少しずつ



夏休みも三分の一ほどが消化され、暑い暑い八月がやって来た。
今時だから、高二の夏休みと言えば補習や塾なんかで埋め尽くされてるというような奴も多いのだろうが、前にも言った通り、俺はいたって気楽なもんだ。
夏休みの課題も既に大半が終わっているしな。
「本当によく頑張られてますよね」
「それは褒めてるのか馬鹿にしてるのかどっちだ?」
「すみません」
軽く笑って謝った古泉は、
「でも、そうでしょう?」
と言う程度のふてぶてしさを見せてくれる程度には、俺に馴染んでくれたらしい。
「まあな」
「いいことだと思いますよ」
「そうだな。今更理系クラスに行くのは無理だろうが、せめて同じ大学には入れるくらいになっておきたい訳だし」
「嬉しいです。きっと、大丈夫ですよ」
と請け負ってくれる古泉が愛しい。
最近の俺は、本当にそればっかり考えてるな。
苦笑しながら、
「それくらい、好きだからな」
と言えば、
「僕も好きです」
「どうせなら敬語なしで言ってくれよ」
そうねだってみると、古泉はちょっと迷うような顔を見せたものの、そっと俺から視線を外し、
「……好き、だよ」
と呟くような小ささでだが言ってくれるくらいにはなった訳だ。
「こっち見ろって」
「恥ずかしいから…」
「見ないと、」
「何かするとでも?」
「キスしてやらん」
「……そう来るんですか」
呆れたような声を出しながらも、ほんのり赤く染まった顔をこちらに向ける古泉が可愛い。
「愛してる」
そう告げて、触れるだけのキスをすれば、
「……もっと、」
と不満げにねだられる。
「ん……」
唇、ではなく口を合わせるように、噛みつきあうような角度でキスをする。
濁音がかった音がするほど舌を絡め合い、唾液をすする。
「ふ…っ、ん、う……」
息も漏れないほどぴっちりと合わさった口からは出せない吐息が、鼻にかかった声として聞こえてくる。
それさえ、酷く扇情的でならない。
きつく抱き締めれば、背中に回された腕に力が込められる。
それはやり返すためというより、むしろ縋ろうとするかのようで、余計に煽られる。
「んん……!」
苦しげなものが吐息に混ざり始めたので、軽く唇を舐めて解放すると、苦しさもあってか真っ赤になった古泉と目が合う。
「…なあ、」
「な…に……?」
はふ、と息を吐く古泉の背中を撫でて、
「…なんでお前、そんなに可愛いんだ?」
「知りませんよ。あなたが勝手に言ってるだけでしょう?」
呆れたように言いながらも、その声はどこか嬉しそうだ。
「この後はどうします?」
「そうだな……」
「勉強はしっかりしましたから…どこかに出かけでもしますか?」
「お前と、ってのはいいんだが外に出ると、」
と俺はちょんと触れるだけのキスをして、
「こういうことはおろか、手をつなぐなんてことも出来んだろ」
「それはそうですけど……僕はそれでも嬉しいですよ。あなたといられるなら、それで」
「俺はもっとお前とべたべたしたい」
そうきっぱり言うと、古泉はくすくすと笑った。
「あなたって本当にストレートですよね」
「変に隠したり回りくどくするとお前が全力バック走みたいな誤解や曲解をするからだろ」
「それ以上に、思っていた以上にくっついてきたりするんだなと思ったんですけど」
「そうだな、それは俺も意外だった」
古泉と付き合いだす前にはべたべたしてるカップルなんかを見ると虫酸が走ったものだし、ああはなりたくないと思っていたはずなんだが、実際こういうことになると片時も離れたくないなんて恥かしいことを思うほどにくっついていたくなるのだ。
「お前の抱き心地がいいからじゃないか?」
「そんなこともないと思うんですけど」
苦笑する古泉の頬に自分の頬を触れさせる。
つるつるしてて気持ちいい、なんて思いながら、
「で、どうしたい? このままべたべたしてるのが嫌なら出かけてもいいが……」
「その聞き方はずるいですよ」
たしなめるように言いながら、古泉は頬をすり寄せて、
「もうちょっと、このままで」
「その後は?」
「…そうですね、DVDでも借りに行きますか? ついでに食事もするということで」
「ん、了解」
そう言っておいて離れ難さから、随分長い間そのまま過ごしちまったことは言うまでもない。
ようやく古泉の部屋を出た時には昼の暑い日差しが少し和らいだ代わりに、地面からの放射熱で焼かれそうな時間帯になっていた。
「暑いなー…」
と呟きながら隣りを見るが、古泉の涼しげな顔は変わってない。
「暑いですね」
「…全然そう見えんな」
「そうですか? これでも暑がりなんですけど…」
「というか、お前はどうして汗一つかかんのだ」
「体質…ですかね」
でも、と古泉は困った顔をして、
「おかげで暑さには弱くて困るんですよ。小さな頃からよく熱中症になって…」
「ああそうか。…って、大丈夫なのか? その割にハルヒに連れられてあちこちで歩いたり色々してる気がするが…」
「気をつけてますし、小さい頃とはやっぱり違いますよ」
大丈夫です、と笑った古泉の笑みには不思議と説得力があった。
そうはっきり言うなら大丈夫だろう、と安堵した俺は、
「…お前の小さい頃か。さぞかし可愛かったんだろうな」
と気の抜けたことを言い出した。
「そんなことありませんよ」
「可愛かったんだろ?」
そう繰り返すと古泉は困ったような笑みを見せて、
「人によってはそう言ってくださっていたかと」
と非常に曖昧な返事を寄越した。
「…なんだその歯切れの悪さ」
「ええと……こんなことを言われるとあなたにどう思われるか心配なんですけど…」
「はぁ?」
お前、あんまり俺を疑うようなことを言うと往来だろうが構わず襲うぞ。
「や、じょ、冗談でもやめてくださいよ!」
慌てる古泉を、
「いいから、どうだったって言うんだ?」
と問い詰めれば、
「…小さい頃って、僕、結構太ってたんですよ」
と恥かしそうに口にした。
「だから、可愛いと言ってくれる人もいましたけど、そうでない人も……」
「……あほか」
ぴんっと額を弾くと、
「うあ」
と小さな声を上げる。
「昔太ってたってのがなんだ? 子供ってのは多少丸々してる方が可愛いんだよ」
むくれながらそう言って頬を引っ張ってやると、古泉は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。…嬉しい、な」
ぽつんと漏らした呟きは本当に可愛くて、
「…襲っていいか?」
「っ、な、お、往来で何言い出すんですかぁ!?」
「お前が可愛いのが悪いんだろ」
そう笑った俺に、古泉は真っ赤な顔のまま、
「もう…、あなたって人は……」
と文句を言うように呟いているが、説得力は欠片もない。
「めろめろって顔してるぞ」
「…めろめろですから、あなたに」
そう拗ねたように尖らされた唇にキスしてえ。
だから、
「古泉、予定変更」
「え?」
「速やかにDVDを借りたら、弁当か何か買って部屋に戻るぞ。で、キスさせろ」
「えっ?」
ぎょっとした顔をした古泉を見上げ、
「嫌か?」
と聞いてやる。
すると古泉は顔の赤さを更に増しながら、
「……我慢、出来ないんですか?」
「お前は出来るのか?」
そう返した俺に、古泉はしばらく黙り込んだ後、
「……急ぎましょうか」
なんて澄ました顔で言うのも可愛くて、
「ああ、急ぐぞ」
と俺は古泉の手を引いた。