トントントン



そういえば以前、古泉がなにやら肉料理をこしらえていた時に、
「なあなあ、キョンは牛・豚・鶏・羊・馬・イノシシ・キジ・七面鳥・鳩・ツグミその他の肉類の中だったら、どれが好きなんだ?」
と聞かれたことがあった。
何だそのラインナップは。
というか、ツグミなんて答えたらどんな料理が出てくるんだ?
イギリスの童謡に出てくるような怪しげなパイじゃないだろうな。
などと考えつつ、その時はあくまでも無難に、
「…豚」
と一応答えたはずだった。
それにしても、だ。
今日は誕生日でもなければ何かの記念日でもない、つまりはただのなんでもない日だってのに、なんだって豚肉責めにあわねばならんのだ。
「記念日っちゃあ記念日だぜ? いい肉の日ってな。おかげで肉が安かったんだよ」
嬉しそうに言いながら、古泉は料理する手を止めない。
「あと、あんたが食いたいんだったら生きてる黒ツグミが飛び出すパイとか作ってやってもいいけど? って、あれは食うもんじゃなくて観るもんらしいけど」
「いらん」
そんな無駄なもん必要ない。
「残念」
うそぶくように言いながら古泉は楽しげに笑い、
「まあ、単純に今日は肉が安かったってのもあるんだけどな。今日は俺が食べたかったんだよ。たまにねぇ? とにかくなんでもいいから肉が食いてえー!! …って時」
妙に暑苦しく、力を込めて力説した古泉に、俺は苦笑するしかない。
「つまり、そういう気分だったっていいたいのか」
「そーゆーこと。というわけで、今日は豚肉尽くしだからな」
古泉は上機嫌でそう高らかに宣言したが、俺はあくまで冷ややかに、
「栄養バランスは」
「その分明日は野菜中心にするから」
「……肉ばっかとか……太るぞ」
「後で運動するって」
その運動が何か具体的には聞きたくない。
というか、わざわざ俺を呼びつけてまで豚肉尽くしなんて奇矯な振る舞いに出るってことは、その食後の運動に俺を付き合わせる気満々だろ。
付き合いを考え直すべきだろうか。
「ほい、これで完成っ」
笑顔で煮豚を運び込み、どうやらこれで料理は終ったらしい。
古泉はいそいそとこのところ色んな意味で愛用中のピンクエプロンを外した。
それにしても、食卓に並べられたメニューは本当に見事だった。
所狭しと豚肉料理ばかりが並んだ様は、まるきり、豚肉料理の展示会みたいな有様である。
というか、肉が食いたいってだけで、普通ここまでするか?
あめ色をした煮豚に豚足、ミミガーとかチュラガーなんていうマイナーな部位の胡麻和えポン酢和え、ロースのみそ焼き、塩焼き、生姜焼き、バラの唐揚、天婦羅、東坡肉、酢豚その他諸々……。
うあぁ、もう、絶対太るだろこれ…!
しかもまたうまそうなのが反則的だ。
ましてや俺だって食い盛りであり、肉は好きだから、これに抗えるはずなどない。
後でどれだけ付き合わされるか考えると、また、これで変に太るんじゃないかとか思うと、食べ控えるべきだということくらい猿じゃないんだから俺にも分かる。
だが、抗い難いほどうまいんだ、これが。
昔、どっかで読んだ本にあったな。
高血圧だの心臓病だのを抱えた夫に、料理自慢の妻が脂っこくてしかもうまいことこの上ない料理をばんばん食わせて死に至らしめる話が。
その夫の気分だ。
たとえ後一口食えば死ぬと分かっていたとしてもついつい箸を止められなくなるような美味さである。
煮豚はとろとろに柔らかいし、ミミガーとチュラガーはコリコリした食感に甘めの胡麻ダレが絡んでいて美味い。
豚の耳だの顔の皮だということを知っててもなお止まらん。
唐揚も天婦羅もカリカリしているのにジューシーで堪らない。
もうばかみたいに食うしかない。
濃い目に淹れられた烏龍茶で一服しながら、俺は古泉を恨みがましく睨んだ。
「これで太ったらお前のせいだ…!」
「別に、多少太ったっていいんじゃねぇの?」
あっさりと古泉は言った。
おまけにニヤニヤ笑いながら俺を見遣り、
「うん、太っていいぞ。キョンなら少し丸くなったって、可愛くなるだけだろうしな」
「黙れ」
お前はヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女か。
太らせて俺を食うつもりか。
「まあ、ある意味食うつもりではあるけ…」
「黙れっつうに」
苛立ちながら言った俺に、古泉は少し肩を竦めて見せた。
「けど実際、キョンはもう少し太っても可愛いと思うな。その点、俺は太るとまずいんだよなー」
そりゃ、イメージ戦略ってもんがあるからだろ。
「健康診断の時に少しでも体重がオーバーしてると森さんにどやされた挙句、ダイエットのために特別訓練とか受けさせられるんだぜ?」
げんなりした様子で言った古泉がため息を吐く。
どうやら一度や二度ならず特訓させられたことがあるらしい。
というか、今日こうやって肉尽くしになった理由の一端は、昨日だったかに健康診断が終ったからか。
「…お前まさか、元は太ってたのか?」
俺が訝しみながら聞くと、古泉は照れ笑いなど浮かべつつ、
「いやー……標準より少し上くらい?」
とへらりと笑って見せた。
「でも、肥満ってほどじゃなかったんだぜ? 今じゃ標準以下に落とせなんて言われてさー…。…っていうか、今はこんなんだから、昔はどうでも関係ないだろ?」
「まあ、そうか…?」
本当は標準より結構上だったんじゃないかと思いつつ、一応同意を示した。
確かに、今の古泉の見た目は気に入っているが、好きになっちまった以上、多少増えようが俺としては多分気にならないんだろう。
よっぽど酷くなったら考え直すかもしれないが…ってのは流石に酷いか?
それよりも俺は、その、今より太っていた頃の古泉が見てみたいと思った。
一体どんなだったのかが非常に気になる。
「なあ、その頃の写真…」
「ここにあるわけないだろ」
それもそうか。
もしハルヒがいきなり来て、見つけられでもしたらイメージが崩れちまうだろうし。
というか今、やけにリアクションが早かったな。
「あんたの考えることくらい分かるっつうの」
呆れたような顔で言った古泉は、
「別に、隠しはしねぇし、見たいんだったら今度実家に帰ってきた時一枚だけ取って来てやるけど、見て幻滅とかしないでくれよ?」
「するわけないだろ。今更、それくらいのことで」
俺が言うと、古泉は嬉しそうに、あるいは照れるように、小さく笑った。
「さんきゅ」
それは何に対する礼だ?
「さぁな」
はぐらかすように笑って、古泉は食事に戻る。
豚肉料理の展示会はそろそろ閉会の時を迎えるようだった。

予想通りぐったり疲れさせられて、ぐっすり眠ったその晩。
俺は子豚のように可愛らしい姿をしている幼い古泉の夢を見た。