やり過ぎにはご用心



やり過ぎたかなぁ、と思いながらも、あたしは隣りの部屋の様子を伺い続ける。
準備万端整えたから、隣りの部屋には盗聴器だって仕込んであって、わざわざ隣りに潜んでなくったっていいんだけど、何か遭った時のため、って思ったのよね。
ほら、近い方がすぐに踏み込めていいでしょ?
だからって思ったんだけど、こういうのはなんだか決まりが悪いわ。
それに、中の様子だって凄く健全で何も面白くなんかない。
部長にはもうちょっと頑張るように指示しておくべきだったかしら?
うーん、と考え込みながらも、耳を澄ます。
さっきからあまり変化のない会話がノイズ混じりに聞こえてた。
『大丈夫ですか?』
っていうキョンの声と、
『君こそ……』
って、部長の情けない声。
この状況が作られたもんだって分かってるんだから、もうちょっとまともに喋っててもいいと思うんだけど、案外芝居がうまいってことなのかしら?
……それはないわね。
本当に不安になってるみたい。
全く、情けない男なんだから。
一体何がどうなっているのか、くどくど説明するのも面倒だから、簡単に言うわ。
今、隣りの資料室にはキョンとコンピ研の部長が閉じ込められてる。
閉じ込めたのが誰かって言うと当然あたしたちなんだけど。
そうしたのも、キョンと部長がどんなに仲良くなっても古泉くんがろくに妬いたりしないし、キョンだって割と平気そうにしてるからよ。
もっと面白い展開を期待したのに、平気な顔されてたんじゃこっちがバカみたいじゃない。
…まあ、それくらい二人の絆が強いなら……って思わないでもないけど、それ以上に面白くないわ。
見せ付けられるばっかりみたいじゃない。
こじれろとまで言うつもりはないけど、もうちょっと動揺して見せてくれたっていいと思うでしょ?
そんな訳で、二人を資料室に閉じ込めたって訳。
ここの資料室は電波の届きが悪くて、携帯も使えないし、人通りもあんまりないから、閉じ込められた二人は結構途方に暮れてるみたい。
部長には説明してあるんだから、もうちょっと余裕を持ってもいいと思うんだけど、キョンの方がしっかりしてる感じがするのがちょっと問題ね。
『…俺は、信じてますから』
そうキョンは笑ったみたいだった。
『信じてるって…』
『古泉を。……それに、ハルヒや長門も、俺がどこに行ったか分からないってなったら、探して見つけ出してくれるって信じてます』
その言葉にちょっとだけど罪悪感が湧いた。
キョンがあたしたちを信じてくれてるのに、あたしたちってば……。
みくるちゃんもそう思ったのか、
「涼宮さん……」
ってあたしを見つめる。
かすかに潤んだ瞳は、あたしを止めようとしてるみたい。
どうしよう。
迷いながらも盗聴器からの音声を聞いてると、
『まあ、これがハルヒの悪ふざけだって可能性もあるとは思ってるんですけどね』
なんて言葉が聞こえてきて、罪悪感がかき消された。
そのかわりに笑いが込み上げてくる。
「分かってるじゃない」
『だから、本当に困ったことにはならないと思いますよ。…巻き込まれた部長には悪いですけど……』
『ああいや……別に構わないよ』
部長は苦笑した声で、
『なんだかもう随分慣れてきたしね』
『ハルヒに巻き込まれるのに、ですか?』
『そうだね』
『楽しいでしょう?』
ってキョンが聞くと、部長は少し黙り込んだ。
あたしはあたしで、キョンは何を言い出すのかって驚いてた。
そんなもの、楽しいに決まってるじゃない。
『…そうだね、楽しいと思うよ。目まぐるしくて目が回りそうだけど』
『そうですね』
同意しておいて、
『あいつが巻き込むってことはそれだけ気に入ってるってことだと思うんで、よろしくしてやってください』
なんだか知らないけど余計なことを言い出した。
『え?』
「ちょっと何言い出すのあいつ…!」
あたしは驚いてるのに、みくるちゃんは、
「うふふ、キョンくんったら」
って笑ってる。
「ちょっとみくるちゃんっ」
「え? 違うんですか?」
「違うわよ! ただ、あいつはちょっとは使えそうだから、都合がいいから使ってあげてるだけよ」
あんなやつ、とあたしが言ってると、有希が、
「…聞こえないから」
「え、あ……ごめん」
「いい」
慌てて口を閉じて耳を澄ますと、
『それにしても……困ったね。お腹空かないかい?』
『減りましたね。…昼飯もまだだったから……』
『僕もだ。しまったな…』
『昼休みが終ったのに、誰も探しに来ないってのも参りますね。…まあ、俺の場合は日頃が日頃ってことかも知れませんけど』
『そうなのかい? そんなにサボったりするようには見えないけど…』
『遅刻とかはやっちまいそうになりますし、サボることもないわけじゃないですよ。それに、ハルヒが普通にいなくなったりする奴なんで、俺も一緒に見られているというかなんというか……』
キョンったら、聞いてないと思って好き勝手言って…!
信用がないのは自分のせいでしょ。
自業自得よ。
むかむかしてる間に五時間目の終りを告げるチャイムが響いた。
『この休み時間の間に誰か来てくれるといいんですけど……』
って言ってるキョンの声はどこか望み薄だと思ってるみたいな頼りない声だった。
『最悪、放課後になって俺に連絡がつかないってなったら、古泉が探しに来てくれると思うんで、後何時間かの辛抱ですよ』
惚気みたいなことを言ってるけど、結構疲れた声になってる。
そろそろ、古泉くんを動かす頃かしら。
…って思ってたのに、
「来た」
って有希がドアの隙間を指差した。
「え?」
慌ててドアに近づくと、足音が聞こえてくる。
古泉くん…なの?
「…そう」
「よく分かるわね。流石は有希ね」
感心してる間に、有希は気付かれないようにドアを閉めて鍵を掛けてくれたみたい。
古泉くんはこの部屋の前で足を止めたみたいだった。
「この辺りじゃないのかな……」
よく聞き取れなかったけど、そんなことを多分呟いたんだと思う。
それくらい小さな声だったのに、
『古泉!』
ってキョンが反応してびっくりしたわ。
今のが聞こえた訳?
じっと大人しくしてたはずのキョンが、いきなりドアに駆け寄って、大きな音が出るほどドアを叩き始める。
『古泉だよな!?』
「ああ、こんなところにいらしたんですね…!」
ほっとした声を出した古泉くんはドアノブが近くのパイプに紐できつく固定されてて開かないのを見てむっとしたみたいだった。
「酷いいたずらをする人があるものですね」
って不機嫌な声で呟いて、紐を解き始めたみたいだけど、あれは有希がかなり特殊な結び方で複雑に結んであるからそう簡単には解けないはず。
どうするかと思ってたのに、あっけなくドアが開く音がした。
後で見たら、紐をナイフか何かで切ったみたいだったわ。
よっぽど切羽詰ってたってことかしら。
それとも古泉くんのことだから、結び目を見て簡単には解けないって分かったのかもしれないわ。
『大丈夫でしたか?』
『ん、助かった』
そう言ったキョンは多分、古泉くんに抱きつくかどうかしたんだと思うわ。
物音で推測しただけだから、断言は出来ないけど。
『あなたが無事で何よりです』
心底ほっとした声で言った古泉くんだったけど、
『…おや、コンピュータ研究部の部長さんも一緒だったのですか』
って言った声はなんだか冷たかった。
キョンはそれが分かってるのかどうか、
『ああ、部長がここに物を運ばなきゃいけないって言うから手伝って来たら閉じ込められちまったんだ』
なんてのん気な声で言ったけど、
『本当に、最近とても仲がよろしいようですね』
って言う古泉くんの声の刺々しさには流石に気付いたみたいで、
『何が言いたい』
『いいえ、別に…』
『はっきり言えばいいだろ。…まさかと思うが、お前は本気で俺を疑ったりしてたわけか』
『疑うなんて、そんなことはありませんけど、』
『けど、なんだ』
『…心配になるんです、とは、前にも申し上げたでしょう?』
『…っ、それは疑ってるってことだろう!? というかだな、それは俺以上に部長に対して失礼だぞ!』
『あ、あなたがそういうことを言うから、僕は……』
『いい加減にしろ! このどアホ!』
そう言ったキョンが部屋から飛び出して行く足音が響きわたった。

……流石にやりすぎたかしら…?