カレーのおねーさん



古泉の家に泊まることになっていたその日、俺たちは学校帰りにスーパーマーケットに寄った。
言うまでもなく、買出しのためだ。
料理好きの古泉のことだから、俺が来ると分かっていたならもっと早くから準備していただろうと、当日になって買い出しに行くことを不思議に思うかもしれない。
それは半分くらい正しい。
今日だって、古泉はちゃんと準備してくれている。
だが、古泉だからこそ、生野菜など鮮度が重要なものは当日買いに出るのだということも分かってもらいたい。
そんなわけで、俺たちは野菜売り場をさまよっていた。
「今夜は何を作りましょうかね…」
と料理に関することでもなければ滅多に見せないような真剣な顔で考えている古泉に、
「メインは何なんだ?」
と聞けば、
「そろそろ豚肉の味噌漬けが食べ頃のはずなので、それを焼こうかと。でも、付けあわせで悩んでるんですよ」
食べる側としては、キャベツの千切りでもあれば十分だと思うのだが、それを口にすると古泉が不貞腐れるのは目に見えているので、言わないでおく。
「味噌漬けに味噌汁はお前が気に食わんだろ」
「そうですね。どうせならもう少し違ったものを作りたいです」
「……じゃあ、玉子スープが飲みたい」
「ああ、いいですね」
嬉しそうに笑った古泉が、チンゲン菜をかごに放り込む。
今日のはチンゲン菜入りになるらしい。
「汁物はそれでいいとして、副菜はどうしましょうか」
「そうだな……」
ううんと考え込むが、料理に関する引き出しは古泉の方が遥かに多いに決まっている。
「お前は何がいいと思う?」
思いつかないままそう返した時だった。
「カレー」
という声が短く響いたのは。
もちろん、言ったのは古泉ではない。
しかし、非常に聞き覚えのある声だった。
別に怖がる必要はないのだが、なんとなく、怖々振り向いた先にいたのは、長門だった。
「…長門?」
「カレー」
もう一回繰り返した長門の、いつになく強い光を宿した瞳に映るのは、古泉である。
古泉は戸惑いを隠しもせずに目を瞬かせた後、
「…ええと……僕に作れ、と?」
肯定の頷きを返す長門に、それでもまだ納得行かないらしく、古泉はもう一度問う。
「どうしてですか?」
「…おいしいカレーが食べたい」
その言葉に、俺は思い出した。
一度、長門の部屋で振舞われたカレーのことをだ。
思い出すだけで切なくなる気がする。
だから、
「古泉、作ってやってくれないか?」
と古泉を不機嫌にする覚悟で言ったのだが、幸い古泉は戸惑いの方が勝ったらしく、
「…え、どうしたんです? 珍しい顔をして……」
「まあ聞け。俺は一度長門のところでカレーをご馳走になったことがある。それがまずかったわけじゃないし、気に入らなかったわけでもないんだが、あれが長門の毎日の食事かと思うと切なくなるようなカレーだったんだ」
「えぇと…レトルトとかですか?」
微妙に惜しい。
「缶のカレーだ。副菜としてキャベツの千切りのみのサラダがつく」
「………本当ですか?」
古泉が聞くと、長門はこっくりと頷いた。
「…言っていいですか」
「いい」
「……そんなのは、料理として認めません」
厳しくもそう言った古泉だったが、
「長門さんなら料理くらいすぐに覚えられるでしょうに、そうしないんですか?」
「必要でない機能の追加は認められていない」
「料理は必要です。不可欠と言ったっていい。早急に申請を行うことをお勧めします」
頷いた長門に、古泉ははっきりと、
「僕がちゃんとしたカレーを作ります」
と言ったのだが、その後で軽く顔をしかめた。
「…でも、カレーには最低でも三日はかけたいんですよね……」
「待つ」
即答した長門に古泉は目を見開き、
「待つ、って……ううん…」
どうしたものか、と考え込んだ古泉に、
「古泉、あれはどうだ? ドライカレー」
「…ああ、あれなら早く出来ますね。長門さん、きちんとしたカレーはまた後日、必ず作りますから、とりあえず今日はそれでどうですか?」
「…いいの?」
「ええ。あなたがそんな食生活を送っていて、しかもそれに不満を抱いていることをもっと早く知っていたら、僕だってちゃんと対応したんですよ。あなたには、いつだってお世話になっているんですから」
「……ありがとう」
「それはこちらの台詞です」
そう言って微笑んだ古泉は、
「材料を買い揃えたら、早く帰りましょう。長門さんはよかったらタッパーでも買ってもらえますか? うちの常備菜をいくらかお分けしますよ」
こくんと頷いた長門と共に、俺たちは駆け足で買い物を済ませ、古泉の部屋に帰った。
長門を居間に通し、冷蔵庫から取り出した冷茶を出した俺は、冷蔵庫に食材を仕舞い込んだりしている古泉と、軽く顔を見合わせた。
料理をするなら古泉も着替えたいだろうし、俺としても、対外仕様の古泉と長々と過ごしたくはない。
だが、長門がいるのではこのままでいるしかないだろうか。
どうしたものか、と考えていると、長門が古泉に向かって言った。
「着替えていい」
「……えっと…それは、単純に着替えていい、という意味ではないですよね?」
頷いた長門が、
「知っているから」
と返す。
「…そうでしょうね」
苦笑するように呟いた古泉が軽く肩をすくめ、俺を見る。
「そういうことのようですから、ちょっと着替えてきますね」
「あ、ああ」
「それとも、あなたが嫌ですか?」
意地の悪い笑みで古泉は言った。
「嫌って……」
「普段の僕を長門さんに見せたくない、というのでしたら、僕はこのままでもいいですよ」
「…アホか。制服が汚れるだろ」
「それもそうでした」
くすくすと笑った古泉が着替えに行き、俺はため息を吐く。
別に俺は、そこまで独占欲は強くない。
もちろん、古泉の本当の姿をひけらかしたくはない。
あんなのを知っているのはごく一部の人間だけでいい。
だが、だからと言ってSOS団の仲間であり、常日頃特に世話になっている長門にまで隠そうとするつもりはないのだ。
長門なら、言いふらしたりもしないだろうしな。
しかし、長門はなにやら意味ありげに俺を見つめていた。
「…長門?」
「……ごめんなさい」
「何がだ?」
本気で、何に対しての謝罪なのか理解できずに戸惑っている俺に、長門は小さな声で言った。
「邪魔をして」
…ああ、そういうことか。
「別にいい。気にするな」
小さく笑って、俺は長門の頭を撫でた。
「どうせ、夕食の支度で悩んでたくらいだし、今日は何をすると決めてたわけでもないんだ。お前が来てくれて、かえってありがたいくらいだ」
「それはないんじゃねーの?」
不満に満ちた声が聞こえ、顔を上げると、『南蛮漬』と書かれたオレンジ色のTシャツを着た古泉がふくれっつらで立っていた。
「お前だって、悪い気はしないだろ?」
「まあ、それはそうだけどさぁ、あんたにそう言われると面白くねーの」
「なんだそりゃ。ほんとにお前はわがままだな」
「あんたよりはマシ」
あっかんべ、と舌を出した古泉だったが、長門には一応ちゃんと接することにしたらしい。
「すぐに作る…っつっても、多少時間はかかるけど、いいよな?」
「いい」
「んじゃ、待っててよ」
こくんと頷いた長門に背を向け、キッチンへ入りつつ、古泉は、
「なあ、長門さんって、」
と何かを聞こうとしたのだろうが、それを長門が珍しいまでにはっきりとさえぎり、
「ゆきりん」
と告げた。
一瞬、フリーズしたのは俺だけではあるまい。
古泉もぽかんとした顔で長門を見た。
しかし、やはり古泉の方が理解は早いと言うのか、すぐに復帰したかと思うと、
「…さんきゅ?」
と礼だかなんだか分からんことを言った上で、仕切りなおしとばかりに言い直した。
「ゆきりんって、もしかして、俺たちのこととか全部知ってたり、見てたりすんの?」
長門はどう答えるか迷ったのか、はたまた答えてよいものかと考えていたのか、しばらく黙り込んだ後、
「……涼宮ハルヒの関係者の人間関係は正確に把握しなくてはならない。だから」
「ああ、だから俺たちのことも知ってたってことか。…んー、じゃあさ、別にのぞいてた、ってわけじゃあねーんだ?」
お前な、と思わず赤面した俺に構わず、長門は答える。
「しない」
…出来ないじゃなくてしないなんだな、長門。
いや、それで十分と言えば十分なんだが……少々複雑なものが胸の内に去来する。
「そりゃよかった」
からりと笑った古泉だったのだが、なぜかその目には攻撃意思とでも言ったらいいようなものが光って見えた。
「古泉? どうかしたのか?」
いくらかびくつきつつ聞いた俺に、古泉は裏のない明るい笑みを返しておいて、長門を見た。
「いや、な。もし、キョンの、あ〜んなとこやこ〜んなとこを見られてたとしたら、たとえゆきりんでも許せねーってなるところだったってだけの話」
軽い言い方ではあるのだが、どう見ても本気で言っているようだった。
そんな古泉の執着や独占欲の強さを、そのあらわれを、怖いと確かに思った。
それなのに、だ。
……それ以上に、そんな風に思われ、それを隠しもせずに見せ付けられることを嬉しいと感じちまった辺り、俺も末期だ。
顔が熱く、赤くなるのを感じながら、
「あほなことばかり言ってないで、さっさと飯を作ってくれ。腹が減った」
「はいよー。極力急ぐから、待っててな?」
嬉しそうに笑った古泉は、妙に幸せそうで、見ているだけでもむず痒かった。
脱力するようにソファに座った俺の顔を、隣から覗き込んだ長門は、その澄んだ瞳に俺を映しながら、古泉には聞こえないようなかすかな声で囁いた。
「…幸せ?」
「……言うまでもないだろ」
真っ赤になった顔を手で覆い隠しながらもそう答えた俺に、長門がかすかに微笑んだような気がしたのは気のせい…だろうか。

さて、こと料理に関して、古泉が「急ぐ」と言って、実際早く用意が整ったためしはない。
何せ、料理に関してはよっぽどやる気が出ない時でもなければ手抜きが出来ないという、器用なのか不器用なのかさっぱり分からないのがこいつである。
今回もその例に漏れず、料理が完成し、俺たちがテーブルにつくことが出来たのは、部屋に戻ってから2時間ばかりが過ぎた頃であった。
それでもマシな方だったと思えるだけ、俺も、「古泉時間」とでも呼んだら丁度よさそうなこいつの時間感覚に慣らされているようだ。
長門はじっとおとなしく待っていた。
料理を覚えようと言うのか、古泉がしている作業をずっと目で追っていたような気がする。
気がする、というのは俺が別方向を見つめるので必死だったからではあるのだが、だからと言って古泉を見ていたなんてことになると相当に気持ち悪いような気がする。
こういうことは自覚したら負けだから気のせいということにしておこう。
俺はただ単に、古泉がえらく気に入ってしまったピンクのエプロンのひらひらが気になっていただけだ、うん。
「動くものが気になるって、あんた、ネコかよ」
と笑った古泉が、
「別に今更恥ずかしがらなくったっていーじゃん。あんたが、料理してる俺のことじーっと見てるのもいつものことなんだしさ」
などと言いながら伸ばしてきた手をぱちりと払い落とし、
「うるさい」
と睨みつけてもなんらダメージを与えられんらしい。
「かっわいーなー、もうっ」
だらしない顔で言って、抱きついてくる。
「いいから、とっとと食わせろっ」
「あーんって?」
「違うわ!!」
誰がそんなことを要求するか。
やりたがりそうなのはお前だろ。
「長門もいるんだから、早くしろ」
噛み付くように言えば、流石に引くことにしたらしい古泉がむかつく動作で軽く肩をすくめつつ、
「へいへい」
とやる気のない返事をし、テーブルに皿を並べた。
「ドライカレーにはナンかなって気もするんだけどさ、ああいうのはやっぱり本式の釜で焼いた方がうまいから、諦めて日本人らしく米の飯にしました。サフランで軽く色はつけたけどね。あ、バターライスも用意してあるよ。キョン、好きだろ」
俺としては古泉が作るものなら大抵なんでもうまいのだが、この場でそれを口にするのはいつも以上に気恥ずかしいものがあったので、
「なんでもいい」
と投げ出すように言ったのだが、古泉のニヤニヤは収まらない。
本気で美形が台無しな顔である。
その口がかすかに動いたが、声は聞こえてこなかった。
それでも分かる。
…かわいいとか、ぽんぽん言うなっ。
「しょーがねーじゃん。あんたが可愛いんだから。てか、嫌なら読み取るなよ」
「やかましい」
むっと眉を寄せ、唇をへの字にひん曲げながら、俺はカレーを睨んだ。
急がせた割に、手が込んでいる。
細かく刻まれた具は、何種類くらい入ってるんだろうか。
ちょっとやそっとじゃ把握しきれない気がする。
サラダは単純なグリーンサラダのように見えるが、レタスの上には飾り切りのラディッシュやらカリカリに焼いたベーコンやら、パンからして古泉の手作りであるクルトンがしっかり乗っている。
ドレッシングが手作りであることは言うまでもない。
添えられたスープもただのコンソメかと思いきや、なにやらエスニックな風味を漂わせているし、骨付き鶏が沈んでもいる。
…古泉には、手抜き料理なんてものは存在しないんだろうな。
手抜きって段階で、料理というカテゴリから外されるに違いない。
呆れとも賞賛ともつかないことを思いつつ、俺は長門に聞く。
「こういうカレーでもよかったか?」
こくんと長門が頷く。
「…初めて」
だろうなぁ。
「……いつも、こんな感じ?」
「大体はな。もっと凝ってる日もあるし、もっとシンプルな日もある」
ただし、シンプルだからといって手間がかかっていないわけじゃないと言うのが古泉の恐ろしいところだ。
単純に野菜の煮物だと思ったら、下ゆでに恐ろしく時間が掛かっていたり、そうでなければ野菜を手に入れるために苦心していたりするんだからな。
「長門も、長いこと待たされて腹が減ったろ? さっさと食べようぜ」
声をかけ、頷いた長門が古泉を見る。
古泉は柔らかく笑って、
「どーぞ、召し上がれ」
と言いながら自分も席についた。
「いただきます」
と手を合わせ、まずはスープからすすると、独特の風味が広がった。
いくらか甘いような、そのくせ舌を刺すようなかすかな刺激を味わっていると、古泉が上目遣いにこちらを見て、
「どう、かな。初めて出してみたんだけど、あんたの口に合う?」
「そうだな…」
と考えるのは礼儀だ。
実際、考える必要なんてないようなもんである。
何せ、俺の舌は古泉の料理に甘やかされ、慣らされ、むしろ飼い馴らされてすらいるからな。
古泉が作るものをまずいと感じるわけがない。
だから、好みの味だと即答したってよかったのだが、そうするとかえって古泉が不機嫌になり、味わっているかどうか疑い始めることを経験上よく知っている。
加えて、まだ舌の上に味わいが残っているのに、それをしっかり味わうことなく、舌に言葉を乗せるのはもったいないようにも思えたのだ。
それがすっかりなくなって、もう一口と求めたくなるのを堪えながら、俺は小さく唇がほころんでいくのを感じつつ答えた。
「初めての感じだが、割と好きだと思う。癖になりそうで困るがな」
「よかった」
ほっとしたように笑う古泉は、はっきり言ってしまえば、俺なんかよりも遥かに可愛い。
ぎらついたところも、かしこまったところもなく、純粋に、安堵や喜びが見て取れるその表情が、俺は好きだ。
俺の反応を見て安心した古泉が、自分もスプーンを取りながら長門に目をむけ、……なぜか、怪訝な顔をした。
釣られるように俺も長門を見ると、長門はいつもの健啖っぷりもどこへやら、おとなしく、少しずつ、カレーを口に運んでいた。
「……長門?」
そう呼んでみると、ワンテンポ遅れて長門が顔を上げる。
そこに浮かんでいるのは、疑問である。
何故呼ばれたのか分からない、ということらしい。
古泉が首を傾げつつ、
「えーと、ゆきりん、おいしく…ない?」
ふるふると長門が首を振る。
「おいしいならいいんだけどさ。……なんか、今日はゆきりんらしい食べ方じゃないなって思ったんだけど……」
そう言われてやっと、長門は俺たちの戸惑いの理由が分かったらしい。
じっと古泉を見つめて、
「……本当に、おいしいから」
と答え、また食べ始める。
一口一口噛み締め、味わっているようだ。
それは、ようだ、などという曖昧な表現を必要としないくらい、歴然としていた。
古泉は嬉しそうに顔をくしゃりと歪め、目元を片手で覆った。
「うあー……どうしよ、なんか、泣きそうなんだけど」
「そこまでか」
驚く俺に、古泉はさっきの言葉が嘘ではないと証明するように、潤んだ瞳をこちらにちらりと見せ、
「だってさ、ゆきりんがそこまで言ってくれて、実際味わってくれてんだぜ? 俺なんか、プロでもねーし、独学であれこれ作ってるだけの素人なのに」
その感動は分からないでもない。
分からないでもないのだが……。
「……古泉、ちょっと」
俺は無作法と知りつつ、立ち上がった。
「え?」
戸惑う古泉の手を引いて、廊下に出る。
長門は相変わらずカレーに夢中で、俺たちが席を立ったことに気づいているのかどうかすら怪しかった。
「一体どうしたんだよ。食事中に席を立つなんて珍しい」
本気で困惑しているらしい古泉には悪いが、俺はその問いに答えることなく、古泉に抱きついた。
「っ…!?」
驚きにだろう、古泉が息を呑むのを感じながら、強くその体を抱きしめ、苛立ちに任せてその背中に爪を立てた。
Tシャツ越しにさえ存在を感じられる傷を残して、かさぶたを作ったのだって、俺なのに。
長門があんなにもはっきりと、古泉の心を動かしたことが、面白くなかった。
いや、そんな中途半端な表現じゃ生温く感じられるほど、俺は嫉妬していたのだろうと思う。
言葉も出ず、だからと言って涙も出ず、これ以上激しい行動にも出られない、情けない俺だったのだが、古泉には辛うじて通じたらしい。
「……妬いてる?」
からかうようにではなく、確認を求めるように言われて、俺はやっと少しだけ体を離し、古泉の顔を見られるようになった。
迷っているのか、妙に複雑な表情をした古泉を見つめ、小さく、それこそ長門のように数ミクロンあごを引いて肯定の意を示せば、古泉は優しく微笑んで俺の唇にキスを寄越す。
「ん、ごめんな。さっきのは俺が悪かった。あんたが不安になってもしょうがないと思う。…でもさ、杞憂だからな? 俺が好きなのはあんたで、あんたが好きだから、あんたにおいしいものを食べさせてやりたいし、おいしいって言ってもらいてぇの。ゆきりんに、認めてもらえて嬉しいってのとは、全然方向性が違うんだよ。……分かる?」
「…分かる、けど、な」
それでも嫌だと思った。
俺でも見たことのなかったような顔を、長門が古泉から引き出したことも。
古泉の料理に長門があそこまで反応を示したことも。
長門の反応に、古泉があんなに喜んだことも。
全部、嫌だと思った。
古泉の独占欲の強さや執着の強さ、俺に向けてくれる思いの激しさを怖いと思うくせに、俺はどうやらそれに負けないくらいか、あるいはそれにすら勝るほどの独占欲を抱き、執着を持っているらしい。
それを知って、怖くなった。
こんなに強く思っていることが苦しくもある。
この執着を知られたら、怖がられるんじゃないかとも思える。
どうしたらいいのか分からなくて、ただ、古泉を抱きしめるしか出来なかった。
「……嬉しいなぁ」
不意に、古泉が呟いた。
俺の内心の酷く混乱した葛藤状態からはあまりにもかけ離れた、のんびりと柔らかな口調で。
「なに、言って…」
「嬉しいよ。嬉しいに決まってんだろ。…あんたがそんなに俺のことを好きでいてくれて、嬉しい。…大好きだよ。愛してる」
そう言ってキスを繰り返す。
その感触も、言葉も、抱きしめてくる腕も、優しくて、暖かくて、泣きそうになった。
「好き、だ。……っ、長門に、妬くくらい、好きだ、から、」
離れるな。
置いていくな。
消えるな。
いなくなるな。
側にいろ。
ずっと俺だけを好きでいろ。
好きで、いて。
嫌いになるな。
ならないで。
――ああ、古泉の言うとおり、俺の方がよっぽどわがままだなと、嗤った。
「好きだよ。放せるわけないだろ。あんたが嫌って言ったって、まともに受け入れてなんてやるもんか。あんたは俺のなの。俺が、あんたのであるのと同じようにな」
誓うように囁いて、古泉が深く口付ける。
熱くて、そのまま思考もろともとろけてしまいそうだと思った時。
キィッとかすかな音を立てて、ドアが開いた。
ぎょっとして顔を向ければ、長門が立っており……、
「……ごちそうさまでした」

………恥ずかしさで、人は死ねると思った。