俺だって、古泉がもてるだろうということはよく分かっていた。 分かっていて、だから、 「お前なんかしょっちゅう告白とかされてるんだろうな」 なんて軽口を叩いて、その度に、 「そんなことありませんよ」 と古泉が苦笑混じりに否定してくれるのを待っていた。 それだけが、俺を繋ぎとめていたような気がするのに。 ある日の部活終了後に、古泉が突然俺を呼び止めて言ったのだ。 酷く、嬉しそうな顔で。 「今日、告白されてしまいました」 彼は僕によく、 「お前は告白とか慣れっこだろ」 なんて言う。 僕は、実際にはそんなことなんてないから正直に、 「そんなことありませんよ」 と答える。 でも、きっと彼は僕が告白されたと言うのを待ってるんだと思う。 そうしたら、SOS団内の他の誰かを好きになっても、邪魔になりそうな存在がいないということですし、それに、参考意見を求めることも出来るでしょう? だから僕は、今日、ひとつの嘘を吐こうと決めた。 「告白って……」 「ええ、下級生の方に、先ほど呼び出されまして。それで、来るのが遅くなってしまったんです」 そう古泉が嬉しそうに言うってことは、その相手はよっぽど可愛かったんだろうか。 性格がよかったんだろうか。 その反応からして、断ったという話ではないんだろう。 相手は一体どこの誰だ、なんて興味を抱きながら、その好奇心はどこか違和感があった。 普通、こういう時はやっかむものだろうに、俺の胸に湧き上がるのはざわざわとした不快感だ。 「どこの誰だ?」 と思ったままに口にした声は、不機嫌に満ちていた。 僕の言い方が悪くて、彼の気を悪くしてしまったんだろうか。 彼の機嫌が悪くなったことにびくつきながら、僕は返事を返す。 「1年の……9組の子ですけど、あなたはご存じないと思いますよ?」 「9組…特進か」 余計に眉を寄せた彼は、 「…お前、頭のいい子がタイプだったのか?」 なんて言う。 「特にそういうわけでもありませんが……」 「付き合うことになったんだろ?」 そこまでは言ってなかったのに、どうしてそう思ったんだろう。 でも、僕はそう嘘を吐くつもりでいたんだから丁度いい。 告白をされたのは本当だ。 けど、ちゃんと断った。 僕の立場からして、誰かと付き合うような余裕はないからだ。 それを利用して、僕は嘘を作った。 彼のことだから、まさか言触らしたりはしないだろうと信じてのことだった。 「…ええ」 そう頷いた古泉の表情はどこか硬かった。 「可愛い子か?」 「そう…ですね、ええ、そう言って支障はないかと」 「……朝比奈さんより?」 「え?」 「朝比奈さんより可愛いか?」 俺が聞くと、古泉は困ったような顔をして、 「それは……その、朝比奈さんの方が愛らしい顔をされてるかとは思いますけど…」 「じゃあ、長門くらい頭がいいのか?」 「それはムチャでしょう」 苦笑する古泉に、俺はもう一つ聞く。 「それなら、ハルヒくらい元気がよかったりするのか?」 「いえ……」 彼が何を言いたいのか、さっぱり分からなかった。 どうしてそんな風に比較する必要があるのか。 どうしてそんなところにこだわるのか。 「……じゃあ、なんでそんな子と付き合うんだ?」 「なんで…って………」 どうしてか、彼の目が怖かった。 怖いくらいに、彼は真っ直ぐ僕を見つめていた。 「……認められんな」 ぽつりと彼は言った。 「そんなんじゃ、認められん」 「え……?」 「認めない、って言ったんだ!」 自分の声が段々と大きくなってきているのが分かった。 自分がおかしなことを口走っていることも。 だが、止められない。 止めたらもっとおかしなことになっちまいそうだと思った。 「お前が付き合うなら、朝比奈さんより可愛くて、長門より頭がよくて、ハルヒくらいバイタリティがあるくらいじゃないと、認められん」 「そ、んな……」 困ったように古泉は視線をさ迷わせた。 そんなことを言われても困る。 だって僕は、そんな面食いでもないし、長門さんと二人きりだと実は結構息が詰まったりもしてしまうし、涼宮さんに振り回されるのに疲れたりもするんだ。 僕が一緒にいて嬉しいのは、安らぐのは……。 ……ああ、そっか。 やっと、分かった。 僕は、……だから、彼を喜ばせたくて、嘘も吐けると思ったんだ。 でも、これは言えないから、僕はもう少しだけ、ほんの少しだけ、と言い訳をして嘘を吐く。 「……でも、僕の好きな人はそういうタイプじゃありませんよ」 「…じゃあ、どんなタイプだ」 俺が聞くと、古泉は薄く微笑んで口を開いた。 「…朝比奈さんほど可愛らしくはありません。長門さんほど頭がよくもないでしょう。涼宮さんほどの元気なんて持ち合わせてないと思います。でも、とても優しくて、思いやりがあって、僕のことを心配してくれるんです。その優しさが、僕は本当に嬉しくて……。その人といられると、とても気持ちが安らぐんです。その人と話すだけで、幸せで……」 「……それが、お前に告白してきた相手か?」 「…いいえ」 古泉はどこか寂しげに言った。 「絶対に、付き合えない人なんですよ」 付き合えないどころか、告白も出来やしない。 それはきっと、この立場なんてものがなくても同じだっただろう。 その人は僕にはあまりにも勿体無さ過ぎる。 僕からすれば、その人と時々会えて、話せて、それだけでも十分なんだ。 「……っ、だから、他の相手と付き合うってのか?」 「ええ。…ひとりは寂しいでしょう?」 そううっそりと笑う。 「……軽蔑していいですよ」 むしろ、そうされたいと思った。 生半可な望みなんて要らない。 ただ、友人としてでも繋がりを保てるならそれでいい。 そう、願った。 古泉がなんと言おうと、俺には軽蔑なんて出来そうになかった。 「…そんなに寂しいのか?」 「…寂しいですね」 古泉が寂しいなら、それだけでも俺の胸の内まで冷え込むように思った。 「誰でもいいくらいに?」 「…ええ」 「……だったら、」 「…っうわ!?」 気がついたら、古泉を床に押し倒していた。 「…っ、今からでもいい。断れ!」 彼が、必死の形相でそんなことを言う。 「え……?」 「誰でもいいなら、俺でもいいだろ…!」 「……え……」 何を言われたのかと本気で戸惑う僕に、彼は首を振る。 言いたいことは違うとばかりに。 そうして、彼は僕を見つめる。 その顔が赤い。 その目がどこか必死で、潤んで見えて。 「お前は俺のだろ!」 …そう、宣言されてしまった。 「え、あ、あの……?」 自分でも何を言ったんだかさっぱり分からん。 ただ、そう思っただけだ。 何しろ、こいつと一番過ごしているのは俺だ。 こいつが俺以外といる時にそうするほど、寛いでいるのを見たこともない。 それなら、俺がこいつをもらったっていいだろ。 そして、どうやらそれは当たりだったらしい。 古泉の顔が見る間に赤くなっていく。 いつになく大きく見開かれた瞳が可愛くて、そこに映るのが俺だけと言うのが酷くいい気分で。 「…なあ、そうだろ?」 至近距離から低くそう囁いたら、古泉の顎がかすかに動いたので、肯定として受け止めた。 嬉しそうに笑った彼の顔が近づいてくる。 「古泉…」 そう僕を呼んでくれる声が唇にかかる。 キスされるんだ、と思ったのは間違いじゃなかった。 ふわりとくすぐるように唇が触れてくる。 思わずびくりと体を竦ませた僕に、彼は優しく笑ってくれる。 「…可愛い」 「っ、か、可愛くありませんよ……!」 「可愛いんだよ。俺にとっては」 震える古泉は、怯えるというよりはむしろ、幸せにわなないているように見えた……と言ってはおこがましいだろうか。 「…いいえ、違いません」 そう言って、古泉から手を伸ばし、俺を抱き締めてくる。 「…幸せ過ぎて、死んでしまいそうです」 「死ぬなよ」 笑いながら、もう一度口づける。 「お前に死なれたくない」 「僕だって、死にたくありませんよ」 どこか幼く笑った顔が可愛くて愛しくて、 「……どうする?」 「え?」 「…止まれなくなりそうだ」 「ええ?」 分かっているのかいないのか。 戸惑うような声をあげ、目を白黒させる古泉に、俺はもう一度キスをした。 |