みくるはもう何度も上げては下ろした手を見つめ、ため息をついた。 自分がどうしてこんな所に来ているのかも分からないような風情であったが、みくるはちゃんとそれを承知していた。 しかしその理由はと言うと、みくる自身にもよく分からないとしか言いようがなかった。 あり得ないはずの感情が止め処なく湧きあがり、それに抗いきれなかった、とでも言えば一番しっくりくるかもしれない。 みくるは躊躇いながらももう一度、ボタンの上に手を伸ばした。 いくつもならぶ数字のひとつを押そうとした時、 「朝比奈 みくる」 と声がして、みくるは飛び上がった。 「ひゃあっ!」 声を掛けた長門はそんなみくるの反応を気にした様子もなく、 「用件を」 端的にそう尋ねた。 「あ、あ、あ、あのっ、その、私…っ」 顔を赤くしておたおたするみくるの横で、長門はみくるが操作しかねていたそれに触れ、扉を開けた。 「人がいない方がいいなら、上で」 「は、はいっ、お邪魔しますっ!」 ロボット以上にぎこちない動きで、みくるは長門についていった。 決められたように席を勧め、お茶を出した長門を、みくるはじっと見つめていた。 酷く落ち着かない様子で、室内を見回しているみくるに長門は、 「飲んで」 とお茶を勧めた。 「は、はい…」 みくるはお茶を一口飲んで湯呑を置いた。 「あの、長門さん……」 みくるは顔を赤くして俯きながら切り出した。 「私の話…聞いてもらえますか」 長門は無感動に頷く。 それでもみくるはほっとした様子で、 「ありがとうございます」 と微笑んだ。 いつものように愛らしい笑みにはどこか影のようなものが滲んで見えた。 「その…私、最近…とっても、変なんです。夜、眠れなくなったり、授業中話を聞いていられなくなるくらい……ずっと、長門さんのことばかり、考えて……」 みくるの声は酷く小さかった。 しかし、シンとした室内では十分過ぎるほど響き、みくるの声は更に小さくなる。 「禁則事項だって、分かってるんです。でも、私……あの時、長門さんに、さ、さわ、触られて…っ、から…」 顔を真っ赤にして言ったみくるに、長門はなんの感心も示さないようだった。 みくるはますます小さくなって、恥じ入った。 あの時長門が言った通り、あれはハルヒの行動をトレースしてみた以上の意味はなかったと、分かっていたのにこんなことを言ってしまった自分が恥ずかしかった。 それでも、言っておきたかったことを、みくるは口にした。 「私……長門さんが、好きです…」 室内に重い沈黙が満ちた。 みくるは無感情な長門の目を見つめ、顔を背けた。 そうして慌てて立ち上がり、 「ごめんなさいっ! あの、わ、忘れてくださいっ!!」 と走って逃げ出そうとした。 それを、 「待って」 長門が、止めた。 「ふえっ?」 大きな目に涙をためて、振り向いたみくるを長門がいつものように無表情で見つめていた。 「あなたに聞きたい。思考領域の大半をあなたが占めるのは何故」 「え、ええっ?」 「あなたが涙を流すだけで、胸が痛む。体に損傷はない。なのに、痛い……」 「それって……」 期待してしまいたくなるのを抑えながら、みくるは長門の言葉を待った。 「おそらく、あなたが感じているのと同じ症状。……これは、何?」 ガラス玉そのもののような瞳で見つめながら、長門は問うた。 みくるはその目を見つめ返した。 そこに感情はうかがえない。 けれど、うかがえないからといってそれがないとは限らないということを、みくるも知っている。 「私に、教えて。どうすれば治まるのか、これは何なのか」 「わ、私に聞いたら、私の都合のいいように答えちゃいますよ」 「…それで、いい」 みくるは笑った。 優しく、柔らかく。 「それは多分、長門さんも私のことが好きなんだと思います」 「…好き?」 「多分、ですけど……」 「……好き」 その言葉を噛み締めるように、長門は呟いた。 そうして不意にみくるを抱きしめた。 「ひゃっ!? な、ななな、長門さんっ?」 「…有希」 「ゆ、き…?」 「そう」 それでいいと言うように、長門は抱きしめる手に力を込めた。 「……好き」 「私も、好きです。…有希のこと」 嬉しそうに答えたみくるが押し倒されたのは一秒後のことだった。 |