微妙に色々捏造してますが今更ですよね☆←





カレのおねーさん



日曜日の朝っぱらから恋人の家にいるからといって、色っぽい空気を期待してはならない。
何せ、当事者が俺と古泉である。
古泉の甘え方ははっきり言ってしまえば小さな子供がべったべったと身内に絡んでくるような甘え方に近いし、俺はといえば絡まれたところでそんなものに構っている暇もなく、掃除に精を出さねばならん。
となると、色っぽいどころか甘い空気にすらならないのが常であり、そういうところは古泉と付き合っていて、いいところじゃないかと思う。
変に気張らなくていいし、緊張もしなくていいからな。
ただ、油断は禁物だが。
「もうちょっと構ってよ」
と甘えたことをストレートに言ってくる古泉を鼻で笑い、
「構ってほしけりゃもう少し部屋を綺麗に保つ努力をしろよ」
「むー…。でもあんた、部屋が汚れてるから来てくれてるんだろ?」
「あほか」
言いながら、丸めた紙くずを投げつけてやる。
「それだけで来るほど俺が暇を持て余しているように見えるか?」
「でも、俺に会いに来てくれてるにしては冷たいじゃん」
と膨れる古泉の頬を両手で挟みこんでやると、口から空気が漏れて、ぷぅっと間の抜けた音がした。
それでつい笑ってしまいながら、
「分からんか?」
と聞くと、
「何がだよ」
と拗ねた調子で聞き返される。
俺のことを鈍い鈍いと言う割に、お前も鈍いじゃないかと笑いながら、小さな声で、
「お前の顔見て、一緒の部屋にいたら、それ以上何かしたいと思うこともなくなるくらい、十分なんだよ」
「っ、ああ、もう!」
奇声を発した古泉に抱きしめられ、押し倒される。
こうなると思ったから言いたくなかったんだが、と眉を寄せても、古泉の機嫌はよくなるばかりだ。
「なんでそう可愛いかなぁ!」
「お前の目が悪いんだろ」
「違うっての。…可愛いよ。大好き」
へらっと幸せそうに笑いながら、古泉がキスをよこす。
「ん…くすぐったい、って……」
「いーじゃん、ちょっとくらい。昨日はちゃんと我慢しただろ?」
「か、代わりに口でしただろ…っ!?」
おかげで俺はいまだにあごがだるいんだぞ!?
「昨日は昨日、今日は今日」
歌うように面白がるように言った古泉が、俺の耳を甘がみして、ぞくっとした。
「それに、今日は昨日ほど嫌そうじゃないし?」
「やっ、め、…まだ、そう、じ、ちゅ…っ!」
いかん、このままじゃなし崩し的にやられる。
そう危機感を持ったところで、不意に古泉の携帯が震え、着信音が響き渡った。
天の助けだと思った。
古泉はしぶしぶ俺から離れると、電話を取った。
「園ねぇー…今すっごくイイトコロだったんだけどー?」
第一声がそれか。
というか、園ねぇって誰だよ。
俺が怪訝な顔をしたのを見て取ったのか、古泉はニヤッと悪役臭く笑うと、
「園ねぇってのは森さんのことな?」
と俺に言った。
森さんだと?
お前、森さんを怖がってなかったか?
それなのに、本人にはそんな風に呼ぶのか。
言いたくはないが、面白くないと眉を寄せても、古泉はにやにやしたまま、
「後で説明すっからさ、ちょろっと待っててよ」
と言って、会話に戻った。
釈然としないまま、俺は耳をそばだてる。
古泉はどうやら会話を中断したことを詫びているようで、
「ああ、うん、ごめんなさい。でもさ、キョンが可愛くって……うーあー、はいはい、俺が悪いんですー。説明してなかった俺がぁー」
などと話している。
機関には報告済みだと聞いてはいても、そんな風に機関の関係者相手に惚気染みたことを言われると、こっちがはらはらさせられる。
しかし、古泉は平気な顔で、
「えぇ? 今から? マジで? 遠慮してよ…すいませんごめんなさい言ってみただけですー!」
などと話している。
何の話だか分からんが、…本当に、仲、いいな。
じっと見つめていると、ふっとこちらを見た古泉が、にやっと笑い、俺に向かって言った。
「妬いてる?」
「なっ…!?」
つうか、お前話し中だろ!?
古泉は笑いながら、
「うん、ああ、ごめんなさい。キョンが可愛くってさぁ。…え? さっきも言った? いやでも、さっきとは違う可愛さなんだよ、これが。園ねぇも見れば分かるって。あーでも、あんま見せたくないかも?」
と甘ったれた声で言っていやがる。
こいつ、後で絶対殴ってやる。
「あ、ほんとに? 楽しみだな」
いきなり声のトーンが軽くなったと思ったら、古泉は俺を見て、
「キョン、和菓子と洋菓子ならどっちがいい?」
「え?」
突然なんだ?
「餡子系生和菓子と、クリーム系の洋菓子、どっち?」
「お前が作るのか?」
「んーん」
と古泉は否定し、
「森さんが買ってきてくれるってさ」
俺に対しては森さんと言うのか、となにやらやきもきさせられたが、それより気にすべきことがあった。
「…今から、か?」
「そう」
「ここに?」
「うん、ここに」
「…邪魔になるんじゃ……」
「森さんが?」
違う! 俺がだよ!!
「仕事の話じゃないのか?」
「少しはね。でも、少しだし。それでキョンを帰らせるくらいなら俺が逃げる…って、うるっさいよ園ねぇ。俺がこんななのは今に始まったことじゃねーじゃん」
顔をしかめながらも笑ってそう言った古泉は、少々唖然としている俺をよそに、
「んで、キョンはどっちが好き?」
と聞いてきた。
これは答えねばならんのだろうな。
しかし、和菓子と洋菓子か。
食べるならどちらが好きかといえば洋菓子なんだが、最近は古泉のせいで古泉の作る洋菓子に舌を慣らされ、店のやつがそうおいしく感じられなくなってきちまってるからな。
だから俺は、古泉が作れない――または作らない――からという理由で、
「…どっちかというと和菓子の方がいい」
と答えた。
「りょうかーい。つうわけで、園ねぇっ、和菓子よろしくっ!」
古泉は笑顔でそう言い放ったかと思うと、返事も聞かずに通話を切った。
それでかけ直してこないということは、森さんも古泉のこの扱いに慣れているということなんだろう。
「まあ、付き合いはそこそこ長いし」
「そうだな。年数だけなら俺よりもよっぽど長いだろ?」
「そうなるね」
そう答えた古泉は再び俺に伸し掛かるような形で抱きついてくると、
「なぁなぁ、妬いた? 妬いたんだろ?」
「う、嬉しそうに言うな!」
「あーごめんごめん。実際嬉しくってさぁ…」
なんだと?
「だってほら、俺たちって、俺が押し切って付き合い始めたじゃん? それだけに時々不安になんのよ、俺も」
「嘘吐け。単純に面白がってるだけだろ」
それくらいのことは俺にだって分かる。
指摘された古泉は、ぺろりと舌を出し、
「だって、あんたがかわいいんだもん」
と悪びれもせずに言ったので、軽く絞めておいた。
ギブギブ! と助けを求める古泉を解放してなお、俺は古泉を睨みつける。
「で、何でお前はあんなに森さんに懐いてんだ?」
「懐いて…っていうか、まあ、一応同じ機関に所属する仲間だし? 直接連絡取るのは森さんが多いから、自然と。転校してくる前は、…っていうか、キョンに色々告白する前は、嘘偽りなしに閉鎖空間のこととか話せるのは森さんくらいだったからさ」
「…それで、あそこまで懐いてんのか」
「そういうこと。ま、本気で俺にとってはこわぁいねーちゃんみたいなもんだからさ。妬かなくっていーよ?」
「分かった。二度と妬かん」
「えええー。それはそれでつまんねーの」
殴るぞ。
「事情は分かったから、掃除するぞ。今度こそ、お前も手伝え」
「うぇえ? なんでー?」
「人が来るんだから当然だろうが!」
と今度こそ殴っておいた。
勿論、
「園ねぇならこの部屋の汚さくらいよっく知ってるから、気にしなくていいのにー…」
なんて呟きは苛立ちと共に黙殺しておいた。

電話から三十分ほどして、リビングがいくらか見れるものになった頃になって、森さんがやってきた。
ソファから動かない古泉に代わって、玄関に迎えに出たのは俺で、ぎこちなく、
「いらっしゃいませ」
「お邪魔してしまってすみません」
と森さんはいつものことながら穏やかな笑顔で言った。
その手には、なにやら大きな袋がいくつか携えられている。
「古泉はどうしてますか?」
「あー…」
どう答えたものか、と迷っている間に、森さんは状況を察したらしい。
「全く、自分が頼んでおいて迎えにも出ないなんて、ろくでもないですね。あなたも、考え直した方がいいかもしれませんよ? 色々と」
と小さく笑って言われると、冗談と分かっていても苦笑せざるを得ない。
「考え直せるものなら、考え直してると思います」
「本当に、あのだめ男のどこが気に入ったんでしょうね」
小さくため息を吐いた森さんに、
「園ねぇ、あんまり余計なこと言わないでくれる?」
と古泉が顔だけドアの隙間から突き出して言った。
「言われるようなことをするのが悪いんでしょう」
手厳しく言って、森さんは古泉に荷物を押し付け、颯爽とリビングに入っていく。
「頼まれていた物を買ってきてあげたのに、どういう態度です?」
「あ、さんきゅー」
「……」
森さんは、かなり厳しいところのある人だと思う。
しかし、その森さんにすら絶句させる古泉は、もしかしてかなり図太くできているということではないのだろうか。
妙に感心してしまいそうになりながら、俺は古泉に聞く。
「いったい何を買ってこさせたんだ?」
「俺、…っつうか、優等生のSOS団副団長が買っちゃまずいものを色々と」
にまっと笑った古泉は袋を持っていそいそとリビングに戻る。
俺もそれについて行き、森さんがソファに座っているのを見て取ると、
「お茶とコーヒーならどちらがいいですか?」
と聞いたのだが、
「あんたがしなくていーよ」
と古泉が言った。
「じゃあお前がするのか?」
「園ねぇ、セルフサービスでよろしく」
「お前な」
呆れるって程度じゃ済まんぞ。
しかし、森さんは古泉のそんな態度にも慣れっこらしい。
呆れきったため息を吐きながら立ち上がると、
「どれを飲まれても文句を言うんじゃありませんよ」
と宣言して、キッチンに入っていった。
というか、
「森さんは入っていいのか」
「んぁ?」
袋を開けようとしていた古泉が手を止め、俺を見た。
「いや…お前、俺だってなかなかキッチンに入れてくれなかっただろ?」
「そりゃ、だって、あんたのことは俺がもてなしたいんだもん。それに、園ねぇはどこに何があるか分かってるし、一応ちゃんと使ってくれるからさ」
「ふぅん……」
ああくそ、これだけのことが面白くないなんて、俺はどれだけ心が狭いんだ。
苛立ちを振り切るように頭を振り、
「で、お前はいったい何を頼んでたんだ?」
と聞くと、
「ん? 見る?」
と言われたので素直に従う。
いくつかに分けられた袋のひとつには、どうやら服が入っていた。
古泉愛用の、変な漢字Tシャツシリーズらしい。
「…今までの全部、森さんに頼んでたのか」
「そ。俺が優等生面でこんなもん買いあさったらイメージにかかわるって言われてさー。……これくらい、いいと思わね?」
「いや、正しい対処だと思うぞ」
お前の本性を知らずに、外でお前がこういう服を買ってるのを見たらまずお前の頭か自分の頭、どっちかがおかしくなったと思うだろうからな。
「そこまで言う?」
「言うだろ。お前はそろそろ自分の趣味の悪さを自覚しろ」
「むぅ」
不貞腐れながら、古泉は袋の中身をいちいち確かめる。
取り出された色とりどりのTシャツは、大抵漢字が大書されており、一体どこで探してきたのか、書かれている文字も珍妙だ。
『切支丹』とかどうするんだお前。
力いっぱい仏教徒のくせに。
だからと言って『阿弥陀如来』だの『愛染明王』だのと書かれたTシャツを着ろと言いたいわけではないんだが、相変わらず脈絡がなさ過ぎて訳が分からん。
「それからー」
と古泉はもうひとつの袋を取り出した。
「あ、これは和菓子か」
袋の中から小さな箱が出てきたのに対して、古泉は何故か期待外れだったかのように呟いた。
それでも古泉は慎重な手つきで、それをそっとローテーブルの上に置く。
一応、食べ物に対してはきちんとするつもりがあるらしい。
「んじゃ、これがお待ちかねの品かな」
と言いながら開いた袋から取り出されたのは………って、
「おいこら」
「んん?」
「お前、本気でこんなものを頼んだのか?」
「そうだけど? なんか問題でもある?」
ありまくりだろ!!
「おまっ、なん、で、こんな……」
うろたえる俺に古泉は声を立てて笑い、
「あはは、キョンってば、真っ赤になってかっわいー」
などと悠長なことを言っているが、本気でお前、後でもう一度殴らせろ。
「なんでゴムだのローションだの、恥ずかしげもなく頼めるんだよ…!!」
「私としては、そんなことを大声で叫べるあなたにちょっと驚かされましたけど、古泉のせいで染まりました?」
という森さんの声が背後からして、硬直した。
そうだった、森さんがすぐ近くにいたんだった。
あまりのことに一瞬存在を忘れてしまっていた。
森さんは馥郁たる香りの玉露――確か古泉が秘蔵しているはずのやつだ――を飲み物として選んだらしく、いい香りを漂わせながらローテーブルの上に茶器を二つ置いた。
……古泉の分はないんですね。
「で、古泉、それでいいんでしょう?」
「ん、さんきゅ」
古泉は森さんがどのお茶を選んだのかにまだ気付いてない様子で軽く言った。
それこそ、軽すぎるほどに軽く。
「今更ですから、もういいですけどね」
と言いながらも森さんは呆れ顔だ。
俺は赤くなって恥じ入るほかない。
「古泉は放っておいて、お茶にしましょう。おいしいって評判の和菓子屋さんで買ってきたんですよ」
と森さんに言われても、ぎこちなく頷くのがやっとである。
「ええ? 俺のお茶は? しかもそれ、俺が大事にしてる一番いいやつじゃん…」
やっと気付いて抗議の声を上げる古泉に、森さんは笑って、
「お茶とお菓子がほしいなら、さっさとそこに散らかしたものを片付けてらっしゃい。目障りです。それから、当然、お茶は自分で用意するんですよ」
「へぇい。……てかさ、わざわざ二人分だけしかお茶を淹れないって方が面倒じゃなかった? 多目の方が美味しく淹れられるのに…」
「そう変わりありませんよ。あなたが一人寂しく自分の分だけ淹れるところや、ほどよく減ったお茶を確認している姿を想像したら、案外楽しめました」
「……園ねぇったら、いーんけーん」
「お茶、飲みたいですか? …頭から」
「遠慮しときますっ」
そう言って古泉が逃亡を図ると、森さんはもうひとつため息を吐いた。
それから、俺に向かって憐れむような視線をくれると、
「…よく、あんなのと付き合ってられますね」
それは時々俺も思いますが、
「なんのかんの言っても、嫌いにはなれないんで」
「そういう惰性で付き合ってると、後々後悔しますよ?」
なんて忠告をくれる森さんに曖昧な笑みを返しつつ、一緒にお茶を飲んだ。
買ってきてくれた和菓子は実際おいしかった。
生和菓子と言うのは基本的に、ただの餡子の塊みたいな物なのだが、単純に甘いだけでなく、小豆の風味が感じられ、なかなか上等な菓子だと分かった。
「美味しいですか?」
「はい、とても」
と返す俺に、森さんは目を細めたが、一体どういう意味なんだろうか。
しばらくして戻ってきた古泉は、
「あ、うまそうなの買って来てくれたんだ」
と言いながら立ったまま菓子に手を伸ばし、
「行儀が悪いですよ」
とたしなめられている。
さっきからのやり取りを見ていて思ったのだが、なんだか、
「姉と弟みたいだな」
ぽつりと呟いたのを聞いて、古泉は笑って同意を示した。
「だろ? さっきも言ったじゃん。それに、俺の姉ちゃんもこんな感じだし」
「お前、兄弟いたのか」
初耳の情報に俺が目を見開くと、古泉は取り立ててなんと言うこともないと言わんばかりに、
「いるよ? 兄弟っつうか、姉が二人ばかし。女子大生とキャリアウーマン。どっちもバリバリでおっかねーの」
それを聞きとがめたのは当然森さんで、
「つまり、私もおっかない、と?」
と笑顔で聞いているが、正直、笑顔がめちゃくちゃ怖いです、森さん。
しかし古泉はひるみもせず、
「だって、園ねぇって怖いじゃん」
「十分甘やかしてるでしょ」
「ええー?」
「殴りますよ」
……なんというか、つまり、古泉は甘え上手なんだな。
それが、姉が二人いるからなのか、生来の要領のよさゆえなのかはよく分からんが。
ともあれ、俺がそう納得していると、
「あまり甘やかしすぎない方がいいですよ。いくらでも図に乗りますから」
と言われた。
その通りなんだろうなと思いつつ、そう言われても甘やかしてしまうだろうことが分かっているだけに、苦い笑いを返すしかない。
森さんも分かっているんだろう、柔らかく笑って、話題の転換を図った。
「そうそう、今度の長期休暇の際に、よろしければ古泉と一緒に懇親会に参加しませんか?」
「懇親会、ですか?」
「はい。機関で時々行ってるんですよ。そうは言っても、立場と言うものがありますから、あなたには、これまでにあなたが会ったことのある人しか、会わせられないのですが」
それは仕方ないだろう。
どうしようか、と古泉を見ると、古泉はにこにこと、
「あんたも来たらいーじゃん。俺も、俺とあんただって分かってる連中の前でいちゃいちゃべたべたして見せ付けてやりたいし」
と戯言を言うので、
「あほか」
「んで、どうすんの?」
「そう…だな……」
人前でべたべたされるのは鬱陶しいかも知れないが、俺といる時とは少し違う古泉が見れるなら、楽しそうだな。
「じゃあ、迷惑じゃないなら、ご一緒させてください」
俺が言うと、古泉は小さくガッツポーズを作り、森さんは笑って、
「では、そのように手配しておきますね。私も楽しみにしてます」
と言った。
「…それにしても、」
と森さんは室内を見回し、
「よく片付けられましたね、あの腐海を」
「…苦労させられてます」
思わず腐海という表現を否定するのも忘れて本気で言うと、森さんは声を立てて笑い、
「これからも、よろしくお願いしますね」
「……はい」
そう言ってもらえたことが嬉しくて頷くと、
「古泉、あなたは調子に乗るんじゃありませんよ」
と森さんは忘れずに釘を刺して、ソファから立ち上がり、
「それでは、私はそろそろお暇しますね」
「え? もう帰るんですか?」
引き止めるつもりではないのだが思わずそう言った俺に、森さんは苦笑して、
「はい。あまりお邪魔して、古泉に恨まれるとうるさいですから」
「そんなことは…」
「ありますよ」
ねえ、と言われた古泉は、ニヤッと笑って、
「かもねー?」
お前な、否定しろよ、そこは。
「だって、あんたがあんまり森さんと仲良くしてたらつまんねーもん。つーわけで、」
と古泉は森さんに向き直り、
「今日はありがとーございましたっ!」
「はいはい」
そう笑っているあたり、やっぱり森さんも古泉には甘いと言うことなんだろう。
厳しくもあるのだろうが、厳しくするのだって、古泉が可愛いからじゃないのかと思う。
その推測は多分当たっているんだろう。
森さんは軽く古泉の頭を一撫ですると、
「それじゃ、お邪魔しました」
と言って帰っていった。
見送ろうかと立ち上がりかけたのを手で制され、そのまま見送り、俺は脱力するように腰を下ろした。
実際、力は抜けていた。
ほっとした。
「なんで?」
と聞いてくる古泉に、俺は、
「当たり前だろ」
と返す。
「親しいほど、同性愛なんて、って反対される可能性は高いだろうからな。とりあえず、そんな感じはなくて、ほっとした」
「そっかなー…? まあ、とりあえずじゃなく大丈夫だから安心しなよ」
「森さんはそうかもな。でも…お前の家族は?」
「そっちも多分ヘーキ」
へらりと笑う古泉に、かえって不安が募った。
しかし古泉はどこまでも楽天的で、
「それにしても、反対されるかもとか、心配してくれるんだ?」
「当たり前だろ…。何かおかしいか?」
「いやぁ、嬉しくって」
言いながら、古泉が抱きしめてくる。
「愛されてるなって、思ったわけよ」
「……ばか」
そんなもん、今更だろと吐き捨てるように呟くと、今度こそ力いっぱい抱きしめられた。
「古泉」
「んん?」
「…本当に、お前と森さんは姉弟みたいなもんで、……その、…妬かなくて、いいんだって分かったから、わざわざ俺に話す時だけ『森さん』って呼ばなくてもいいぞ。…面倒だろ?」
と言ってやると、古泉は犬みたく頬をすり寄せながら、
「うん、めんどかった。ありがたく、園ねぇって呼ばせてもらうな。……でもさ、俺が『森さん』って言うたびに、園ねぇが一々変な顔するのも面白かったよな」
「変な顔?」
そんな顔してたか?
「してたんだって、あれでも」
思い出し笑いなのか、くすくす笑う古泉に、俺はさっきあんなことを言ったばかりだってのに、思わず妬いちまった。
…が、それは死んでも教えてやらん。
面白くないことを重ねる必要なんざないからな。