片付けられないカレ
  お題:猫型ロボット 押入れ 眼鏡



年の瀬だから、と大掃除を始めて、ふと気になったのは一応恋人なんてことになっちまっている、料理は天才的にうまいもののその他の家事能力となるとえらく程度が低くなっちまう、外面優等生のことだった。
あいつのことだ。
大掃除なんてしやしないに決まっている。
何せ、引っ越してから一年ばかり、自分で掃除もしなかったなんていう奴だからな。
冬休みともなれば炬燵でも出してごろごろだらだらしてるに違いない。
そのくせ、料理だけは手間隙かけて、今からおせち料理の準備だの雑煮の準備だのに余念がないんだろう。
その料理に釣られたわけじゃないのだが、既に年末年始はあいつのところに入り浸る予定が立っている。
しかしである。
潔癖症と言うわけでもないしそんなに綺麗好きと言うわけでもないのだが、まあ平均的に小奇麗に整えられた住環境で育てられた俺としては、あのぐしゃぐしゃの部屋で新年を迎えるなんてことは言語道断、何があっても避けたい事態である。
よって、俺は自室の掃除――どうせすぐに終るくらいにしか散らかしてない――を放り出すと、
「古泉のとこ手伝ってくる」
と言って家を飛び出した。
12月28日のことである。
つい先日のクリスマスを、一応恋人同士らしく過ごした時には片付いていたはずの古泉の部屋が、たったの3日ばかりの間にしっちゃかめっちゃかになっているのを見た時には絶望しか覚えなかった。
「…っ、なんでこうなるんだ!!」
思わず怒鳴れば、流石の古泉も申し訳なさそうな顔だけはして、
「いや、だから……その、重箱とかどこに仕舞ったっけなーって思って、探してたら………」
「料理関係は全部台所じゃないのか?」
「流石にそういう季節物は他所に仕舞ってんだよ。あれこれ全部おいておくほど、うちのキッチンも広くねーし」
一般的な一人暮らしの学生のそれと比べたら、あまりにも広過ぎると思うのだが、こいつの食と料理に対するこだわりを思えばその通りなのかもしれない。
馬鹿丁寧に調理器具を取り替えたりするからな。
ちょっと気張ってフレンチなんかこしらえた時には、洗い物が山積してたくらいだ。
それを綺麗に片付けたのは褒めてやってよかったと思うのだが、
「なんでそのスキルが他の場所には一切発揮されないんだ…!」
絶叫してやりたい気持ちになりながら、俺は掃除にとりかかるしかなかった。
掃除と言うよりもむしろ、片付けだな。
古泉は押入れの中に仕舞っておいたわけの分からん段ボール箱まで引きずり出したりしたようだし。
くそ、せっかくこれまで見てみぬフリをしてたってのに、ここまで広げられたら片付けんことにはどうにもならんじゃないか。
「そもそも、なんだこの箱は。何も分類出来てないじゃないか」
「あーそれは、俺が家を出てく時に、おっかねー母さんとねーちゃんたちが、『出てく人間の分まで置いて置けるほどうちに余裕はないっ』とかなんとか言って、全部持たせたんだよねー」
それがこの箱か。
「うん」
「……どうみても、床に転がしてあったものまで全部突っ込まれたようにしか見えんのだが?」
「だってそうだもん」
だもんじゃねーよ。
「かわい子ぶって許されると思うなよ」
「えー? そういうつもりじゃねーんだけどな」
と笑っておいて、
「でも、そうやって突っ込まれたまんまだから、結構面白いもんも入ってると思うよ? 俺の実家の部屋にあったもん、そのまんま突っ込んであるんだからさ」
ああそうかい。
むかむかしながら俺はゴミ袋を引き寄せ、つっこみ始める。
せめて紙くずくらいは捨ててもらいたかったんだが、それすらするのが面倒なほどこいつの部屋は散らかってたんだろうな。
明らかにゴミと分かる、中学のテストや春休みの過ごし方なんてプリントの類を叩き込み、苛立ちをぶつけてやる。
というか、中学のテストの点がいいのが妙に腹立たしいな。
この頃は普通にそういうキャラでやってたんだろ?
「あったり前じゃん。俺、勉強とか特にしてなくても、ぼーっと授業さえ聞いてりゃなんとかなる子なんだよね。それがちょっと料理の献立とかあんたのこととか考えるとだめなんだけど」
と笑っている顔に鼻と髭つきの黒縁眼鏡――いわゆる鼻眼鏡だな。
「……何やってんだお前」
「可愛くね? さっきこん中から出てきたんだ」
と浮かれているが、やめてくれ。
「可愛くねーよ」
と言いながらこっちまで笑えてくるだろ。
「つか、なんでそんなもんまであるんだ」
腹筋を震わせながら言えば、古泉はへらりと笑って、
「あんま覚えてないけど、多分中学の友達にもらったんだよ。顔がいいのにお前の性格はあまりにあれで勿体無いから、いっそ顔の方を合わせろとかなんとか言ってさ」
「ああなるほど。そう言われたら、そっちの方がお前の性格には合うかもな」
と、結構なことを言ったと思うのだが、古泉は嫌な顔もせず、
「だろ? 大体、顔が整ってるからって性格まで整ってるとは思ってほしくないなぁ」
などと軽口を叩く。
「まあ分かったから、それは仕舞うなり捨てるなりしてくれ」
くっくっとまだ笑いながら俺が言うと、古泉は少し考え、
「んじゃ、取っとく」
と満面の笑みで言う。
「あんたを怒らせちまったりした時とか、効きそうじゃね?」
「…やられる前に言っておくが、怒ってる時にそんなもんつけて顔出したりした日には、火に油を注ぐってことは覚えておけ」
「へーい」
それでも一応仕舞うらしい。
というか、俺に仕舞わせるんだがな。
だがまあ、一応「必要な物入れ」に分別しただけよしとしてやろう。
それにしても、本当に大仕事だ。
「よっぽどうまいものでも食わせんと、腹が立ったままになりそうだな」
独り言めかして呟けば、こういうところ、非常に単純に出来ている古泉は素直に、
「あ、んじゃ、腕によりをかけて作るよ。何が食べたい?」
と言って、「麻油鶏」と書いてある黒のロングTシャツの袖をまくるので、
「…それ」
と指差してみた。
「うん?」
「それが食ってみたい」
なんだかよく分からんが、とりあえず鶏料理なんだろ。
「うん、そうだけど……すっげぇ適当なリクエストの気がするのは俺の気のせい?」
「気のせいだろ。つうか、お前がそういう謎のTシャツを着てるのが悪い」
「謎って、ただの料理名の漢字Tシャツじゃん」
言いながら裾を引っ張り、文字を見ているので、
「伸びるぞ」
と一応忠告してやったが聞く気はないのだろう。
「ま、適当でもいっか。冬にはぴったりの料理だし」
そう言ってどうやら自分の中で完結したらしい古泉は、
「んじゃ、俺ちょっと買出しに行って来る。すぐに戻ると思うから」
と言ってクローゼットのある寝室の方へ消え、戻ってきた時には外面仕様になっていた。
いつものことながら見事だ。
「それでは、行ってきますね。申し訳ありませんが、お留守番をお願いいたします」
「ああ、とっとと行って帰って来い」
「ええ、勿論」
そう微笑した唇のラインが何か気になると思ったら、古泉はこそりと俺の耳に唇を寄せ、
「…そうやって、段ボール箱に頭を突っ込んで掃除してるあなたの背中のラインをもう少し鑑賞したいですからね。掃除が終るまでには絶対に帰ってきますよ」
と低音で囁きやがった。
「んなっ…!?」
「ふふ」
楽しげに忍び笑いを漏らし、
「さっきから、段ボール箱の中身を探るたびに、ちょこちょこシャツがめくれて背中が見えてるんですよ。あらかじめ、料理の支度をしておくべきでしたね。…そうしたら、買出しになんて行かずに、あなたのお誘いを甘受出来たでしょうに」
「…っ、もう、馬鹿言ってないでさっさと出てけ! この背中フェチの変態が!」
と怒鳴ってやったってのに、古泉は非常に楽しそうに出て行った。
全く、腹が立つ。
苛立ちはとにかくゴミにぶつけちまえとぽんぽんゴミ袋に放り込んで行く。
本来なら、他人の部屋では許されないような暴挙だ。
しかしながら、古泉の部屋の掃除なんてもう何度もしているし、あいつの要るもの要らないものという区別も分かるからな。
問題ないってわけだ。
…その状況に古泉は甘さを感じられるらしいが、そんな素っ頓狂に楽天的な脳みそは持ち合わせていないので、俺にはなんとも言い難い。
ともあれ、3つも4つもあった段ボール箱を半分以下に削減したあたりで玄関のドアが開く音がし、
「ただいま帰りました」
と外面仕様にしてはいくらか浮ついた声がしたので、
「おお、お帰り」
と自分としては素っ気無く返したつもりだったのだが、
「嬉しいものですね」
と背後から抱き締められた。
……なんなんだ。
「いえ、やはり何度体験しても、家に帰ってきた時にあなたがいて、お帰りと声を掛けていただけるのは嬉しいものだと、しみじみ幸せを感じまして」
「…古泉、正直に言っていいか?」
「なんでしょうか」
分かってるだろうに、古泉はにこにこ笑ってこちらを見ている。
俺はそれに思い切り顔をしかめながら、
「はっきり言って気色悪い。とっととその背負った巨大猫、脱ぎ捨てて来い」
「はい」
くすくすと笑いながら着替えに行く古泉を見送り、全く、ともう何度目かの呟きを漏らしながら段ボールに手を突っ込んだ、ら、ふわっとしたものが手に触れた。
…ふわっ?
「に゛ぃー」
というのは鳴き声か!?
「っ、い、生き物!?」
んな馬鹿な、と思いつつ思わず飛び退った俺に、声を聞きつけたのだろう、ジャケットを脱いだだけの古泉が戻ってきて、
「どうしました?」
「今、なんか、変なもんに触ったんだが、お前、何入れてたんだ!?」
「いえ、入れたのは僕じゃなくて僕の家族なんですけどね」
どうでもいいことを言いながら、ひょいっと段ボール箱を覗き込み、それでは分からなかったと見て中に手を突っ込んだ古泉は、無造作にがしゃがしゃと中身をかき回した挙句、笑顔で何かを取り出した。
「これですよ」
白が埃塗れになったような灰色のぬいぐるみみたいなものを、俺はまじまじと見つめる。
それが異音の正体なのか?
「こう見えても、ロボットなんです。猫型ロボット、と言うにはちょっとお粗末ですけど」
そう言った古泉がその頭をきつめに撫でると、
「に゛いぃー……」
とまた恨めしげな音がした。
「電池が切れ掛かってるので、こんな音になったんでしょうね。本当はもっと高くて可愛い声で鳴くんですけど」
笑顔で言いながら、惜しげもなくゴミ袋に突っ込むのはいいが、それは本当に可燃ごみでいいのか?
呆れる俺に、
「それにしても、」
と古泉はこの上なく楽しそうな笑みを見せ、まだみっともなくへたり込むように座り込んでいる俺の傍らに膝をつく。
「…驚いて無防備になっているあなたも、可愛いですね」
とキスをされたので、反射的に殴り飛ばしておいた。