勢い任せの行動



勢い任せの行動ってやつは本当に危険だ。
しかし、抑制し辛いまでに勢いづいているからこそそう言えるのであって、つまりは回避もまた難しい。
危険性の認識をしていてもやっちまう時はやっちまう。
ことにそれが、怒りなんていう、一時的に爆発的エネルギーを使うような感情によるものだと、余計に手に負えなくなる。
やっちまってから後悔して、それを繰り返すうちに勢いがつかなくなるほど人間が落ち着くのを待つ他ないのかも知れん。
一体何十年先の話だか知らんがな。
それにしても、俺はどちらかと言うとおとなしいとか落ち着きすぎていて若者らしさがないとか行動力に欠けるとか言われがちな人間のはずなのだが、その俺ですらこうしてしばしば勢いに任せた行動を悔やむことになると言うことは、他の連中はどうなんだろうな。
谷口くらいになると、もはや悔やむということすらしなさそうだが。


元の世界に戻った俺を迎えてくれたのは古泉だった。
考えてみると、不思議だよな。
俺は古泉の家に行くのはこれが初めてだ。
それなのに、古泉のところへ帰ろうと思っただけで、間違えもせずにそこに着くことが出来る。
初めて訪れる先が、玄関じゃないってのも変な話だ。
そう思いながらも、古泉がほっとしたような顔で、
「お帰りなさい」
と言ってくれると、まあ何を言ってもまだ付き合い始めたばかりの初々しい仲――自分で言ってて薄ら寒くなってきた――であるからして、嬉しくないわけじゃあない。
「…ただいま」
短く返した俺が、うっかり靴を履き替えていなかったことを思い出したが、古泉はそれを見越していたようで、
「あなたの靴はちゃんと持って帰っておきましたよ。月曜日には忘れずに、上靴を持っていってくださいね」
と笑顔で言われた。
「何から何まで悪いな。何も考えてなかった」
「いえ、お役に立てて嬉しいですよ」
そう言った古泉が、じっと俺を見詰めて、恥ずかしがるような小さな声で尋ねてきた。
「…あの、」
なんだよ。
「…抱きしめて、いい、ですか?」
「……好きにしろよ」
わざわざ確認するなと言ってやりたくなりながら、赤くなりつつある顔を伏せてそう言ってやると、古泉は嬉しそうに微笑み、まだいくらかくらくらしている俺を、そっと抱きしめてきた。
暖かい。
その暖かさに心地よさが重なる程度には、俺はやっぱりこいつのことが好きらしい。
はじめこそ曖昧で、自分ですら掴みかねていたそれが、気がつけば明確な形を取り始めるのもなにやら妙な気分で、むず痒い。
そんな俺の心情を分かっているのかいないのか、古泉は俺を抱きしめたまま柔らかな声で、
「どうでしたか? あちらは」
と耳元で囁いた。
とは言ってもそれは、酷く優しくて、とろりとした眠気を誘うようなものだったせいで、疲れていた俺はそのまま眠り込んでしまいそうになりながら、
「まあ…相変わらずだったな…」
短く答えて古泉に体重を預けた。
それで文句を言うでもなく、むしろいっそう嬉しそうに笑って、
「楽しかったようですね」
「ん、そう…だな」
ああそうだ、
「ハルヒたちと話したんだが、他の世界にも行ってみたいと思うんだ」
思い出したことをするりと口にしたところで、古泉が怪訝な顔をした。
なんだその反応は。
「他の世界……ですか?」
「ああ。何かおかしいか?」
「…それは、少々危険すぎるのでは…」
「なんでだよ」
「どこも安全であると言う可能性は、決して高いとはいえないのではないでしょうか」
「だが、大丈夫な世界も多いんじゃないのか? それに、先に安全性を確かめるなんてことは出来ないんだから、行き当たりばったりで行ってみるしかないだろう」
「それが危ないと思うんです。…偶発的に、他の世界に行ってしまうのならともかく、わざわざ危険に飛び込むようなまねをする必要はないでしょう?」
「…お前、俺を何だと思ってるんだ?」
少なからず苛立ちながら、俺は言った。
「俺は別に小さな子供じゃない。危なければそれなりに対処もするし、いざとなったらこの世界に戻って来ればいい。それなのに、危ないって言うのか?」
「何があるか分かりませんから。そして、異世界であなたに何かが起こっても、僕には分かりません。ですから、やめてください」
「せっかくこんな力が手に入ったのに…」
渋るように呟いた俺に、古泉はため息を吐き、
「出来ればそれも、なんとかして手放していただきたいくらいです」
と呟いた。
古泉にしてみれば、俺の身を案じてのことだったろうと、後になれば理解も出来た。
だが、その時の俺からすると、ほんの少し前に、自分が一般人でなくなれたことを肯定的に受け入れ、むしろ嬉しいことのように思っていたから余計に、その言い方が棘のように刺さった。
「…放せ」
そう言いながら、突き飛ばすように古泉から離れた俺は、古泉を睨みつけ、
「危ない世界ばかりだとは限らんだろう。俺は、この力を捨てるつもりはないし、他の世界に行くのを止めるつもりもない」
そう言い捨てた瞬間、まるで俺の精神状態に呼応するように鼻がむず痒くなり、くしゃみが出た。
そうして俺はどことも知れぬ世界に跳躍したらしい。
らしい、というのは、本日3度目の跳躍であるのに加えて、酷い精神状態だったからか、目眩がいつになく酷く、俺はどんな場所に着いたのか確認するより早く気を失っていたからだ。
おかげで、気がついた時には見慣れない場所に寝かされていた。
どうやら、医務室らしいのだが、壁の素材もベッドも何やら俺の知る「普通」のそれとは違う気がした。
ここは、どこだ?
戸惑いながら体を起こそうとして、酷い目眩に襲われた。
それこそ、吐きそうなくらい頭がぐらつく。
諦めてもう一度ベッドに横たわったところで、
「目が覚めたんですか」
と声をかけられた。
耳慣れた声は、古泉のそれだ。
だが、一目で俺のよく知る古泉ではないと分かる。
そいつは、鮮やかなグリーンの、少々堅苦しそうな服を着ていた。
もしかして、軍服、なんだろうか。
だとしたらこんな派手な色でいいのかね。
こんな服、どこかに隠れようとしたところですぐに滅多撃ちにされちまいそうだぞ。
薄く目を開けた状態でまじまじとそいつを見つめていると、
「作戦参謀? ちゃんと聞こえてらっしゃいますか?」
「…ああ」
作戦参謀ってのがこの世界の俺の呼称なのか。
いよいよ軍隊であることは間違いないらしい。
危なっかしい匂いのする世界に来ちまったもんだな。
古泉にあんなことを言われて、危なかろうがなんだろうが関係ないと思っていたせいだろうか。
それとも、光陽園のハルヒが言っていたことでも、頭に残ってたのかね。
「全く、」
呆れたような口調で言いながら、古泉は優しい目でこちらを見つめた。
「驚きましたよ。わざわざ僕の部屋の前で倒れていなくったっていいでしょうに、何を企んでらしたんです?」
…という言葉に、何か棘のような毒のようなものを感じて、違和感が走った。
「あなたは健康管理も出来ないんですか? そんなことでは部下に示しがつきませんよ。あなたには勿体無いくらい、優秀な部下がそろっている部署でしょう? あなたのところは」
そう言っているのに、目は優しいままだ。
それどころか、いとおしげにすら見えるのは、俺の目が色ボケのあまりおかしなフィルターを装備しているせいなのか?
「それに、何です? その格好は。居住スペースであっても、ここは軍艦の中なんです。私服は厳禁であることくらい、古参のあなたであれば、新参者の僕なんかに言われるまでもなくお分かりでしょう?」
声にも言葉にも、間違いなく棘がある。
なんというか、普段気に入っていないが堂々と文句をつけるわけにはいかない相手が、珍しく失態をさらしたから、喜んでそこをつついているような雰囲気すらまとっている。
しかし、だ。
古泉の目も表情も、この上なく優しく、愛しげで、本当に俺を心配してるのだと分かるくらいなのだ。
「お前……台詞と顔が合ってねぇぞ…」
思わず呟くと、怪訝な顔をされた。
「…あなた、ここがどこか分かってますか?」
「どこ、って……」
知るわけないだろそんなもん。
焦った俺が何か言い逃れようとしたのを察したのだろうか。
瞬時に厳しい表情を浮かべた古泉によって、俺はあっという間に取り押さえられ、どこからどうやって取り出したのか分からないほどの早業で登場した銃をあごに突きつけられていた。
「痛っ…!」
「あなたは何者です」
「正直に話す。隠し立てするつもりもない。だからとっととその物騒なもんをしまってくれ」
「話す方が先です」
「…俺は、異世界人だ」
「冗談を言う余裕があるようですね」
ぐりっと更に押し当てられる金属の感触が痛いのを通り越して恐怖すら感じさせる。
「冗談なんかじゃない。本当だ!」
疑うなら調べてみればいい。
これが軍艦であるというなら、乗り込んだ人間のデータくらい取っているだろう。
その中に、俺がいるかどうか調べてみろ。
手っ取り早いのは人数を数えることだ。
絶対に、一人増えている。
「密航と言う可能性もあります」
「軍艦がそんなにゆるい警備しかしてねぇのかよ」
苛立ち紛れに呟けば、そいつはくすりと嫌味っぽく笑った。
「でも、そうですね、調べさせてみましょう」
その言葉が本当だと言うように、古泉は器用にも俺を押さえつけ、銃を突きつけたまま、片手で端末らしきものをいじくった。
「その間に、あなたには全部きちんと話してもらいましょうか。異世界人だというなら、どうやってこの世界に現れたのか、どうして我が軍の作戦参謀そっくりなのか、その目的も全て、ね」
拷問でもされるんじゃないかと思ったくらい、凄絶な笑みだった。
「その前に、少しだけ聞かせてくれ」
「そんな条件を提示できるような立場にいるとでも?」
「そういうわけじゃない。ただ、場合によったらお前らも困ることだ」
「…なんです?」
「ハルヒ――涼宮ハルヒは、いるのか? そいつが奇妙な力を持っているってことはあるのか?」
「閣下のことを知ってるのであれば、やはりあなたはスパイでしょうか」
「っ、こっちでもハルヒは変な力を持ってんのか!?」
「変な力?」
古泉は怪訝な顔をした。
「どういう意味でしょうか」
「……違う、のか?」
「涼宮ハルヒ上級大将閣下は、いらっしゃいます。しかし、奇妙な力と呼ばれるような力を持っておられるとは認識していません。彼女の非凡さを以ってそう言うのであれば、それで構いませんが」
「じゃあ…お前も超能力者なんかじゃないんだな?」
「超能力?」
怪訝を通り越して俺の正気を疑うような顔をした古泉に安堵した。
思わず、状況も忘れてほっと息を吐いたくらいだ。
「よかった。それなら俺も全部話せるし、それがハルヒの耳に入っても大丈夫ってことだな」
「どういう意味です?」
「俺のいる世界では、ハルヒはとんでもない力の持ち主なんだよ」
そう言って俺は、ざっくりと説明をしてやった。
ハルヒの力のことも、他の未来人、宇宙人、超能力者のことも。
それから、俺が異世界を渡れる理由も分かっている範囲で話してやった。
一通り話し終えたところで、
「つまり、俺がここに来ちまったのも、お前の部屋の前でぶっ倒れたのも、ただの偶然、事故に過ぎん。いい加減この銃を退けて、お前の手も退けてくれ。あと出来たら飲み物も欲しい。長話で喉が渇いた」
古泉はしばらく沈黙していたが、ややあって、端末がかすかに光ったと思うとそこに目を走らせた。
「……どうやら、本当にあなたは突然この艦内に現れたようですね。確認が取れましたよ。そのあまりにもイレギュラーな現象に、コンピュータが一時的に混乱状態に陥ったとの報告も来ています」
「そりゃ…迷惑かけちまって悪かったな。裏づけが取れたんなら、そろそろ解放してくれ」
いい加減、押さえつけられたままの手足がしびれて痛い。
「しかし、」
古泉は俺の言葉を聞いた風もなく、
「だからと言ってあなたが本当に異世界人であるという話を信じるのは困難です。我々の知りえない技術を用いて、テレポーテーションを行ったのかも知れません。それくらいなら、まだありえる話ですからね」
「じゃあ、俺にどうしろって言うんだ」
眉を寄せて睨み上げれば、古泉は薄く笑って答えた。
「あなたの身柄を拘束させていただきます。それから、涼宮閣下があなたに興味を抱いた様子です」
何?
「お気づきになってなかったんですか? あなたの話は先ほどから全て記録の上、送信させていただきました」
「は…!?」
なんだと?
「特に隠したつもりもなかったんですが。……うちの技術がどの程度のものか、あなたは本当に理解しておられないようだ」
くすりと笑って、古泉は俺を引き起こすと、近くにいた青い軍服の軍人に声をかけると、何かを取らせた。
黒くて丸いボールのようなものが、古泉の手に渡され、すぐに俺の手に押し当てられる。
すると、どういう作用なのか、俺の手だけがそのボールの中に包まれた。
「なっ…!?」
「拘束具です。知りません? とてもポピュラーなものですよ。非常に人道的である、とね。僕にしてみれば、拘束具が人道的だなんて滑稽なことこの上ないと思うんですが、最近は人権団体とやらがうるさいんですよ。跡が残ったり、痛まないだけマシだと思ってください」
そういうことを楽しそうに言うと変態みたいに見えるぞと言ってやりたかったが、自分が圧倒的に不利に置かれている現状ではそんな命知らずな真似が出来るはずもなく、俺は黙ったまま童謡に出てくる子牛のように連れて行かれた。
途中、誰ともすれ違うことなく、どこかへ連れて行かれることを訝しみ、
「ここは人が少ないのか?」
と聞いてみると、古泉は意外にも返事をくれた。
「いえ、ただ単に、あなたを連行する間、通路を封鎖させただけですよ」
「…は?」
「少なくとも見た目だけは作戦参謀にそっくりのあなたを、迂闊に人前で連行なんてしたら、作戦参謀に悪い噂が立ってしまうかもしれないでしょう?」
「なるほど」
……というかこいつ、『もしかして』なんていう仮定表現をつけるのも馬鹿らしくなるくらい、作戦参謀、つまりこっちの俺のことが好きらしいな。
それにしては、さっきの刺々しさを装った態度が気になったが、何か複雑な事情でもあるんだろうか。
そんなことを考えている間も古泉は進んで行き、やがて大きな扉の前で足を止めた。
その前に直立し、告げる。
「涼宮閣下、侵入者を連行して参りました」
「入りなさい」
ハルヒにしては案外硬質な声が返ってきたかと思うと、その扉が音もなく消えた。
驚く俺の目に飛び込んできたのは、赤い軍服を着てふんぞり返る涼宮ハルヒ上級大将閣下と、白い軍服の長門、ピンクの軍服の朝比奈さんの三人だけだった。
らんらんと光るハルヒのまなざしには記憶がある。
楽しいことを見出した時の、どうあっても抑えられない危険信号だ。
思わず一歩下がりそうになったが、古泉に引っ張られ、部屋の中に引きずり込まれる。
瞬時に扉があらわれ、退路をふさがれた。
「あんたが異世界人? ほんとにキョンそっくりじゃない」
楽しげに笑いながらハルヒはこちらに近づいてくる。
「閣下、あまり近づかれるのは危険では…」
「大丈夫よ。訓練を受けた様子も全然ないし、大体、訓練を受けてたってキョンはあたしに勝てやしないのよ?」
楽しげに言ったハルヒは俺の顔を覗き込むと、
「名前は?」
「…ジョンだ」
「ジョン? …つまんない名前ね」
悪かったな。
「あたしの名前を知ってたわね」
「まあ、な」
「それに、有希とみくるちゃんの名前も」
上機嫌で言ったハルヒは、今度は古泉に向かって、
「ねえ、ほんとにキョンじゃないの? みんなであたしを担ごうとしてるとかじゃなくて?」
「本当ですよ」
古泉は小さく苦笑したようだったが、俺にはその笑みが、どこか不機嫌なもののように見えた。
まるで、俺と作戦参謀の区別がつかないことを不快に思うような……というのは、考えすぎだろうか。
「作戦参謀は、予定通り、本日は非番です。今は妹さんと一緒にショッピングゾーンにいらっしゃるようですよ。先ほど緊急招集をかけましたので、すぐにいらっしゃると思います」
「見比べてやらなきゃね!」
そう言ったハルヒは、俺をじろじろと見ていたが、
「見た目は本当にそっくりね。多少、体の鍛え方が違うくらい?」
そりゃ、俺は何もしてないからな。
本職の軍人と比べられても困る。
「それもそうかもね」
そうハルヒが笑ったところで、音声が響いた。
「作戦参謀、ただいま到着しました」
「遅いわよ、キョン!」
ハルヒが言うのに呼応するように、扉が消え、青い軍服が見える。
そいつは部屋の中に足を踏み入れてから顔を上げ、
「ハルヒ、幕僚総長、一体何事です…っ…か…!?」
気だるげに伏せられていた目が見開かれ、こっちを見る。
ハルヒは悪戯が成功した子供のように歓声を上げたが、俺としては苦笑するしかなかった。
「俺…が…もうひとり…?」
ぽかんとする作戦参謀に、俺ではなくハルヒが答える。
「別の世界のあんたですって」
「別の世界…? 一体何がどうなってんだ?」
もう一度説明しなければならんのだろうか、と俺はこっそり嘆息した。