留守番、仮病、出席停止



留守番、仮病、出席停止、この三者に共通するのは、決して家から出てはならないということであり、その家というのが狭苦しい一室だったりすると、これはもう拷問と言ってもいいんじゃないかというような域にまで達するのだが、何が悲しいって、たいていの場合、原因は自分にあるというのが大きい。
出席停止になるというのはそんな大それた病気にかかっちまった自分のせいだし、仮病なんて更に自分のせいだ。
何かから逃れるために嘘を吐いた対価として、一日ベッドから動けないってのは軽すぎるくらいであると思われる向きさえあるかも知れん。
では留守番はどうかと言うと、頼まれてする場合と、本当は一緒に出かけるはずが、行きたくないと駄々をこねてする場合とがあり、今回の俺の境遇がどちらかと言えばこの中間だった。
つくづく思う。
…余計なお節介なんて焼くもんじゃない、と。


俺から選んだことではある。
そうしなくてもいいんじゃないか、むしろもう多分帰れるんだろうから、帰ったっていいんじゃないか、と、そう思いもする。
だが、俺としてもあれだけ世話を焼いちまった以上、作戦参謀たちがどうなるかを見届ける義務があるようにも思ったし、せっかく古泉とケンカまでして別の世界に来たんだ。
土産のひとつもなしに帰ったら、今度こそ光陽園のハルヒにどやされるくらいじゃ済まんだろう。
制服も気前よく貸しちまったしな。
そんなわけで俺は大人しく留守番をしている。
一応作戦参謀に習ったので、置いていってもらった端末で暇つぶしだって出来るのだが、言ってみれば人のパソコンを借りるようなものであり、しかも使い方がよく分からない俺は、迂闊なことをして余計なものを見たりしないよう気を遣わねばならん。
端末が、仕事用のものではなく、個人的な娯楽用のものであるだけマシかもしれないが、それにしたって娯楽に類するものは非常に少ない。
ちょっとしたゲームが少しと、俺には少々理解しがたい感性で作られた映画らしいものが少々入ってるくらいだからな。
あと、このロックがかかってるのはなんだ?
幕僚総長とのメールか何かか?
それとも、それ以上にやばいものじゃないだろうな。
いっそのことAVの類なら、ロックを解除するためのパスワードか何かでも一緒に置いていってもらえるとよかったのだが。
などと、俺が退屈のあまり少しばかり不埒な考えに陥っていると、端末が光り、来客を告げた。
びくつきながら確認すると、来客と言うのは長門情報参謀だった。
…長門ならいいだろう。
「どうぞ」
と声を掛けつつ、ロックを解除すると、ドアが消え、情報参謀が部屋に入った。
何度見ても不思議な光景だが、このドアはどういう仕組みになってるんだろうな?
「体調は」
と聞かれたので、
「悪くない」
と答えたが、別に問題はないよな?
こいつなら、これが仮病であることも、俺がキョン作戦参謀ではなくジョンであることも分かるはずだ。
案の定、情報参謀は不審に思った様子もなく、
「彼らの方も順調な様子」
「そうかい。そりゃ何よりだ」
俺は情報参謀に座るよう勧めるべく、ベッドの状態のまま放置してあったものを、ソファとして組み替えた。
と言っても、ボタンひとつで済むんだから便利なもんだ。
「何か飲むか?」
俺が聞くと、情報参謀の方が立ち上がり、パネルを操作した。
出てきたコーヒーをテーブルに置きつつ、
「あなたは?」
と聞かれたので、ホットコーヒーを微糖で注文した。
二人並んでコーヒーをすすりつつ、のんびりしているのも悪くはないのだが、
「長門、仕事はいいのか?」
「休み時間」
なるほど。
「わざわざ来てくれたのか」
「…私がここに来るのはよくあること」
そう言って情報参謀は俺を見つめ、
「ありがとう」
と短く告げたのだが、その声にはなんというか、いつもの触れれば融けて消えるような淡白さはなく、その五音以上に雄弁な何かを感じた。
が、すまん、
「何に対する礼だか、俺には全く見当がつかないんだが……」
「彼らのこと。…あなたが来てくれたから、流れが変わった」
「…ああ、そういうことか」
ここによく出入りしていると言うなら、あいつらのことを知ってても不思議じゃない。
「応援してやってたのか」
情報参謀は小さく頷いた。
「ありがとな」
そう言って、軽く頭を撫でると、情報参謀は不思議そうに首を傾げた。
「あいつらのことだから、何も言ってないんだろうが、お前に支えられてるところは多くて、感謝だってしてるはずだ。俺からで悪いが、まあ、あいつらからの礼だと思ってくれ」
頷いた情報参謀に目を細めつつ、俺は好奇心のままに聞いてみた。
「お前は宇宙人、というか、異星人なんだよな?」
情報参謀は頷き、
「私は、涼宮ハルヒに拾われた」
拾われた?
「緊急用のポットに入ったまま、私は宇宙空間をさまよっていた。だから、母星の位置も正確には把握出来ていない。それでも、涼宮ハルヒは私をいつか私の故郷へ連れて帰ってくれると約束してくれた。彼も、そう。故郷の記憶もない私のために、自分の母星の話をしてくれる。でも、それと同じように、私のことも昔からの仲間のように扱ってくれる。だから私も、仲間として、出来ることをしたい」
「そうか…」
俺は苦笑しながら呟いた。
「作戦参謀も、俺なんか呼び寄せなくてもよかったってことだな」
情報参謀がいて、それからハルヒだって、軍紀がどうのってことよりは、あいつらを応援する方に回ってくれるだろう。
わざわざ俺を呼ぶまでもなく、味方はいたってのに、あいつは気がついていないのか。
「長門は、故郷を見つけたらずっとそこに住むのか?」
「……分からない」
というのが情報参謀の返事だった。
「緊急用ポットが半ば故障していたため、私には、涼宮ハルヒに拾われる以前の記憶が失われている。よって、私が何故緊急用のポットに入っていたのかということも、不明。母星に生物が生存出来なくなるほどの、なんらかの問題が生じた可能性もある」
いや、そう言う話じゃなくってだな。
「理解している。……たとえ、母星が無事であり、私にも家族と呼べるものがいたとしても、おそらく私はここに留まることになる。ここに、いたい」
「…じゃあ、これからもよろしくな」
はっきりと頷いた情報参謀に安堵した俺は、その後安心したあれこれ聞きまくった。
端末の使い方は勿論、この艦内のドアやなんかの理解し難い仕掛けについても、俺に理解出来、機密に触れない範囲で教わったりした。
長々と話していていいのかと戸惑ったのだが、情報参謀によると、休み時間とは言ってもほぼ半日近いものだったらしい。
「私は、彼らとは体の組成も違うから、頻繁に休む必要はない」
とのことなので、遠慮なく話し相手にしちまったのだが、本当によかったのかね。
そうして、情報参謀が帰ってからしばらくして、作戦参謀と幕僚総長が帰ってきた。
わざわざ手まで繋いで。
「……随分楽しかったみたいだな」
皮肉っぽく言うと、作戦参謀は真っ赤になって手を振り解き、
「これはっ、こいつが、こうした方が案内してるように見えるとかなんとか言うから……」
そんなもん、詭弁に決まってるだろうが。
本当にこれが作戦参謀で大丈夫なのかね?
「大丈夫ですよ。仕事となると全然違いますから」
と言う幕僚総長も機嫌がいい。
よっぽどデートが楽しかったんだろう。
「ご希望のお土産も、ちゃんと買ってきましたよ」
と、やけに大きな包みをテーブルに広げた。
「買い込みすぎじゃないのか?」
「いいんですよ。普段は給料を使う機会もろくにありませんし、あなたには本当にお世話になりましたから」
そんなことを言うってことは、作戦参謀とちゃんと会話も出来たってことなんだろう。
「ちゃんと大事にしてやれよ」
照れ臭がって嫌がるかもしれんが。
「ええ、分かってます。あなたに取られたくありませんし」
とかなんとか言いながら、さり気なく腰を抱くムッツリ助平な幕僚総長に、作戦参謀は真っ赤な顔で、
「っ、やめんか」
と言ってるが、やっぱり分かりやすい。
「幕僚総長、お前、これまでこいつの表情が本当に読めなかったのか?」
「さっぱりでしたね。こう認めるのは非常に面白くない面も大きいのですが、僕が思うに、あなたの存在が大きいのではないかと」
俺の?
「あなたが一緒だと、表情が変わりやすいんですよ。それこそ、僕なんかでも簡単に読めるくらい。これが普段だと、まるで長門さんのように表情が変わらなくて、本当に怒っているのか照れているのか分からないくらいなものですから」
……妙だな。
「…それ、もしかして、お前と二人きりだとがちがちに緊張してるってことなんじゃないのか?」
思いつきのままに口にすると、作戦参謀がびくっと竦みあがった。
……当たりか。
「…そうだったんですか?」
驚いた様子で幕僚総長が作戦参謀の顔を覗き込む。
「いや、その…っ……」
うろたえているのははっきり言って、肯定にしか見えん。
諦めて投降しちまえよ、作戦参謀。
「…お前、何考えてんのか分かんなかった、し、…それに、……表に出すのは、恥ずかしい、から…」
真っ赤になってそのまま縮こまりそうな作戦参謀を、幕僚総長は見てるこっちが恥ずかしくなるような優しい仕草で抱きしめた。
「ごめんなさい。これからは僕も、ちゃんと思ってることは口にも顔にも出すように心がけますから」
作戦参謀はちょっと笑って、
「…会議中とか作戦時にはやめろよ」
「了解しました」
二人して笑えるなら問題はないな。
「で、土産は何を買ってきてくれたんだ?」
「あ、ああ、そうだったな」
作戦参謀はぐいっと幕僚総長を押し遣りつつ、テーブルに目を向けると、
「とりあえず、ハルヒ推薦のまんじゅうは押し売りされたからつけといたが」
…そんなもんを推薦して売ってんのか、ここは。
というか、頼んでおいてなんだが、土産物屋があるのかよ。
「まあ、帰省する時に土産もなしじゃ家族に悪いからだろ」
と笑った作戦参謀は、
「味はいいぞ。目新しいかどうかは知らんが」
定番過ぎて光陽園のハルヒにがなられそうだな。
これは長門への土産と言うことにしておこう。
「他には?」
「やっぱり定番ですけど、惑星在住の方に受けがいいものをと思いまして、」
と幕僚総長が示したのは、小さな箱だった。
「いくつか買ってありますから、ひとつ開けてみていいですよ。あなたもお好きじゃないかと思いまして」
それじゃ遠慮なく、と開けてみると、そこにはプラスチックのような立方体のケースがあり、透明のケースの中には、やはり透明のガラス状のもので丸くコーティングされた金属片が入っていた。
「……なんだこりゃ?」
「宇宙空間を漂うゴミの類があるのですが、その再利用目的で作られたちょっとしたお土産品です。これは、宇宙開発初期に打ち上げられた衛星の欠片だと思われます。安全のため、コーティングしてありますから、放射線などいかなる種類の有害物質も漏れませんよ」
ただのガラス球扱いされそうな気もするが、そう言われると面白いものかもな。
「当然、説明書とかはあるんだよな?」
「ええ、鑑定書付です」
鑑定書と来たか。
よし、光陽園のハルヒたちにはこれで十分だろう。
古泉も、これでいいかも知れん。
何だかんだ言っても、かつては天文少年だったらしいからな。
こんなものにもロマンを感じられることだろう。
「あとは…ほれ」
と作戦参謀がよこしたのは、どこかで見たようなベレー帽だった。
色は青、作戦参謀がかぶっているのと同じもののようだ。
「土産物だから素材は安物だし、見たら一目でそれと分かるようなちゃちいやつだけどな。記念品としてはありだろ」
「かもな」
笑いながら頭に載せてみた。
「似合うか?」
「角度がちょっとな。……ああ、これでいい」
なにやらこだわりがあるらしい作戦参謀に位置を修正されたが、何がどう違うんだかよく分からん。
あと、幕僚総長はただちにその薄気味の悪いニヤケ面を引っ込めやがれ。
「すみません。なにやら仲のよい双子でも見ているような微笑ましい気分になりまして」
「アホか」
と俺は吐き捨てたのだが、作戦参謀はまじまじと俺を見つめ、
「なるほど、双子か」
と呟いた後、
「……本当にそうだったらよかったな」
などと、本当に軍人なのかと聞きたくなるような無邪気な笑顔で言われ、
「実際に双子みたいなもんだろ。生まれた場所も状況も違うがな。……だから、その、なんだ、また何かあったらメールでもしてくれ。出来る限り力になってやらんでもない。そこの幕僚総長に泣かされでもしたら、すぐに言えよ」
とまで言っちまったついでに、にやりと意地の悪い笑みを浮かべて、
「兄ちゃんが、駆けつけてやる」
と言ってみた。
作戦参謀のことだから、てっきり、「お前が兄なのか!?」とかなんとか言うと思ったのだが、ここで予想外のことが起きた。
「……ん」
と作戦参謀は意外なまでの素直さで頷いて、そのまま俺に抱きついたのだ。
思わず唖然としたね。
俺も、幕僚総長も。
一体何事かと思ったくらいだ。
全力で戸惑っている俺の耳元で、作戦参謀は嬉しそうに呟いた。
「ありがとな」
……あー……なんか分かったぞ。
つまり、何か。
こいつは寂しくもあったわけか。
それなのに、幕僚総長は寂しさを埋めるという意味では役に立たず、むしろそれを拡大させるような振る舞いに出ちまうような迂闊すぎる奴だったと。
なんというか……似ている。
誰に似ているとは言わないが、俺は知っている。
こんな風に、表向きの顔と本当の顔が違っていて、そのギャップに苦しんだり、寂しがったりしているような奴を。
こいつの場合だって、多少違ってはいるが、似たようなものだろう。
ハルヒたちしかいなければラフに振舞えても、軍という状況からすると、部下やなんかがいればそうはいかないだろうし、ましてや、幕僚総長とのことを誰かに知られるわけにもいかない。
そうやって、二重三重に仮面を被って、本当の自分が身動きひとつ取れなくなって、そのせいで、本当に伝えるべきことも伝えられない。
頼られると弱いんだと、前にも言った気がするが、これはどうやら自分と同じ顔であっても適用されるらしい。
俺は作戦参謀を優しく抱きしめ返してやって、返事に代えた。
「…ええと、すみません、我ながら本当に嫌な奴だとは思うんですが、そろそろ離れていただかないと今度こそ銃を誤射しそうなんですけど」
笑顔で恐ろしい台詞を言う嫉妬深い男に、俺たちは慌てて体を離した。
命は惜しいからな。
つうかそれ、誤射じゃないだろ。
ああ、それにしても、
「…古泉に会いたくなった」
ぽつりと呟くと、余計に強くそう思った。
これはどう考えても作戦参謀が悪い。
あいつのことを思い出させたのは作戦参謀だからな。
早く、あいつのところに帰りたい。
帰って、あいつを抱きしめてやりたい。
きっと今頃、一人あの部屋で俺の帰りを待っているのだろう。
悩みながらだろうか、それとも、怒りながらだろうか。
泣きながらだったら、困るな。
あいつの泣き顔には本当に弱いんだ。
「そうか、もう帰らなきゃまずいよな」
まずいというか、帰りたくなっただけだ。
「ちょっと待ってくれ。すぐに脱ぐから」
そう言って、貸していたブレザーを脱ぎにかかった作戦参謀だったのだが、ネクタイに手を掛けたところで、手を止めた。
どうした?
「……古泉、お前はあっち向いてろ」
「どうしてですか?」
へらりとした顔で言う幕僚総長に、納得した。
「お前の視線は有害物質以上に迷惑だからだろ。ほれ、さっさと向こうを向け」
そう言ってソファから立たせ、強引に背中を向けさせてやる。
作戦参謀はため息を吐いたが、警戒するように幕僚総長を気にしている。
朝は慌しかった分気にならなかったようだが、デート中に何かあったのかね?
「そんなに心配なら、押さえておいてやろうか?」
俺が聞くと、作戦参謀は首を振り、
「いい。…というか、迂闊に触ると孕まされるぞ」
何だって?
「彼なりの冗談ですよ」
と幕僚総長は笑って言ったが、こいつならやりかねん、と思った。
というか、この世界だと何か違ったりするのか?
「何がですか?」
「妊娠とか」
「ああ、さっきの彼の言葉を本気にしたんですね」
と笑われたが、別に本気にしたわけじゃない。
「男でも妊娠したりするのか?」
「少なくとも、自然妊娠の話は聞いたことがありませんね。ただ、人工妊娠については、目下研究中だそうで、人口減少解消の手段として期待されているところですよ」
ほう。
「ですから、子供が欲しくなればこちらに来るといいんじゃないでしょうか」
「アホか」
などと、迂闊にもじゃれていたからだろうか。
着替え終わった作戦参謀に、何故か俺が後ろから抱き付かれ、またしても幕僚総長に殺されそうな視線を頂戴する破目になった。
頼むから、妬くなら素直に、お互い当人に向かって表現してくれ。