踏み出せない少女の呟き



あたしは、お役目がありますし、そもそもそうじゃなくったって、この時代の人間じゃない以上、この時代の人を好きになっちゃいけません。
だから、涼宮さんがあたしもキョンくんを好きなんじゃないかって思ったのは、見当違いもいいところなの。
あたしとしては早く否定して、あたしはお邪魔もしませんし、キョンくんの彼女になろうとなんてしませんって言うべきだったんですけど、禁則事項を言わないで涼宮さんに説明するなんてことは不可能で、気がつけばあたしもエントリーされちゃってました。
それでも、参加しなければエントリーされてないのと同じことですよね。
だからあたしは、涼宮さんと同じように傍観者でいようって決めたんです。
本当なら、一番傍観者でいるのは長門さんなのに、なんだか変な感じですけど。
でも、そうやって、涼宮さんに言われたことや古泉くんが話してたことなんかを頭に入れてキョンくんを見てると、キョンくんのことを好きな人たちに本気で同情しちゃいました。
だって、キョンくんったら本当に本当に鈍いんです。
もう、わざとじゃないのって思うくらい。
「キョンくんみたいな人のことって、なんて言うんでしたっけ?」
って長門さんに聞いたら、
「……フラグクラッシャー」
って言われたんですけど、それって何ですか?
あたしにはよく分からないんですけど、涼宮さんが力いっぱい頷いてたので、多分そうなんですね。
たとえばどんなところがそうかって言うと、あたしが調理実習で作ったお菓子を持って廊下を歩いてたことがあるんです。
その時にキョンくんと会ったから、
「もらってくれませんか?」
って言ったら、
「ありがとうございます。朝比奈さんの手作りお菓子をいただけるなんて、幸せです」
って、本当に嬉しそうに言ってくれたから、あたしもとっても嬉しい気持ちになったんです。
キョンくんのこと好きな人だったら、きっともっと嬉しくなっただろうなって思ったくらい。
でもね、キョンくんはそれじゃ終ってくれないの。
そんな夢も見させてくれないのがキョンくんなの。
とても素敵なにっこり笑顔で、
「後で、部室で皆で食べましょうか。朝比奈さんのお茶と一緒に。そうしたらきっともっと美味しくなりますよ」
……これ、あたしじゃなくて、キョンくんだけに食べて欲しくて上げた人に言っちゃったら、最悪ですよね。
でもそういうことを平気で、何の躊躇いも罪悪感もなく言えちゃうのがキョンくんなんです。
だから、誰も恋人になんてなれなかったんじゃないかなぁ。
大体あたしは、涼宮さんが「敗北宣言」(って涼宮さんは誇らしげに呼んでます)をする前から、色々と見てたんです。
たとえば、こんなことがありました。
涼宮さんは急用で、古泉くんはアルバイトで、それぞれ部室に来なかった時のことです。
あたしとキョンくんと長門さんだけが部室にいました。
あたしはお茶を淹れた後、特にすることもないからお部屋の整頓をしようと思って、黒板の方を向いてたんです。
それに夢中になってたら、小さく椅子が軋む音がして、振り返ったら、
「…長門?」
って戸惑いながら長門さんを見てるキョンくんと、そのキョンくんのお膝にちょこんと座って本を読み続けてる長門さんがいました。
あたしは、それこそ自分の目がおかしくなったのかもって思いました。
だってまさか長門さんがそんなことするなんて、思わなかったんだもの。
キョンくんも驚いて、
「どうしたんだ?」
って聞いたんですけど、
「……だめ?」
なんて、長門さんに聞かれて、
「……まあ、いいか」
って許しちゃってたんです。
だからあたし、てっきり、
「お二人って、付き合ってたんですか…?」
なんて思ったままを聞いちゃったんですけど、キョンくんはビックリして、
「まさか、そんなんじゃありませんよ」
とある意味凄く失礼な否定の言葉を口にしました。
「長門はただ甘えてるだけですよ。…な? 長門」
長門さんはじっとキョンくんを見つめました。
凄く何か言いたそうに、でも言えない、みたいな顔で。
でも最終的には諦めたみたいで、小さくかすかに頷いたので、あたしはキョンくんの言う通りなんだって思いました。
…実際は長門さんなりの、かなり大胆なアプローチだったみたいですけど。
とにかく、そんな感じで微妙にかみ合ってない感じのやりとりを、あたしは何度となく見てきたわけです。
他にも、いつも凄く近くで仲良く話してる古泉くんのことも、あたしは見てました。
あれで、古泉くん自身無自覚だったってことにも驚かされちゃいましたけど。
キョンくんも、全然気が付いてないんだもの。
人前なのに耳元で囁かれてなんで平気な顔してられるのかなって、そっちの方がよっぽど不思議です。
疑われるかも、とさえ思ってないんですよね、あれって。
ほんと、残酷なくらい鈍いのがキョンくんなんです。

それで、どうしてあたしがキョンくんと放課後二人っきりになってるかと言うと、全部、涼宮さんの命令なんです。
「みくるちゃん、キョンに探りを入れてみてちょうだい!」
って言われて、あたしが頷くより早く、涼宮さんは長門さんと古泉くんを連れてどこかに行っちゃったんです。
多分、遠くには行ってないと思うんですけど。
あたしが慌てて後を追うよりも前にキョンくんが来ちゃって、あたしは逃げることも出来なくなっちゃいました。
思わずちっさくため息を吐いたら、
「朝比奈さん、元気がありませんね。どうかしたんですか?」
って、心配されちゃいました。
「あ……ううん、なんでもないの」
「そうですか?」
キョンくんは少しかがんで、あたしの顔をのぞきこんできました。
か、顔が近いです…!
キョンくん、もう古泉くんに距離のことで文句言っちゃだめですよ!?
「体調が悪いんじゃありませんか? それなら早く帰った方がいいですよ。ハルヒが戻ってくる前に」
「う、ううん、大丈夫です。今お茶淹れますから待っててください。ね!」
自分でも何言ってるんだか分からなくなりながら、あたしはキョンくんを座らせて、お茶を淹れ始めました。
出来るだけゆっくりするのは、時間を稼ぎたいからです。
あたしがちゃんと考える時間。
それと、あたしが落ち着くための時間です。
でも、あたしにそんなさり気なく探りを入れるなんて器用なことが出来るはずなんてなくて。
キョンくんがお茶を吹き冷まして、しかもそれを飲みきる頃になってやっと言えたのは、
「きょっ…キョンくんって、好きな人とかいないんですか?」
なんて言葉でした。
あうぅ…直球にもほどがありますよね…。
あと、ごめんなさい。
正直言うともっとぐちゃぐちゃに噛んじゃってました。
それこそ、映画の時のカミカミの台詞も真っ青なくらい。
それをちゃんと聞き取れたキョンくんは凄いって思いましたもん、あたし。
「好きな人、ですか?」
「そ、そうれす」
あ、また噛んじゃった。
もういやぁ…。
泣きだしそうになるのを堪えながら答えを待ってると、うーんと唸りながら考えてたキョンくんは優しい笑顔で、
「朝比奈さんのことは結構好きですよ」
「え…」
本当ですか。
え、でも、それはそれで困るんですけど、でも、やっぱり嬉しいです。
あ、あたしったら何言ってるんだろ。
あたしが真っ赤になったところでキョンくんは例の「フラグクラッシャー」? ぶりを発揮しちゃったのです。
「長門のことも好きですし、家族のことも当然好きです。国木田とか谷口とかハルヒとかも、勿論古泉も、嫌いじゃないですね」
「えっと……あの、キョンくん」
あたしのときめきを返して。
――とは流石に言えなくて、
「そういう…好きじゃなくってですね……」
ええっと、涼宮さんは古泉くんにどういう風に説明してましたっけ。
…ああそうそう。
「恋愛として、好きって思う人は、いないんですか?」
「…ああ、そういう意味だったんですか」
自分の勘違いを恥ずかしがるように笑ったキョンくんは、
「なんですか? 過去の時間の人間の恋愛観とかも調査するんですか?」
「そ、そんなところです…」
「それじゃ、ちゃんと答えないといけませんね」
そう笑って、
「恋愛とかは、まだ早いでしょう。まだ高校生なんだし、大体俺はそういうガラじゃありません。古泉みたいにモテる奴ならまた別なんでしょうけどね」
その古泉くんが自分を好きだってことには全然気がついてないって顔で言ったキョンくんは、
「ああいうハンサム面なら違うんでしょうね」
とかすかに羨ましがるみたいに言ったから、あたしはつい、
「キョンくんは十分かっこいいですよ」
って言っちゃったんですけど、キョンくんはちょっと驚いた顔をして、それからはにかむように笑って、
「…ありがとうございます」
って言いました。
戸惑いながらも嬉しがってるようなその笑顔が可愛くて。

なるほど、禁則事項じゃなかったらあたしも好きになってたかもしれないなぁ…。