「…ぁ、ん、」 二人きりの部屋の中で怪しげな声が響く。 「…っ、やだ、って…」 ぎしりとベッドが軋む。 「――言ってんだろー…がっ!!」 そう怒鳴って、俺は本気で古泉を突き飛ばした。 流石に本気になって全力で抵抗すれば古泉だってそのまま押し切ることは出来ん。 軽く距離を取ることしか出来なかったなりに、古泉には俺の本気が伝わったらしく、 「なんでだよ」 と不貞腐れきった不機嫌な顔で聞いてくる。 この調子で表の不良素行者にメンチ切って来い、多分秒殺出来るから。 …とでも言いたくなるような物凄い形相である。 「なんでも何もあるか。俺は今、したくない気分なんだ」 「したくないって、なんだよそれ」 苛立たしげに言う古泉に釣られたように、俺も口調に苛立ちが滲む。 「だから、したくないって言ってんだろ。俺はハルヒの暴虐のせいで疲れてんだよ。明日は体育もあるし、これ以上疲れたくねえんだ。分かるだろ」 「分かんねーよ。だって、今週妙に忙しかったせいで、こうやって会えたのも一週間ぶりなんだぜ? それなのにお預けって、ないだろ、フツー」 そう唇を尖らせた古泉に、 「忙しかったのは俺のせいじゃない。むしろお前のせいだ。それを棚に上げてそういうことを言うのか、お前は」 「だって、俺だって好きで忙しかったわけじゃねえもん。つうかさ、」 と古泉は俺を睨み、俺の逆鱗に触れる一言を発した。 「――俺のこと、愛してねぇの?」 と。 そう言われた瞬間の気持ちが、分かるだろうか。 俺が何をしたのかと思いっきり問い詰めてやりたい気持ちと、その程度のことでこれまでに確かに積み上げてきたはずの関係も気持ちも疑われなければならんのかという理不尽さへの憤り、それからこれくらいのことさえまともに通じない古泉への苛立ちなんかがごっちゃになったような気持ちで腹の中がいっぱいになる。 消化不良でも起こしそうなくらいだ。 「っ、お前こそ、俺は性欲処理の道具なんかじゃねぇんだぞ!?」 思わずそう怒鳴り返してやると、 「んなこと言ってねぇじゃん!」 と古泉は言い返して来たが、言ったようなもんだ。 「そういうことだろうが。させるってことがお前にとって愛してるか愛してないかの違いなんだろ?」 「そこまでは言ってねぇって言ってんだろ!? 俺の話も聞けよ!」 「聞いたって何になる。お前の気持ちはよく分かったって言ってんだろうが」 「分かってねえだろ! 勝手に決め付けんなよこの馬鹿!」 誰が馬鹿だと!? 「あんただろ! なんで俺の話は最後まで聞いてくれねぇわけ? 長門さんとかの話ならどんなに難しかろうが最後まで聞くくせしてさ」 「それとこれとは別だろうが」 大体、俺はお前の話しなんざ嫌になるくらい聞いてるし、今回のことに関しては聞く必要もないまでに腹が立ってるんだ。 「いいから聞けよ!」 乱暴に怒鳴った古泉に、ほとんど条件反射のように俺の体が竦む。 「あんたのこと、俺が性欲処理したくて抱いてると、思ったってわけ? だとしたら、あんたの方がよっぽど酷くねぇ?」 自分の失言を謝りもしないで何を言い出すんだこのオオタワケは。 「ふざけんなよ、古泉…っ」 「違うのかよ。俺は性欲処理なんて考えたこと、一度もなかったね。あんだけのことですぐにそんな単語が出てくるってことは、前から思ってたんじゃねぇの? んで、んなこと思いつくってことは、あんたの方こそ俺とすることをただの性欲処理だとでも思ってたんじゃねーの?」 この発言に、俺は本気で切れた。 プツンと何かが切れたような音がする、と表現されることが多いが、そんなもんじゃないな。 忌々しいほどに頭の中から目の前の愚か者のこと以外の全てが消え失せ、怒りで視界が赤く染まるかとさえ思った。 「もう、いい」 口にした言葉は自分でも驚くほどに静かだった。 古泉が怪訝な顔をしたのを、変に冷静に見ていた。 「いい、って…俺の話は終わってねーんだけど?」 「いい。もう、お前なんか知らん」 「……は?」 「そこまで言われて、させないってだけで愛してないのかと疑われたりして、俺が大人しくしてられると思うのか? …見くびるなよ」 低い声で言ったが、唸っているのかうめいているのか、自分でもよく分からなかった。 ただ、腹立たしくて、悔しくて、苦しくて、殴りたいのか泣きたいのか笑いたいのかさっぱりだ。 「もういい。疲れた。お前に振り回されるのも、お前のせいで苦しむのも、疲れた」 俺はふらふらとどこか落ち着かない足取りで自分のカバンを掴むと、荷物をまとめ始める。 流石に古泉は狼狽を見せ、 「なっ、ちょ、ちょっと待てよ!? あんた、本気で…」 などと言っているが、ほとんど聞かなかった。 一応俺の持ち物の中では高価な部類にはいる服だの本だのだけを詰め込んで、歯ブラシなんかの大したことのないものは放置だ。 持って帰る価値もない。 むしろ、どこかで捨ててやりたいくらいだ。 古泉に買ってもらったものも、古泉に買ってやったものも、焼却処分してやりたい。 追いすがろうとする古泉を振り払って玄関に向かった俺は、最後に一言。 「残ってる荷物は全部捨てていい。いや、捨てろ。それから、お前の料理は本当にうまかったし、大事にされるのは嬉しかった。それについては礼を言ってやってもいい。ありがとう。でもな、俺はもう我慢ならん。じゃあな」 「まっ…」 誰が待つもんか。 俺は勢いよく表に飛び出し、叩き付けるようにドアを閉めてやった。 これで、古泉が外出着に着替えるのも忘れて間抜けな部屋着姿のまま飛び出してきたとか言うんなら、俺だって絆されて許してやったかも知れん。 だが、そんな気配もなく、俺は家にまで帰りついた。 追いかけてくる気配は欠片もない。 携帯に電話もメールも入らない。 …入ったところで見てもやらん気はしたが、入らないとなるとそれはそれで非常に腹立たしかった。 「…っ、くそ」 まるで、俺の方が未練がましく思ってるみたいじゃねえか。 苛立ちに任せて俺は携帯を床に叩き付け、そのまま不貞寝した。 ところが、だ。 朝になってもひとつの着信もなければ、メールもない。 あいつは本当に俺なんかどうでもよかったのかと思うと余計に腹が立った。 俺は絶対悪くない。 恋人なんだから、お互いに相手のことを思いやって当然だろ? やりたい時だけ会ったり、会ったらやるだけなら、セフレじゃないか。 俺はそんな風に思ってないからこそ、古泉が俺のことをちゃんと分かってくれてると思ったからこそ、嫌なものを嫌だって言ったってのに…。 「…くそ……」 もう一回呟いた声が涙声になっちまってたのが、何より憎たらしかった。 結局、俺はあれだけ腹が立ってもなおあいつのことを本気で嫌いになれないらしい。 未練がましい、なんてもんじゃない。 古泉のことを本気で好きだからこそ、あんな風に言われたのがショックだったんだ。 しっかり眠ったし、滅茶苦茶泣いたわけでもないのに、洗面所の鏡に映った俺の顔は酷かった。 その酷い顔を誰かに指摘されないよう祈りながら、俺は家を出た。 実際、誰にも何も言われずに済んだのは幸運だった…というよりむしろ、それくらい、俺の顔が酷かったってことなんだろう。 機嫌の悪い時のハルヒ並に近づき難かったらしい。 昼休みは、弁当も食わずにずっと机に突っ伏していた。 考えることは憎たらしいことに古泉のことばかりだ。 近くから匂ってくる揚げ物の匂いに、古泉ならもっと揚げ油に気を使って、ごま油を混ぜて香りをつけたりしてくれると思ったあたりは、完全にあいつに餌付けされているとしか言いようがない。 それ以外にも、古泉のことばかり考えたのが嫌だった。 あんな酷いことを言われて腹が立っていたはずだってのに、時間が経っちまった今では、あんなことを言われたと、古泉の言葉を、声を思い出すだけでズキズキと胸が痛み、涙腺が熱くなる。 古泉の大馬鹿野郎。 今謝りに来れば、メールのひとつも入れれば、すぐにだって許してやるのに、なんで来ないんだ。 本当に俺に愛想を尽かしたとでも言うのか? 自分の想像に、泣き出しそうになった。 それでも、自分から泣きつけないのはどうしようもないプライドと自分は悪くないという思いがまだ強く存在しているからだ。 俺は間違ったことなんかしてないし言ってない。 これだけ傷付けられたってのに、自分から頭を下げたくなんかない。 唇をきつく噛み締めて、俺は呻いた。 それだけ酷い有様をさらしながらも、部室に行けば平気な顔を作るんだから俺も酷い見栄っ張りだ。 既に部室にいた古泉には目もくれず、乱暴に椅子に座り、カバンから大判の雑誌を取り出す。 どうでもいいような行楽雑誌はお袋が買って放り出していたものを持ってきただけだ。 俺はやろうと思えば三十分も掛からないような薄い本を、わざとゆっくり読む。 …読む、というか、目で文字をなぞるだけだが。 古泉の方は絶対に見ない。 見ちまったが最後、何をしちまうか分からないからだ。 だから当然、言葉も交わさず、ゲームなんて出来るはずもなかった。 そんな俺たちに、流石に尋常ならざるものを感じたんだろう。 朝比奈さんが心配そうに、 「古泉くん、キョンくんとケンカでもしてるんですか?」 と古泉に聞いた。 俺に聞かなかったのは多分、俺の方がよっぽど普段通りでなく、古泉の方がいつもと変わらないように見えたからだろう。 「そんなことはありませんよ」 と返す古泉の声が聞こえ、俺は思わず舌打ちしていた。 外面野郎め、と。 が、どうやら幸いにも朝比奈さんには聞こえなかったらしい。 むしゃくしゃするのは、古泉が朝比奈さんに愛想を振り撒いているせいだ。 古泉なんか嫌いだ、と嘘でも呟けたらどんなに気分がいいだろうかと暗く考えながら、俺は苦行の如き時間を乗り切った。 その、帰り道のことだ。 俺は相変わらず無言の行を続けていたのだが、古泉の方が先に痺れを切らしたらしい。 ハルヒたちが俺たちの異常な状況から逃げ去るように先にどんどん進んでいってしまうと、俺たちは二人にされちまった。 と言っても、俺は早足に歩いていたから、古泉が強引に歩調を合わせてきたのだが。 そうした上で、古泉が言った。 「いつまで、そうやってだんまりを決め込むおつもりですか」 いつまでだって黙っていてやるよ。 お前に聞かせる声も言葉もねえ。 「本当に、強情な人ですね」 お前に言われたかないな。 「まだ怒ってるんですか」 当たり前だろう。 お前は怒ってないとでも言うのか。 「本気で怒ってなんてないんでしょう」 うるせえ。 「……いい加減にしませんか。何か言うことがあるんじゃないんですか?」 苛立ったような声に、俺はまた怒りが再燃しそうになるのを感じた。 もうこいつの声も聞いていたくない。 睨むだけ睨んだら、走って逃げてでもこいつから離れよう。 そう思って、俺はそれまでずっと無視していた古泉に目を向けたのだが。 ――そこには、今にも捨てられそうになっている仔犬のような目をした古泉がいた。 泣きそうな顔を必死に押し隠そうと俺を睨んでいるが、そのせいで笑顔のポーカーフェイスを保てていない。 今、近くを通る人間がいて、もしそいつが普段の古泉の顔を知っていたら、一体何事かと思っただろう。 驚くと共に、ずるいと思った。 こんなことになってやっと、そんな顔を見せるなんて。 まだ隠してたのかと思うし、それ以上に、こんな状況で見せるのがずるい。 くそ、ほんと、ずるい。 「…古泉」 白旗を揚げるような気分で口を開いた俺に、古泉の顔に少しだが明るさが差す。 「俺は、根拠もなしに疑われるのは、……たとえそれが、本気で言ったんじゃなくて、冗談とか、軽口のつもりだったとしても、嫌なんだ」 俺がそう言うと、古泉はまたもや肩を落とし、表情を曇らせた。 それに少しの甘さも見せてはならないと自制しながら、俺は渋い顔を作りながら言った。 「…言うことがあるのは、俺じゃなくてお前の方だろ」 古泉の顔がくしゃりと歪んだ。 ……ああ、分かった。 不器用な子供なんだ、こいつは。 かっこいい時は本当にかっこいいし、俺じゃ絶対に敵わないと思うような時だって多い。 だが、それでも、人との接し方とか口の聞き方とか、そういうことを分かってないところがこいつにはあるんだと、分かってたはずだってのに分かってなかった。 こいつが俺じゃ手が届かないような大人の顔を見せたりするせいで忘れていた。 泣きそうな顔をした古泉が、俺のことを見つめた。 潤んだ瞳が俺の姿を歪めながら映す。 今だけ、古泉が、とても小さな子供に見えた。 「…ごめん、なさい」 搾り出すような声は小さかった。 それでも、俺にはちゃんと聞こえたし、それこそが古泉の本当の、心からの言葉だと分かった。 俺は辺りに人影がないことを確かめてから、手を伸ばし、古泉の頭を撫でた。 「俺も、悪かったな。…ごめん」 まだ泣きそうになりながら、必死にそれを堪えている古泉の頭を、しばらく撫でた。 「なん、で…そんな、急に、許してくれる気になったんですか…」 そう聞いてきた古泉に、俺は小さく笑って答えた。 「んー…。お前がガキなんだって分かったから、かね」 「え」 絶句した古泉が、恥かしそうに顔を赤らめる。 「ガキだろ?」 「そんなことありませんよ」 「そうだって」 笑いながら、俺はぐいっと古泉の肩を引き寄せて歩き出す。 向かう先は当然、古泉の部屋だ。 話し合うには、そこしかないからな。 ソファに並んで座っておいて、体を斜めにして、無理矢理顔を向かい合わせてから、俺は古泉に聞く。 「…俺は言葉が足りてないか?」 そう聞くと、古泉は困ったように顔を歪めた。 「お前のことが……その、す、好きだって、気持ち、も、ちゃんと、伝わってない、か…?」 もう一度そう聞くと、古泉は慌てて首を振った。 勢いよく、首がもげそうなくらい。 「違うって。あんたは悪くない。俺が…馬鹿で、うっかりあんなこと言っちまっただけで……」 どうやら、今回のことがよっぽど堪えたらしい。 らしくもなくしゅんと頭を下げる古泉を慰めたかったわけじゃないのだが、結果的にそれに似たような感じになりながら、 「それはもういい。…ちゃんと伝わってないか、伝わってるか、それだけでも聞いときたいんだ」 古泉は答え辛いらしく、黙り込んだ。 ということは、やっぱり多少問題があるらしいな。 「…一度しか言わないから、ちゃんと聞けよ」 そう前置きして、同時に自分の覚悟も決めて、俺は言う。 「…俺はな、よっぽど好きじゃなかったら、セックスなんてしねぇよ」 ぎょっとしたように古泉が俺を見たが、それを直視すれば羞恥のあまり口が止まっちまいそうだから、目をそらしながら言葉を続ける。 「キスだって、しない。相手が男でも女でも、それは同じだ。で、そのよっぽど好きってのは、他に代わりがない、いてくれないと、ろくに食べることも出来なくなるくらい好き、って、ことだ。…だから……」 俺は、驚き過ぎてか硬直しちまっている古泉の頬を両手で挟んだ。 「…俺から、こういうことをするんだ。それで、お前のことを愛してるんだって、伝わらないか?」 そう言ってキスをすると、古泉が嬉しそうに笑った。 それでも、どこか申し訳なさそうに眉を下げている古泉は、 「ん。…分かってる、つもり……だったんだけどさ。……なんか、俺ばっかりあんたのことを好きみたいに思えてきて…それで、つい、あんなこと言っちまったんだ。ごめんな」 と俺を抱きしめてキスをする。 「お前ばっかりなんて、そんなこと、あるかよ。…俺がどんだけお前に甘いか、考えてみろ」 「……甘いぃいいい…?」 古泉が思い切り口をへの字に曲げて言ったので、俺は思わず殴りたくなりながら、 「不服か?」 と聞いたのだが、古泉は慌てて首を振った。 「ならいい。…実際、甘いと思うぞ。だから、交渉に応じてやる」 「交渉…って……なんの?」 ぽかんと間抜け面をさらしている古泉に、俺は言う。 「いくつか、約束を決めておこう。約束、っていうか、ルールだな。それを破ったら俺は今度こそお前と別れてやる」 「…お、脅しか…?」 「殴るぞ」 「いや、だってさ…」 「いいから、話を聞け。お前に都合のいいことも入れていいから」 「へ?」 「たとえば…」 そうだな……。 「…週に一回は絶対に許す、とか、どうだ…?」 赤くなりながら聞くと、古泉が愁眉を開いた。 「マジで? それってアレのことだよな?」 古泉が具体名を口にする前に頷いてやると、その顔に喜色が差す。 「く、繰越は?」 だめもと、と言わんばかりの表情で口にした古泉に、俺は苦笑を抑えつつも、 「…まあ、可にしてやってもいい」 「うっわ…!」 嬉しそうに言った古泉を浮つかせないように、俺は釘を刺すように言う。 「ただし、今度また愛してないのかなんて類の台詞を吐いたら…」 「う、わ、分かった。愛してねーのってのは禁句だな」 「ああ。…でも、そうだな…」 俺は視線をさ迷わせつつ、 「…『愛してる?』とかなら、許してやる」 「…へ? なんで? どう違うのさ?」 「そっちなら、疑ってないだろ。確かめてるだけだ。それに……それなら、俺も答えやすいし」 「ああ、なるほど。……俺のこと、愛してる?」 悪戯っぽく笑って言った古泉に、苦笑しながら、 「…ああ」 と頷くと、またキスされた。 「他は何かねえの?」 至近距離から聞いてくる古泉に、俺は少し考え込んで、 「…じゃあ、わがままを、言わせてもらって、いい、か?」 「どうぞ?」 「その、さっき、週一回はとか言っといて難なんだが、実際、本当に無理な時はあるんだよ。気分がのらないとか、そういうことじゃなくて、体の具合とか、色々……」 「…ああ……」 本当に分かってるのかと聞きたくなるような声で言った古泉に、 「だから……どうしてもダメって時は…」 「なしで…ってのは俺も若いんで、流石にちょっとキツイから、手でも貸してくれる?」 俺が言い出すより早く、古泉が言ったので俺は驚いた。 古泉はニヤッと笑って、 「そんなところだろ?」 「え、あ…まあ、そう……だな」 少しばかり苦い笑みを見せた古泉は、 「俺も、色々考えたんだって。…あんたにばっかり無理させてたんじゃないかとか思ったし、本当に、自分本位になっちまってたって、反省もした。だから、我慢するし、我慢出来る。……俺、本当にあんたが好きなんだ。あんたじゃなきゃ、嫌だ。…性欲処理なんて、思ったこと、本当に一度もないからな」 そう言って、古泉は俺を抱きしめた。 もしかすると、それは俺に泣き顔を見せないためだったのかもしれない。 俺は古泉の背中に腕を回しながら、 「分かってる。お前が俺のこと、本当に大事にしてくれて、愛してくれてることも、ちゃんと分かってる」 「ん…。ありがと、な。…それから、情けなくて……ごめん…」 「いい。…お前のそういうところも、俺は…その、……好き、だから…な」 重ねた唇は暖かくて、昨日の分を取り戻すように指を絡ませ、抱きしめあった。 |