「告白しないの?」 いきなり言ったあたしに、古泉くんはお茶を吹き出しそうになった。 なんとか吹き出さずに済んだところで、どうやら咽ちゃったみたいで、ごほごほと咳き込んでる。 「だ、大丈夫ですか?」 慌てて駆け寄ったみくるちゃんが背中を撫でさすって上げているけど、あたしとしてはあたしの発言から今までの古泉くんの表情をビデオまたはカメラの連写機能で全て記録しておかなかったことが何よりも惜しいと思ったわ。 それくらい、面白かったから。 美形って言うのはそのものより、それが崩れる瞬間にこそ一番価値があるんじゃないかしら。 あたしは古泉くんが落ち着くのを待って、もう一度言った。 「で、どうなの? まだ告白しないわけ?」 「まだも何も、無理です、そんなこと」 赤くなって言う古泉くんは可愛いわ。 うん、やっぱり取り澄ました表情よりそうじゃない表情の方がずっといいわね。 でも、意気地ないことを言ってるのは男として、ううん、SOS団のメンバーとしても、ちょっとどうかしら。 「何が無理だって言うのよ」 「ですから…」 憂いを帯びた顔を少し俯けて、古泉くんは言った。 そうしてると、このまま美術部にでも貸し出したいくらいの美少年っぷりだわ。 「…無理、です。彼に断られるのは目に見えていますし、それなのに告白するなんて勇気、僕には……ありません…」 「どうして絶対断られるなんて思ってるの?」 「だって、そうでしょう? どうポジティブに考えようとしたところで、彼がいたってノーマルな性志向しか持たない以上、僕に望みなんてありません」 「そんなこともないと思うけど」 あたしが思い出すのは、ついちょっと前に、教室でキョンに聞かれたこと。 「なあ、古泉の様子が最近おかしくないか?」 心底心配してるみたいな顔でキョンがそんなことを言ったから、あたしもかなり驚かされた。 「そう?」 もっとキョンに言わせたくて、あたしは出来るだけ素っ気無くそう言った。 まんまとあたしに乗せられたキョンは、 「そうだろ」 とどこか苛立った調子で言う。 「ぼんやり何か考えてると思ったら、暗くなったり、かと思ったら何か知らんがにやけてたり。正直、気味が悪い」 「そこまで言うのは酷くない?」 「そうか? 実際そうなんだからしょうがないだろ」 そう言った表情に見えるのは古泉くんへの遠慮のなさ。 それはつまり、キョンの方は古泉くんをかなり気に入っていて、自分のテリトリーに入れちゃってるってことよね。 「この頃はゲームにも誘って来ないし、一体何をあんなに考えてるんだろうな、あいつは」 呆れたように呟いたキョンに、 「好きな人でも出来たんじゃないの?」 と言ってやると、 「……ああ、そういえばそんなことも言ってたな」 「そうなの?」 まさか古泉くんが自分で言ってたなんて。 「聞き出そうとして泣かせちまったんだが」 …ああ、そういうこと。 本当に……不憫な古泉くん。 「好きな人が出来たんだったらそうやって情緒不安定になってても不思議じゃないと思うけど」 「まあ、そうなんだろうけどな。…それならなんでそれが俺の前限定なのかが分からん」 ……だめだわこいつ。 普通に考えたら答えはひとつでしょ。 古泉くんが自分を好きなんだってことくらい、気がついて上げなさいよ。 フラクラなんてもんじゃないわ。 あたしはそれこそ言葉もなくして、滅多にないことだけど、始業のベルに感謝した。 そんな、あたしの話を大人しく聞いていた古泉くんは、話が終わる頃には机にぐったりと突っ伏していた。 「それでどこが望みがあるって言うんですか…」 泣き出しそうに言う古泉くんに、 「それだけ意識されてるんだからいけるんじゃないの?」 「そんな風に心配するという意味なら、彼は誰にだってそうですよ」 そんなふうに自嘲するみたいに笑うのは止めた方がいいわよ、と言うべきかどうか考えてやめといた。 あたしがそんなこと言ったって、古泉くんは困るだけって気がしたから。 言いたいことも言えない歯痒さに少しだけイラつきながら、あたしはそれ以上の説得を諦めるしかなかった。 数日後、あたしが部室に行くとキョンと古泉くんが話してた。 「何盛り上がってんの?」 あたしが聞くとキョンは眉を寄せた難しそうな顔で、 「こいつが頑固なもんでな」 古泉くんが頑固なのは別に今に始まったことじゃないと思うんだけど。 「一人暮らしで大変そうだなと言ったら頷いたくせに、うちに来て飯でも食ってけと言ったら固辞しやがるんだ、こいつが」 …やっぱり大分いい雰囲気なんじゃないの? とあたしは思ったんだけど、古泉くんの方は本当に困り果てた顔で、 「あなたの厚意は嬉しいのですが、ご迷惑をお掛けするのは申し訳ありませんから……」 なんて言ってる。 「迷惑じゃないって言ってんだろうが。お袋も妹も会いたがってるし、ついでに友人として親交を深めたところで何ら問題はないと思うが?」 キョンがそう言うと、古泉くんは少しだけ――そうね、コンマ5ミリくらい、落ち込んだように見えたわ。 キョンでも気付かないくらい。 古泉くんも上手に表情を隠すわね。 あたしは少し呆れながら、でもキョンの言葉に乗っかることにした。 「友人として親交を深めるって言うんだったら、あたしが行っても別にいいわよね?」 「そりゃ……構わんが…どうしたんだ?」 驚いたのはキョンだけじゃなくて、古泉くんもみくるちゃんも驚いたみたいだった。 気にしてないのは有希だけかしら。 黙々と本を読み続けてるわ。 「たまにはあんたと親交を深めるってのも悪くないんじゃないかと思っただけよ。それとも何? 古泉くんはいいのにあたしはダメなの?」 ここでダメって言ったら古泉くんの励みになるんじゃないかしら。 たとえキョンの中では男女の違いのせいでそう判断だとしても。 ――なんて思ったあたしは甘かったわ。 それともキョンが計り知れないって言うのかしら。 「……そうは言わんが…」 先に誘ったのは古泉だから、というようにキョンは古泉くんを見たわ。 古泉くんったらそこでちゃんと言えばいいのに、 「僕は構いませんから、どうぞ」 とお人好しな笑顔で言ったわ。 …ほんとにもう。 「じゃあ、来るか? ハルヒ」 「…お邪魔させてもらうわ」 吐きそうになったため息を押し留めて、あたしは頷いた。 馬鹿みたい、と思いながらもキョンの家で妹ちゃんと一緒に遊んだりするのは楽しかったわ。 キョンと二人だけで話したりする機会も、教室以外じゃあまりなかったしね。 二人きりってことに緊張したりもしなかったから、やっぱりあたしはキョンのことをちゃんと諦められてるって実感も出来た。 これで遠慮なくお節介を焼けるってもんよね。 妹ちゃんが宿題をしに自分の部屋に戻されてから、あたしはキョンと二人でゲームをしてた。 その時、キョンが何気なく言ったの。 「前に古泉が、お前は俺のことが好きらしいから前向きに考えてみろとかなんとか言ってたんだが、やっぱり違うよな?」 って。 あたしは一瞬、息が止まったかと思った。 それか、自分の耳がおかしくなったんだと。 古泉くんがそんなことをキョンに言ったなんて信じられなくて、信じたくもなかった。 そんなあたしの変化にも気がつかないで、キョンは続けたわ。 「お前のことだから、俺のことなんかよくてただの友人くらいにしか思ってないよな」 ずきりと胸が痛んだのは、どうして? キョンの言葉? それとも古泉くんがしたことのせい? 「……ただの、じゃ嫌ね」 声が震えそうになるのを堪えながら、あたしは精一杯悪ぶった笑顔で言った。 「親友か相方くらい、言えないの?」 「へ?」 「間抜け面」 とあたしは笑って、 「ま、あんたには勿体無いかもしれないけどね。…あんたのこと、ただの友達なんて思ってないわよ。それ以上には思っといてあげてるわ」 「そりゃ、ありがとよ」 小さく笑ったキョンは、 「しかし……親友、か」 ってしみじみ呟くものだから、 「何? 不満なの?」 「いや……」 何か恥じるような顔をして、キョンは言った。 「これまで、そんなのいなかったからな。変な感じだ」 照れくさそうに、でも嬉しそうに笑うキョンに、これでいいんだと思った。 でも、許せないのは古泉くんだわ。 「あたしのこと、馬鹿にしてたの!?」 部室で顔を合わせるなりそう怒鳴ってやったら、どうしてか涙が溢れてきた。 人間って余りにも怒ると泣けてくるものなんだって、初めて知ったわ。 |