癖を直したい、と切実に思った。 この、思ったままをついつい言葉に出しちまう癖だ。 それも、どうやら俺の場合は、より親しくて遠慮のない間柄になればなるほど、考えなしに言葉を口にしちまう癖があるらしい。 ということは、被害者になる奴は決まっている。 ……憐れな古泉である。 自分のために、何より古泉のために、この厄介な癖を直したいと、心の底から思った。 作戦参謀と幕僚総長に見送られ、SFチックな世界から帰還した俺を迎えたのは、予想通りの泣き顔だった。 「泣くなよ」 と言ってみると、 「泣きもしますよ…!」 という言葉と共に抱きしめられた。 痛いほどの力が、どうしてだろうな、心地良いものとして感じられた。 「心配掛けて悪かったな」 「全くです。…一体、どうしていたんです? こんなに長い間戻って来ないなんて……」 「すまん。まあ、色々あったんだ」 「色々なんて、誤魔化さないでくださいよ…」 その前に、言うべきことがあるんだよ。 俺は古泉を見つめて言った。 「…悪かった」 「……え…?」 「お前の言う通りだった」 「一体何があったんです?」 不審がるというよりも、心配してくれているらしい古泉に、感激にも似たものを感じながら、それでも俺は、 「その前にひとつだけ聞かせてくれ」 「はい?」 「……お前、腹筋は割れてる方が好きか?」 「……は?」 気になってたんだよ、悪いか。 唖然としている古泉に、俺は作戦参謀の話をしてやった。 順を追って話していたのだが、その話が幕僚総長とのケンカの話に差し掛かり、腹筋の話になったところで、 「……腹筋を無邪気に見せ合うようなことをしたんですね」 と低く唸られた。 ……もしかして、俺は今、地雷を踏んだのだろうか。 「さっきから思ってましたが、随分とその作戦参謀とやらに同情的なんですね」 「そりゃ、同じ俺だし……」 「それだけですか?」 「それ以外に何があるっつうんだ!?」 思わずかっと来た俺だったのだが、いきなり視界が反転したせいで勢いが削がれた。 何事だ!? 古泉の顔が近かったが、それ以上に、不機嫌さ丸出しの顔が気になった。 何でそんなに怒ってるんだ。 倒れ込んだ拍子にしたたかにぶつけた背中も痛いし、押さえつけられている手首も痛い。 古泉に馬乗りにされて、押さえつけられた腹も、痛みこそしないが重い。 「古泉…っ!?」 「あなたって人は、どこまで無防備なんですか」 憎々しげ声に、思わず身が竦んだ。 嫌われでもしたのかと思うと、それだけでそんな風になっちまう程度には、俺はやっぱりこいつに執着があるらしい。 …なんてことを実感している場合ではない。 硬直した俺の制服を脱がせにかかった古泉を止めねばならん。 「待て、古泉っ、待てって!」 そう叫ぶように口にすると、恨みがましく睨まれた。 「僕には見せられないとでも?」 「そ、そうじゃない」 と言うか何を言わせるんだこいつは。 羞恥で死ねるぞ。 「そうじゃないならいいでしょう?」 「そうじゃない、が、………っ、恥ずかしいんだよ!」 「どうしてです? その作戦参謀とやらには見せたんでしょう?」 「あいつとお前じゃ違うだろ…っ」 「……それで、僕には見せられないと」 また何か厄介な勘違いをしようとしていることくらい、俺にも察しがついた。 くそ、めんどくさいんだよこの野郎。 「…っ、そんだけ、い、意識してるってことだ…!」 真っ赤になりながらそう怒鳴ると、インナーを捲り上げようとしていた古泉の手がぴたりと止まった。 「……本当ですか?」 少しながら、嬉しそうな色が声にも表情にも滲んだのを見て、俺は必死で頷いた。 「嘘言ってどうするんだよ…」 ああくそ、顔が熱い。 「……嬉しいです」 柔らかく微笑んだ古泉の唇が俺のそれに重なる。 一瞬ぎくりとしたが、それは触れるだけで離れた。 「意地の悪いことをしてしまってすみません」 と苦笑した古泉に、別にいいがと返し、俺は呟くように、 「頼むから、変な誤解はしないようにしてくれ」 「…そう、ですね」 「いや、俺は本気で言ってるんだ」 作戦参謀と幕僚総長もそうだった。 言葉が足りなかったり、あるいは妙な行き違いがあって誤解して、ぎくしゃくするなんて俺は絶対に嫌だ。 そんな無駄なことしてられるか。 俺はあの世界の二人の話の続きをした。 そうして、 「俺は、そんな風になりたくない」 と搾り出すように呟くと、優しく抱きしめられた。 乱されたままの衣服が衣擦れの音を立てる。 「僕だって同じ気持ちですよ」 「だったら、聞いてくれ」 俺は真っ直ぐに古泉の目を見つめた。 どこか不安げな色の滲むそれに映る自分の、少々情けない顔を見ながら、 「お前が心配してくれるのも分かるし、それだけ危険なことだってありえるってことはよく分かった。それでも俺は、この力を失いたくない。その理由は、ただの好奇心だけじゃないんだ」 「…と、言いますと……?」 怪訝な顔をする古泉に、正直に告げる。 「俺は、ずっとただの一般人だっただろ。それでいいと思ってたんだが、お前らはみんなそうじゃないってことで、……その、こういうと、ひがみみたいで嫌なんだが、……疎外感みたいなもんも、感じてたんだよ。だからこの力を持てたことで、お前と同じ、変わった力を持てて嬉しいと、思いも、した」 言いながらどんどん恥ずかしくなってきた。 古泉が大袈裟に見開いた、明るい色をした瞳に映る俺の顔も、赤みが増していくばかりだ。 「負い目に……思ってたんですか」 「……少しだけどな」 「そんな必要なんてないんですよ?」 分かってる。 が、それでも思うんだ。 「ただの人間、なんの苦労もないような、平々凡々とした一般人じゃ、お前にも近づけないんじゃないかと思ったし、だからこそお前は俺に心を開いてくれないのかなんて思ったことも、ないわけじゃない。だから俺は、この力を得て、やっと、お前と同じ立場になれたような気がしたんだ。それに、お前と、その、……付き合うようになったきっかけだって、この力なわけだろう? ……だから、余計になくしたくないんだ」 「……分かりました。僕の方こそ、あなたの気持ちを考えもせず、身勝手なことを言ってしまってすみませんでした」 と古泉は頭を下げる代わりに目を伏せた。 そうして、困ったように微笑みながら、 「……そんな風に言われたら、反対も出来ませんね」 と優しく囁いてくれた。 それに安堵したというのに、 「でも、危険な真似はしないでください」 と言われた。 「危険な真似って……」 「あなたの主張は分かりましたし、ご自分で仰る以上に好奇心が旺盛だと言うこともよく分かっていますが、心配なんです」 そう言ってじっと見つめてくるのはずるいだろう。 俺は言いよどみようになりながらも、 「…使わないなら、ないのと同じじゃないのか?」 「そんなことはないと思いますが……」 「あるなら使わないともったいないし」 「それで危険な目に遭うなら、もったいなさより安全性を優先してもらいたいんです」 「……だが、」 「使うのは緊急時だけにしてもらいたいんです。……これまでに訪れた世界を訪ねたいというのであれば、止められませんけど」 「まだほんの少ししか知らないじゃないか」 「十分だと思いませんか? 本来なら、ひとつきりの世界しか認識出来ないものなのですから」 「………けち」 「そうですね」 「…過保護すぎるんだよ」 心配されて嬉しくないわけでもないくせにそう呟けば、古泉は悲しげに眉尻を落としながら、 「……嫌いになりますか?」 と呟いた。 いきなりなんでそんなことになるんだと戸惑いながら、 「…別に、今のところはそれほどじゃないが」 と答えると、古泉はほっとした様子を見せながらも苦い笑いを浮かべ、 「時と場合によっては、そのまま嫌われてしまいそうで怖いんですけどね。……心配なのは、変えられません」 「……確かに俺は、身を守るにしても何にしても不安が多くて信じられないだろうな」 「え、あ、いえ、そう言いたいわけじゃなくってですね、」 慌てる古泉に首を振り、 「分かってる。が、事実そうだろ。それは俺だってちゃんと弁えてるつもりだ。……だがな、」 俺は真っ直ぐに古泉を見詰め直し、 「……何かあったら、助けに来てくれるだろ?」 大きく見開かれた古泉の瞳に映る自分の顔が赤い。 「……俺は、それを信じてるから平気なんだ。……怖くない」 「……ずるい、ですよ」 苦笑しながら、古泉は俺を抱きしめなおした。 その柔らかな髪が自分の首筋に触れるのを感じながら、 「何があってもお前のところに帰るから。……お前のところに帰ろうと思ったら、迷わず帰ってこれるって気がするんだ。だから、行かせてくれ」 他の世界に行くから知ることの出来たことも多い。 それに、今回のように、他の世界の「俺」が助けを求めてる時だってある。 逆に俺が、助けを求めるようなことになる可能性だってあるのだろう。 それなら、可能性を広げるべく、出来るだけたくさんの世界を知っておきたい。 多くの人に出会っておきたい。 そうして、それが俺の力になるなら、何かが起きた時、SOS団の仲間や、何よりも、古泉を守る力になるなら、少々の危険なんか気にしてられるか。 「……ではせめて、もう少し安全策を講じられませんか?」 譲歩の気配に俺はほっとしながら、 「安全策?」 と問い返す。 「たとえば、緊急時にたとえあなたの意識がない状態であっても脱出出来るような仕掛けを長門さんにしてもらうなんてどうでしょうか」 「……そういうことか」 「先日、未来のあなたにお会いした時、あの人は長門さんに情報操作をしてもらっているようなことを仰っていたでしょう? その要領で、いくらか頼んでみてはどうでしょうか」 「なるほど」 「それなら僕も、……いくらかは安心出来ますから」 それでもいくらか、なんだな。 「当然ですよ」 呆れている俺に、古泉は堂々と答えた。 「……あなたに何かあったらどうにかなってしまいそうなほど、あなたが好きなんですからね」 そう甘ったるく囁いた唇が、俺のそれに触れてくる。 「ん………な、ぁ…」 「はい?」 「……服が乱れたままなんだが、もう少しなんとかならんか?」 顔を赤らめながら問えば、古泉は一瞬ぽかんとした後、くすくすと声を立てて笑った。 「なんとかって、なんですか?」 「何って…」 「着せて欲しいんですか? それとも…脱がせて欲しいんでしょうか」 思わずぞくっとするような声を耳元で響かされ、俺の体が震えた。 が、 「……っ、んなもん、着せろってことに決まってるだろうが!」 と反射的に怒鳴れた。 理性がこのまま流されろと言っていたような気もするが、本能が勝ったということだな。 ……うん? 逆か? ともあれ古泉も本気ではなかったらしい。 「分かりました」 といやに楽しそうに笑いながら体を離すと、馬鹿丁寧な仕草で俺の服を整えてくれた。 そのくせ、俺を起き上がらせようとはしない。 「古泉?」 訝しむ俺に、古泉は嫣然と微笑むと、 「愛してます」 と告げて、もう一度口付けた。 てっきり重なるだけだと思ったそれが、滑った感触を寄越すに至って慌てたが、もう遅い。 経験もへったくれもないような俺の舌は、やけに器用に動き回る古泉の、とても自分の不器用なそれと同じものとは思えないものに翻弄されて天地も分からなくなる。 荒くなった呼吸を、飲み込みきれない唾液を、そのまま交換するような深い口付けに、酸欠になるほどでもないはずだろうに、頭がぐらぐらした。 それは解放された後も続き、 「は……ぁ、な、に……?」 訳も分からずただ呆然とする俺を見つめて、 「…可愛い」 と古泉は楽しげに呟きやがった。 …くそ、面白くない。 |