隠し事無用!



古泉くんに発破をかけはしたものの、本当に理解したのか不安なまま、あたしは一夜を過ごした。
一体どうなったのか聞きたい気持ちを抑えて、電話もメールもしないでおいたのは、それが万が一にも、邪魔になったら悪いと思ったからに決まってる。
それもこれも、ちょっとやそっとの邪魔でもくじけそうなくらい、古泉くんがヘタレなのが悪いんだわ。
苛立ってるのか、それともうずうずしてるのか分からないまま、あたしはキョンが来るのを待った。
いつも以上に、遅刻すれすれの時間に滑り込んできたキョンは、昨日ほど酷い顔はしてなかった。
昨日はそれこそ、ぐずぐずぐだぐだ悩んでますって顔だったくせに、今日はなんだかにまにましてて、お花畑っぷりに拍車がかかってる。
でも、……なんとなくだけど、ヤッた、って感じじゃないのよね。
どういうこと?
首をひねりながら、あたしはキョンに聞く。
「結局、昨日はどうなったの?」
「お前、挨拶くらい……」
「どうなったのって聞いてんだから答えなさいよ!」
って怒鳴ってやれば、
「どうって……」
かぁっと赤くなるキョンは可愛いけど、それで誤魔化されるあたしじゃない。
「Bくらいまでいけた?」
身を乗り出して聞いたら、キョンは更に赤くなって、
「なっ…!?」
と声を上げて絶句した。
あー、これは多分違うわ。
全く、あのヘタレ男!
あれだけ言ったのに何もしなかったわけ!?
今度こそ、キョンを取り上げてやろうかしら。
憤るあたしに、キョンは真っ赤っ赤の顔のまんまで、
「と、とりあえず、お前が言ってた通り、不安がるだけ無駄だってことは、…よく、分かった」
「…まあ、それが分かったんならいいけど、なんでそう分かったわけ? 昨日のあんたの様子からして、ただ説得されたんじゃ?そうはならないでしょ? やっぱり、なんかあった?」
「っ、い、言えるか…っ!」
「言いなさい」
ぎろっとキョンを睨んでやると、流石のキョンも怯んだみたいで、目をそらした。
「昨日、あれからどうしたのよ」
「……あの、後…、古泉の、部屋に、行って……」
「古泉くんの部屋に?」
なんだ、それくらいのことはあんたも出来たんじゃない。
で、どの作戦で行ったわけ?
ストレートに言ったの?
それとも押し倒した?
「っ、んなこと、出来るわけないだろ!」
ゆでだこより赤いキョンに、あたしはため息を吐き、
「じゃあ何よ」
「…その……古泉の、ベッドで、寝ちまって…」
「あんたにしては頑張ったわね」
「あ、いや、そういうんじゃ、なくって…ただ、普通に転寝しちまっただけで」
「ボケ」
「ほっとけ」
「で? それでなんで分かったのよ」
「うー……古泉がー……」
「古泉くんが?」
「……れで、……いて…」
「聞こえないわよ。もっと大きな声ではっきり言いなさい」
「いっ、言えるか…!」
そう言ったキョンは、恥ずかしくて赤くなってるのか照れくさくて赤くなってるのか分からないくらい、でろでろな顔になってた。
嬉しくて堪らないみたいな、そんな顔ね。
あの鈍感で恋愛なんて縁がないと思い込んでたキョンが、って思うと感慨深くもなるし、面白いとも思うけど、やっぱりちょっと妬ましいわ。
勿論、古泉くんが。
それだけに、ヘタレ過ぎて動かない古泉くんを見てると突き飛ばしてやりたくなるのよね。
突き飛ばすのも、キョンの方に向けて、なんだからあたしもお人好しだわ。
「どうしてもってんなら、古泉にでも聞けばいいだろ…!」
それっきり黙りこんで、脅してもすかしても答えないキョンに、あたしは業腹だけど、キョンの言う通りにすることにした。

キョンが普通のサイズのお弁当を持ってきているのを確かめたあたしは、大急ぎで学食に向かったわ。
でもそれは、食べ損ねないためとか、いい席を取るためじゃなくって、古泉くんを見つけるため。
こういう風に人が多いところで古泉くんを探すのは、古泉くんのちょっと目立つ風貌のおかげで結構楽で、古泉くんはすぐに見つかった。
キョンとは違うけど、こっちはこっちでなんだか複雑な顔をしてた。
本当にかすかにだけど、ニヤニヤしてたかと思うと、急に落ち込んだり、ぼうっと自分の右手を見たりと忙しい。
まだ手もつけてない定食がどんどん冷めていってる。
「古泉くん、何やってんの?」
いつも鋭い古泉くんにしては珍しく、あたしがそうやって声をかけるまで、あたしが来たことにすら気がついてなかったみたい。
「っ、あ、す、涼宮さん……こ、こんにちは」
「思いっきり挙動不審ね。まあ、それはキョンも同じなんだけど」
「すみません」
苦笑する古泉くんの向かいに腰を下ろしながら、あたしは聞く。
「昨日、キョンと会ったんでしょ?」
「え、ええ…」
ぼっと赤くなる古泉くんは、キョンに負けないくらい可愛い。
でも、何に照れてんの?
あたしがあれだけお節介焼いてあげたのに。
それなのに、その通りにしなかったくせに。
「で、何があったのよ?」
「え……」
「言っておくけど、SOS団員であること以上に、あんたたちはこれまでだってあれこれあたしたちに苦労かけてるんだから、交際の進捗状況を報告する義務があるの。何一つ隠さず、正直に言っちゃいなさい」
「とは、言われましても……ええと、ここでは人目もありますし、食事中にするような話でも…ないので……」
「……そうね」
人に聞かせるのは面白くないわ。
でも、食事中にするような話じゃないなんて、もったいぶるじゃない。
どうせ大したことも出来てないくせに。
「じゃあ、さっさと食べちゃって。食べ終わったら部室に行きましょう」
「…分かりました」
諦めたように返事をした古泉くんは、キョンよりは物分りがいいみたいだけど、キョンより分かりやすい説明をちゃんとしてくれるかって点については、ちょっと不安になった。
ともあれ、あたしたちは大急ぎで昼食を食べ、そのまま部室に行った。
今日は有希もいないみたいで、あたしたち二人だけが部室にいることになる。
「ここならいいでしょ。ちゃんと話しなさい」
「……涼宮さんに報告したことを彼に知られたら、軽蔑されそうで怖いんですが」
と渋る古泉くんに、
「いいのよ。あいつが、知りたかったら古泉くんに聞けって言ったんだから」
と言うと、古泉くんは驚いたように目を見開いた。
「そうなんですか?」
「あいつの説明が要領を得ないのも悪いわ。おかげで何がなんだかさっぱり分からないんだから。あーハラ立つ」
むかむかしながらあたしは団長席の前に古泉くんのパイプ椅子を持ってこさせて座らせ、自分は当然団長席に座った。
そうして、取調べを始める。
「キョンから聞いて分かったのは、キョンが放課後、古泉くんの部屋に行って、あまつさえベッドで寝ちゃった後、古泉くんが何かしたらしいってことだけなんだけど、一体何したの?」
「っ…」
またかああっと赤くなる古泉くんは、答えを探すようにきょろきょろしてた。
けど、あたしがイライラして机を叩き始めた辺りで、身を縮ませ、
「あの……本当に、お恥ずかしい話で、軽蔑されて当然の話なので…他の方には言わないでいただきたいんですが…」
「いいわよ。内緒にしてあげる」
言いふらしたって楽しくないでしょうし。
あたしが請け負ったことで、古泉くんは安心したらしい。
「お願いします」
と頭を下げて、話し始めた。
「昨日、お電話をいただいた後、家に帰ったのですが、そうしたら、彼が僕のベッドで眠ってまして……僕は、そ、れで…」
その辺はキョンから聞いてた通りね。
それで?
その後どうしたの?
あたしはそこが聞きたいのよ。
キョンのせいで、うずうずしたまま大分待たされたから、さっさと白状しなさい。
「――っ、彼の、寝顔を見ていたら、我慢出来なくなって、その、あの…えーと、ぅう……あぅう…」
「落ち着きなさい、古泉くん。みくるちゃんみたいになってるわよ」
「うぅ、すみません…」
深呼吸をした古泉くんがうつむいたけど、あたしには、ここで追求の手を緩めるなんてもったいないことは出来ない。
「我慢出来なくなって何をしたの? 押し倒した?」
「ちちち、違いますよ…!」
真っ赤な顔で否定した古泉くんだったけど、じゃあ何したのよ。
「…その……ひ、ひとりで、ですね……」
――あ、分かったわ。
「……古泉くん、言っていい?」
あたしはため息混じりにそう言った。
「はっ、はい、なんでしょうか…」
びくびくとあたしを見ている古泉くんのあまりの情けなさに、あたしは思わず立ち上がり、それだけじゃ足りなくて机の上に飛び乗って怒鳴りつけた。
「そこは寝込みを襲わなきゃだめよ! チャンスは逃しちゃいけないの!!」
「すっ、すみません…!」
「ほんっと、ヘタレなんだから!」
むかむかしながら腕組みしたあたしは、古泉くんを見下ろしつつ、一応の納得はしていた。
それなら、キョンのあの反応も発言も分からないでもない。
キョンが馬鹿な不安を持たなくてよくなったのは、いいことだって思う。
でも、よ。
「それでも男なの!?」
と怒鳴らずにはいられなかった。
その後、もう少し尋問を続けて、あたしはキョンがしたことも知った。
キョンの意外な大胆さには驚かされたけど、それ以上に、古泉くんの情けなさに涙が出そうになった。
「古泉くん、あなたが奥手なのは分かったわ。案外純粋だってこともよく知ってる。でもね、これだけは覚えておきなさい」
「はい…?」
「そこは押し倒すところよ!! 逃げてどーすんの!?」

全くもう、ほんとに救いようのないヘタレなんだから!