門と朝比奈さんが仲良く話したりしているところを見たりしたことがないから、心配になっただけだ。俺の杞憂だろう」 その言葉に私は黙り込むしかない。 私が彼女を注視したり、彼女と人前で会話をしたりしないのは、それをするだけでセーブ出来なくなるから。 彼等の前に限らず、人前で触れたりしてはいけないと、彼女と約束している。 だから私は、極力彼女を見ないし、声も聞かないようにしている。 しかし彼が見れば私が彼女を無視しているように見えるのだろう。 彼に、心配ないと伝えておくべきだろうか。 けれど彼は私が口を開く前にいつもの席へ戻っていった。 それなら構わない、と私は本へ目を戻す。 本の内容は頭に入ってくる。 しかしそれ以上に、彼女のことを考えてしまう。 微かなお茶の香り。 彼女が動く気配。 それだけで我慢が出来なくなりそうで。 ……いつか、彼女が帰ってしまったら、私はどうなるのだろう。 それより前に、私に何かあったら、……彼女は、どうするのだろう。 長門の部屋にみくるが来たのは夕食も終ってからのことだった。 長門は無言ながらも嬉しそうにみくるを迎えたが、みくるはどこか複雑な表情でいた。 「…何か、あった?」 お茶を出しながら長門が問うと、みくるは困ったように顔を歪めた。 「何でもないんです。…ただ、ちょっと……不安になってるだけで…」 「不安?」 「有希さん、学校とかだと、あたしとお話ししてくれないでしょう? あたしのことを、見てもくれないから……不安になって……」 「それは、みくるのため」 長門は簡潔に答えた。 「みくるを見ていたら、押し倒したくなるから、みくるを見ない」 その言葉を頭の中で反芻していたのだろうか、みくるの顔が数秒の間を置いて赤く染まった。 それを可愛いと思ってか、長門の手がみくるの頬に伸びる。 机越しに、唇が触れ合った。 それだけでみくるの目がとろんとしてくるのを見ながら、長門は言った。 「彼がいる時、あなたはいつも私を怖がる。それは何故?」 「怖がってなんかいません」 驚いたようにみくるは言った。 「ただ、そのぉ…」 困ったようにもじもじと身を捩じらせながら、みくるは小声で答えた。 「…キョンくんがいるのに押し倒されたらどうしようかと、思ってしまって……」 長門は目をぱちぱちと瞬かせ、 「…いくら私でもそれはしない」 「ですよね。でも、ドキドキしちゃって……。それでどうも、彼はあたしが有希を苦手だと思ってるみたいです」 かえって好都合かもしれませんね、とみくるは笑う。 「誰にも分からなかったら、見つからなかったら、止められることも邪魔されることもないでしょうし」 「……出来ることなら、あなたは私の大事な存在なんだと、公言したい」 「ふひっ!?」 驚いて声を上げたみくるを、いつの間にか近寄っていた長門が抱き竦める。 「あなたをいやらしく見ている全ての人間の存在を抹消してやりたい」 「ゆ、有希が言うとシャレになりませんよぅ…」 「それくらい、私はあなたが好き」 抱きしめる腕に力が込められる。 「放したくない。けれどそれは不可能。私にもあなたにも、担わされた役目がある」 「……」 長門の言葉に、みくるは辛そうに表情を歪めた。 「だから、せめて、一緒にいられる間だけでも、こうしていさせて…」 「……あたしも、有希と一緒にいたいです。出来ることなら……ずっと…」 それが叶わないことを、長門は知っている。 それは成長した姿のみくるを見て、話している以上、間違いないと言ってもいいはずだ。 「みくる……好き」 「あたしも、有希が好きです」 みくるを床へ押し倒しながら、長門は考える。 どうすれば、みくるを返さなくて済むのか。 答えはすぐに出る。 ――みくるがこの時間の人間になればいい。 そのためにはどうすればいいか。 十二月十八日はもうほんの少し先だった。 |