キョンくんと古泉くんが付き合い始めてよかったって、あたしは思ってます。 勿論、心の底からそう思ってます。 でも、…ちょっと、自重して欲しいかなぁ、なんて、思う時もあるんです。 キョンくんが見てて恥かしくなっちゃうくらい嬉しそうな顔とか、い、色っぽい? 顔なんてしてるのを見せられるくらいだったらまだいいんです。 古泉くんと二人、 「明日の放課後はどうする?」 「そうですね…。買い物でもします?」 「いや、別に買うものもないだろ?」 「それでも、一緒に歩くだけでも楽しいじゃないですか」 「それはそうだが……」 「どうせまた、あなたの御宅にお邪魔させていただくことになるんでしょうし。途中でお菓子でも買っていきましょうか」 「気を遣わなくていいんだぞ?」 「気を遣ってるわけじゃありませんよ。お菓子を持っていくと妹さんも喜んでくださいますし、あなたがどんなものがお好きなのかとか聞きながら、一緒に選ぶのも、とても楽しいんです」 「…そうかい」 なんて照れ臭そうに話してるのも、まだいいです。 付き合い出したばっかりですもんね。 らぶらぶでいちゃいちゃな時期ですもんね。 でも、でもね? 静かになったなって思ったら机越しに手をぎゅっと絡ませてたり、引き寄せた手に口付けてたりするのはちょっとって…思うんです。 あたしは見てなかったけど、キスしてた時もあったみたいで、それで怒った涼宮さんが、二人に二日に一度、週三回だけの出席しか認めないって言ってたのが更に少なくなるところだったんです。 二人が来たいって言って、涼宮さんを説得したから、そうはならなかったんですけど、もしそうなってたら多分、週に一回とかになってたんだろうなってくらい、涼宮さんは怒ってました。 でも、そんなことがあってもやっぱり二人の仲のよさは止まらなくって、あたしたちの方が身の置き所がなくなっちゃいそうだなって思ってたんです。 そんなある日、涼宮さんが部室にやってきて言いました。 「古泉くん、ちょっと」 キョンくんはまだ来てなかったからでしょうか。 古泉くんだけが涼宮さんに呼ばれて、団長席の前に立ちました。 「なんでしょうか」 不思議そうにしている古泉くんの目の前に、涼宮さんはあるものを突きつけました。 「今日から部室にいる間は、特にキョンがいる時はそれつけてなさい」 「これは……マスク、ですか?」 どう見てもそれはマスクです。 白くて四角いマスク。 でも、市販のマスクとちょっと違うのは、四角い布に大きくばってんを描くように、赤いビニールテープが貼られてることでした。 「それつけてたら、流石にいちゃいちゃ出来ないでしょ」 面白がってるって言うよりも呆れてるみたいな様子で涼宮さんは言いました。 古泉くんも苦笑して、 「そうですね。…すみません」 涼宮さんはげんなりため息を吐いて、 「いいのよ。あれだけ応援したんだし、あたしとしては見たかったものが見れて大満足なんだから。…でも、だからってあんまり調子に乗らないでよ?」 「肝に銘じておきましょう」 くすくすと楽しそうに笑った古泉くんは、躊躇いもしないでそのマスクをつけました。 その時ちょうどよくドアが開いて、 「よう」 とキョンくんが顔を出したので、みんながキョンくんを振り返りました。 でもやっぱり、キョンくんは古泉くんに目が行ったみたい。 大きく目を見開いて古泉くんを見たかと思うと、そのまま視線を古泉くんに合わせたまま、とととっと近づいて、 「…古泉、お前それ、なんなんだ? 大言壮語が過ぎてとうとうハルヒにウザがられたとかか?」 なんて聞くから、古泉くんじゃなくて涼宮さんが、 「失礼ね。あたしが古泉くんのことをウザいなんて思うわけないじゃない!」 って言ってます。 …口には出してないけど多分、 「ウザいのはあんたらが二人一緒のときだけよ!」 ……ってことくらいは思ってるんだろうなぁ。 「じゃあ何のマスクなんだ?」 「あんた達のいちゃつき防止マスクよ」 「……あー……なるほど」 そう言いながら、キョンくんはじっと古泉くんを見つめました。 特にマスクのあたり…ううん、マスクの下にある唇を透視しようとするみたいに、じぃっと。 それから指を伸ばしてマスクに触って、つっと何かをなぞるような動きをしました。 多分、唇をなぞってるんだろうなぁ。 その動きや目つきが、なんだかいつも以上に恥かしい、って言うんでしょうか。 見ててられないような気持ちになっちゃうような動きで。 「キョン、あんたそれ以上したら今度こそ古泉くんと2m以上間隔を開けるようにいうけど、それでいい?」 思わず涼宮さんがそう言っちゃうくらいでした。 「それは困るな」 そう笑ったキョンくんが手を離すと、古泉くんも苦笑したみたいでした。 口元が隠れてるのにそうだって分かるのは、やっぱり見慣れてるから、かな。 ばってんのついたマスクに、困ったみたいに下がってる眉毛。 じっと見てるとなんだか、 「…可愛いです」 あたしがつい、そう呟くと、古泉くんがびっくりしたみたいでした。 キョンくんも、 「朝比奈さん?」 って驚いたみたいにあたしを見てる。 あたしはくすくす笑って、 「だって、可愛いです。そんなマスクも似合っちゃうんですね、古泉くんって。なんだか不思議」 「ええと…これは褒められてるんでしょうか?」 複雑な顔をしてる古泉くんに、あたしは正直に、 「褒めてますよ?」 と言ったのに、古泉くんはどこかぎこちなく笑っただけでした。 本当に、可愛いのに。 「…まあ、似合ってはいるな」 キョンくんが悪戯っぽく笑って言うと、古泉くんは更に眉を寄せて、 「あなたが言うと更に信憑性がなくなりますね」 「なんだと? …失礼なやつだな」 「だって、そうでしょう? 一時、僕をからかってばかりいたのは誰です?」 「じゃあ、からかわれて喜んでたのは誰だよ」 「喜んでなんかいませんよ」 「嘘吐け」 にやにや笑うキョンくんも、なんだか新鮮な気がします。 もちろん、古泉くんをからかってた頃だって、こんな意地悪な顔してたけど、でも、あの時よりずっと楽しそうで、信じてるんだなって分かる顔。 見てると楽しくなっちゃいそうだけど、見てちゃいけないような、そんな気分にもなる。 「もう、知りません」 ぷいっとキョンくんから顔を背けた古泉くんもなんだか可愛い。 マスクのせいでよく分からないけど、顔も赤くなってるんじゃないかな。 そう思ってたらキョンくんが、 「赤くなってるだろ」 「…っ、なってません」 「…可愛い」 そう言って、キョンくんは笑いました。 その笑顔はとても眩しくて、綺麗で、なんだかドキドキしてくるような笑顔です。 「可愛くなんかありませんよ」 「可愛いって。ほら、目の辺りまで赤くなってきた」 「い、言わないでください…っ」 「よしよし」 自分で意地悪なことを言っておいて、慰めるようにキョンくんは古泉くんの頭を撫でる。 とても愛おしそうに、優しく。 あたしたちがいるのに、完全に二人の世界って感じです。 そんなだったから、 「――っ、やっぱりあんたら帰れ――!!」 って涼宮さんに追い出されたのも仕方なかったと思います。 それがいいのか嫌なのかは、二人にしか分からないことだろうと思うけどあたしとしては、帰ってくれてほっとしました。 …恥かしかったぁ……。 |