駅前でもう三十分ばかりもずっと立っていたみくるは長門の姿を見つけてほっとしたように微笑んだ。 「有希さん」 長門はじっと時計を見つめ、呟くように言った。 「まだ1時間前……」 「それは…」 みくるは恥ずかしそうに赤くなりながら、 「有希さんをお待たせしたくなかったんです」 「私もみくるを待たせたくなかった」 「えっとぉ……有希さん…もしかして、怒ってますか?」 「……少し」 「ご、ごめんなさい。でも、有希さんもこんなに早く来たでしょう? 私が待ち合わせの通りに来てたら、有希さん、1時間も待つことになりましたよ?」 「私はいい」 「それなら私もいいんです。それより、せっかくだから予定よりももっと色々見ましょう」 そう言ってみくるが長門の手を取ると、長門はこくりと頷いて歩き始めた。 少し見ただけなら、ただの友達で、ふたり買い物にでも行くところに見えるだろう。 だが、ふたりは手を固く握り、みくるはどこか恥ずかしそうに微笑んでいる。 ましてや、長門がそんな風に手を繋いで歩く姿などそうそう見られたものではないのだから、ふたりを知っているものが見たら唖然とする他はなかっただろう。 しかし幸い、この場にふたりを知るものはなかった。 駅前と言ってもいつもSOS団に利用される待ち合わせ場所ではなく、電車で何駅も離れた場所なのだ。 人は多いが、多いがために余計、見咎められる心配はなかった。 デパートで茶葉を買い、本を買った。 公園のベンチに座って、みくるが他愛もない話をするのを、長門はどことなく嬉しそうに聞いていた。 穏やかで、静かな幸せを噛み締めるように。 問題は、その直後に起きた。 「ねー、君たち女の子だけ?」 「ひっ!?」 突然声を掛けられたのに驚いてみくるが声を上げた。 「よかったら、俺たちと一緒にカラオケでも行かない?」 もうひとりの男がみくるの肩に手を掛ける。 「やっ、わ、わわ、私ー…」 わたわたと慌てながら、みくるは助けを求めるように長門を見た。 長門はゆるりと顔を上げ、声を掛けてきた男たちを冷たい目で射抜いた。 「…邪魔」 単調でありながら凍りつくような声に、男たちが怯み、みくるまでもがびくりと飛びあがった。 長門はみくるの肩に乗せられたままの男の手首を掴んだ。 その唇から聞きとれないほど早く言葉が紡がれる。 「だ、だめですっ、有希さんっ!」 みくるが止めようとしたが、もう遅かった。 長門は男を片手で投げ飛ばし、目の前にあった噴水へと転落させた。 もうひとりの男が呆然としている間に、それも同様に投げ飛ばす。 「あああああ…やっちゃったぁ…」 止められなかったことを悔やんでいるのか、落ち込むみくるに、長門は首を傾げた。 「問題はないはず」 「問題ありますよぉ、早く逃げましょう」 「逃げる?」 「早く!」 みくるは長門の手を握って駆け出し、長門は納得していない様子ではあったが、一緒に走りだした。 そうして公園から離れ、雑踏の中でやっと一息ついた時、長門が言った。 「嫌だった?」 「何が…ですか…」 まだ荒い呼吸の下から問い返すと、長門は寂しそうな顔をしていた。 「有希さん…?」 「投げ飛ばさない方が、よかった?」 みくるは驚いたように目を見開いた後、小さく微笑んだ。 「それはそうですけど、でも、私を守ろうとしてくれたんですよね。それは嬉しいです。ありがとうございました」 「……そう」 「だけど、あれはやり過ぎですよ。あの人たち、怪我しなかったかな…」 「問題ない。手加減はした」 「だったらいいです。もう、しないでくださいね? 危ないから」 「…分かった」 ほっとしたように、みくるは微笑んだ。 そうして、悪戯っぽく、 「有希さん、さっき、私がついていきたいと思ったとでも考えたんですか?」 「……」 長門は答えない。 しかしそれが答えでもあった。 みくるは苦笑して、 「有希さんがいるのに、どうしてそんなこと思うんですか」 「……不安、だから」 「不安に思う必要なんてないです。私は有希さんが好きなんですから」 「みくる」 長門はそっとみくるを抱きしめた。 「ゆ、有希さんっ、人目があるのに…っ」 焦るみくるの耳元で、長門は囁いた。 「好き」 抱きしめたくて堪らないほど、我慢できないほど、と長門の声が告げていた。 みくるは困ったように笑いながら、長門を抱きしめ返した。 「私も大好きです」 嬉しそうにそう告げると、長門は、 「みくるに触りたい」 「えっ? えっと、そ、それってー……」 「触りたい」 みくるは顔を真っ赤にしながら、 「い、急いで帰りましょう、ねっ?」 「……我慢する」 不満そうに言いながら長門はみくるから離れ、それを惜しむように手をきゅっと握った。 |