微エロですよー
多分?←
もはや他人の家なんて言わなくていいんじゃないかという頻度で足を運んでいる古泉の家のドアを開けた途端、俺はむせそうに甘い匂いに見舞われた。 「今日はなんなんだ?」 どうやら湯せん作業に没頭しているらしい古泉は、真剣な眼差しをボウルに注ぎつつ、 「ちょっと、チョコレート食いたくなってさー」 …市販品は嫌だったのか。 「嫌っていうか、作りたい気分になったから」 と軽く笑って、 「食べる? カプリってお菓子」 「カプリ?」 なんだそりゃ。 地名しか出てこんぞ。 イタリアだったよな? 「そのカプリの辺りの伝統的なお菓子なんだ。ガトー・ショコラと似てはいるんだけど、小麦粉とか粉類が入らないんだ。焼きチョコの一種って感じかな」 それでチョコレートをとかしてるのか。 「チョコだけじゃなくて、バターも混ぜてあるけどね。…っと」 ボウルを湯から外すと、卵黄と混ぜ合わせる。 更に砂糖、ココアパウダーと投下して混ぜ、先に作っておいたらしいメレンゲをあわせる。 ふわふわした生地を型に流し込み、オーブンに入れるまで、全てが一連の動きとして決まっているかのようで、驚くほどに滑らかだった。 いつもこいつの作業はそんな感じで、だから俺は飽きもせずに見つめていられるのかもしれない。 「あとは焼くだけ。40分くらい待っててな」 「ん」 頷いて、俺はふと古泉の手首にチョコレートがついているのに気がついた。 「古泉、」 「うん?」 首を傾げながら、古泉は汚れたシリコンのヘラについた生地をぺろぺろと舐めている。 「…それ、」 俺は近づいて手を伸ばし、手首についたチョコレートを指ですくった。 そのままぱくりと舐め取ると、ほんの少しの苦味とそれを覆い尽くすような甘味が広がる。 「…あま」 古泉は目を瞬かせて俺を見ていたが、にやっと笑うと、 「どうせなら直接舐めていいのに」 「なっ…」 「こうやって、さ」 と俺の手を引いて引き寄せた古泉が、泡立て器についたチョコレート生地をたらりと落とす。 どこにって、……人の顔に、だ。 「こらっ、お前、何…!」 文句を言うために口を開けば口の中に甘味が飛び込んでくる。 「んー…」 にやけた顔が近づいてきたと思ったら、その唇が俺の頬に触れる。 「や…っ」 くすぐったく、俺の頬を古泉の舌が舐めて、ちゅく、と音がするほどに吸い上げる。 テレビか何かの過剰なキス音みたいなのを立てて一度唇を離した古泉は、不敵に笑いながら、 「ん、こうするともっとうまいね」 「お、まえは…!」 顔を真っ赤に染めた俺を、古泉はぎゅっと強く抱きしめて、 「まだついてるから、もっとな」 と唇を触れさせてくる。 キスとは違う。 違いすぎる。 触れ合わせることを目的とせず、味わうことを目的としたそれは、たとえ実際味わっているのがチョコレートだとしても、まるで自分が食い物になったみたいな心持ちに俺を陥れる。 「やめろって、の……」 「んなこと言ってるけど、」 くすりと意地悪く笑って、古泉は俺の鼻先をかじる。 「…本気で嫌がってる顔じゃねーじゃん。むしろ、もっとって顔?」 「なっ、だ、誰が…!」 「恥かしがんないでよ。…赤くなった顔も可愛いから」 「こ、いずみ……」 古泉はキスを寄越しながら俺の服を易々と肌蹴させる。 素肌を露わにして、いつもならそこにむしゃぶりつくくせして、今日はそうしない。 俺の背中を撫でるだけ撫でて煽っておいて、ボウルを引き寄せると、そこにいくらか残っていたものを胸元に垂らした。 「つ、めた……っ…」 「俺さー、前から思ってたんだよね。チョコレートプレイとかってあるじゃん? でも普通のチョコだと、融けた状態だと熱くて、かけたりしたら火傷しちゃいそうでやだったんだよね。でも、これくらい伸ばした生地なら硬くならないし、熱くなくて平気だろ?」 「そういう問題じゃないだろ…! いい加減に、もっ…やめろ!」 「や」 一音で断言して、古泉は垂らしたチョコレートを舐め始める。 「っ、ひ、……やぁ…!」 「かわい…」 ふふ、と笑い、古泉はわざとらしくちゅっと音を立てる。 「そ、んな、…っん、舐めんなよ…!」 「舐めなきゃ汚れたままだろー?」 「最初から垂らさなきゃ、いいだろ…っ」 それとも、なんて口をついて出たのは、あくまでも、あくまでも、そんな変態的なプレイにつき合わされるのが嫌だったからだと主張する。 「それとも、…っ、そんなもん、垂らさなきゃ、舐めたくないとでも言うつもりか…!?」 古泉は、ぽかんとした間抜け面をさらして俺を見つめた。 それをなんとか睨み返すと、古泉はなんとも言い難い顔をした。 なんだその顔は。 「いやー……もう、どうリアクションしようか迷ってさ。なあ、これって怒っていいところ? それともそんな可愛いこと言うあんたに萌えるところ?」 「は…?」 「だってさ、」 と古泉はまだ表情の定まりきらないような顔を至近距離まで近づけてきたかと思うと、 「あんたの肌ならどこだって、それこそ全身隈なく舐めたいよ。チョコレートなんかなくったってさ。だから、そんなこと言われるのは心外。でも、もし万が一にもあんたがそんなこと思って、それが嫌だと思ってくれたんなら、あんたが可愛くて堪んない」 「な……」 「で?」 「…で、って……」 「どうなんだよ」 「どう、と…言われてもだな……」 「そんなこと思っての発言? ただの挑発?」 「そ……んなもん、」 俺は苦いものでも飲まされたような気分になりながら、 「…っ、聞かなくても分かるだろ!」 と怒鳴って、すぐ近くまで近づいておきながらそれ以上のことをしない唇を引き寄せた。 それこそ、噛み付いてやろうかと言う勢いで。 古泉はどう解釈するつもりにしたのか分からないが、にやっと楽しげに笑って、 「愛してるよ」 と囁き、唇ではなく頬に口づける。 キスや口付けなんて言ったんじゃ足りないようなそれに、喉が震える。 古めかしい言い方だが、口吸いなんて言うのが丁度いいかも知れないと思えるくらいだ。 「っ、こ、いず、み……」 「本当だって証拠、見せてやるから」 そう囁いて、古泉はチョコレートがかかっていない場所を、チョコレート掛けとおなじくらいの甘さと熱心さでもって舐め、吸い上げる。 「…ひ、ぅ……あ…っ…!」 くすぐったさに堪えきれない声が上がり、びくんと体が震える。 「古泉…っ、ひぁ、ん、……やぁ…ン……」 「だから、嫌って声じゃないってば」 くすくすと笑って、古泉は更に肌を伝い下り、まだしみのようにチョコレートの残る胸を吸い上げる。 チョコレートの淡い褐色がなくなる代わりに、赤い印を残していく。 「しつ、っこ……」 罵るように吐き出せば、古泉は軽やかな笑い声を立てて、 「だって、あんたがおいしいからいけないんだよ」 からかうように口にして、また行為に戻る。 「チョコレートなんかよりもよっぽど甘くて、おいしい。ここなんて、格別に」 そう言って、余人には決して見せられないほど赤く染まり、硬く勃ち上がった尖りを口に含むと、味わうように舌で転がし、軽く歯を立て、吸い上げる。 「ふ、ぁ…っ、や……やぁ…!」 背中ほどではないものの、執拗に愛撫されることに慣れ親しんだそこは、恥かしいほどの快感を起こさせる。 薄い皮膚を通して、その下の血管も、その更に下の心臓さえも、何もかもがそうされることを悦んでいると伝わってしまいそうで怖いくらいだ。 「古泉…っ、もう…」 「もう? 我慢出来ない?」 「ち、が……! …っど、うせ、お前のことだから、ケーキが焼けでもしたら、俺のことなんか、放り出すくせに……」 「残念でした」 古泉はそう笑って、それから俺をなだめるように優しいキスをひとつ落として、 「今日のケーキは焼けてからしばらく寝かせて、しぼませるやつだからその心配はいらねーの」 「そういう問題かよ…」 「んん? だって、あんたがそう言ったんじゃん?」 からかうように笑っておいて、 「でも、まあ、もしも、だけどさ」 悪戯でもするように俺の耳に唇を寄せ、 「…あんたが離さないでくれって縋ってくれるなら、たとえ焼いてるのがシフォンケーキとかスフレで、早くしないと潰れちまって台無しになるとしても、あんたを放り出したりなんてしねーよ」 「……本当か?」 「ん、当然っしょ」 「だ、…ったら……」 俺は自分からひとつキスをして、 「……っ、こんな、中途半端で放り出したりすんなよ…」 と抱き締めると、古泉がまるで肉食獣みたいな顔して、 「了解」 と薄く唇を曲げた。 笑ったのかもしれない、多分、そうなんだろうと思いながら、どこか融け切ってしまいそうな頭でなんとか指先を動かし、古泉の傷だらけの背中を撫でる。 痛々しいほどぼろぼろのそれが、俺は好きで、だから、 「…挑発的なあんたも最高」 などとイヤミのように囁かれても逃げ出せない。 「大好きだよ。だから、…ねえ、ケーキの前に、ケーキよりずっとおいしいあんたを食べさせてよ」 「…後で食べるケーキがまずくなっても知らんからな」 「あんたが一緒に食ってくれるなら大丈夫だよ」 さざめくように微笑みあって、抱き締めあった。 シャワーを浴びて出た俺を迎えたのは、ほどよく冷めてしっとりしたチョコレートケーキだった。 古泉はその出来映えに満足気で、 「いい出来だよ」 とにこにこした笑顔で言いながら細かく切り分けている。 「えらく小さくするんだな?」 俺が言うと、古泉は頷いて、 「うん、これはこうするのが一番うまいって俺は思うんだよね。本当は普通にケーキらしく切り分けるんだろうけど、そうすると一人分が大きくなりすぎて、しつこくなるくらい、しっかりしたチョコレートケーキだからさ。俺としては、こうやってサイコロみたいにころころした感じに切っちゃって、それをちょっとずつつまむのが好きだな」 「へぇ」 色々考えるもんだな、と感心していると、 「ほい、味見」 と小さな欠片を口に放り込まれた。 それこそ、一個10円のチョコレートより小さいのだが、しっとりとしてほろほろと崩れる、それでいてずっしりした甘味とチョコレートの風味は、なるほどそれで十分といったところだな。 「気に入ったみたいで何より」 そう嬉しそうに言った古泉は、少しばかり悪辣なものにその笑みを変えて、 「ま、今日これだけいい味になったのはあんたのおかげだけどな」 「どういう意味だそりゃ」 「そりゃ勿論、あんたが長いこと離してくれなかったか――…」 「っ、黙れこの阿呆!」 そう罵り様、古泉の頭を思い切り引っ叩いた。 それくらいする権利はあるだろ。 大体、解放してくれなかったのはお前だ! 「あんたが可愛くておいしいからだよ」 なんて、古泉はいけしゃあしゃあと言いやがったので、もう一発引っ叩いておいた。 |