昼休みになったので、僕は昼食をとるために食堂に向かおうとしていた。 その前に、と休み時間の習慣で、携帯に来ているメールをチェックする。 と言っても、閉鎖空間が発生していない以上、大したメールは来ていないはずだけれど。 そう思いながら着信メールを確認した僕は、思わず一瞬動きを止めた。 彼からメールが来ている。 珍しいと言わざるをえない。 というのは、彼が毎日のように顔を合わせるんだからとメールや電話は控えるように言っているからだ。 経済的じゃないから、というのが彼が口にした理由だけど、それは多分ただの口実に過ぎないんだろう。 本当のところはおそらく、メールや電話をするようになったら、気になって仕方なくなるというところじゃないだろうか。 僕がおそらくそうなってしまうだろうから、控えていて正解だと思う。 それなのに、彼からメール。 何かあったんだろうかと訝しみつつ開くと、 『昇降口で待ってる』 とだけ書いてあった。 どうして昇降口で待ち合わせなんだろう。 訝しみつつ、彼の呼び出しだからと僕は大人しく昇降口に向かった。 並んだ靴箱の手前で待っていた彼は、僕を見るとほっとしたように微笑んだ。 それから、わざとらしく眉を寄せて、 「遅い」 なんて言う。 「すみません。…それで、どうしたんですか? カバンまで持って…」 何かあって早退するとかだろうか、と不審がる僕に、彼は柔らかく笑って、 「そういうんじゃない。いいからちょっとついて来い」 と言って歩きだす。 「待ってください」 と彼を追い、僕たちは外靴に履き替えて、揃って校舎を出た。 そのまま、ゆっくり歩いて食堂の方角に歩いていく。 彼は何か隠し事でもあるのか口数も少なめで、カバンをいやに慎重に運んでいた。 あの中に何が入っているんだろう。 予想もつかないのは、僕同様、彼の交友関係が宇宙人や未来人他多岐に渡っているからだ。 とんでもないものが飛び出さなければいいんだけど、と思っているうちに、 「着いたぞ」 と言われた。 そこは食堂のすぐ近くの、テラスと言うのは流石にはばかった方がいいような屋外スペースだった。 大きめの丸テーブルに四つの椅子がセットになったそこは、彼と何度か利用した覚えのある場所だ。 昼休みに来るのは初めてだけれど、この時間帯なら込み合ってるはずじゃないのだろうか。 そう思っていたら、テーブルの上に小さな旗が立っているのに気がついた。 小さいけれど、どう見てもSOS団の旗だ。 涼宮さんの手作りのものに見える。 「ハルヒが席を取っといてくれたんだよ」 僕がじっとそれを見ているのに気がついてだろう、彼がそう言ったけれど、それではちゃんとした説明にはならない。 カバンを慎重にテーブルの上へと置いた彼に、 「あの…一体今日は何なんですか?」 と聞くと、彼はじっと僕を見つめた後、深いため息を吐いた。 「まだ分からんのか?」 「はぁ…すみません」 もうひとつため息を吐いた彼が、カバンを開ける。 中から取り出されたのは、大きめのお弁当箱だった。 もしかして、期待していいんだろうか。 「期待も何もあるか。明々白々だろうが。それとも何か? お前は俺がわざわざお前を呼び出した上で自分ひとりだけ弁当をかっ食らうようなやつだとでも思ってるのか?」 「いえ、そんなことはありませんけど……でも、あの、本当に…?」 「…お前のために作って来てやったんだ。感謝して食えよ」 言いながら彼は僕と向かい合わせになるように座った。 照れ臭そうにそっぽを向きながら。 そんな反応も表情も、可愛いと思う。 「ありがとうございます」 そう言って座り直した僕に、彼は照れ隠しでもしたいのか、 「言っとくが、味には期待するなよ。弁当なんか滅多に作らないんだからな」 と言ったけれど、滅多に作らないものを僕と一緒に食べるためだけに作って来てくれたかと思うと嬉しくてならない。 「ありがとうございます。そうして作ってきてくださるだけでも嬉しいですし、あなたが愛情を込めて作ってくださったんでしょう? それならきっと美味しいですよ」 「あ、愛情なんて…」 「込めてくださってませんか?」 僕が聞くと、彼は恥かしそうに小さな声で、 「……っ、込めた、けど…」 「でしたら、このお弁当が僕にとって何よりのご馳走ですよ」 心の底からそう思ったから正直に口にしたのに、 「臭い台詞を恥ずかしげもなく口にするな、このばか!」 と怒られてしまった。 怒らせるつもりじゃなかったんですけどね。 苦笑しながら手を伸ばし、弁当の包みを解く。 現れたのは重箱サイズの弁当で、二人分一緒に詰め込んであるらしい。 ふたを開けると、意外としっかりした内容で驚かされた。 青菜やゆかりを混ぜた色とりどりのおにぎりに、いり玉子、きちんと切れ目を入れて焼いてくれたらしいウィンナー、それから青菜の胡麻和え。 手が込みすぎている訳ではないけれど、手抜きでもない。 ほどほどの手間が嬉しい。 「とてもおいしそうです」 「いり玉子は巻こうとして失敗しただけだけどな」 「そうなんですか? でも、十分だと思いますよ」 そう言って僕は手を合わせ、 「いただきます」 と心から述べ、箸を伸ばす。 彼はまだ心配そうに僕を見つめているようだけれど、あえて気にしてない風を装って、僕は彼が失敗したと言ったいり玉子を口に運んだ。 ふわりとしていて美味しい。 これで失敗なんて、彼はそんなに完璧を求めるタイプだっただろうか。 あるいはそれが、僕に食べさせるからと意気込んだためなら、嬉しくてならない。 「美味しいです」 「本当か?」 「ええ、本当に美味しいですよ。あなたも食べてください」 そう言って抓み上げたいり玉子を彼の口元に運ぶと、一瞬の躊躇いの後、彼が口を開く。 薄桃色の唇と玉子の黄色の対比が綺麗だな、なんて思ったのを食事中だからとなんとか押しとどめる。 「…ん、ちゃんと出来てたな」 ほっとしたように笑う彼に僕も笑みを浮かべつつ、おにぎりへ手を伸ばす。 「本当は作ってくる前に聞くべくだったんだろうが、嫌いなものとか、なかったか?」 「基本的になんでも食べれますよ。それに、あなたが作ってくださるんです。たとえ苦手なものであっても美味しく食べられると思いますね」 「ばか」 そう言いながらも彼は笑顔のままだ。 はにかむように笑いながら、それを隠すようにおにぎりにかぶりつく。 「あなたがお弁当を作ってきてくださるなんて思いませんでした。何かあったんですか?」 僕が聞いてみると、彼は恥ずかしそうにしながら、 「…お袋が入れ知恵してくれて、な」 「…そうなんですか?」 驚いた。 てっきり涼宮さんか朝比奈さん辺りが言いそうだと思ったのに。 「そこまで応援してくださってるんですね」 嬉しいけれどくすぐったい。 「お、お前はまだいいだろ。面と向かってお袋に、お前との仲はどうなってるのかとか聞かれてみろ。こっちは居た堪れないなんてもんじゃないんだからな」 顔を赤らめながら言う彼も可愛い。 悪いとも思ってないくせに、形だけお詫びの言葉を口にした僕は、 「ねえ、僕が作ってきたら、食べてくださいますか?」 「って…お前、弁当なんて作れるのか? いや、そもそも料理するのか?」 本気で驚いた様子で言った彼に僕は苦笑して、 「酷いですね。確かに学食のお世話になってますが、料理くらい出来ますよ。本を見ながらなら、ですけど」 「なのにいつも学食ってのは金が掛かるんじゃないのか?」 「経費で落ちますし…それに、料理をするのは少しばかり危ないんです。でも、この頃は涼宮さんの精神状態も非常に安定していますから、お弁当くらいなら作れるんじゃないかと思いまして」 「ハルヒがなんで関係……あ…」 言いかけて、途中で気がついたらしい彼が、その顔を衝撃に染める。 「そこまで深刻に考えてくださらなくていいですよ。…単純に、料理中に呼ばれると途中で放り出さざるをえなくて、失敗してしまうことがあると言うだけのことですから」 それでも悲しげに視線を伏せる彼は、本当に涼宮さんのことを好きなんだなと思う。 友人として、なんだろうけれど、それでも少し妬けてくる。 でも、彼にそんな悲しい顔をさせていたくなくて、 「そんな顔をしないでください」 「でも…お前も、大変なんだろ…」 「それは否定しませんが、だからと言って涼宮さんを恨んだりはしていませんよ。少々の不自由なんて気にならないほどの幸せをいただいてますから」 「…本当、か?」 「ええ。SOS団に加えていただいたこと、SOS団での活動はもちろんのこと、あなたに出会え、あなたとの恋を応援していただいていることも、僕にとってとても幸せなことであり、それは涼宮さんがいなければ絶対にあり得なかったでしょうから」 「恥かしいこと言うな」 と毒づいた彼に僕は柔らかく目を細めながら尋ねる。 「もし、途中で呼ばれて、失敗してしまったようなお弁当になってしまっても、あなたは食べてくださいますか?」 「当たり前だろ。絶対、食わせろよ。他の誰かに食わせたりしたら容赦せんぞ」 「分かりました」 そう笑うと彼も微笑む。 その笑顔も可愛くて愛おしくて、抱きしめたいと思っていたら、 「…このテーブルは失敗だったな」 ぽつりと彼が呟いたので僕は驚かされた。 「どうしてです?」 「…だって、抱きつきたいと思っても抱きつけないだろ」 恥かしそうに真っ赤になって、でもそんなことを言う彼に、僕は笑みを深める。 「僕も、そう思っていましたよ。……食べ終わったら、どこか二人になれるところに行きましょうか」 「…そうだな」 笑って頷きあいながら、でも、せっかく彼が作ってくれた弁当を慌てて食べてしまうのも惜しくて、僕たちはゆっくりとそれを平らげた。 それから、こっそりと忍び込んだ屋上で、時間いっぱい一緒に過ごした。 抱きしめあって、少しだけキスをして。 こんな幸せを僕にくれた涼宮さんに心の底から感謝した。 |