その日、キョンは盛大に遅刻して来た。 そのくせ、物凄く幸せそうな顔して、マメに携帯でメールを打ってたりするから、見た目としては不気味なくらいだった。 それこそ、谷口なんかまで遠巻きにしてたくらい、今日のキョンは変だった。 それがどういうことなのか、分からないあたしじゃない。 あたしは呆れて、 「やっと出来たわけ」 「っ!?」 真っ赤になって飛び上がったキョンが、あたしを見た。 口をパクパクさせてるのもあって、金魚そっくり。 ……可愛い、なんて、キョンからこんな表情を引き出した古泉くんを賞賛するみたいで悔しいから、口が裂けても言えないけど。 「何で分かるのかって? 分かるに決まってんでしょ。そんな、浮かれきった顔見たら、誰だって分かるわよ」 先回りして答えてやったら、今度こそ顔から湯気でも出しそうに赤くなって、キョンはへたり込んだ。 恥かしい、とでも思ってんのかしら。 「別に、いいんじゃないの? 付き合ってんだし」 「そういう問題じゃない…」 って反論する声にも力がない。 ううん、ちょっと違うわね。 力がないとか抜けてるって言うより、なんか、 「盛大に色っぽい声で文句言わないでよ」 「んなっ!?」 「そんな声出されたら、あたしが古泉くんに妬かれそうでしょ」 からかい半分、でも残り半分は本気で言ったら、キョンは赤い顔であたしを見つめて、 「一樹はそれくらいじゃ…っ」 「一樹?」 ………あのね、 「な…んだよ」 「本当に知られたくないんだったら、そういうのやめなさいよ」 「そういうの?」 きょとんとした顔してるってことは……、 「まさか、無自覚なの?」 「は? 何が言いたいんだお前は」 いつもの調子を取り戻しかけてたキョンには悪いけど、はっきり言ってやる。 「いきなり名前で呼び始めたりしたら、何があったか一目瞭然だって言ってんのよ」 「…っ…!」 今度こそ、声にならない悲鳴みたいなものを上げたキョンは、熟れたリンゴよりも真っ赤になった。 ピンク系じゃなくて赤系のトマトレベルね。 「今、俺……」 「はっきり一樹って呼んでたわよ」 「……」 キョン、撃沈。 「別に、古泉くんと付き合ってるのなんて周知の事実で、噂になったって今更なんだから、隠さなくてもいいんじゃないの?」 って言ってやったのに、慰めにもならないみたい。 真っ赤になったまま口の中でなんかもごもご言ってるけど聞こえない。 ううん、聞こえないってことにしておくわ。 のろけ染みた独り言なんて、聞くだけで耳が汚れそうだし。 ああ、いっそのこと、放課後までに準備して、お赤飯でも炊いてやった方がいいかしら。 「三日夜の餅とかは?」 「国木田」 にこにこ笑ってる顔はいつも通りだけど、「三日夜の餅」なんて言葉が出てくるってことは、状況を察してるってわけね。 ちなみに、「三日夜の餅」ってのは、平安時代に貴族が結婚する時、床入の後に出された餅のことで、花婿は噛まずに三つ食べきらなきゃいけないって決まってるらしい。 この前古文で話してたから、国木田も覚えてたみたいね。 「古泉くんなら平気な顔で食べそうな気もするから、」 「あんまり面白くないか」 それじゃあ、って考えてやってるのに、キョンは真っ赤な顔のまま、 「お前ら、何考えてんだ…」 って引き攣った顔で言う。 失礼な奴ね。 「祝福してやろうって言ってんだからいいじゃない」 「そうだよキョン。それとも、邪魔してほしいの?」 「そ、りゃ、邪魔されたいわけじゃないが…」 またしても、もごもごと口ごもるキョンに、あたしは国木田と声を揃えて、 「だったらいいじゃない」 何か文句あるの? 「文句じゃなくて、あれじゃない?」 国木田がしたり顔で言うもんだから、ついついあたしも引き込まれて、 「あれってなによ」 「もっと別のやり方がいいとか」 笑顔で言った国木田に、あたしでさえちょっと引っ掛かったってのに、キョンったら何も感じなかったみたいで、 「そうだな、他のやり方ならまだ…」 「もっと盛大にお祝いしてほしいってことだよね」 「……っ、んなわけあるか!」 思い切り怒鳴ったキョンにも構わないで、 「涼宮さんはどう思う? そういうお祝いならやっぱり、結婚式並に張り込むべきかな?」 「そこまでしなくてもいいとは思うわよ」 視界のすみっこでキョンがこくこくと盛大に頷くのを感じながら、あたしはあえて言ってやる。 「結婚式はいずれちゃんとすると思うから」 「なぁ!?」 奇声を上げるキョンにあたしはにやにやしながら、 「当然でしょ? 違うと思うなら、古泉くんに聞いてみなさいよ。今更何を言うのかって笑われるに決まってるわ。あたしの見立てじゃ、結婚式どころか、向こう五十年やそこらの人生プランは出来上がってるわね」 「結婚式…って……」 かぁっと頬を染めるキョンは、恥じらうような表情もあって凄く可愛かった。 昔、あたしがキョンを好きだった頃は、キョンを可愛いなんて思わなかった。 キョンはあたしから見ても見所があって、時々だけど、かっこよくもあったけど、可愛いところなんて見られなかったから。 キョンが可愛くなったのも、古泉くんの功績ね。 羨ましいけど、でも同時に感心するわ。 あの恋愛音痴から、こんな感情を引き出せたなんて。 このところ、キョンはどんどん可愛く、綺麗になっていく。 古泉くんがいるからこその変化だってことは言うまでもない。 あたしはキョンに聞く。 くだらない質問だって分かってるけど、キョンの口から聞きたくて、 「ねえ、キョン」 「今度はなんだ」 怪訝な顔をするキョンに構わず、 「古泉くんのこと、好き?」 「……今更なんなんだ?」 「今更でもなんでもいいでしょ。あんたの口から聞きたいの。それに、シたんなら印象とか違うかも知れないじゃない」 「ありえんことを言うな」 キョンはからかうってわけじゃなくて、大まじめに言った。 「好きに決まってんだろ」 ほんのり顔を赤らめて、小さな声で恥じらうように言ったキョンは本当に可愛い。 あーあ。 「古泉くんが羨ましいわ」 「なんでだよ」 「あんたが可愛いからよ」 正直に、しかも笑顔の大サービスまでつけたげたってのに、キョンは思い切り嫌な顔をした。 「からかうな」 本気なのにね。 「知らぬは本人ばかりなり、ってことかしら?」 呟いたあたしに、国木田が笑って同意を寄越した。 「そうみたいだね」 「ほんとに、鈍いのは相変わらずなんだから」 呆れるあたしに、国木田はちょっと言いづらそうな顔をしながら言った。 「涼宮さんは、それでいいの?」 ……え? 「どういう意味よ」 「ううん、余計なことだから気にしなくていいよ。でも……うん、もし、涼宮さんがそうしたいなら、派手な『お祝い』をしてもいいかなって」 お祝いって言葉が額面通りには受け取れなくて、あたしは薄く笑った。 「あんたもそうだったわけ?」 キョンのことが好きだったのかって聞く代わりにそう言ったら、国木田はあたしと似たり寄ったりの笑みを浮かべて、 「どうだろうね。ご想像にお任せするよ」 だって。 案外食えない奴ね。 まあいいわ。 「あたしの大事な団員たちだもの。盛大に祝ってやるわ。あんたも手伝いなさい」 「お手柔らかにしてもらいたいな」 キョンは訳が分かってない顔であたしたちを見てたけど、とうとう理解しようとすることを放棄したみたい。 「……なんでもいいが、一樹を酷い目に合わせたりするなよ」 その一言があたしたちのやる気に火をつけた。 |