ごめん



どう言うのが一番いいんだろうか。
俺が考えていることが、どうやって告白したらいいのか、なんてことだったら、俺はここまで深刻な顔はしていなかっただろう。
古泉のことを考えるだけで顔が熱くなる気がするくらいだからな。
告白しようなんて考えたらそれだけで真っ赤になるか逆に不安で青褪めるかどちらかになることは目に見えている。
眉を寄せて考え込んだりなんてしないに違いない。
今俺が考えているのは、長門にどう返事をしたらいいのかということだった。
俺なんかが、長門を振るというのもおこがましいと思わないではないのだが、だからと言って付き合うというのも間違っているだろう。
俺が好きなのは……古泉なんだからな。
そうかもしれないと気がついたきっかけが長門の告白というのがまた申し訳ない。
決定打をくれたのがハルヒだってことも。
よく眠れないまま登校してきた俺に、ハルヒは心配そうに、
「あんたどうしたの? 酷い顔してるわよ」
「ああ…。昨日眠れなくてな」
「…ふぅん」
そう意外そうに呟いたハルヒは、その表情を一変させた。
興味を隠そうともしない、明るいそれに。
「もしかして、好きな人でも出来たりした!?」
「はっ!?」
なんでそうなるんだ。
そして、そう言われて真っ先に思い浮かぶのが古泉の胡散臭い面ってのはどういうことだ、俺!
「図星?」
にやにや笑うハルヒに、
「んなわけあるか!」
「そうなんでしょ? 誰よ。言ってみなさい。それとも何? あんたは親友に恋愛相談も出来ないわけ?」
「だから、そういうんじゃないって…」
「じゃあなんで眠れなかったのよ」
「考え事だ」
「何考えてたのよ。有希のこと?」
「っ、何でお前…!」
驚く俺に、ハルヒは笑って、
「有希だって、あたしに相談したりするわよ。…可哀想に、泣いてたんだから」
「長門が…泣いて……」
嘘だろう、と唇の動きだけで呟いたのを、気付かれたらしい。
「有希だって泣くに決まってるでしょ! そんなことも分かんないの!?」
「すまん…」
思いもよらなかった、というのが正直な気持ちだった。
長門が泣く?
あの長門が?
今も信じられないくらいだ。
そんなに、俺のことを好きだっていうことなんだろうか。
ずきりと痛むのは良心で、それは古泉の考えた時のそれとはどこか違っていた。
「それで? 有希のことを考えて眠れなかったの?」
「……それも、ある」
観念して、俺は呟くように白状した。
「それもってことは他にもあるってこと? 何考えてたのよ」
「……なあ、ハルヒ、お前ならどういうことだと思う? 考えなきゃならない相手じゃなくて、別の奴の顔がちらついたり、そいつが誰を好きなのか気になったりするなんて、絶対おかしいだろ」
「…あんたねぇ……」
ハルヒは心底呆れ返ったと言うような声を出した。
「それ、本気で聞いてるの?」
本気じゃなかったら何だというんだ。
「……あんた、鈍いにも程があるわよ」
「ほっといてくれ」
自分でもよく分かってるんだからな。
「自覚あったの?」
「自覚した」
長門にああもはっきり告白されて、それでもなかなか理解出来なかったんだから、それは鈍いと認めるほかないだろう。
「でも、分からないの?」
「分からんから聞いてる」
こんな感じは初めてなんだよ。
もやもやして訳が分からん。
「有希のことを考えてたはずなのに、別の相手のことを考えてるんでしょ?」
「ああ」
「有希のことってのは、有希を好きかどうかってことよね?」
「そうだ」
「それで別の相手が出てくるってことは、その人が好きってことじゃないの?」
「……はぁ!?」
そんなばかな。
「何でそんなに驚くのよ。驚きたいのはこっちだわ。何でそこまで鈍いの?」
「だって、その相手ってのは古泉だぞ!? 何で俺が古泉を…」
「やっぱり古泉くんだったのね」
待て、そのやっぱりってのはなんだ。
「あんた、古泉くんだけはあからさまなくらい特別扱いしてたじゃない。それで気がついてなかったなんて、その方がよっぽどおかしいわ」
「古泉は男だぞ? なのになんで…」
「好きになるのに性別なんて関係ないでしょ」
あまりにもあっさりと言われ、恋愛に関する経験値が異常なほどに欠如している俺としてはそのまま押し流されてしまいそうだ。
「……そういうものか?」
「そうよ」
…目から鱗が落ちた気分だ。
「おかしく…ないのか?」
「多少変わってはいるかもね。でも、悪いことじゃないわ」
そう言ってハルヒはいつになく優しく微笑んだ。
「好きになるってのはいいことよ。大体、恋なんてしょせん勘違いに過ぎないんだから、そうだと思ったら自分の直感を信じればいいのよ。フィーリングよフィーリング」
「いい加減だな、おい」
呆れながらも笑えたのは、ハルヒのおかげだろう。
ハルヒに言われて、やっと、古泉のことを恋愛感情で好きなのかもしれないと思えた。
そうなると、古泉のことを考えるだけでどうにかなりそうになるし、古泉を見ると自分のこの妙な感覚が伝わってしまいそうで、恥かしくなって逃げ出した。
逃げ出しておいて、変に誤解されていないといいと願ってしまう辺り、もはや重症であり、言い訳のしようもない。
今もまた、長門にどう断りを入れるべきか考えていたはずなのに、気がついたら古泉のことになってたしな。
……腹をくくろう。
長門に一発や二発殴られる覚悟を決めて、正直に話そう。
そう考えながら長門を探してみると、意外と簡単に見つかったのは、長門が珍しくも校内の図書室で大人しく読書をしていたからだった。
「長門、今ちょっといいか?」
俺が声を掛けると、長門は立ち上がった。
構わないということらしい。
長門が手にしていた本の貸し出し手続きをし終えるのを待って、二人で図書室を出た。
向かう先は、内密な話をする時によく世話になっている広場だ。
その椅子に腰を下ろして、俺は長門に言った。
「昨日の話なんだが……」
ぴくりと長門が身動ぎした。
その目が俺を見つめている。
昨日泣いたとは思えないほど、いつもと変わらない目で。
だが、ハルヒが嘘をついたとは思えないから、本当のことなんだろう。
「……ごめんな。お前のことが嫌いなわけじゃないし、お前に好きって言われて嬉しくないわけでもないんだ。けど、今は……」
躊躇いに一瞬言葉を途切れさせたものの、俺は続きをなんとか口にした。
「…今は、古泉の方が好きみたいだ」
すまん、ともう一度繰り返した俺に、長門は首を振った。
「分かった。私は諦める。…今は」
今は?
「でも、……もし、古泉一樹を好きでなくなったら、一番に私を思い出して」
静かに見つめてくる瞳は真剣そのものだ。
驚く俺に、
「私は待つから」
と告げる声も。
「……長門、そりゃありがたいが……俺以外の男も見ろよ?」
「分かってる」
頷いた長門が視線を外し、俺たちはしばらく黙り込んだ。
思っていたよりも心は静かだった。
申し訳なく思ってもいるのに、同時に、ちゃんと正直に告げられたことでほっとしていた。
「…告白するの?」
長門に聞かれ、俺は素直に答える。
「分からん」
当分はこのままかもしれない。
今の関係を壊したくないと思う程度には、今の状態が心地よくもあるし、大体、俺の方もこれが本当に恋愛感情なのかよく理解しきれてない面がある。
その状態で踏み出すのは怖いし、それ以上に危険な気もする。
古泉が好きな相手に振られたばかりだということからすると、付け込む隙があるということなのかもしれないが、そんな卑怯なことはしたくないとも思う。
「……あまり、悠長にしていない方がいいかもしれない」
「なんでだ?」
「…古泉一樹は女生徒の間でも人気が高い」
俺が笑ったのは、それが既に分かりきっていたことであり、しかもそれを長門が俺に忠告してくれると言うことが嬉しく、なんだかおかしくもあったからだった。
「今更だろ。…それに、聞く話によると、恋ってのは障害があるほど燃え上がっちまう厄介なものらしいぞ」
「知ってる」
そう言って長門が見せたのは、さっき図書室で借りた本であり、それはいわゆる恋愛小説だった。
「お前もそういうの読むのか」
驚いて呟けば、
「…勉強のため。私も、これが恋愛感情といえるのか、分からなかったから」
そう言って長門はふっと俺から目をそらすと、
「……ずっと読んでた」
と小さく呟いた。
「そうだったのか?」
こくりと頷かれ、
「…すまん」
そんなことにも、俺は気付けてなかったんだな。
「だから、分かってた。あなたは私に恋愛感情を抱いていないことも、そもそも意識すらしてくれなかったことも。…覚悟の上で、告白した」
「そうか……。長門は凄いな」
俺なんて、告白するなんてことを考えるだけでもどうにかなっちまいそうだってのに。
苦笑した俺に、
「私でよければアドバイスする。…いつでも聞いて」
「ありがとな」
「それから、」
と長門は立ち上がり、
「これからはとりあえず、友人として友情を育みたい。…それでいい?」
「ああ、こっちこそ、頼むな」
むしろその方がありがたい。
ほっとしたところで、
「……友情から恋愛に発展するケースも多い」
と呟かれ、唖然としている間に、長門は静かに歩み去った。

お前、誰かに似てきてないか?