何も出来ないまま週末を迎えちゃっただけじゃなく、週明け二日目を迎えたってのは、本当に不覚だと思ってたわ。 結果としてはよかったみたいだったけど。 ただ、あたしだってじっとしてたわけじゃないのよ? なんとか協力してくれそうな子を探してあちこち駆けずり回ってたんだから。 全く、SOS団の活動時間どころか、あたしの自由時間まで犠牲にさせるなんて、本当に世話の焼ける奴等よね。 それでも、頼む内容が内容なだけに、うまく頼むことも出来ずにいたあたしが、それでよかったのかも、って思うにはそれだけの理由があったわ。 火曜日の朝、まるでそれが三連休の後だったみたいに、ぬぼーっとした顔を出したキョンは、見るからに様子がおかしかった。 何時だったかみたいに寝不足の顔には、前以上に思い詰めた気配があって、一瞬、素で心配しちゃってた。 「キョン、何かあったの?」 「…んー……まあ、色々と、な」 そう言って深いため息。 昨日はあたしが忙しいからって活動をお休みさせたんだけど、それじゃまずかったのかしら。 せっかくの週明けに古泉くんと顔を合わせられなくて凹んでるとか? だとしたら、ある意味作戦成功ではあるんだけど、それだけには見えなかった。 でも、キョンが素直に口に出すとも思えなくて、 「話したくないなら、別にいいけど」 とあたしは突き放すようなことを言ってから、さも別の話題とばかりに、キョンの懸案事項としてありそうなことをひとつ聞いてみた。 「…ねえ、あんたは古泉くんにアプローチとかしないの?」 キョンの目だけがあたしを見るけど、意識はどう考えてもあたしじゃなくて古泉くんの方に飛んでるわね、これは。 「…そのアプローチってのは、何を指して言うんだ?」 「そうねぇ…たとえば、遠回しに探りを入れてみるとか?」 「何についてだ」 「自分のことをどう思ってるのかとか、好きな人はいるのかじゃないの?」 全然捻りがなくてつまらないけど、キョンならそんなところでしょ。 そう思って言ったのに、キョンは深いため息を吐くばかりだった。 何よ、気に入らないわね。 「そんなことならしたと思ってな…」 「そうだったの?」 意外だわ。 「結果は?」 「言わなくても分かるだろ」 分からないから聞いてるんでしょうが。 「……あいつには、好きな奴がいるんだとさ」 そう言ってキョンは苦しそうに顔を歪めた。 その好きな奴ってのが自分だってことには、全然気が付いてないみたい。 ……どれだけ鈍く出来てるのかしら? あたしはキョンにバカというレッテルを頭の中で貼り付けてあげながら、 「だからって諦めるわけ?」 「……どうするのがいいんだろうな」 そう言ってまたため息。 どれだけ幸せを取り逃がせば気が済むんだろうってくらい、ため息ばっかりだわ。 「好きなら、もっと積極的にアピールしたらいいじゃない」 「…とは言ってもな…。あいつはモテるし、俺なんかが告白したってどうしようもないってことが目に見えてるだろ。だから、…それ以上、動けないんだ」 「…情けないわね」 容赦なく言ってやると、キョンは力なく笑って、 「全くだ」 って同意したわ。 そうやってちゃんと認める潔さだけは、他のつまらない男子よりはマシね。 「で? なんであんたはそんなに元気がないわけ? どうせ古泉くん関係なんでしょ? 昨日部室で会えなかったから、なんて乙女みたいな理由だったら、お詫びに二人きりでのランチをセッティングしてあげてもいいから正直に言いなさい」 「そんなんじゃない」 キョンはそう言っておいて、あたしから目をそらした。 薄ぼんやりと窓の外なんて目に映しながら、唇を薄く開く。 「…昨日、見ちまったんだ」 だから何をよ。 主語も述語も省きすぎて訳がわかんないわ。 あんたの話が分かり辛いのは今に始まったことじゃないけど。 「……昨日、団活が中止になったからメールしたのに返事が来ないって、お前が唸ってただろ」 「…そんなこともあったわね」 「あいつが、うっかり電源でも切りっぱなしにしてて見てないんだとしたら、そのまま無駄足踏ますのも可哀相だと思ってな。古泉を探しに行ったんだ。そうしたら、古泉は、…多分、同じ特進クラスの女子と一緒に中庭にいて、」 とそこでキョンは辛そうに言葉を詰まらせた。 その目がかすかに潤んで見えるのは、多分、あたしの気のせいじゃない。 「その子に、告白されてるところだったんだ」 ハレルヤ! 神様って本当にいるんじゃないかしら。 あたしがどうしようかって困ってたら本当に都合よくしてくれるなんて。 神様がいるんだとしたらどうしてこんな退屈な世界にあたしを生まれさせたのか、丸一日でも一週間でも問い詰めてやりたいと思ってたけど、こんなことがあるんだったら審問の時間を5日くらいに縮めてやってもいいわね。 いつか会えるとしての話だけど。 あたしが心の中で快哉を叫んでいるとも知らないで、キョンはつっかえつっかえ喋ってた。 「俺は、遠目に見てただけだったんだけどな、その子が怒って何か言ったり、泣きだしたりするのを見て、その子が振られたんだなって…分かったら、なんだか、自分が振られちまったみたいに、胸が痛く、なったんだ…。ご丁寧にハンカチなんか貸してやる古泉に、そんな優しさなんて邪魔なだけなんだから止めてやれって、怒鳴ってやりたくなった」 それは確かに怒鳴ってやりたいわ。 下手な優しさなんて余計でしかないんだから。 「……告白するのって、本当に勇気がいることだよな。…だから、するなら、その前準備がいるのかも知れんとも思ったし、このまま諦めた方がらくだとも、思った。……でも、俺はやっぱり、古泉のことが好きで……、出来るなら、古泉にも、俺を好きになってほしいと思って、て……」 零れかけた涙が本当に零れ落ちてしまうのを見てしまわないように、あたしはキョンの頭を抱きしめた。 他の誰にも見せないように。 それでも、かすかに、本当にかすかにだけど、キョンがしゃくりあげるのは聞こえた。 それが他の誰かに聞こえないように、あたしは祈った。 「どうやったら……古泉の心を、引き寄せられるんだろうな」 そんなことをキョンが呟いたのは、ショートホームルームどころか、一時間目の授業も終った後の休み時間だった。 キョンはずっと考え込んでたみたいで、授業中、キョンは少しも眠らなかった。 その背中が痛々しくて、見てられないくらいだったから、あたしは寝たフリをして目を背け続けてたけど、そんな呟きを耳にして、黙ってられるわけがなかったわ。 「引き寄せたいと思うなら、そうなるように行動しなさいよ」 「行動…か……」 迷うように悩むようにそう言って、そっとため息を吐いたキョンは、凄く悩ましげで、なんだか綺麗にも思えた。 「どうしたらいいのか分からないんだったら、あたしも一緒に考えてやるわよ。親友でしょ?」 「…そう、だったな」 そう言ったキョンが小さく笑う。 まだ無理してるみたいな顔だったけど、さっきよりはマシだわ。 「古泉くんを振り向かせたいんでしょ? だったら、もっと一緒にいようとするとか、もっと個人的なことを話すとかしたらいいんじゃないの? そうやって、距離を縮めたら、そう簡単に突き放されたりはしないでしょ?」 「そういうもんかな…」 「きっとそうよ。あんたは、他の子たちとは違って同じSOS団の仲間なんだし、古泉くんの前の席だっていつもあんたのものじゃない。その立場をどうして利用しないの?」 「…して、いいと思うか? 古泉が突き放せないのをいいことに、強引に迫ったりしたら、嫌われると…思わないか?」 「思わないわ」 それだけは断言してあげる。 「あたしを信じなさいよ」 「……そう、だな」 キョンはさっきよりもほんの少しだけだけど、晴れやかな笑顔を見せてくれた。 それでもやっぱり、授業はまともに手に付かないみたいで、その日はずっとキョンはぼんやりしてたけど。 流石にバカの谷口もおかしいと思ったみたいで、 「キョン、お前ほんとどうしたんだ?」 なんて、昼休みに聞いてた。 キョンったら、お弁当もろくに食べれてないんだもん。 そう思うのは当然よね。 おまけに、食べきれないって分かってたからか、ほんの少しだけお弁当箱のふたに取り分けたかと思うと、残りをあたしにくれたりして。 そりゃ、学食よりはキョンのお弁当の方が美味しいし、もらえるならありがたいけど。 「別に…」 アホの谷口には話す気にもならないみたいで、キョンは多分とっくに味も抜け切ってるはずのウィンナーを、まだもごもごと噛み締めながら目をそらしたわ。 まあ、当然よね。 「ここんとこ、なんか妙だとは思ってたが、今日はずば抜けておかしいぞ。国木田もそう思うだろ?」 谷口に言われて、国木田もキョンを見る。 国木田のことだから、多分ある程度見当はついてそうね。 だから多分、改めてキョンを見たのはポーズだわ。 「そうだね…」 なんて、わざとらしくじっくりとキョンを観察してるのも。 ぼーっとしてたキョンも流石に居心地が悪くなったみたいで、慌てて姿勢を直したわ。 その前にウィンナーを飲み込めばいいのに。 「確かに、変わったよね、キョンは」 「…そうか?」 「うん。…なんて言ったらいいのかな。なんとなく、前よりも雰囲気が柔らかくなったような気がするよ」 「気のせいだろ」 そう返してるけど、キョンも気が気じゃないみたい。 そりゃそうよね。 自分が誰かを好きになってるってこと自体、信じられてないみたいなところがあるのに、それを人に見抜かれたら恥かしくてたまらないはずよ。 …普通なら、男なのに男を好きになったなんてことを気付かれたら、って慌てるところだと思うんだけど、キョンはそういう危機感はあんまり持ってないし。 というか、分かってるのかしら。 普通は同性愛なんて変な目で見られるんだってこと。 …分かってないとしたら、あたしのせいね。 いつかまずいことにならなきゃいいんだけど。 その前に教えておくべきかしら? …でも、それでまた躊躇ったりしたら困るわよね。 古泉くんと付き合いはじめてから、それとなく言ったら大丈夫かしら。 「でもまあ、悪い変化じゃないよね」 そう言って国木田はへらりと笑って、魚の解体作業に戻ったわ。 あいつも、男の癖にちまちましたことをよくやるわよね。 「キョンがこのまま、小食になってくんだとしたら心配だけど、そうじゃないなら別にいいと思うし。…家ではちゃんと食べてるんだろ?」 「う……いや…」 「食べれてないの?」 驚いたように目を見開く国木田に、キョンはばつが悪そうに、 「ちゃんと、食べようとはしてるんだがな…」 「だめだよ、食事は生活の基本なんだから。どんなに考えたいことがあっても、睡眠時間と食事を削るのはだめ。ちゃんと寝て、食べてからじゃないと、考えもまとまらないだろ?」 ね? と言われてキョンも頷く。 「だから、せめて今日の夕食はしっかり食べること。いいね?」 「…ああ」 国木田の迫力に押されるような形でキョンは頷いたわ。 …お弁当食べちゃったの、悪かったかしら。 ああ、それにしても、とあたしは小さく笑う。 ……古泉くん、ありがとね。 あたしが見たいって思ったキョンの姿を見せてくれて。 でも、やっぱり羨ましいし、妬ましくもあるから、直接お礼は言わないでおくわ。 だからあたしは胸の中で告げる。 ありがとう。 だから、幸せになって。 |