同族嫌悪



昼休みに、俺が校庭をぶらついていると、不意に、
「おい」
と声を掛けられた。
低く荒っぽい声に一瞬古泉かと思ったのだが、あいつがこんな場所でボロを出すはずなどない。
振り返ると、眼鏡を掛けたままだというのに不良モードが入っている生徒会長様がいた。
様……っていうよりはむしろ、閣下とでも言いたくなるような感じだがな。
「暇そうだな」
「まあ、暇っちゃ暇ですが…なんですか」
「ちょっと来い」
と呼ばれるまま連れて行かれたのは生徒会室だったが、そこには喜緑さんも他の役員もいないようだった。
「どうしたんですか?」
俺が聞くと、会長はニヤリと意地の悪い笑みを見せ、
「お前も共犯者だろ。愚痴に付き合え」
「愚痴……ですか」
なんとなく会長に似合わん言葉だなと思いながら、
「そんなもん、古泉にぶちまけたらいいんじゃないですか? あいつこそ、あんたを引っ張り込んだ張本人なんですし」
「あいつは気に食わん」
というのが、単純明快極まりない返答だった。
なんというか……それこそ意外なまでに単純な理由だ。
もっとひねくれたことを言われるかと思ったのだが。
「お前はあいつを見ててムカつかんのか?」
「いや……まあ、ムカつくこともないわけじゃないですけど……」
外で優等生モードだというのに、変なちょっかいを掛けてくる時は本気で殴ってやろうかと思うくらい苛立ちもするが、まさか会長がそんな理由であいつに苛立っているはずもあるまいと思いながら、
「会長はどこにイラつくんですか」
と聞くと、会長は難しげに眉を寄せながら、
「どこもかしこもだ」
「……はぁ」
「そもそも、胡散臭いにもほどがあるだろうが」
「それはそうですけどね…」
「あの敬語と無駄な愛想笑いも見てて虫酸が走る。いくらそうする必要があるにしても、やりすぎだろ」
「それは…俺もそう、思いますけど」
「そうだろう。なのになんでお前は平気であんな奴とつるんでられるんだ? まさか、お前には本性を見せてるってわけでもないだろうに」
会長は驚くべき直感を見せたが、俺は抜かりなく渋面を作り、
「あいつは俺の前だろうとハルヒの前だろうとあんなもんです。それに、会長は想像出来るんですか? あいつが敬語で喋ってないところとか、思い切り馬鹿笑いしてるところとか」
「……」
黙り込んだ会長に、俺は内心でほっと胸を撫で下ろした。
古泉の本性を感づかれるのも嗅ぎ回られるのも嬉しくないことだ。
これで回避できたならいいのだが。
そう思った俺に、
「……いっそそっちの方が納得できるだろうな」
と会長は言った。
「…は?」
「想像は確かに出来ん。それくらいあいつの化けっぷりは見事だ。だが、化けてると思った方がしっくりくる」
苛立たしげに吐き捨て、
「あの笑顔の面の下で、周りの暗愚な連中を笑ってる方がよっぽど本当らしい」
「……そういうもんですか」
そういうもんかも知れんと思いつつ聞くと、会長は頷いた。
「で、お前は本当に見たことないのか? あいつの本性」
「ないです」
即答すると、会長はつまらなさそうに舌打ちした。
……こりゃ、古泉に気をつけるよう言っておいた方がよさそうだな。

――とまあ、そんなことを思ったから、俺は真っ正直に会長とのやりとりを話したのだが、話し始めた段階で既に古泉の機嫌は低下傾向に陥り、話し終える頃には不機嫌そのものになっていた。
何だその反応は。
「……言っていいわけ?」
「言うなと言った覚えはない」
よっぽど不快なことを言われたら問答無用で殴り飛ばすだろうが。
眉を寄せた俺に、古泉は生意気にも、嘆かわしげなため息を吐いた。
「まずさ、なんであんな奴についてったりするわけ? その上密室で、しかも相手のホームグラウンドみたいなところで二人っきりって何やってんの? あんたの鈍さはそのまま可愛さに直結してるけどさ、それにしたってそこまで無警戒ってのは、俺に対して酷くねぇ?」
「は? お前何言ってんだ? あいては会長だぞ?」
「だから心配なんだろ!」
鼻息も荒くそう言った古泉は、ずいっと身を乗り出してきたかと思うと、
「頼むから、あんな奴に騙されないでくれよ」
「騙され…って……」
戸惑う俺に、古泉はむっつりと腕組みしながら言った。
「あと、俺もあいつは気に要らない。つうか、大っ嫌い」
「大っ嫌いって」
子供かよ。
「嫌いなんだよ。すかした顔して何考えてるんだかさっぱり分かんねぇし、演技が巧すぎるのも気味が悪い。あれでどんだけ女の子を騙したのか聞いてやりたいくらいだっつうの。それに、何かと言うと俺に突っかかってくるし」
唇を尖らせながら並べ立てているが、
「…正直に言っていいか」
「なんだよ?」
「今の、全部お前にも当てはまると思うんだが」
「……うるっさい」
拗ねたように言って、古泉は強引に俺の口を塞いだ。
キスで誤魔化そうとすんなっつうに。
ついつい笑っちまった俺に、古泉は更に不貞腐れる。
「百万歩くらい譲って、あいつと俺が似てるってことにしてもさ、それはそれで余計にあんたが心配になるだけだし」
「はぁ?」
また何を言い出すんだ、と思った俺をソファの上に押し倒しながら、古泉はむすっとした声で言った。
「……あんた、ギャップ萌えするから」
「…なるほど」
古泉に告白されるまで全く自覚していなかったのだが、俺にはどうやらそういう性質があるらしい。
と言っても、古泉にしか発揮されていないような気がするので、いまだに俺はそれを疑っているのだが。
「会長と、親しくするなよ? あいつ、油断ならねぇし、あんたはあんたで、可愛すぎるんだからさ」
「…阿呆」
俺は目の前にある古泉の顔に手を伸ばし、その頬をむにっとつまんだ。
「あに?」
「俺は、お前で手一杯なんだよ」
そう言って笑ってやると、古泉はにまっと笑い、
「ほんとに?」
「ああ」
「んー……でもやっぱ心配だし、これからはあんたがあの野郎と立ち話とかする余裕もなくなるくらい、甘えよっかな」
「これ以上か!?」
思わず本気で引きつった俺に、古泉は軽い笑い声を立てて笑い、
「冗談だって」
と言っておいて、らしくもなく大人びた表情で、
「……あんたに嫌われたくねーもん」
と小さな声で囁いた。
「……馬鹿」
毒づいた声が自分の耳ですら、文句を言っているように聞こえなくて困り果てながらも、俺は続きを口にする。
「今更嫌えるかよ…。つうか、気色悪いからしおらしくなるな」
「酷ぇ!!」
「酷くない。事実だ」
「酷いって! もうっ、本気で甘えてやるからな!」
などと文句を言いながら、古泉が俺を抱き締め、じゃれついてくる。
それを鬱陶しいと思うよりも、可愛いとか愛しいとか思っちまうんだから、俺もどうしようもない。
つい、甘やかしては後で自分の言動だとかそのほか諸々を悔やむことになるのだ。
いい加減学習したい。
しがみついて俺の首筋だの肩だのを触ってくる古泉を抱き締め、撫で回してやりながら、俺はぽつりと呟いた。
「お前も会長も犬っぽいよな」
古泉はさっきまでにたにた笑っていたくせにあっという間に渋い顔になって、
「…だから、あいつのことまで思い出さなくていいってぇの!」
そうやって吠えるところが犬だよな。
猫ならお互い無視しそうだし。
俺は古泉の肩を押して強引に起き上がると、不満そうな顔をしている古泉に向かって手を突き出した。
「……何?」
「お手」
試しに言ってみただけだったのだが、古泉は予想以上に真剣な顔で俺を見つめ、それから俺の手の平を見つめた。
嫌そうな顔をしたらすぐに引っ込めるつもりだったのだが、そんな反応をされたせいで引っ込めたくても出来なくなる。
妙な沈黙がしばし続き、ややあって、古泉は黙ったままぽんと手を乗せてきた。
俺は安堵すると共に小さく笑って、
「ん、よく出来ました」
とその頭を撫でることにした。
古泉が抱きつき直してきても、そのまま受け入れて、背中を撫でてやっていると、古泉は黙りこくったまま、その舌を喋るためではなく、舐め回すために使い始めた。
「ちょっ…古泉…っ!?」
止めようとした俺に向かって、古泉は意地の悪い笑みと共に、
「わんっ」
と吠えやがった。
逆襲か、と思ったところで時既に遅く、そのままべろんべろんに舐め回される破目になったのだった。